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第十四話



「コッペリア!」

 声をかけられて、コッペリアははね起きた。まわりを見るとそこは大きなトラックの助手席で、となりの運転席には心配そうな表情をしたやせっぽちの少年が座っていた。

「ああ……オルガ、おはよう」

 目をこするコッペリアを見て、オルガは安堵する。

「よかったぁ、なかなか起きないから、どこか故障したのかと思った」

「長い夢を見てたんだ……昔の夢を」

 コッペリアは前髪を指ではらい、フロントガラスの向こうを見た。

「着いたの?」

「ああ。やっとだ」

 ふたりはうなずいて、それぞれトラックを降りた。彼らの前には巨大な、古びた施設があった。その建物はいかにも軍用らしい飾り気のない外観で、長い年月のせいで壁はひび割れ、変色しているところもあった。窓は割れ、人は住んでいないようだったが、しかしたしかに内部から灯りが漏れているのも見えた。

「ここにヤツがいる」オルガが言った。

「中に無数の動体反応……ヒト型ロボットばかり……」

「コッペリア、俺は足手まといだ」

 不意の言葉に、コッペリアは彼を見た。言い放ったオルガは、彼女をまっすぐに見返した。

「だけどつれていってほしい。やっとここまでたどり着いたんだ。取り返すのはもう無理だとしても、報いは受けさせたい」

 オルガはそう言って右腕のハッチを開けた。医療・修理用デバイスがぎっしり詰まった中身を眺め、彼はまたハッチを閉じる。

「なーに今さらなこと言ってんの」

 コッペリアはにっと笑った。

「少なくとも、オルガと出会って1年のあいだ、私は一度もキミのことを足手まといだなんて思ったことはないよ。オルガがいなきゃ、私は何回も死んでいた」

 屈託なく言う彼女に、オルガは頬を赤らめる。

「初めて会ったレッドバットのときも、北の街でのサイバー・ギャングたちとのゴタゴタのときも、骸骨山脈での怪物退治のときも、毒の大渓谷をブルーフェイスたちと抜けたときも、銀行強盗に間違えられて警察に捕まったときも、軍とギルドの両方に追い回されたときも、私はキミに助けられた。それに――」

 コッペリアはちょっとだけ身を縮め、耳まで真っ赤になって目をそらす。指で、自分の唇に触れた。

「――キミは私の大切な人だし」

 真っ赤になったのはオルガもだった。彼も身を縮め、恥ずかしそうに目をそらした。ふたりはしばらく黙ったままだったが、やがてオルガが耐えかねて「と、とにかく!」と大声をあげた。

「とうとう最後だ」

「……うん」

 コッペリアは腰のリボルバーを抜き、弾倉をたしかめ、グリップをしっかりと握った。オルガも拳銃を抜いた。

「行こう」

 ふたりは歩きだす。

 コッペリアたちは施設の正面玄関に近づいた。両開きの扉は壊れて開放されていた。警戒しながら中に踏み込むと広いエントランスに出た。中は薄暗く、オルガはフラッシュライトをつける。

「かび臭いな……嫌な臭いだ」

「オルガ、気をつけて。たくさんの目が私たちを見ている」

 オルガのライトの光が別の部屋の入り口を横切ると、逃れるように隠れるものがいるのが見える。

「あれは?」

「ヒト型ロボット……スキャンしたけど合致するモデルがない。でも武装は搭載してないみたいだから、多分安全かな。少なくとも建物全体に20体はいる……でもなんで?」

「油断はしないよ」

 ふたりは正面の大きな階段を上がった。さらに進み、一番奥の部屋の前までたどり着くと、コッペリアが立ち止まった。

「この奥にヤツがいる」

「彼女が……」オルガが繰り返す。

「準備はいい?」

「……ねぇ、コッペリア。ひとつだけきいていい?」

 コッペリアは彼を見た。オルガは神妙な表情で、どこか考えこむように遠くを見ていた。そんな表情を初めて見たので、コッペリアはほんの少しだけ戸惑いを感じた。

「俺たちはここまで、薔薇棺の残したメッセージを追ってきた……それって、本当に自分の意思なのかな? それとも、指示されたことをただこなしてきただけなのかな? もしかしたら俺たちは、最初からヤツに何もかも操られているだけなんじゃないのかな――」

「――どうでもいいよ、そんなこと」

 コッペリアはきっぱり言って、閉ざされた扉に手を添える。

「重要なのは、ヤツがここにいるってことだ。さぁ、いくよ」

 扉を開け放った。

 足を踏み入れた先は広いホールだった。かつては講演会にでも使われていたのか、大量の錆びたパイプ椅子が壁ぎわに放置され、代わりに空いた中心部分には、広い作業台と、ロボット製作に必要な各種の大型機械が並べられていた。ホールの一番奥はステージになっていて、その上の椅子に、棺をすぐ横に立てて置いたまま、目を閉じてじっと座っているものがあった。

 それは黒いドレスを着た女性のように見えた。長い黒髪は不自然なまでに真っ直ぐに床に向かって落ちていた。肌は白くなめらかで、しかし冷たく輝いていた。彼女はもうずいぶん長いことそのままの姿勢でいるようで、長いまつげすら微動だにしない。

 だがふたりが近づくと、それは静かに目を開けて彼女らをみた。

「お待ちしておりました」かつてのそれと何一つ、変わらない声だった。

「薔薇棺ィ……ッ!」コッペリアが顔を歪めた。

 薔薇棺は立ち上がり、ステージの上からふたりを見下ろす。肩や頭から埃がぱらぱら落ちる。

「とうとうここまでたどり着かれましたね」微笑む薔薇棺。

「ついに追い詰めた。私の体を返してもらうぞ!」

「私の……ああ、ヴィオラ・スミスの体ですね」

 薔薇棺はそばの棺のフタを撫でた。

「ご心配なく、冷凍装置は正常です。適切な手順を踏めばすぐに再起動しますよ」

「ヒトをロボットみたいに言うな!」

「モノ扱いされるのは不愉快ですか? フフ、よくわかります、とてもよく……」

「おまえを殺しにきた」オルガが薔薇棺を睨む。

「あなたもお待ちしておりました。身体の調子はいかがですか? いつもご心配しておりました。私はまたあなた様に会えて嬉しい」

「そりゃどうも!」

「オルガ、下がってて」

「でも、コッペリア……」

「ヤツとは『決闘』でカタをつける。立会人をお願い」

「決闘ですか」薔薇棺が腰のホルスターから拳銃をゆっくり抜いた。薔薇の彫刻がされた黒いリボルバー、その弾倉をたしかめてから、薔薇棺は静かにステージを下りる。

「意外ですね。てっきり、問答無用で襲ってくるものかと」

「私は狂ったロボットじゃない」

「かまいません。では外に出ましょう。近くに見晴らしの良い丘があります」

 そういうことになった。 


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