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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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騎士団の膿

カイル→レナードサイド

 クロエから学んだことはまず焼く料理から。肉でも野菜でも魚でも、焼けば大体食べられる。あとは火加減と味つけだ。火加減に関しては魔法を用いて、味つけに関して指導を受ける。時折叱責や手も飛んでくるが、カイルはおおむねクロエの指示道理に料理を作っていく。

 まだまだぎこちなさは残っていても、生来の器用さが助けてくれるのか失敗をすることなく料理を終えることができた。


「うん、まあまあだね。次からはもうちょっと頑張んな」

「だな。結構調理器具を使うのが難しいよな?」

「こればっかりは慣れだね。コツをつかめるように意識してみるんだよ」

「分かった」

 カイルが作った料理は、家庭料理としては上等の部類だが、クロエにとって満足の行くものではなかった。プロ顔負けの料理で驚かせたいならこれくらいではいけない。などと、クロエは張り切っていた。不幸な境遇でも腐らずに、芯を貫いているカイルに作る喜び。食べる喜びを教えたかった。


「今日はこれくらいにしようかね。あたし達と同じ賄を食べていきな」

「いいのか?」

「構わないさ。あんたが手伝ってくれたおかげで、仕事も早く片付いたしね」

「なら遠慮なくもらうな。えっと、クロは……」

「料理をしている時じゃなかったら呼んでも構わないよ。外にいるのかい?」

「そんなとこ。ちょっと待っててくれ」


 カイルは一度通用口から外に出ると探知を使って人目がないことを確認してからクロを影から呼び出す。クロは一度大きく伸びをしてからカイルに続いて厨房の中に入った。

「いらっしゃい、クロ。あんたも食べな」

 クロエの言葉でカイルとクロの前にも料理が運ばれてくる。運んできてくれたのは、カイルと似たような新人だということだが、緊張しているのかクロが怖いのか手が震えていた。二人の前に皿を置くと声をかけることも視線を合わせることもなくそそくさと立ち去って行った。


 少し不審なものを感じつつも、クロエ達と共に食事をとる。食器を片付ける時に見た新人の子は机の隅で、食欲がないのか料理をつついているだけだ。視線を感じたのか、顔を上げてカイルと目が合うと慌てて逸らして食べ始める。

 カイルはクロと目を合わせてから首を傾げる。どこかおかしい様子だが、何がおかしいのかいまいちよくわからない。カイルと彼女は初対面だし、あんなふうに委縮されるようなことをした覚えはない。それとも、カイルが手伝いでありながら活躍したので肩身が狭い思いをしているのだろうか。


 判然としない思いを抱えながらもクロエにお礼を言って厨房を出る。片付けの手伝いまでしていたら、日もすっかり暮れてしまった。カイルはクロと二人で王宮の中を貴族街に向けて帰ろうとする。だが、騎士団本部から出ようとする前に、何か笛のような音が聞こえたと思った瞬間猛烈な眠気が襲ってきて崩れ落ちる。眠りに落ちる前に見たのは、同じようにして伏せるクロの姿だった。




 うつ伏せの頬に感じる冷たい床の感触に、ふっと意識が戻ってくる。原因不明の睡魔に襲われ倒れたカイルはあたりを見渡そうとして、目隠しをされていることに気付く。それだけではなく、口も布でふさがれ、両手は後ろ手に、足にも枷がはめられているようだ。

 裏社会で囚われていた時と似たような状況に、カイルは焦りを覚える。まさか、もう手を出してきたのか。それも、王宮の騎士団本部の近くで? さすがにそれはないだろう。もしあるとするなら……。


 そう考えていたカイルの背中を踏む者がいて、思考が中断される。目隠しされているため顔をねじっても相手の顔を確認できない。思えばクロはどうなったのだろうか。カイルと同じように昏倒したのは見た。それ以降は?

