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第三話



 ――しかし部屋に響いたのは銃声だった。

 レッドバットが顔を歪め、天井から床に落下した。

 コッペリアは銃声のした方を見た。入り口近くに、ひどく顔色の悪いオルガが、コッペリアのリボルバーを持って立っていた。

「やった……!」オルガが、緊張と恐怖で引きつった笑いをうかべた。

「やった、やったよ、コッペリア……!」彼はへたりこんだ。

 コッペリアはよろめきながら立ち上がる。彼女は重い体を引きずるようにレッドバットのもとへ向かうと、かがみこんだ。

「いけない、当たりどころが悪い。手当てしないと……」懐から道具を取り出しながらつぶやいた言葉に、オルガは耳を疑った。

「助けるのか? 悪党だろ!」

「だからだよ。だからこそ、私たちが勝手に裁いちゃいだめだ……」

「なんなんだよ、意味わかんねぇよ……」

 オルガの言葉に曖昧に笑い返しながらも、コッペリアはレッドバットを手当てするのをやめない。彼女の白い両手が血に染まっていく。

「彼らだって、好きでこんな生活してるわけじゃないかもしれないんだ。だったらやり直す機会を与えてあげなきゃ」

「……ヌルいよ」

「そうかな」

「コッペリア、君のそれは、自分が傷つかないから言えることだ。こいつらは自由になったらまた人を傷つける。悲しませる。きっとそうだよ。だから殺そう。殺して終わらせよう」

「……それで終わっちゃうからだよ……」

 コッペリアはそれきり口をつぐみ、無言で手当てを続ける。その様子に、オルガはなんだか自分が悪者になったような気がして頭をかいた。

「……くそっ!」

 オルガはコッペリアのそばに立つと、銃をさしだした。彼女が受けとると、近くに転がっていた廃材のケーブルを拾い上げて、リトルバットたちのもとへ向かった。

「縛っとく。保安官に引き渡すんだろ」

「オルガ!」

 少年は少女をふりかえった。コッペリアは、とても嬉しそうに微笑んだ。

「……ありがとう!」

 面映さに、オルガは黙って顔をそむけた。コッペリアは彼を可愛らしく思った。

 コッペリアが手当てを終えると、手元のレッドバットがうめいたので彼女は再び視線を落とす。

「もう大丈夫だよ。傷口は有機ナノマシンのペーストで埋めたし、弾丸も抜いた」

 応急処置用具をしまいながら彼女が優しくそう言うと、レッドバットは青白い顔のまま困惑した様子をみせる。

「どうしてだ……? 俺は、お前を殺そうと……」

「そんなのたいしたことじゃないよ。でも罪は償ってね。大人しくお縄につくこと」

「信じらんねぇ……バカか、テメェ……」

 レッドバットは顔を歪め、コッペリアを睨む。

「回復したらお前を殺しにいくぞ。絶対許さねぇからな。お前を殴って犯してバラバラにして荒野にばらまいてやるからな!」

「そうなりそうになったら、また君を撃つよ。今度は負けないからね」

 コッペリアはにっかり笑った。その笑顔はとてもついさっきまで殺し合いをしていた相手に向けるものとは思えないほどあっけらかんとしていた。レッドバットはそれを見て、また舌打ちして顔をそむけた。

 それからコッペリアは一度立ち上がり、ほかの男たちの傷の具合をたしかめていった。幸い、彼らのなかに致命傷を負ったものはおらず、傷口を軽く圧迫止血するだけでことが足りた。念のため彼らの銃を奪って一箇所に集めた。

「オルガ、一度村まで戻って保安官とか、村人たち呼んでくれない? 私はここで見張ってるから」

 オルガは素直に指示に従った。

 彼が部屋を出ていくのを見送って、コッペリアは息をつく。そして再びレッドバットに詰めよった。

「そろそろ落ちついたかな?」

 彼女はレッドバットの前に片膝をつき、彼を見た。レッドバットの怒りもかなりおさまったらしく、彼女を睨むだけだった。

「聞きたいことがある」

「嫌だね」

「質問くらい聞いてよ」

 コッペリアは苦笑し、それから一転、ひどく冷酷な目つきで彼を見下ろした。

「『薔薇棺(ばらひつぎ)』はどこにいる?」

 彼女の眼光に、レッドバットの背筋に冷たいものが走った。だが彼は「知らねぇな」と言ってそっぽを向く――眉間に冷たいものが押しつけられた。

「とぼけるな。お前は奴からのメッセージを受けとっているはずだ。みんなそうだった」

 リボルバーの銃口をレッドバットにぐいと押しつけながら、コッペリアは言う。

「お前のそのコウモリの体、胸に刻まれているエンブレムはヤツのものだ。ヤツにもらったんだろ」

 レッドバットの金属製の胸元には薔薇の花のレリーフが刻まれていた。レッドバットは唸る。

「言え。さもないと――」コッペリアが撃鉄に指をかける。

「――わかった、わかったって」レッドバットが声をあげた。

「おっそろしいガキだぜまったく。人の脅し方をよくわかってやがる」

「素直に喋ってくれれば、こんなことしなくても」

 コッペリアはリボルバーを男の頭から離した。しかし納めない。

「相手が欲しがる情報をタダで話すなんて、悪党に向いてないぜ」

「それで?」

「あの女――薔薇棺に会ったのは三ヶ月くらい前だ――」



「――そのころ俺はもっと北、ちょっとした谷になってるところをシマにして盗賊をしていた。北に行けば大きな街があるからな。そこへ行くやつから通行料を貰ってたんだ。格好のポイントだ、狙ってるろくでなしは多い……まぁそいつらも俺の部下なんだが。

