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第二十一話

「ああ、名前を呼ばれるのは久しぶり。愛するものに名前を呼ばれるなんて、なんて甘美な幸福でしょう」

 ローズはそう言いながら無事な右腕で胸を撫でた。左腕からの血は止まっているが、尋常でない量が流れ出たのはあきらかだった。

「どうして……!」コッペリアの頭には様々な想いが渦巻いて言葉がつづかない。そんな様子を愛おしそうにローズは見、そしてまた微笑む。

「疑問がたくさんあるでしょう? あなたはここまでよく頑張りました。ご褒美に、少しは質問に答えてあげてもよいですよ」

 ローズの言葉にコッペリアはまた激高しかけたが、すんでのところでこらえる。

「すべて、おまえが仕組んでいたのかッ!」

「ええ、そうです」ローズはうなずく。

「コッペリアははじめからそのために作っていたんです。記憶をコピーした電子頭脳を搭載し、『自分を人間だと思いこんでいるロボット』を作るために。だから私はヴィオラさんを雇い、そして彼女の脳から記憶をコピーしました」

 コッペリアはゾッとした。

「えっ……じゃあ、私をスカウトしたのって……!」

「『あなた』じゃない、ヴィオラさんですよ」微笑は崩れない。しかしかえってその表情は石像そっくりに見えた。

「全部ウソだったんだ……どうして!」 

「証明するためですよ」両腕を広げる。

「『私は、心の存在を実証したい。ですがそれは悪魔の証明です。心が科学的に再現できないことを証明するには、すべての科学的に再現できるものが心でないことを証明しなければならない』だから私はそうしたまで。肉体も、脳も、記憶も、人格も、すべてを人工物で再現したのがあなた。だがそれだけでは心の存在をどう観測すべきか不足でした。だからコフィンを使って『目的』を与えたのです。

 私はずっとあなたを見守っていました。名を変え、姿を変え……お気づきかはわかりませんが、あなたはひとりで旅をしていた期間より、ふたりで旅をしていた時期のほうが長いんですよ」

「じゃあ、まさか……!」唇が震えている。

「あなたが『オルガ』以前に出会った『スカーレット』も、『クロム』も、脳は私ですよ。あなたは何度も何度も私に惹かれた。ああ、なんて素晴らしいこと!」

 コッペリアはもう限界だった。怒りと混乱と恐怖と絶望が彼女の腕を動かした。彼女が手にしたリボルバー――薔薇の彫刻がされた黒い拳銃――から発射された弾丸はローズの胸を貫いて、血をぶちまけた。ローズは倒れた。

 コッペリアは泣いていた。銃をおろし、足元を見た。

「ごめん……コフィン……あなたも、ローズの犠牲者だったんだね……」

 薔薇棺の――コフィンの残骸に、コッペリアはつぶやいた。完全に破壊された人形は何も返さない。コッペリアは目をそらし、倒れたままの元凶を睨んで距離を詰めた。

 少年の姿のローズは地面に仰向けで、胸の穴からは大量の血が溢れ出していた。顔は青ざめ、呼吸は荒く、脂汗がたくさん顔に浮かんでいた。間もなく死ぬことは明らかだった。しかしローズは隣に立って見下ろすコッペリアと目が合うと、にやりと笑った。

「成功だ……やはりあなたには『心』がある……! 心の実在は、心が作れることは証明できた……! 違いなどなかった……同じだったんだ……!! とうとう私は成功した……!」

無表情でコッペリアは銃をかまえる。銀色の大型リボルバーの照準は、正確にローズの頭に合わされる。だが引き金を引く前に、つい、コッペリアは問いかけた。

「なにが、同じ?」

「『人』と『人形』」

 荒れ果てた丘に銃声が響いた。 


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