第四話
コッペリアが目覚めたとき、まず最初に目に入ったのはどこかの天井だった。
彼女はしばしそのままぼぅとしていたが、唐突に自分がなぜここにいるのかを思い出してがばりと起きあがった。直後、自分が清潔なシャツとズボンに着替えさせられているのと、胸元に包帯が巻かれていることに気がついた。困惑しながら周りを見渡すと、そこはどこかの宿のようだった。
同時に彼女は、自分が寝かされていたとなりのベッドに誰かが腰かけているのに気がついた。振り返ると、少し驚いた。
「……オルガ?」
少年はベッドに腰かけたまま眠っていた。彼の隣には部品箱と、血に汚れた脱脂綿などがたくさん乗った皿があった。コッペリアが彼を眺めていると、やがてオルガは起きた。
「んぁ……コッペリア?」寝ぼけ眼でそう言って、それからハッとした様子を見せた。
「コッペリア! 起きたのか、よかったぁ!」
「おはよう、オルガ」破顔するオルガに、コッペリアは微笑みをかえす。
「ここは?」
「いや危なかったよ! レッドバットの音響攻撃のせいで循環系の部品が共鳴して破損してたんだ! 心臓ポンプ近くの圧力調整弁だよ! だから血圧が異常に上昇してた!」
「あの、オルガ?」
「ああそれにしてもほんとによかった! 俺が戻るのがあと少し遅れてたら脳内出血で死んでた! 無理矢理血圧を下げるために体をナイフでこじ開けて、どうなることかと……俺は……!」
興奮状態のまま涙目になって嗚咽しはじめたオルガに、コッペリアは苦笑した。
「少し落ち着いて。ここはどこ?」
「あ……ごめん。君が無事なのが嬉しくってつい……ここは酒場の二階だよ。部屋を借りたんだ。俺ももうひとつの部屋に泊まってる」彼は恥ずかしそうに視線を落とした。
コッペリアも自分の胸に視線を落とし、そこに巻かれた包帯を撫でる。巻き方はしっかりしていて、とても素人の処置には見えない。
「オルガが修理を? あれからどのくらい経ったの?」
「うん。他にいなかったから……君はまる一日眠ってたんだ。もう外は暗いよ」
「サイボーグの整備の経験が? バイオニクスの知識があるの?」
「俺の父親は人体技師だったんだ。俺もいつも手伝ってたから、部品交換くらいならできる」
「たまたま心臓弁の予備部品を持っていたって? 不自然だよ。それに道具もない」
「僕を疑っているのか? 助けてあげたのに!」
「ごめん……でも、自分の体のことだから」
「いや、いいよ。当然だ」
オルガは軽く肩をすくめた。
「部品はレッドバットが持ってたよ。君の故障内容を伝えたら、自分から出してくれた」
「へぇ……意外」コッペリアは目を丸くする。
「俺もびっくりしたよ。理由を訊いたら『俺にもよくわからん』だってさ」
「あとでお礼をしなきゃ。彼は?」
「仲間と一緒に、もうほかの村人に連れられて村を出たよ、刑務所行きだ。君を助けると言い出してから、びっくりするほど大人しくなったんだ。何があったんだ?」
「きっと、シンパシーでも感じたんじゃないかな。それか、私に期待してるか……」
「どういう意味?」
「あとで話すよ。それより、私の体を分解した工具はどこから? それもレッドバットさんが?」
「いや、それは――」
オルガはそう言いながら自分の袖をまくって、右腕をよく見えるようにした。
「――俺自身が整備工具なんだ」
前触れもなくオルガの右腕にたくさんのヒビのような切れ目が入り、パシュッ、という軽い音とともに変形した。切れ目はパネルの分割線で、小さなシリンダーによって持ち上げられたその下から、ドライバーやドリル、レーザー溶接機や有機修復剤タンクなど、無数の工具が飛び出していた。コッペリアはひどくびっくりした。