 パスを確認しようとするが、なぜか体内の魔力の動きが鈍い。まるで体は起きているのに魔力が眠ってしまっているかのようだ。いつもは迅速にカイルの要求に応えてくれるのに、まるで手ごたえがない。魔力遮断とも魔封じとも違う中からではなく、外から押さえつけられているような感じだ。それに、なぜかクロ以外にも魔力の抜け道があるような感じで、体から魔力が抜かれているのを感じる。


 得体のしれない恐怖が襲ってくる。魔力の器が眠りについて満足に魔力を生み出せないまま魔力を抜かれたらどうなる? クロだけではない、カイルも死んでしまう。どうにか目隠しだけでも外そうとしたが、そんなカイルの意図を悟ったのか、背中を踏んでいたのとは別の手が目隠しを外してくれる。

 そして戻ってきた視界で見た光景に、カイルは愕然とした顔をする。魔力が抜かれているせいか虚脱感が漂う体を無理にでも動かし、背中を踏む足をはねのける勢いで体をよじる。なぜなら、カイルの目の前に広がっていたのは、鎖で床に縫い付けられ、何本もの剣を体に突き刺されたクロの無残な姿だったのだから。


 魔獣とは違って生命力の高い妖魔であるクロは、それでも命を落としてはいない。だが、カイルと同じように魔力を抜かれながら鎖で床に固定され、わざと急所を外すように複数の剣を突き立てられている。

 クロの体の下には血だまりが広がっている。カイルが暴れていることに気付いたのか、クロは目を開けてカイルを見る。理性は失われていないが、与えられた苦痛と再び囚われの身になったカイルを見て怒りを募らせていることは明白だった。


 いい加減暴れるカイルがうっとうしくなったのか、背中を踏んでいた足がどけられ、そのままカイルの腹を蹴り上げる。カイルはこみ上げてくる物をどうにか呑み込む。今吐いてしまえば、口を塞がれているため吐きだせず、気管を詰まらせてしまう。そうなれば待っているのは苦しみぬいた末の死だ。

 蹴られたことで横になった体でカイルは自分を蹴った者達を、クロをあんな目に合わせたであろう者達を見る。だが、その顔を確認することはできなかった。誰もがみな鎧に身を包み、兜をかぶっていたからだ。だが、それでもわかることはある。カイルを、クロを襲っているのが騎士であるということが。


 まさか、こんな直接的な手段に出るとは思わなかった。レナードやバレリーの目が光っているし、何よりいくらカイル相手でもこんなことをすれば騎士の資格は剥奪されてしまうだろう。そう思うのだが、カイルを取り囲む六人ほどの騎士達はそれを考えていないのか、考えてなお許せなかったのか次々にカイルを蹴ってくる。

 何とか体を丸めて大事な部分を守ろうとするが、顎を蹴り上げられ足枷や手枷を使って執拗に全身を痛めつけてくる。懐かしくも思い出したくもない痛みに、カイルはふさがれた口の中でうめき声をあげる。


 ひとしきり蹴ったところで、カイルの口の布が外された。そこには血がにじんでいる。

「……な、で、こんな……」

「ドブネズミに相応しい最期を与えてやろうとしているんだ。ありがたく思え」

 カイルの問いかけに、兜の中でくぐもった声が返事をする。リンチを受けている間にもカイルの魔力は抜かれ続けていたのだが、ある時を境にそれがなくなった。そして、極度の集中力でカイルは魔力の器をたたき起こすことに成功していた。今は減った魔力を早急に生産して回復している最中だ。集中しなければまた眠りについてしまいそうで、そうなると魔法を使うこともできないだろう。


 今の彼らはカイルが魔法を使えないと安心しているように見える。この隙をついて彼らを退け、クロを助けて逃げ出すつもりだった。今も密かに魔法で枷を外せるように細工している。

 最期といいながら、彼らはカイルを楽に死なせるつもりなどないのか、腰の剣を抜く様子は見えない。クロの怪我も心配だし、カイルはずっと彼らを観察して隙を窺っていた。探知でここが地下らしいということは分かっている。ならば上に上がる階段なり見つければ地上に出られる。


 全員がカイルから視線を離した一瞬をついて、カイルはレナードにもやったように目つぶしと足の拘束を行う。ただし拘束にはアミル直伝の時属性による肉体の時の停止を組み込んでいる。光を放った瞬間に枷を外してカイルはクロの元に走る。

