第十二話
二日が経った。
話を聞かせてほしいと警察から言われたウィリアムが事情聴取を終えて帰宅すると、まだ昼前だった。ウィリアムは自宅一階の店に顔を出し、代わりに店番をしていてくれた妻のエミリアに問題はないかと尋ねた。すると彼女は「お店に問題はないけれど」と前置きしてから、声をひそめた。
「ヴィ――じゃない、コッペリアちゃん、今すぐにでも飛び出していきそうよ。あんなことがあったばかりで、お葬式にも出られないんだから、無理もないけれど……」
「どんな様子だ?」
「部屋の中で、一日中せわしなく動いてる。お父さんが待ちきれないみたい」
ウィリアムは軽くため息をつき、ジャケットの襟をととのえた。それから二階への階段を見やった。
「すまないが、今日は一日店番頼むな。何かあったら連絡くれ」
彼は階段を上がり、一番奥の部屋のドアを叩いた。
「入るぞ」
ドアを開けると、コッペリアは部屋の真ん中に立ち、険しい表情でウィリアムを待ち構えていた。ウィリアムは笑顔を見せた。
「お待たせ。さっそくはじめるか? 昼メシを食べてからにするか?」
「食べたくない」コッペリアは断固たる口調だった。
「一分一秒が惜しいんだ。こうしている間にも薔薇棺はどこか遠くに行ってしまう。本当なら今すぐにでも飛び出して追いかけたいのに、おじさんが教えてくれるっていうから!」
「まぁ落ち着きなよ」
「パパは殺されたんだよ!? それもあんな……あんなの、人間の死に方じゃない……」
「だから落ち着けってんだ」
ウィリアムはドア枠によりかかり、小さな水筒でジンをひと口飲んだ。
「人を殺しにいくんなら、なにより大事なのは冷静さだ。怒りに任せるとしくじるし、こっちだってただじゃすまねぇ」
「今更自分のことなんか!」
「そうじゃねぇよ。生きる価値のないクソ野郎にテメェの人生をこれ以上めちゃくちゃにされてたまるかってハナシだ。ブッ殺してすっきりして、それなりに決着がついたかたちで生きたいんだろう?」
ウィリアムはにやりと笑った。
「だから教えてやるよ、人の殺し方を。ナイフ、格闘、銃の扱い、急所、無力化、なんでもござれだ」
「……おじさんはこの星の生まれでしょ。『マエ』はないって――」
「そのうちわかる」そうして、ウィリアムはさっさと出ていった。
ふたりは車に乗り、十分ほど走って、町はずれの荒野に降りた。ウィリアムは周囲を見渡す。
「誰もいないな」
「周囲200メートル以内に人はいないよ。虫やネズミはちょっといるけど」つまらなそうにコッペリアが言う。
「わかるのか?」
「うん……わかる」
「そうか。じゃあさっそくはじめるか。銃を準備して、そこにある印がついてる石のところに立て」
コッペリアが腰のホルスターから父の形見を抜き、言われたとおりの場所に立った。シリンダーにゆっくり弾丸をこめているあいだに、ウィリアムは車の荷台から、土台に一本の木の棒で固定された射撃訓練用のヒト型ターゲットを引っ張り出した。彼はそれを約15メートル離れた場所に設置した。
「15メートルだ。この距離が、訓練された人間が拳銃でよくねらったときに確実に当てられる平均だ。まずはこの距離を目指せ」
「そうなの? 思ってたより近い」
「ライフルなら35から45メートルくらいになる。拳銃は小さく、弾がぶれやすいから、立ったままで撃つとだいたいこのくらいの距離だ。あんまり離れると威力も落ちるしな。それに訓練所での射撃とそこらへんでの射撃はぜんぜん違うんだ」
「わかった、やってみる」コッペリアはターゲットを睨んだ。
「意外と当たらないもんさ。まぁ最初はかすれば上出来だ――」銃声が響き、ターゲットの頭の真ん中に穴が開いた。ウィリアムが目を丸くしているうちに、コッペリアはさらに5発撃ち込んだ。それぞれの弾丸は、ターゲットの胸、腹、右肩、左肩、そしてターゲットを土台に固定する木の棒を撃ち抜いて、空中に踊らせた。
「上出来」コッペリアは銃をホルスターに納めた。
