第二話
「酒場の店主さんが言うには、盗賊団は、この村に続く道のひとつを通るトラックをときたま襲っているらしい。君は赤コウモリ団なんでしょ? ほかに何か聞いてない?」
真夜中の村を歩きながら、コッペリアはそう言った。灯りのほとんどない夜闇のなかを彼女はどんどん進んでいくので、懐中電灯片手のオルガは、転ばないようについていくのがやっとだった。
「俺はまだ入ってから三日も経ってないんだ。だから何も……」
「自分から?」
「ああ」
「わざわざ賞金稼ぎに志願するなんて、変わってるね」
「事情があるんだよ。それより君は何者なんだ? 全身フルサイボーグ、しかも戦闘用なんて見たことない。元軍人?」
「こっちにもいろいろ事情があるの」コッペリアの返事はそっけなかった。
「この真っ暗闇を迷わず歩けるのも改造手術のおかげか? 眼球まで作りものなのか?」
「まぁ、ね」
コッペリアの足どりに迷いはなく、彼女は平然と村を出た。村を一歩踏み出すと、屑鉄の荒野はどこも地面に鉄片や瓦礫が散乱していて非常に足場が不安定で、踏みならされた道路ですら、真夜中の通行は怪我を覚悟しなければならないほどだ。しかしコッペリアは夜目がきくらしく、荒れた道をスイスイと進んでいく。コッペリアが数歩進むごとに、オルガは転びかけた。そのたびにコッペリアは足をとめ、オルガが追いついてくるのを待った。
「出発前にも言ったけど――」コッペリアが立ち止まったまま、追いついてきたオルガを見る。彼は肩で息をしていた。
「君は村で待っててもいいよ。私が君の先輩たちをやっつけちゃったのがいけないんだから。あぶないよ」
「何度も言うけど、嫌だ。俺だって賞金稼ぎのはしくれだ。仕事は最後までやる」
「賞金稼ぎねぇ……ロクなもんじゃないよ。今ならやめられる。お母さんたちが心配するよ」
「親はいない」
「……野盗にでも?」
「なんで知ってるんだ?」
「よくある話だよ。ただ生きることは、ここでは一番難しい……」
コッペリアは周囲を見わたし、地面にかがみ込んで何かをたしかめるそぶりを見せた。
「店主さんから聞いたのは、このあたりのはずだけど……変だな」
「変って、なにが?」
コッペリアは地面を指さした。たまたま柔らかい砂の地面にひとつだけ、大きな杖で突いてかためたような跡があった。
「ほら、これ、トラックの足跡。ついさっきここを通った。そしてすぐ先で道を外れて……向こうに小さく見える、宇宙船の残骸に向かって続いてるみたいだ」
「全然見えない!」オルガは目を凝らすが、深い夜闇のカーテンを透かして見ることはできなかった。コッペリアは少し寂しげな顔をし、それからオルガをふりかえった。
「ここが最後だよ。引き返す気はない?」
「くどい」オルガは軽く彼女を睨んで、それから歩きだした。
赤コウモリ団のボスが頬を殴られ吹き飛ばされた。宇宙船の残骸を利用したアジトの広間に、彼が倒れる音が反響する。周りの部下たちはすくみあがった。
「それでおめおめ逃げ帰ってきたってのか!」
怒声が響く。ボスが怯えた表情で、自分を殴った男を見る。
「で、でもよオヤジ、戦闘サイボーグだぜ!? 俺らが束になったってさすがに――」
「だからテメェはバカだってんだ! そもそもテメェらが行儀よくしてれば余計なトラブル引かずに済んだんだろうが!」
怒鳴る男は身長3メートルをゆうに越える巨漢だった。腹まわりはでっぷり太って、身長と同じくらいある。顔には赤いコウモリのような入れ墨があって、目つきは鋭い。だがなによりも特徴的なのはその右腕だった。男の右腕は反対側の腕と比べてふたまわりも大きく、金属製だった。山盛りの人工筋肉が分厚い装甲に覆われて、肩には放熱用のファンが回っていた。
「計画を台無しにしやがって! せっかくこの日のために――誰だッ!」
不意に感じた気配に、巨漢が入り口に向かって怒鳴った。脇に控える部下たちも一斉に振り向く。