「君もサイボーグだったの?」
「右腕だけね。ほかは生身だよ」オルガはそそくさと腕のパネルを閉じた。
コッペリアは眉をひそめる。
「君の歳で?」
「……おかしいだろ? 成長期に体の一部だけサイボーグ化するなんて、普通はありえないからね」オルガは寂しげに言った。
「……まさか、君も?」
「君のお腹を見たとき驚いたよ。俺の腕と同じエンブレムがあったんだから。レッドバットにも」
そう言って、オルガは二の腕が見えるようにシャツの袖をめくった。そこには薔薇の模様がミミズ腫れのようになって浮かび上がっている。
コッペリアは悲痛な目をして自分のへその下を撫でた。服の下に、同じ模様の感触があった。
「君も薔薇棺の作品なんだね……」コッペリアはオルガを見た。彼女はメッセージのことを訊こうとして、彼の様子に口をつぐむ。オルガは両目に涙をため、泣き出すまいと必死にこらえていた。
「あいつは……あいつはある日突然やってきて、俺の父さんと母さんを殺して……残った俺をもてあそんだんだ……おもちゃを貰った子供にそっくりだった……俺の目の前で、切り落とした俺の腕を解体して、肉と骨をきれいに分けたんだ……そしてこの忌々しい腕を付けやがった……!」
オルガはギッと正面を睨む。その瞳にコッペリアはうつっていない。
「俺はヤツを殺すッ! そのために強くならなきゃいけないんだ!」
「だから賞金稼ぎに弟子入りしたの?」
「それ以外に思いつかなかった。西の街のギルドに駆け込んださ。だけどどこからも断られて、唯一拾ってくれたのが赤コウモリ団だったんだよ。この村が依頼を出すのを待ちかまえていたんだ」
「薔薇のしるしのこと、誰かに話した?」
「ああ、話したっていうか、見られた。ボス――リトルバットに」
「なるほど、だから彼は君を仲間に入れたんだ。同じ薔薇棺の被害者であるレッドバットに会わせるために。何か知ってるはずだと考えたんだ」
「薔薇棺……」オルガは小さくくり返す。
「なぁ、コッペリア。薔薇棺ってなんなんだ? 君はいったい何者なんだ? やつは何が目的で、会った人間を次々とサイボーグ化させてるんだ? わけがわからない。怖いよ、コッペリア……」
「わけがわからないのは私もだよ……それよりも」
コッペリアは手を伸ばし、オルガの震える手を握った。怯えきった彼の目を見、コッペリアは微笑む。
「助けてくれてありがとう、オルガ。君は命の恩人だよ」
「えっ……いや、そんな」オルガは恥ずかしそうに顔をそむけ、それからおずおずとコッペリアを見た。
「こっちこそありがとう、コッペリア。君がいなかったらどうなっていたか……」
「悪いけど、まだ疲れてるんだ。お礼はまた明日ちゃんとするから、ごめんだけど、今日は帰ってくれないかな?」
あっさりとコッペリアは言った。
「えっ?」
「君も疲れたでしょ? ぐっすり寝てたもん」
からかい気味に笑うコッペリアに、オルガはバツが悪そうに苦笑する。
「そうだな……お互い疲れてる」オルガは立ち上がった。
「また明日、ゆっくり話そう」彼は部品箱と血まみれの脱脂綿を持ってドアに向かった。それから振り返って、コッペリアに微笑んだ。
「おやすみ、コッペリア」
「さよなら、オルガ」
コッペリアは微笑を返した。
ドアが閉じた。
翌朝、遅めに目が覚めたオルガは酒場で朝食をとった。酒場の店主は盗賊団を倒したお礼だといって少しばかりお金をくれた。オルガは店主に感謝を述べ、お金をコッペリアと分けようと思い、しばらく酒場でお茶を飲んで待っていたが、なかなか彼女が下りてこないので、嫌な予感がして部屋を訪ねた。ノックをしても返事はなく、ノブを回すとあっさり開いた。彼女はいなかった。
