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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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墓参りと対面、そして料理指南

 いまいち納得がいかないが、また手をつなぎなおしたレイチェルと共に、貴族街でも、王宮の裏側に当たる墓地へと歩を進めていく。景色を楽しむように、二人の時間を味わうように、急ぐこともなくゆったりした時間を過ごす。

 次第にレイチェルも手をつなぐことに慣れてきたのか、周囲を見る余裕も出てきた。折々でレイチェルの説明を受けたりしながら、カイルは貴族街を抜けて墓地へとたどり着いた。ここには貴族や王族、英霊と呼ばれる者達の墓しかない。

 なかでも救国の英雄であるロイドは、王族たちの墓にほど近い場所に墓を建てられていた。整備され短い芝生の中、整えられた道を行き、カイルはロイドの墓へとたどり着く。カイル達の他にもロイドの墓に参る者達は多い。


 特に、先日剣聖の偽息子騒動があったことで、ロイドのかつての苦悩を思う人々が、ロイドを悼みに来ていた。順番が来て、カイルはレイチェルと共にロイドの墓の前に立つ。カイルの背よりも大きな四角い石に、ロイドの名前が刻まれ、その功績も記されている。

 墓の周りには多くの人々がささげたのであろう花が無数に取り囲んでいる。これ程愛され、これほど感謝されているのだと実感できる。

「偉大なる……英雄か…………安らかに眠ってくれよ。あとは俺が……俺達が受け継ぐから。見守っててくれ」

 カイルはレイチェルにしか聞こえない声で、ロイドに語り掛ける。父とは呼ばない。ただ、思いを伝えるだけだ。レイチェルも、カイルの言葉にうなずきながらいつもこの墓の前で決意を新たにしてきた自分を振り返る。


 必ずロイドのように国を支え守る存在になってみせると。そのために強くなると誓った自分。そのおかげで今こうしてカイルと共にいられる。そのことに感謝をし、そして同時にロイドに伝える。息子は必ず守ってみせると。そして、幸せにすると。

 それぞれに祈り終えた二人は、顔を見合わせて笑みを浮かべる。なんとなく相手がどんなことを伝えたのか分かった。それからまた、二人で手を繋いできた道を戻り始める。

 レイチェルの家は王宮に近い場所にあるという。何かあった時、すぐに駆け付けられるようにというわけだ。それだけでレイチェルの家が代々どれだけ王に貢献してきたかがうかがえる。


「今日はレイチェルのお母さん、えっと、ティナさん、だっけ? しかいないのか?」

「いや、おそらく妹はいるはずだ。弟は十五歳になって東区にある王立魔法学園に入学した。あそこは確か全寮制だったはずだ」

「ふーん、学校か……。魔法ってことは……」

「ああ、弟と妹は魔力を持っている。どちらも母様の資質を強く継いで光属性の適性が高く、弟は火、妹は水の適性も出た。母様自体はどちらも適性があるが、水魔法の方をよく使っていたな」

「へぇ、兄弟でもやっぱ適正に偏りが出たりするんだな」

「そのようだ。そのためか、二人の性格も正反対でな。その、わたしはあまり弟とは折り合いがよくないのだ。そのことで妹も心を痛めていると分かっているのだが……」


「なるほど、兄弟っていっても色々あるってことか」

「そうだな。血もつながっていないのに、ドワーフやキリルのような兄弟がいるカイルが、少し羨ましいくらいだ」

「まだ親方の子供にはカール兄さんとしかあったことないけどな。そう考えると俺って結構兄弟多かったりするのかもな。ハンナも姉だとかごり押ししてくるし」

「そうだな。見た目的には妹なんだが、時々やはり年長者だということを感じる」

「だよなぁ。妙な迫力がある時あるし、なによりあの目がなぁ」

「カイルはあの目に弱いよな」

「仕方ないだろ? あんなふうに真っ直ぐ見られたら、嘘ついたりごまかしたりできないだろ」

「そこはカイルのいい部分だと思うがな」

「どうもそのあたり分かってやってる部分もあって、余計悔しいんだけどな」

「みんな、カイルが心配なのだ。なんでも背負い込もうとしてしまうところがあるからな」

「そこまででもないと思うけどな。ん? あれって……」

「…………母様……なぜ、手を振っている」


 カイルは王宮に近づいていく中で、ある家の前で手を振っている人影を見つけた。明るい金髪に整った容姿、細長い耳。どう見てもエルフであり、レイチェルとそう変わりない年に見える女性が満面の笑みを浮かべながらこちらに手を振っていた。

