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水の戯れ  作者: 花歌
第1章 君や来し
2/7

伴侶

とりあえず、スイの言い分をかたっぱしから全て聞いた千秋は、ほっとしたと同時にぞっとした。

 まず、スイの「伴侶」発言。青ざめた千秋が、

「私はあんたの嫁になる気はないっ!」

 と断言すると、彼は憮然とし、

「わたしだってそなたみたいなガサツなおなごを妻にする気はない」

 と、見事に真っ二つに切った。

 嬉しいのか悲しいのか、頭にくるのか喜ばしいのか、なんとも言いがたい心情を抱えつつ、目を白黒させる千秋に、スイは憮然と言った。

「私は神だ」

 と。

 ああそうですか。神ですか。そりゃまぁ見事なこって。

 そうやり返すと、彼はさすがにそんな反応をした人間を見たことが無かったのか、唖然としたが、その顔があまりに今までとかけ離れた、生まれて間もないガキのようだったので、千秋は笑い飛ばしてやった。

 ようするに、完全に現実逃避していたのである。

 彼の言い分はこうだった。


 スイは神だが、過去にあった何かしらが原因で、長い間眠りについていた。その眠りから千秋の誕生日である今日目覚めたのだが、風景は様変わりしてるし、神としての力を失ってるし、なんで眠りについたのか覚えてないしで(あんた実はバカでしょ、と突っ込んだらものすごい冷たい視線で睨まれた)あちこち彷徨っていたところ、千秋に会ったのだと言う。

 なぜか、千秋の姿を見たとき、既視感を覚え、呆然と見つめていたところ、今まで誰にも見えなかった自分の姿が千秋にだけは見えたと言うのだ。

 千秋の声を聞いたとき、確かに自分はこの人物を知っている、とスイは確信したらしい。しかし千秋はものすごい悲鳴をあげて逃げてしまうし(だって幽霊だと思ったし)、後を追おうにもあまりに足が速いので(まるでイノシシのようだったな、とスイは付け足した)、千秋の気配が止まるのを待ってから、俗に言う『瞬間移動』というやつで、千秋の傍に現れたのだ。

 何も覚えていないスイだったが、神としての力を取り戻す為に、自分に協力してくれる人間が必要だということは知っていた。その『伴侶』が、千秋だというのだ。

「わたしは半日この集落を見て回ったが、わたしの姿はおろか、声や気配さえも誰にも気付かれなかった。だがそなたには、わたしという存在が伝わっている。これはそなたが『伴侶』であることに間違いない」

 伴侶じゃなくてせめて相棒とか言ってくれればいいのに――ややこしい、とぶつぶつ呟いていた千秋は、スイの言葉に嫌そうに顔をあげた。ちなみに今二人が座っているのはブランコである。

「ええー。私、あんたみたいなのにわざわざ協力しなきゃいけないわけー?」

「……わたしは眠りにつく以前のことを覚えていない。どのぐらいの時間眠っていたのかも。だから協力してほしいのだ」

「……神様の力を失ってるってさ、何が出来なくなってんの?」

 瞬間移動できるし、結界とやらを張って千秋を閉じ込められるし、なんでも出来そうな気がするんだけど、とい言うとスイは笑った。わずかに悲しみが見られるそれ。初めて見る負の表情に、千秋は思わず息を止めた。

「宿るものが無い」

 分からない、という千秋の表情を汲み取ってか、スイは苦笑気味に続ける。

「神には必ずは宿るものがある。この豊秋津島とよあきづしまの神々は、その宿るものを己と同化し、愛す。だがわたしにはそれがない」

 何かがね、とスイは言う。

「足りないのだ。わたしという存在から何かが欠けている。だから人には見えないし、これ以上わたしという存在を強調することも出来ない。千秋にはわたしが見えたけれど、それはわたしの力ではない」

「じゃあ、力を取り戻したいというより、その宿るものが何なのか探したいわけだ?」

「そうなるね」

「ふうん……」

 なんて面倒な――。

 スイには分からないように千秋はため息をついた。

「それで、具体的には何をするの?」

「神殺しだ」

「……は?」

 言ってる意味が分からないからか、はてまたその言葉の衝撃からか、千秋はポカンとする。

「あんた、神のくせに神を殺すわけ?」

「何を言う。そなたが殺すのだ」

「……は!?」

 思わず立ち上がる千秋。スイはしれっと、表情変えることなく言う。

「わたしには今力がない。神が神を殺すことがあっても、神を神でないものが殺すことは出来ない。だが人ならば別だ」

「いや、ちょっと待ってよ」

「無論、地位の高い、力のある神々には手出しできない。だが、身分の低い神々ならそなたでなくても、誰でも奪うことが出来る」

 いや待て。身分が高かろうが低かろうが神様は神様でないのだろうか?神殺しって――そんな軽々しく口にしていいものなのか?大体この男自身だって神だろう。今は力がないのだからこの男だって千秋は殺すことが出来るのではないだろうか。

「嫌だ」

 気が付けば、千秋はそう言っていた。大体なんでこんな初対面の、しかも力の無いしょぼい神様のために、千秋がわざわざ他の神様を殺さなきゃならないのだ。

 しかもこの男は『神々』と言わなかったか。つまりそれは複数形なわけで、つまり千秋は一柱だけでなく、何柱も葬り去らねばならないわけだ。この男が神様としての力を取り戻す為に。

