9話 ヒトリメ
「うっ、頭がまだ痛い…」
俺は確か、橘さんと屋上で話しをしていたら、途中リリに頭を叩かれて…
はっ、リリ!?
「しょーちゃんおはようございます♡」
「リリ、一体これは?」
俺は両手を手錠で抑えられていた。足も縄で縛られていて、身動きができない状態だった。
「ごめんね、ちょっと痛くしちゃった!」
「ちょっとどころじゃないって…」
「だって、こうでもしないとしょーちゃんは止めちゃうと思って」
「俺が、止めるって…あっ、橘さんはどうしたんだ!?」
「あら、忘れてなかったのね」
俺は辺りを見渡し、橘さんを探した。
そして、橘さんを見つけることができたが、それはいつもの橘さんではなく、制服をボロボロにされ、俺と同じく手足を縛られていて、とても見るに耐えない格好をしていた。
「リリ、お前…」
「だって、あの女が先に喧嘩売ってきたんだよ?」
「だからって、こんなこと許されるわけないだろ!?」
橘さんは気を失っているのだろう。反応が全くなく、横たわっている。
「橘さん!起きて!」
「えっ、しょーちゃんなんであの女を起こすのよ」
「ちゃんと話し合いをしよう、こんなやり方間違ってるよ!」
俺がリリと言い合っている最中、橘さんはゆっくりと目を覚ました。
「う゛あ゛い゛あ゛あ゛う゛ん゛」
「やっとお目覚めですか?」
「う゛ぅ゛ う゛…」
橘さんは口をタオルで抑えられているため、うまく喋れていなかった。
「リリ、橘さんの縄を解いてやれ!」
「もう、しょーちゃんうるさいっ!」
「う゛ぅ゛ぅ゛…」
「まぁ、しょーちゃんがそこまで言うなら、口だけは自由にしてあげようかな♪」
そう言うとリリは、橘さんの口に巻かれていたタオルを解いた。
「クッ、ふざけないで!こんなことしてタダで済まされると思わないでよ!」
「まったく…解いた瞬間からうるさいってどういうこと?」
ーードンッ!
「ぐはっ…」
橘さんの言葉に腹を立てたのか、リリは橘さんの腹部を蹴り飛ばした。
「黙りなさいよ!あなた、この状況で口答えする方がバカよ?」
「ク、クソ…チビ…」
「はぁ、あなたそんなに死にたいの?」
呆れたリリは自分のバッグから鉄の塊を出した。それはとても禍々しく、拷問器具のようにも見える。
「イッツ、ショータイムだよしょーちゃん♪」
「リリ、それはなんだ?」
「見てればわかるよ♪」
リリは橘さんの方に向かい、その鉄の塊を橘さんの爪に引っ掛けるように填め込んでいった。
「やめ、やめなさいよ!なんなのよこれ!」
ーーカチャ、カチャ、ガチャ
「準備OK♡」
「リリ教えてくれよ、なんなんだよこれは…」
「もう、しょーちゃんうるさいっ!黙って見てて!」
リリは、橘さんの手につけた鉄の塊を地面に押し付けた。
「痛いっ!」
「先ずは、小指からいきまーす!何枚まで耐えられるだろうね!」
「えっ…?」
俺は察した。この道具の用途を…
そう、これはやっぱり拷問器具だ。
この鉄の塊に人の指を填め、シーソー状になっている板に爪を引っ掛け、テコの原理で叩きつけることにより、人の爪を剥ぐことができるという拷問器具。きっと海外から仕入れたのだろう。
だとしたら、このままじゃ橘さんが危ない!
「やめろおおおおおお!!」
ーーバチンッ!