 レイチェルは手で顔を覆って、母の行動に頭を痛めている。それでも、カイルの手を離さないところを見るに、少なからず動揺しているのだろう。カイルとしては別に隠すことでもないので、そのままレイチェルの手を引いてティナの前に立つ。


「えっと、……こんにちわ。俺はカイル=ランバート。まぁ、一応、レイチェルの未来の恋人、あと夫になれりゃなと思ってる」

「あらあら、まあまあ。わたしはティナ=キルディス。レイちゃんのお母さんよ。カイル君、いらっしゃい。お母さんって呼んでもいいのよ?」

 カイルと母親とのやり取りに、レイチェルは顔から火が出そうなくらい赤くなっている。もうすでに既成事実のようなやり取りがされている。


「な、ななな、か、カイル。その、だな。…………うん、母様。その、こちらがわたしの……」

「ええ、分かっているわ。あのレイちゃんが、男の子を連れてくるなんて……男の子よね? 綺麗な顔をしてるけど」

「一応。母さん似だから、男っぽくは見えないかもしれないけど」

「いいのよ。かわいい子は好きよ。変にむさくるしい騎士を連れてこられなくてむしろほっとしているわ」

「母様!」

「なあに、レイちゃん。だって、あなたのことだからそんな人でないと認めないのかと思って。父様大好きでしょう?」


「そ、それは。父様だから……だ、だからといってな」

 レイチェルは一瞬言葉に詰まり、赤くなりながらも否定はしない。ティナはそれを見てクスリと笑うと家へと誘う。

「上がってちょうだい。お昼にしましょう。それに、たくさんお話ししたいわ。午後からは空いているんでしょう?」

「レイチェルが行きたい場所がないなら……あっても、また今度行こうか?」

「う、そ、そうだな。また、その、二人で、か?」

「その方が俺としても楽しい。みんなといるのもいいけど、やっぱ好きな子と二人でっていうのは特別だからな」


「なっ! …………そ、そうだな。わ、わたしも、嬉しい」

「まぁ、レイちゃんったらすっかり女の子になって」

「わたしは最初から女だ!」

「その女らしさが少しも見えなかったから心配していたのよ? 家事も駄目だし、可愛いお洋服にも興味がないし。でも、今日の服は可愛いわよ。昨日徹夜しそうな勢いで選んだだけはあるわね」

「母様っ!」

「……やべ、まじで嬉しいんだけど」

「ふふふっ、楽しいわね。レナードとの出会いを思い出すわ。あの人は真っ直ぐで不器用だから、いきなり告白してきた時には驚いたものだけど……」

「父様……」

「レナードさんらしいな」


 レイチェル達は言いながら庭を抜けて家に入り、ダイニングに入る。中では食事の用意がすっかり整っていた。そして、部屋に入ってすぐの扉の前に一人の少女が待っていた。ティナともレイチェルとも共通する金髪に、ハーフエルフの耳。青い目をした少女だ。

「母様、姉様、お帰りなさい。それに、いらっしゃいませ、カイル……お兄様。わたしはマルレーンと申します」

 ぺこりとお辞儀をしたのは、レイチェルの妹のマルレーンだった。魔力がなくて周囲からも失望され馬鹿にされてきた姉を見続けてきた。何度も打ちのめされながら、涙を流しながら、それでも立ち上がり父に剣を学んできた姿も見てきた。


 けれど、姉が女としての顔をしたところはついぞ見たことがなかった。姉として気にかけてくれてはいたが、どちらかというと兄に近いような感覚だった。実際の兄は、姉のことを馬鹿にして見下している部分がある。魔力がなければ、ハーフエルフなどとは言えない、とまで思っているようだ。

 それでも、マルレーンは努力して今の地位にまで上り詰めた姉を尊敬していたし、そんな姉を理解して寄り添ってくれる人が現れることを願っていた。その人は、マルレーンが想像していたような人とは違ったが、それでも優しそうな人であることは分かった。