オルガは慌てて店主に彼女の行き先を訊ね、彼が知らないというと、すぐに自分の荷物を引っさげて外へ飛び出した。
村の門番の男が早朝に北へ向かった少女の姿を見ていたので、オルガは酒場の横に停めていた歩行トラックのエンジンをかける。
太陽が真上にやってきたころ、ようやくオルガは遠方に彼女の姿を見た。
谷の入り口だった。道幅は狭く、少し進んだ先から緩やかな下り坂になっていて、左右に崖があった。コッペリアは吹きすさぶ風にマントをなびかせてそこに佇んでいた。
オルガはいそいだ。そうしてトラックを近づけると、コッペリアが振り返って、やれやれといった風に苦笑しながら首を振るのが見えた。少年はトラックから降りた。
「ひどいじゃないか! 何も言わずに行っちゃうなんて!」
「お金は店主さんから受けとった?」コッペリアはしかし少しだけ嬉しそうに首をかしげる。
「この人たちは?」
オルガは、コッペリアの前の地面に転がる数人の男たちを見た。一瞬死んでいるのかと思ったが、よく見ると気絶しているだけのようだった。
「ここを縄張りにしてた野盗たちだよ。がんばって説得したんだけど聞いてくれなかったから、ちょっとはたいた」
「ちょっと、ねぇ……」オルガは男たちの数を数えた。少なくとも10人以上は居た。みな気絶していた。
「それより、どうしてついて来たの?」コッペリアが彼を見た。
「君は薔薇棺を追ってるんだろ、コッペリア」
彼女は無言だった。オルガは彼女の目を見据えた。
「俺はもう一度ヤツに会いたい。会って、そして両親の仇を討たなくちゃならないんだ。だから一緒に行かせてくれ。キミの邪魔はしないから、お願いだ……」
深く、少年は頭を下げた。数秒の静かな時間があった。荒野を静かで冷たい風が吹き抜け、怪物の唸り声のようなハウリング音がどこかで鳴った。そこらに転がる無数の廃材の鉄サビから、血のような臭いがした。
「……いやだと言ってもついてくるんでしょ」
コッペリアは頭をかいた。
「いいよ。一緒に行こう」
「コッペリア!」オルガは頭をあげた。
「ただし、殺すのはなし。それだけはダメだからね」強い視線で彼女は言った。
「……わかったよ。努力する」
「それに、ちょうどよかった」彼女はまた柔らかい表情をする。
「この人たちをどうやって街まで連れていこうか、困ってたんだ」
コッペリアは野盗たちを示した。ふたりは笑った。
縛った野盗たちをトラックのコンテナに詰めこんで、歩行トラックは発進した。運転席にはやせっぽちの少年が座り、助手席には美しい少女が頬杖をついている。
「どれくらいかかりそう?」少女が問う。
「夜中までかかるよ。俺が運転する」少年が答える。
「それじゃ、お願い。ちょっと疲れた……」
少女は目を閉じると、すぐに寝息をたてはじめた。無防備なその表情を横目で見て、少年は、彼女がなんだかいつもよりずっと幼い子供のように見えた。
なんだか照れくさい気持ちになって、少年はカーラジオのスイッチを入れた。落ち着いた男性の声が飛び出した。
「――犯罪率は前日比で1.02ポイント上昇。惑星全体での合計射殺人数は64名でした。保安官はまだまだ不足しております。皆様のご応募をお待ちしております。次は本日の受け入れ人数のお知らせです。本日18時、帝国最高裁により流刑判決を受けた方々が104名、各地の宇宙港に到着いたします。当惑星では帝国憲章に定められた規定は適用されず、流刑惑星独自の規定によって、生命、心身の自由、思想の自由を保証しており――」