入り口にひとり立っていたのは、青ざめた、痩せっぽちの少年だった。
「……オルガ? ここは教えてねぇはずだが」ボスと呼ばれていた男が片眉をあげる。
「なんだ、新入りか」巨漢がふんと鼻を鳴らした。
「残念だったなあ、ガキ。おまえのボスはボスじゃねぇ。俺こそが赤コウモリ団の真のボス、レッドバット様だ!」
レッドバットはそう言って腕を組み、大きく笑った。
「リトルバット!」
「ヘイ、オヤジ!」レッドバットの声に、ボスと呼ばれていた男が返事をする。
「そのガキを始末しろ。生かしておいたら間違いなくポリスにタレこむぞ!」
「えっ……!?」ますますオルガが青ざめる。
「アイサー、ボス」リトルバットが銃を抜いた――銃声が轟いた。
だがオルガは倒れなかった。リトルバットの銃口から飛び出した弾丸はまっすぐ相手に向かって飛んだが、着弾したのは少年の額ではなく、その前に差し出された鋼鉄の手のひらだった。鉛の弾頭は着弾と同時に五本の指に包まれて、反射する間もなく握りつぶされる。弾丸の運動エネルギーは完璧に受け止められ、熱はなんの障害にもならない。リトルバットが目を見開いた。
「……テメェは!?」
「なるほど、そういうことだったんですね」
少年の横から姿を現したのは、ひとりの少女だった。古ぼけたマントをわずかになびかせ、ゆっくりと現れいでた。美しい金髪が輝き、青く大きい瞳がレッドバットたちを見渡した。
「自分たちで村を襲い、自分たちで村を助け――」「ブッ殺せ!!」
無数の銃口がコッペリアを向いて、彼女は一瞬意表をつかれた顔をした。そのきれいな顔を破壊すべく、間髪入れずに、部下たちは一斉に発砲した。
「ちょっちょっちょっちょまっ!?」コッペリアは慌てて、オルガとともに入り口の壁の向こうに引っ込んだ。
「もう! 話くらい聞いてよ!」
壁際の床に伏せながら、コッペリアは頬を膨らませた。オルガは彼女に密着するように伏せさせられていた。彼は震えていた。
「なんだ……なんで、ボス……」
「マッチポンプをしようとしてたってことだよ」銃声のなか、コッペリアは静かに言った。
「自分たちで村を襲い、自分たちで村を助けて、最低限の消耗で可能な限り報酬を長くもらおうとしていたんだ。君は知らされてなかったみたいだけど」
「知らなかった……いい人だと思ってたのに……俺を拾ってくれたのに……」
「あんまり落ち込まないほうがいいよ。生きてればそんなこともあるって」
コッペリアは立ち上がる。オルガはとっさに彼女のブーツを掴む。
「どこへ!」
「あの悪党たちのとこ。悪い人たちはこらしめなきゃ」
「あぶないよ! だって君は――」
「……ありがと、オルガ」ふと、コッペリアは柔らかく微笑した。銃声が鳴りやまないなかで浮かべるには、寂しすぎる微笑みだった。
「だけど心配いらないよ、私の体は人形だから。なにもかもが……」
コッペリアはオルガの手を優しくはらうと、平然と弾幕の前に進み出た。
「出てきたぞ!」リトルバットが叫び、銃声はますます激しくなる。だが一発もコッペリアには当たらなかった。彼女は目にも止まらない速度で腕をふるい、すべての弾丸をその小さな両手で弾いて床に落としていたのだった。
やがて弾幕が晴れた。弾切れだった。広間に静寂が戻った。
「……終わりみたいですね」
リトルバットたちがたじろいだ。
「お願いします、なんとか平和的に終わらせましょ?」
「いいカラダしてるじゃねぇか、嬢ちゃん」
奥から進み出たのはレッドバットだった。大きな体を揺らして、右腕の関節を鳴らしていた。
「神経電流を加速してやがるな。精神に異常をきたすってんで木星条約で禁止されてるやつだ。まともな人生を送ってこなかったな。クズのくせに上からぶっこいてんじゃねぇぞコラァッ!!」