 動けずに驚きの表情を浮かべているだろう彼らを尻目に、同じように枷を外し、詠唱をして傷を治す。それから触れることで直接魔力を流してさらに血属性でクロの血の補充をする。クロもカイルの意図をすぐに察して、身動きがとれるくらいに血を補充するとカイルを背に乗せて部屋を抜けるために走り始める。


 妖魔であるクロや、シェイドと契約して夜目が利くカイルには、部屋の様子がしっかりと見えていた。動きの止まった騎士達の他に人影はなく、扉も一つだけだ。真っ直ぐに飛び出した二人だったが、扉を出た直後背中から胸に突き抜ける衝撃を感じた。

 クロを回復し、自身の傷も治したところで集中力が切れ、再び眠ってしまった魔力の器。そのせいでクロの背中に寝そべるようにしていたカイルの背中から入り右肺を貫通して胸から飛び出したそれが、クロにも突き刺さる。


 カイルは声にならない悲鳴を上げ、クロもまた短く獣の悲鳴を上げてバランスを崩し倒れこんだ。しがみついていたカイルの体とクロの体が一本の剣によって物理的に縫い止められる。クロの体を貫通するほどではなかったが、かなり体の奥深くまで刺さったそれは確実に二人を死へと追い込むものだった。

 カイルはクロの毛にうずまっていた口から血を吐きつつ、満足にならない呼吸で霞む視界の中振り返る。扉を出たところにいた人影を。足元から見て、頭にたどり着いた時、カイルの視界は闇の中に沈んだ。




 普段は大勢の者達が寝泊まりしている騎士団本部だが、無の日だけは交代で休暇を取るため人数が半減する。もちろん何かあればすぐに駆け付けられるようになっているが、近年はそこまでの非常事態も起こっていない。

 当直として騎士団本部に詰めていた団長のレナードと副団長のバレリーは、月明かりの中騎士団本部の入り口あたりに出ていた。男二人で涼みに出たわけでも、月を見るために出たわけでもない。


 夕食が終わってすぐにレナードの元に良心の呵責に耐え兼ねた懺悔の告発があったため調査したところ、少し前にここで普通なら使われるはずのない魔法具が使われた形跡があったためだ。なぜ騎士団のトップの二人がというところだが、その魔法具が通常は魔獣を相手に使われるものだったためだ。


 騎士達が騎乗する魔獣は別の場所で飼育されているし、個人所有のものであれば町に預けられている。使い魔なども騎士団の場合同じように預けられていることが多い。今現在、騎士団本部でこれが使われる可能性がある魔獣、いや存在は一つしかなかった。

 そのため、最も関わりが深いこの二人が調査に来ていたのだ。


「やはり、何かが……誰かが倒れた後が見受けられますね。まさかとは思いますが……」

「このような手段に出るなど、姑息な……居場所は見当がつくか?」

「カイル君が魔法が巧みであることは知られていると思います。ならば……」

「地下……か。直ぐに向かうぞ」

「はい。騎士団内部での狼藉は見過ごせません。最近綱紀も乱れてきています。一度引き締めるべきかと」

「そうだな。彼を見ていれば特にそう思う」


 誰に言われるでもなく、自らを厳しく律し、罪を犯さぬことの方が難しい環境で潔白を貫いてきた。そんな存在を前にして、能力のみを重視して集めてきた今までのやり方を改める必要性を感じていた。実力など入ってからでも伸ばせる。だが、人間性ばかりは簡単に変えることが難しい。

 二人が踵を返そうとした時、普段はあまりここには立ち寄らない人物達がレナードたちに声をかける。


「おや、二人とも揃いでどうかしたのかい?」

「……陛下こそ、なぜここへ?」

 半ば理由が分かっていながらレナードは聞く。案の定、トレバースは悪戯が見つかった子供のような顔をする。

「いや、だって君は何度も顔を合わせているのに、わたしはあれ以来会っていないだろう? なんでも、無の日の夕方クロエさんに料理を教わりに来ているというじゃないか? プライベートならこうして息抜きに来たわたしと会っても問題がないだろう?」