 そのときもそうだった。夕暮れ時で、谷底はもうすっかり暗かった。暗くなってから谷を通るやつは、昼に動けない事情がある同業者か、よっぽど急ぎのやつらだけだから、手を出すかどうかは慎重に見極めなければならねぇ。

 大きなトレーラーだった。コンテナを2台分連結させて、脚が10本もある、ムカデみたいなやつだ。運転席を外から見ても誰もいなかったから、無人車だってわかった。護衛もいないように見えたから、きっとどこかの金持ちが雇う暇もないほど急いでるんだと思った。

 ラッキーだと思ったんだ。道を塞いでも、コンテナから出てきたのは女がひとりだけだったから……妙な女だった。

 背の高い女だった。長い黒髪で、喪服みたいな黒いドレスを着ていたよ。目つきはなんだか死人のようで、顔は青白かった。美人だったが、酒場で見かけても絶対に声をかけようとは思えないタイプだ。そしてなによりおかしかったのは、そいつは棺桶を背負っていたんだ。死人を入れる、あの棺桶さ。豪華な銀の飾りがたくさんついていてよ、いかにも頭の悪いゴス女が好みそうなデザインだった。奴はそれをリュックみたいに背負っていた。

 俺は言った『ここを無事に通りたきゃ通行料を払いな』すると女はどうしたと思う? ……自己紹介したのさ。

 『薔薇棺と申します』そう言った。

 『そうか、俺はレッドバットだ。ここらへんは物騒だからよ』俺は紳士的に返した。

 『実は今しがた、新作が完成しまして』

 『無事に通りたければ素直に従ったほうがいいぜ』

 『協力してくれる人を探していたんですよ』

 『有り金全部でいい。電子でも現金でも』

 『あなたならぴったりです。ちょっと痛いですが、きっと気に入ると思いますよ』

 俺の足から力が抜けたのはその直後だったさ。周りの部下も全員倒れた。おそらく奴の体から、無味無臭の痺れガスが溢れていたんだ。崖の上からライフルで狙ってたやつらは大丈夫だったみてぇだが、薔薇棺が袖の下から飛び出させた小さなピストルに撃たれて死んだよ。手のひらサイズの拳銃で真夜中、25メートル以上の狙撃を成功させたんだ。そうさ、お前のお仲間だ、コッペリア。戦闘用のサイボーグだ。

 俺は動けないまま地べたに転がっていた。すると薔薇棺が近づいてきて、俺の体を引きずって、トレーラーのコンテナの中に運びこんだ。コンテナの中は研究所みたいになってた。白い家具と機材が整頓されて置いてあるのが見えた。注射器、ペンチ、ドライバー、ドリル、電ノコ……俺は中心にある台に寝かされ、手足を縛られた。最後に、奴は言った。

 『いずれあなたの前にとても美しい少女が現れる。そうしたら彼女に伝えなさい。私は北の街であなたを待っていますと』

 覚えているのはそこまでだ。麻酔を打たれたらしく、次に目が覚めたら俺はサイボーグにされていて、薔薇棺とトレーラーは消えていた。元々の体がどうなったのかわからないが、まぁろくな使い方はされてないだろう……恐ろしかった。出会ったばかりの他人だぞ? なのに無理矢理サイボーグ化させたんだ。意味がわからない。そんなことをして何になるのかさっぱりわからない! だからおそろしい! 俺もそれなりに色んな悪党は見てきたが、やつはそこらの盗賊や殺人犯とはまるで違った。まるで人間のかたちをした別の生き物のような……死と狂気が服を着て歩いているような邪悪さを感じた……なぁ、もういいだろ?」



「ありがとうございます」コッペリアは銃を納めた。

「北の街か……そこにやつはいる」

「なぁ、やつはなんなんだ? 何が目的なんだ? 意味もわからずこんな体にされて……あれ以来ずっと、体の中をミミズが這い回るような気持ち悪さが続いているんだ。なぁ、どうすればなくなるんだ、教えてくれよ……おまえも全身サイボーグなんだろ……」そこまで言って、レッドバットははっとした。

「まさか、おまえ――!」

「さ、おしゃべりはもうおしまい」

 コッペリアはにっこり笑って立ち上がった。

「続きは留置場で保安官相手にね。大丈夫、大人しくしてれば痛いことはもうしないよ――あれ?」

 つ。と、彼女の可愛らしいかたちの鼻から、赤いものが垂れた。コッペリアは手の甲でぬぐい、こびりついたそれを見る。

「――あれ?」

 ぐらり、彼女の体がかたむいた。コッペリアの意識は唐突に途絶えた。

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