 エルフやハーフエルフである自分達にまけないほどの整った容姿に、落ち着いた雰囲気。何より姉を見る優しい目が、マルレーンの心を温かくしてくれた。


「レイチェルの妹だっけ。よろしくな。レイチェルだけじゃなくて、レナードさんにも世話になることになって、ちゃんと挨拶もしなきゃなって思ってたんだ。…………心配しなくても、レイチェルはお前の事ちゃんと大切に思ってるぞ? お前が思ってるのと同じくらい」

 カイルはマルレーンに視線を合わせるようにかがみこむと、マルレーンに聞こえるくらいの声で囁く。マルレーンはまるで心を見透かされたようで、驚きの顔でカイルを見るが、カイルは優しく微笑んでいるだけだった。その笑顔に後押しをされて、マルレーンはレイチェルの前に歩み出る。


 今までは兄に遠慮していたことや、同じ両親から生まれたハーフエルフなのにレイチェルだけが魔力を受け継がなかったことで遠慮があった。仲良くしたくてもどこか心に歯止めがかかっていた。でも、もうそんなことは気にしない。

「姉様、あの、あのね。わたし、本当は姉様とやってみたいことがたくさんあるの。でも、姉様はずっと忙しそうにしてたし……わたし達には魔力があったから、わたし達の事嫌いなんじゃないかって思って……」

「何を言っているんだ! 確かにわたしには魔力はないが、だからといってお前やランドを嫌ったりはしない。カイルに出会ってよく分かったのだ。誰の元にどのようにして生まれるかなど分からないし、生まれた子供に責任などない。だが、生まれたからにはその自分を受け入れて生きるべきなのだと! どのような存在であろうと、どのように生きるかは意思一つだと」

「姉様……」

 マルレーンは目を潤ませてレイチェルを見上げている。わだかまりも遠慮も溶けて消えていく。


「だが、確かにわたしは自分のことばかりに気を取られて、お前達には姉らしいことをしてやれなかったな。その、すまない。遅いかもしれないが、これからはちゃんとマルレーンや……ランドとも向き合っていこうと思う。マルレーンがやりたいことがあるなら、わたしも付き合おう」

「うん、ありがとう、姉様。それに、カイルお兄様!」

「良かったな、二人とも」

「あらあら、仲がいいのはいいことね。ありがとう、カイル君。あの二人を繋いでくれて……」

「繋がりなんて、どっちか一方でも思い続けてたらなかなか切れないもんだよ。あの二人はお互いを思ってたのに、すれ違ってただけだ。お互いの姿が見えるように方向を教えただけだ」


「ふふふっ、本当、レナードの言った通り。あなたが息子になってくれたら、嬉しいわねぇ」

「そうなる様に努力するよ。あんな幸せそうなレイチェルの顔、守ってやりたいから」

「ふふふっ、さすがはわたし達の子だわ。いい人をつかまえたわね。さぁ、食事にしましょう」

 一気に距離が縮まったレイチェルとマルレーンが隣り合い、レイチェルの正面にカイル。その二人の間の席にティナが座って食事になる。

 終始にこやかな席だったが、後で思い返せば、女子会に男一人混ざっていたような状況だったことに気付く。傍からみても全く違和感がなかったのは、地味にカイルの男心を傷つけていた。




 昼だけではなく、三時のおやつももらい、色々な話をしたカイルは、門の前でレイチェルに見送られていた。レイチェルは心配そうだったが、カイルは笑顔を向ける。

「大丈夫だって。騎士団本部に行くって言っても、料理を習いに行くんだぜ? クロも一緒だし」

「そう、だな。また明日の朝、ギルドへも行くし」

「うまくなったらレイチェルにも何か作ってやるよ」

「……それはそれでわたしの女としての自信がなくなりそうだな……。わたしも母様に習ってみるか」

 初めて剣以外のことを習おうなどと言う気持ちがレイチェルの中に生まれてきた。さすがに、掃除洗濯裁縫炊事、何もかもが男であるカイルに負けてしまっているのは、どこか女としての沽券にかかわる。いつかのために花嫁修業を始めてもいいのかもしれない。


 レイチェルと別れたカイルは、影から出てきたクロと共に、これからも何度も通うであろう王宮への道を急ぐ。まだ夕方というには早いが、食事の下ごしらえなど準備はもう始まっているだろう。教えてくれるなら、そうしたことの手伝いくらいはやりたい。