「陛下……。素直におっしゃったらどうです? カイル君に会いに来たと」

「いや、だって、ほら……。一国の主が一人を身びいきするなんてあまり外聞もよくないだろう?」

「衝動を抑えきれず足を運んでしまった時点で手遅れの気もしますが……」

 テッドに指摘され、言い訳じみたことを口にするトレバースだが、気遣い上手のバレリーにさえ呆れた口調で言われる。


「申し訳ありませんが、陛下。そのカイルにトラブルが起きた可能性があります」

「何だって! こ、ここは騎士団本部だよ、誰が……」

「由々しき事態ですが、おそらくは騎士の手によるものかと」

 レナードの言葉に、トレバースは言葉を失う。国王の剣といわれる騎士が、よりによってカイルに手を出した可能性があるなど考えたくもなかった。


「それで、トラブルとはどのような?」

「脅迫された者より告発があり調査したところ、魔獣捕獲や討伐の際に使われる呼子の魔法具が使われた形跡があります。その付近に倒れた跡や複数の足跡も残っておりました」

 国王に変わって状況を確認するテッドにバレリーも簡単に説明する。呼子の魔法具とは、特定の薬を混ぜた餌を食べさせた魔獣を任意のタイミングで眠らせることができるというものだ。その薬の効果時間の間は何度でも使用でき、昏睡させられる時間などは込めた魔力による。


 つまりこれを用いれば、労せずして魔獣の動きを封じることができるのだ。

「し、しかし、あれって確か人には効かないはずじゃ……」

「確かにそうです。しかし、使い魔契約をしている場合、両者に食べさせることで相乗効果を狙えるという特徴もあるのです。その場合、使い魔の魔獣だけではなく……人も同じように昏睡させられます」

 レナードの返答にトレバースは顔色を青くさせる。それはつまり、クロともども意識を失っただろうカイルが連れ去られた可能性を示唆している。


「陛下、我々は一度戻りましょう。後処理や、場合によっては治療などの手配もしなければなりません。場所の見当はついているのですよね? 発見次第、どのような状態でも離宮に運んでください」

「了解いたしました。もし重症を負わされていた場合、わたしでは治療が難しいこともありますので医療班の手配はぜひお願いします」


 バレリーが請け負う。バレリーの魔法の使い方が特殊なのは何も応用が得意だからというわけではない。その逆で、派手な魔法を使うことができないからこその苦肉の策だ。バレリーは”先天性魔力発育不全症候群”という、生まれつき魔力の器がほとんど成長しない体質なのだ。そのため、赤子と変わらない魔力量と質でやりくりするしかない。


 ある意味魔力なしよりも質が悪いと言えよう。少ない魔力はすぐに魔力切れや枯渇を起こしやすくそうであっても魔力量が増えるということもさほどない。生まれついての量がそれなりだったためどうにか形になっているが、それでも第四階級以上の魔法は使えない。それ未満の魔法を応用することで、魔法以外の体を鍛えることでここまで上り詰めてきたのだ。


 そうした意味でレナードはバレリーにとって励みとなる存在だった。魔力を持たない人間でありながら、騎士団のトップに上り詰めたレナード。ならば、魔力が少なくとも、質が悪くとも自分も登れると信じられた。そうして得た副団長の地位だ。

 だが戦場やこうした事態においては歯がゆくて仕方ない。応急処置程度ならできるが、完全な治療などは望めないのだ。


「……アミル様に来ていただきましょう。彼女であれば治療に関してはエキスパートです。カイル君の事情にも通じておりますし適任かと」

「そうだね。その方がいい。頼むよ二人とも、彼は死なせるわけにはいかない人材だ」

 カイルの素性を知らないバレリーであってもその言葉を重く受け止め、踵を返した。国王達もすぐに王宮に戻るために来た道を帰ろうとしていた。そんな両者の間にあった木陰がうごめき、何かの形をとろうとしたためどちらも足が止まるまでは。

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