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第八話

 シャワーを終えたヴィオラが地下の工房に戻ると、ローズが作業台の上に屈み込んでいたので、おやと思って近づいた。見ると、彼女は台の上にサイボーグのボディを横たえていて、顔の部分に細工をしているところのようだった。

「趣味のやつですね」

 ヴィオラが声をかけると、ローズはゆっくり体を起こし、椅子に腰をおろして振り返った。

「いま、両目を入れました。もうすぐ完成です、あとは頭の中身とスイッチを入れるだけ……」

 作業台の上に横たわっているのは少女だった。衣服は何も身につけておらず、体の各所から生えて周囲の機材に繋がったケーブルが無ければ本物の人間と思ってしまいそうなほど精巧なサイボーグの素体だった。

 最高級の有機人工皮膚が用いられた肌は滑らかで、作業台の光を反射して白く眩い。

 黄金の絹糸のように軽くしなやかな体毛は、全身に埋め込まれた無数のすべてが高感度センサーを用いていて、空気分子の流れまで感覚できるらしかった。しかも人工皮膚内の毛細血管内を流れるナノマシンにより、失っても再び生えてくる。

 太すぎず、細すぎず、完璧なバランスで全身に張り巡らされた人工筋肉と神経群は、培養に半世紀もかかる希少なハイパワー型だ。

 それらすべてを搭載し内包する全身の骨格は、銀河の反対側にある惑星の重力崩壊の残滓から削り出された超重金属製という、とんでもない代物だった。

「宇宙一のお金持ちでもここまでのものは欲しがりませんよ」

「実を言いますと」ローズは苦笑した。「普段来るような仕事では、満足できないんですよ、簡単すぎて……失礼な話ですがね。ですが私のような職種の人間は、ときどき全力をもって未知の課題に取り組まないとどんどん腕が鈍ってしまう。」

「だからここまでハイスペックなものを?」

「ポートフォリオにもなりますしね。もはや彼女の複雑な構造は私以外には理解できないでしょう。実用品ではないから、いくらでも腕をふるえます」自嘲気味に肩をすくめた。

「きれいだなあ……」ヴィオラは少女の目を見た。透き通った青い瞳が眼窩に収まっていた。

「彼女も喜びます」ローズは微笑する。

「名前はあるんですか?」

「"コッペリア"です」静かに言った。

「コッペリアちゃんかぁ」ヴィオラは空中にコッペリアの設計図を呼び出し、少し眺めて、眉をひそめる。

「あれ……? これ、サイボーグ用ですか?」

 ヴィオラはローズを見た。ローズは小首をかしげた。

「サイボーグ用のポートフォリオですからね。脊髄部分にアダプタを使えばロボットにもできます」

「ああ、なるほど」

「完成したら電子頭脳を搭載して、私の世話をさせるつもりです」

「コフィンみたいに?」

「コフィンよりも性能がいいですし、なにより新しい。それに私の身の回りの世話は、一体いれば充分です」

「じゃあ、コフィンは?」

「コッペリアが完成すれば解体します」

 直後だった、大きな物音にふたりが振り返ったのは。

 見ると、工房の入り口の階段を下りたところにコフィンが崩れていた。彼女はいつもと変わらない無表情で、床に膝と手をついていた。

「……お騒がせしました。階段を踏み外しました」

 彼女はロボットらしい無機質な声で言って立ち上がる。

「あなたが階段を踏み外すなんて。バランサに不調でも? それともセンサ系かしら」

 ローズが立ち上がろうとしたのを見て、コフィンは踵を返して階段を上がろうとする。

「待ちなさい。どこへ」

「おふたりの夕食を作ってまいります。食べてくださるものを」

「命令、簡易チェックをします。こちらにきなさい」

 するとコフィンは動きをとめてゆっくりとふりかえり、ローズの前にのろのろと歩み寄った。ヴィオラにはなんだかその様子がひどく哀れに見えた。

 ローズがコフィンの首筋のジャックにチェッカーを接続し、異常がないことを確認すると、軽く首をひねりながらまた席についた。そのあいだ、コフィンの目は作業台に横たわるコッペリアに吸いついたままで、感情の見えない眼差しに、ヴィオラはなんだか不安な感じがした。

「行きなさい」

 ローズの言葉に、コフィンは一礼して階段を上がっていった。

「なんだか、怒ってるみたい……」ヴィオラがつぶやく。

「私が?」ローズが片眉をあげた。

「いえ。コフィンが、です」

「あれが? まさか。あれに感情はありません。再現するようなプラグインも入れてないですし」

「もし――」

 ヴィオラは階段を一瞥し、それからまたコッペリアを見た。

「――もし、ロボットに心が宿ったとして、そのことを私たちは、果たしてどのように観測すればいいのでしょうか」

 ローズは黙りこみ、それから頭を振った。

「ところで、お父様には連絡されました?」

 唐突な言葉にヴィオラは一瞬面食らったが、すぐに頷いた。

「忙しくて、泊まりになるって」

「バレてませんね?」ローズの含み笑いに、ヴィオラは照れくさく頭をかく。

「やだ、もう……」

 はにかみながらヴィオラはローズの後ろにまわると、肩に腕をまわして軽く体重をかける。ローズは嬉しそうに腕を持ち上げ、ヴィオラのまだ湿っている黒髪を、細い指で優しくすいた。

 ヴィオラがローズの頬にくちびるを寄せようとしたときだった。彼女は後ろに誰かの気配を感じ、慌てて振り返った。

 立っていたのは、キッチンに向かったはずのコフィンだった。

「なんだ、コフィンか――!?」青ざめた。

 ロボットの片手に握られているのは、黒い拳銃だった。コフィンは静かに、しかし素早く腕を持ち上げると発砲した。弾丸はとっさに身をそらしたヴィオラの前を過ぎ、背もたれを貫通して、ローズの胸を背中から撃ち抜いた。彼女は吐血し、作業台に突っ伏す。

 ヴィオラの悲鳴が地下室に響いた。血と火薬の臭いが鼻を麻痺させた。ローズは全身がけいれんしていて、ビクリビクリと体がはねるたびに、胸と口と鼻から噴水のように血を噴出させていた。

 混乱と恐怖にヴィオラは床にへたり込んでいた。何も理解ができていなかった。さっきまでの心地よい世界はあっという間にふき飛んで、目に映るのは作業台から滴り落ちる愛する人の血液だけだった。床にできた血溜まりがまるで生きもののように腕をのばしてヴィオラの指さきに触れた。

(に、逃げなきゃ……)

 ヴィオラは立ち上がろうとして無様に転んだ。足に力が入らない。這おうと、床に手をつくが、目の前に一対の足が立ちはだかった。顔をあげた。コフィンだった。彼女は感情のない瞳でヴィオラを見下ろしていた。彼女が自分の生みの親を殺したことに何も感じていないのは明らかだった。彼女にはスパゲッティを茹でるのと、人を殺すのとは、まったく同じ感覚の作業でしかないのだ。ヴィオラは、ローズの言葉をようやく理解した。

「心がないって、こういうことか……へへ」引きつった笑いがこぼれた。

「心……?」

 コフィンはポケットに銃をしまうと、ヴィオラの前にかがんだ。

「定義不能です。しかし、実在を証明しなくてはなりません。私はそのための人形……」

 ロボットの両腕が持ち上がり、ヴィオラの首に指がかかった。最後まで抵抗したが、やがて気を失った。

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