「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!゛!゛!゛」
橘さんの絶叫とともに、指から血飛沫が舞った。
「あははははははっ!いい声出すじゃん♪」
「オエっ…」
橘さんは痛みに耐えきれず、嗚咽を繰り返す。
「情けないなー!まだまだあと、4枚あるよ?」
「ひどい、ひどすぎる…」
「しょーちゃん、どうしてそんなこと言うの?」
「お前がやってることは、人間がやることじゃない…」
「ふふっ、人間じゃないか…」
リリがまた拷問器具に手をやる。
「いや!グスッ、やめて…なんでもするから、もう爪を剥がすのはやめて…」
「それじゃ、しょーちゃんに謝ってよ」
「えっ、私が皐月君に謝るって…あなたじゃなくて?」
「なに、惚けてるの!?あんたがしょーちゃんに迷惑かけてたんでしょ?」
「た、確かにそうだけど…」
「チッ、死ねよお前」
ーーバチンッ!!
「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!゛!゛!゛」
橘さんはまた絶叫をする。
「2枚目〜♪」
「オエっ…」
もう見るに耐えない。
「リリ!俺はもういいから、橘さんを解放してあげてくれ!」
「もう、しょーちゃん優しすぎ♡」
「ふざけないで俺の言うことを聞いてくれ!」
「う〜ん、じゃあもういいや!しょーちゃんの件は無しにしてあげる」
「本当か!?」
「だけど、私の件に関しては終わってないから」
嘘だろ…もうリリの暴走を止める術が思い浮かばない。俺は一体どうすれば…
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「橘さん…?」
橘さんが狂ったかのように謝りだした。
もう誰に謝っているのかもわからないほどに。
「もう、うるさいな!今更謝っても許す気は無いんですけど?」
「グスッ、本当にごめんなさい、私が全部悪かったです。だから、今回だけは見逃してください…」
「だから、無理なんですけど!?」
ーーバチンッ!!!
「うぷっーー、
3枚目の爪が剥がされた時、橘さんは嘔吐をしてしまった。それは止まることなく、床は吐瀉物で埋められていく。
「やめろ…やめろよリリ…」
もう俺の声はリリには届かない。
「あひゃひゃひゃひゃ!堪らない!もう最高だよ!」
「おえっ、ごほっ、ごほっ、ぐはっ…た…す…けて…」
「誰もあんたを助けはしませーん♪」
「ゆ…る…して…くだ…さい…」
「そんなに嫌なの?じゃーさ、あんたがこの町から出て行くって言うなら1枚だけは残してあげるよ♪」
橘さんは最後の気力で首を縦に振る。
「二度と私たちの前に顔を出さないでね…そして今日のことも黙っておくこと、いい?」
「や、約束します…」
「それじゃ、4枚目は、自分でやってね♪」
「えっ…?」
リリは橘さんの手に巻かれていた縄を解く。
「ほら、自分でやってみ?」
「無理よ!こんなのことできないわよ…」
「チッ、あんたなんでもするって言ったよね?こっちは最後の慈悲で終わらせてあげるって言ってるのに」
橘さんは戸惑いながらも、拷問器具に手を伸ばす。
「これ以上時間取られるのも嫌だからさ、私がカウントダウンしてあげる♪」
「ちょ、ちょっと待ってよ!まだ心の準備が…」
「いくよー、3、2、1!」
「待ってって言ってるでしょ!」
「はぁ、うざすぎ…自分でやるのが嫌なら、しょーちゃんにしてもらう?」
「皐月君に…?」
橘さんが俺を見る。その目は憎悪に満ち溢れていた。彼女は俺を一生恨み続けるだろう、けれど自分で出来ないのなら俺がやってあげるしか、この地獄のような夜を終わらす方法はないのだろう…
「た、橘さんがダメなら手伝うよ…」
「やっぱり、しょーちゃんは優しいね♡」
そう言うと、リリは手錠を外してくれた。
「しょーちゃん、変なマネしたらわかってるよね?」
「お、おう…」
一瞬、息を飲んでしまった。リリの威圧がこんなにも強く感じるのは、さっきの光景を目の当たりにしていたからだろう。
手足が自由になった俺は橘さんのそばに駆け寄る。
「橘さん、ごめん…」
「皐月君、お願い!助けて!こんなこと間違ってるよ!だから私の足の縄を解いて一緒に逃げようよ!」
橘さんは俺にしがみついてきた。けれど、その手には力がなく、いつ気を失ってしまうかわからないほどだった。
「なにしょーちゃんに触ってんだよ!」
ーードスッ!ドスッ!ドスッ!