「絶対協力なんかしない」

 他を奪ってまで、自分のものを手に入れる。千秋の一番嫌いなタイプだった。だから痴漢がいればぶん投げるし、スリがいればぶん殴る。自分のことばかり考えて、人の思いや努力や楽しみ。それを奪うものほど、千秋が嫌うものはない。

「……安心しなさい」

 なぜかスイは微笑みを浮かべて千秋を見ていた。

「神殺しとは名ばかり。実際に殺すのは神ではない。その成り果て」

「……」

「神として存在していたものの、今は悪と化している存在……禍ツ物というのだが、それを葬るだけだ」

「……マガツモノ?」

「災禍の元となるものだよ」

「……」

 渋った顔を崩さずスイを睨みつける。彼はやれやれ、といった様子で説明しだした。

「神の怒りによる災禍は、正の中での禍だ。流れを崩されない」

「……台風とか?地震とか?」

「タイフウとは、野分のこと?」

「うん」

「そうだね。人はそれを恐れる。しかしそれらは最終的に豊秋津島の為となる。だが禍ツ物が起こす災禍は単なる負で、ただ蝕むだけだ。野分なんかも見た目には変わらないが」

「でもそれだってもとは神様だったわけでしょ?」

「ならば言うけれど、千秋が恐れていた悪霊だって元は人だ」

 そういうものだ、と無言の千秋にスイは言う。

「神も人も簡単に変わってしまう。わたしも神だとはいえ、力をなくしているし、力をなくした神は禍ツ物になりやすい。私が災禍の原因になることだってありうる」

「じゃあ……」

 千秋はキッとスイを睨みつけた。

「私があんたを殺す事だって出来るんだよね?」

 スイは表情一つ変えなかった。ただ静かに千秋を見つめるだけ。翡翠色のその瞳に、なぜか千秋は心の奥まで覗かれているような気がした。

「……出来るよ」

 声色は優しかった。表情も穏やかで、千秋の言った言葉など理解していないようで。それが信じられなくて、千秋は目をむく。

「あんた、私が言ってる意味分かってんの?」

「分かっているよ」

 ただ、とスイは言う。

「そなたは『伴侶』だから。そうしてもわたしは怒らない。むしろわたしを止めることができるのは千秋、そなただけだ」

 殺す、と言っている相手を、こんなに優しい表情で見つめる。もちろん千秋にスイを殺す気などない。むしろ係わり合いになりたくないぐらいだった。けれど、死というものを簡単に受け入れてしまおうとする目の前の男が信じられなくて。

「……一つ聞いてもいい?」

 スイは頷く。

「マナって何?」

「真の名」

 間発入れずにスイは言う。

「真名はその者の全てを現し、その者自体を縛る。だから、真名を明かすということは、相手に自分を託しているということになる」

 そういえば、平安時代の女性は夫にしか自分の名を明かさなかった、というのを古典の授業で習った気がする。スイが言うのはそれと同じことなのだろうか。

「そなたにはわたしが見える。それは人ならざるものに対する気配に敏感だということだ。真名を明かすのが人ならばまだしも、わたしのような人ならざるものならば――」

 スイはひた、と千秋を見つめた。

「黄泉どころか、輪廻の輪にも返れないことになるかもしれない」

 呆然と、千秋はスイを見つめた。

 初対面の人にまずするのは、名を名乗ること。当たり前のことだ。十七年間生きてきて、そんなことは何度だってした。だがその自分を指し示す言葉が、そんなに重要だったなんて――。

「……千秋」

「何?」

 ちょっと、と言って、スイは手を伸ばし千秋の額に触れた。意味の分からない行動だったが、これだけ真面目な話の中、この真面目の塊のような男が余計なことをするとは思えない。千秋は黙ってされるがままになっていた。

 どれぐらいそうしていただろう。時間にすれば短かっただろうが、額に当てられた手は冷たいのになんだか心地よくて。目を閉じていた千秋は、手が離れたと同時にスイの顔を見た。

「何?」

「いや……」

 怪訝な顔を向ける千秋だったが、なぜかスイの表情も負けず劣らず、意味が分からないといった様子で千秋をじっと見ていた。

 気まずい沈黙が二人の間を漂っていた。出会ってから二人の間はギャーギャーワーワー大騒ぎばかりだったのに(その八割以上は千秋が原因なのだが)、今更こんな沈黙がおとずれるなんて。

「……嫌だ」

 本日二度目になるセリフを、千秋は言った。

「私はそんな重荷を背負いたくないし、そんなやっかい事に巻き込まれたくも無い。私にあんたを殺す権利があるなら、放っておく権利もあるはずでしょ。災禍とかになるのが嫌なら自分で死ねばいいじゃん。もう一回眠りにつくってのもアリなんじゃないの」

 それに――と千秋は続ける。

「あんたが見えるイコール、私に霊感があるみたいなことさっき言ってたけど、残念だったね。私、そういうの昔からまったくないから」

 じゃ、と言って千秋はブランコから立ち上がる。なぜか分からないけれど、スイが結界を張っていないのはもう分かっていた。

「もう暗いから帰る」

 そう言って、千秋は後ろを振り返ることなく、その場を去った。


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