 少し顔見知りになった通用口の門番といつも通りのやり取りをして王宮の中に入ると、騎士団本部を目指す。正面からではなく、食堂の裏口から入る様に言われていた。その際、さすがにクロは影の中に入っていてもらう。食べ物を作る場所に動物は厳禁だ。


「えっと、こんばんわ?」

 カイルが通用口を開けて顔をのぞかせると、すでに多くの人が忙しそうに料理の下ごしらえをしていた。中に入ってきたカイルを少し不思議そうに見た後、すぐに合点がいったのかクロエを呼んでくれる。

「おや、来たのかい。少し早いけど……」

「や、何もかもただでやってもらうのもあれだから、下ごしらえの手伝いくらいはしようかなって思って……。それくらいなら手伝えないかな?」

「……あんたはやっぱりいい子だよ。皮むきはできるかい?」

 クロエは少し驚いた顔をした後、満面の笑みで快諾してくれる。 


「ん、魔法を使ってもいいのか?」

「おや、あんたは料理に魔法を使うのかい?」

「や、下ごしらえとかには使ってたかな」

「やってみな。皮をむいて、一口大に切るんだ」

 トテポという芋をクロエが指差す。大きな籠にいっぱい入っている。土は綺麗に落とされているようだ。皮を入れる入れ物と、切ったトテポを入れる入れ物がある。カイルは魔法で手を浄化してから右手で一つのトテポを取ると、皮を入れる容器の上を経由するように左手に投げる。


 無詠唱で発動した風の魔法がトテポの皮をむき、左手にたどり着く頃には一口大に切れていた。カイルの目の前でむかれた皮はそのまま落下して容器の中に落ちる。あとは左手のトテポを容器に入れるだけだ。

 鮮やかな手並みと、こんなふうに魔法を使うことなど考えもつかなかった者達は、一時自分の仕事も忘れて見入っていた。カイルは続けてトテポを手に取って投げながら皮むきと細断をしていく。十個ほどやったところで、クロエが再起動したようにカイルの背中をバンバン叩く。


「なんだい! あんた、やるじゃないの。魔法をそんな使い方するの、副団長だけじゃなかったんだね。これならいい戦力になるよ」

「ならよかった。俺ら、包丁なんて買えないだろ? だからいつもこうやってたんだ」

 包丁の代わりに風の魔法を、薪の代わりに火を直接作用させて。そうやって料理をしてきたのだ。

「そうかい。ならこのまま皮むきと細断は頼むよ。終わったら言いな」

「分かった」


 カイルはクロエに答えてから、魔法で次々と皮をむき切っていく。普通に皮むきをしたり切ったりするのに比べ数倍から数十倍の速さでトテポの山が片付いていく。忙しい夕方の時間帯に、いくらクロエのお気に入りとはいえ部外者が入ることに難色を示していた厨房の者達も、カイルを歓迎する動きをみせた。

 一番簡単な仕事とはいえ、一人どころか十人分くらいの戦力にはなっている。さほど時間をかけずにトテポの山が片付いた。カイルはその後もクロエの指示に従って野菜を切ったり、大鍋の水を一瞬で沸かしたりして厨房の面々を驚かせつつも手伝っていった。


 ある程度片が付いてしまうと、カイルは笑顔でいろんな人から肩を叩かれて労をねぎらってもらった。実際、カイルのおかげでいつもよりかなり仕事がはかどっていた。水を沸かすだけでも数十分はかかるところを数秒で沸かしたりするのだからその効率の高さがうかがえる。

「あんた、いっそここで働かないかい? 手伝いどころか主戦力になれるよ」

「ははっ、邪魔にならず手伝えたんならよかったよ。でも、俺は……」

「分かってるさ。男の子なら夢は大きくなくちゃね。さ、始めようか?」

「……お手柔らかに」

 腕まくりして張り切るクロエに、カイルは若干嫌な予感を覚えつつも頭を下げておく。手伝いながらも見ていたことで、料理の流れのようなものは分かってきた。そのためにどんな下ごしらえがいるのかということも。ただ、実際に作るとなると勝手も違うだろう。ドワーフ達と一緒だ。作りながら試行錯誤していく以外にない。カイルもまた腕まくりをしてクロエに続いた。

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