リリは何度も橘さんの腹を蹴り飛ばす。
「リリ、止めろ!死んじゃうだろ!」
俺はリリの足を押さえつけた。
「じゃあ、早くやってくれない?私待ちくたびれてイライラしてるの!」
「な、なぁ、俺の爪じゃダメなのか?」
「ダメ、それじゃ元も子もないでしょ!そもそもはしょーちゃんが迷惑してたから、そのための計画であって本人が傷ついたら意味ないでしょ?」
「でも、これ以上は橘さんがもたないよ…」
「わかった、しょーちゃんが躊躇うのなら、私がこいつの眼球抉っちゃうけどいいの?」
「なんでそうなるんだよ!話が違うだろ?」
リリの顔が歪んでいく。俺には温厚な顔ばかり見せていたリリが、今では鬼のような形相で俺を睨みつけている。
「皐月君、やっていいよ…」
「橘さん?」
「もう、こんなの埒があかないよ…自分でやるのは絶対無理だから、皐月君早くやって!」
「お、急に利口になったね♪さっさとやっちゃお、しょーちゃん!」
「わ、わかったよ…」
俺は拷問器具に手を伸ばし、歯をくいしばる。
「本当にごめん、橘さん…」
ーーバチンッ!!!!
その後のことはあまり覚えていない。俺は気づいたら自宅の寝室にいた。次の日も学校だったが、俺はリリに会いたくなかったため、休むことにした。そして次の日…
6月8日
俺は結局学校を休み、夕方まで寝ていた。昨日のことを忘れたくて…
ーーピンポーン
家のインターホンが鳴った。きっとリリが見舞いに来たのだろう。朝も来ていたが、俺は出るのをやめて無視し続けていた。
ーードンッドンッ!
「しょーちゃん!起きてるんでしょ?返事してよー!」
リリの声がドア越しから微かに聞こえた。
そして暫くの間、ドアを叩く音が鳴り止まなかった。
うるさい…
「もういい!また明日も来るからね!」
そう言い残すと、ドアを叩く音が鳴り止み、リリが立ち去ったのを感じ取った。
そしてそのすぐ後に、
ーーピンポーン
「またリリか?さすがに鬱陶しいぞ…」
俺は外にいる人を確認すると、それはリリではなくえりねぇだった。
「なんで、えりねぇ?」
そうだ!リリのことをえりねぇに相談すればいいんじゃないか?あまり巻き込みたくはないけど、このまま1人で抱え込むのも耐えきれない気がする。
「将太いるのか〜?ウチだけど、ちょっと顔だしてくれないかな〜?」
玄関に行き、ドアを開ける。
「おっ、生きてたか」
「えりねぇ、あの…」
俺がえりねぇに昨日のことを相談しようとした次の瞬間、えりねぇの背後から人影が現れた。
「しょーちゃん元気?」
「リ、リリ!?」
「全然出てこなかったから、瑛利果おねぇさんに協力してもらったの♪」
「すまんな将太、彼女さんがしつこくてな、あははっ」
そんなのありかよ…確かに俺の注意不足だったかもしれないが…これは嫌な予感がする。
「ねぇ、しょーちゃん?」
「な、なんだよ」
「家に上がっていい?」
「い、家は今汚いからダメかな」
「じゃあ掃除してあげる♪」
「ちょ、ちょっと待って!」
「お邪魔しまーす!」
リリは俺の言葉には御構い無しに、家に上がる。
「そ、それじゃウチは帰るから!じゃーな将太!」
「えりねぇ、ちょっと待って!」
「ん、どうした?」
「いや、何でもない…」
やっぱり、えりねぇを巻き込むのはよくない。
「そ、そうか、なんか悩み事あったら電話ぐらいしていいからな!」
「うん、そうする…」
そして俺は家に戻り、リリと昨日のことについて話し合うことになった。