レッドバットがジャンプした。その巨体からは想像もできない軽やかさだった。空中で彼は右腕を振り上げ、拳を握る。内部機構が唸り、放熱ファンから炎が噴き出す。
コッペリアはとっさに後ろに飛び退いた。レッドバットの右腕が、一瞬前まで彼女がいた場所の床を砕いた。鋼鉄のパネルが変形してめくれあがり、床下の機構の部品があたりに飛び散る。それらは弾丸となって、逃げ遅れた部下たちの体にめりこんだ。
「ぎゃあっ!?」
部下の男たちの悲鳴に、コッペリアが顔を歪めた。
「なんてことするんだ!」
「よそ見してんじゃねぇ!」レッドバットは素早く右腕を床から抜き、コッペリアに向けて裏拳を放った。彼の強化人工筋肉は、コッペリアの目ですら追えないほどのスピードを出すことができる。彼の拳は空中でコッペリアをとらえた――瞬間、コッペリアは彼の拳に手をついて、そのまま勢いを利用し、軽やかに飛び越えた。空振りした裏拳にレッドバットが驚いているあいだに、間合いの内側に飛び込んだコッペリアは、正確な所作でリボルバーを抜いた。レッドバットの肘関節内側に素早く六発。そして着地。レッドバットの腕が分解した。
「うぉおっ!?」
バランスを崩したレッドバットが倒れこむ。コッペリアがローダーを使って素早く弾丸を補充する。終えると、コッペリアは銃を突きつけたまま数歩彼の前に歩み寄った。
「すいません、腕を壊して……でもこれでもう、諦めてくれますよね?」いかにも申し訳なさそうに頭を下げた。
「ああ! クソッタレ! 俺の腕をどうしてくれやがる!」しかしレッドバットは激昂したままわめき続ける。
「ほんとに、その、すいません……」
コッペリアは苦笑しながら銃口をさげた。直後だった、レッドバットの腹がますます大きく膨れ上がり、服が弾けて中身が飛び出したのは。
コッペリアが銃をかまえる前に、レッドバットの腹から飛び出したものは空中を飛んで、彼女の手からそれを弾き飛ばした。
「あっ――!?」コッペリアはとっさに床に転がり、体勢を立て直す。そして彼女は、レッドバットの腹から飛び出してきたものを見た。
機械じかけの、赤い小さなコウモリだった。しかし頭はガラの悪い男のものがついている。奇妙で不気味で貧相だった。
「テメェよくもやってくれたな!」レッドバットはコウモリの羽をばたつかせて言った。
「い、いや、そこまでするつもりは――」コッペリアの目が何かをとらえ、一瞬、その表情をこわばらせる。
「待って! その体――!」
「死ねぇッ!!」
レッドバットが大きく口を開けると、コッペリアの体がいきなり吹き飛ばされた。彼女の体は部屋の壁に打ちつけられて、背中のかたちに壁がへこむ。床に落ちた彼女は這いつくばって動けない。
「うぐ……!? 気持ち悪っ……!」
コッペリアは口元を抑えた。レッドバットが口をとじると少し楽になったようだが、ぐったりとして動けないままだ。レッドバットは天井に逆さまにぶら下がると、勝ち誇って笑った。
「音響兵器なんざまどろっこしくて使えねぇと思っていたがなぁ! あの女に助けられるたぁな」
「あの女……?」コッペリアがなんとかレッドバットを見る。
「もいっぱつ食らうかぁ〜〜〜?」
レッドバットがまた口を開けると、再びコッペリアが吹き飛ばされて、今度は天井に叩きつけられる。そして床に落ちたのを見て、レッドバットはさらに笑う。
「ひゃひゃひゃひゃ! おいてメェら、何やってんだ笑え!」
怒鳴って後ろをふりかえると、リトルバットをはじめとする部下たちはみな、ひどく青ざめて床にぐったりとしていた。吐いている者も、失禁している者もたくさんいた。レッドバットは舌打ちする。
「巻き添えくらってんじゃねぇよ、だらしねぇな」バツが悪そうに、翼の先の爪で頬を掻いた。
「まぁいいや。とにかく、これで終わりだクソガキ」
レッドバットがコッペリアに狙いを定める。コッペリアは虚ろな目で彼を見上げる。逃げ場も、逃げる力もない。レッドバットの顎が開いた――