すると直後、ウィリアムがジャケットの内側に隠し持っていた銃を抜き放ってコッペリアを狙った。コッペリアは再び銃を抜き、ウィリアムに向けて発砲した。弾丸はウィリアムの手から拳銃を弾き、彼は衝撃に小さな悲鳴をあげた。
「『撃ちきったあとも油断するな』?」コッペリアは皮肉っぽく笑った。
「いつ再装填を?」手首をおさえるウィリアム。
「おじさんが驚いてターゲットに注目したとき。0.4秒もあれば余裕だ」
「まいったね、こりゃ」ウィリアムは頭をかく。
コッペリアは今度こそ弾倉から弾を抜き、銃をホルスターに納めた。
「……ねぇ、まだやる?」
「もちろんだ」ウィリアムは銃を拾いあげる。
「私の脳には軍用の戦闘プログラムがインストールされてるんだよ。神経電流が加速させられてるからすべての動きがゆっくりに見えるし、ボディの方も、加速した身体感覚について行けるように調整されてる」
「ひっでぇなこりゃ。使いものにならねぇ」銃のフレームをたしかめるウィリアム。
「おじさんが私に教えられるようなことなんて、何もないんだよ! ただの人間のおじさんに……!」
「そいつは聞き捨てならねぇな」彼は銃をしまって向きなおった。
「年上の言うことは聞いとくもんだ。たしかに最先端のコンバット・プログラムを持つお前は俺より強いかも知れん。だがな、それでも俺はお前の知らないことをたくさん知ってるんだぜ」
「……たとえば?」
「お前の足もとに爆弾を埋めてあることとかな」
「――!?」
コッペリアが飛び退く前に、足もとの石の下から勢いよく煙幕が噴き出して、彼女の顔を直撃した。彼女は咳き込み、ウィリアムは笑った。
「レッスン1『悪党の誘いにはのるな』だ」
「卑怯だよ!」コッペリアは煙を払う。
「卑怯だと?」
ウィリアムは顔をしかめた。
「なにが卑怯だ。正々堂々になんの意味がある。戦いにルールなんてものがあるものか。それに今のは完全にお前の落ち度だ。ヒントはやったのに見逃した。俺がお前を罠にかけるはずがないと油断していた」
「ヒントだって?」
「お前は気づくべきだった。その足もとの石に俺がいつ印をつけたのかを。俺は昨夜のうちにここに来ていたんだ。ちょっと観察し、注意深くあればすぐに気づいたであろうことだ。そこに立つよう指示したのも俺だ」
「でも訓練だ!」
「そうだ。だから俺はそこにプラスチック爆弾でなく、煙が出るだけのオモチャをしかけた」
「ぐ……」
口をとがらせふてくされた。ウィリアムは頭をかいた。
「まぁ、釈然としないだろうな。立場が逆なら俺だってそう感じる」
彼はしっかりと彼女を見すえた。
「だが事実として、勝ったのは俺だ」
「……わかったよ」
コッペリアは腕を組み、ウィリアムを睨む。
「そっちがその気ならやってやる。もうおじさんとは思わないからね」
「おいおい、訓練中だけにしてくれよ」ウィリアムは苦笑した。その様子に、コッペリアも小さく口元を緩めた。
ウィリアムのトレーニングがはじまった。最初の一週間は、訓練のあいだウィリアムは絶え間なくコッペリアを罠にかけ続け、彼女はそのことごとくにはまり続けた。練習のためと渡された別の銃に暴発する仕掛けが施されていたり(おもちゃだったが)、道の途中に落とし穴が掘ってあったり、差し入れを持ってきたエミリアの腹に爆弾のおもちゃが巻きついていたりした。
二週間が経って、すっかり疑心暗鬼になったコッペリアを見ると、ウィリアムは講義中心になった。銃の基本的な分解や効果的な破壊方法からはじまり、人を脅すときの手順――冷静に、かつ具体的なことは言わず、相手に想像させること――や、建物の破壊方法、相手により激しい痛みを与える傷つけ方、嫌悪感をもよおす死体の扱い、車の盗み方、詐欺師の言い回し、スリのやり方を詳細に教えた。コッペリアは、彼がなぜそんなことを知っているのか不思議だったが、訊かなかった。答えてくれるはずがなかった。
三週間が経って、コッペリアがウィリアムの罠にはまることがなくなり、あらゆる人間が悪意と不審の権化に見えはじめたころ、彼は彼女を町外れの丘に呼び出した。満月の輝く、明るい夜だった。




