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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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食堂での攻防

 カイルの隣を歩いているというだけで、嬉しそうな幸せそうな空気を出している。カイルを見る顔には確かな信頼と親愛、心配などが読み取れる。誰にも、まして男になど心を動かされることのなかったレイチェルなど見る影もない。

「父様は強かっただろう?」

「ああ、全然敵わなかった。かすりもしないんだぜ? 悔しいよな」

「そうだな、どちらが先に父様から一本取れるか、競ってみるか?」

「別にいいぞ? 負ける気はないからな?」

「こちらこそ望むところだ。絶対に父様から一本取ってみせる。そうすれば……」


「ん? レイチェル、顔赤いぞ? そんなに気合い入れなくてもいいんじゃないか?」

「い、いや、これは……。わ、わたしにもいろいろ事情があるのだ! 父様に勝って認めさせてみせる!」

「そ、そうか。勝負は別として、そういうことなら応援するけど……」

 あんなふうに、カイルを見て頬を赤らめるなど、女としての顔をするレイチェルを見られるなどバレリーは思ってもみなかった。普段の凛々しい様子とは違って、可愛いともいえるギャップに驚きで固まっている騎士達もいた。そして、どこか嫉妬交じりの視線をカイルに向ける。こればかりは、バレリーにも止められそうにない。また、案外心配いらないかもしれない。


 レイチェルの頑なだった心を解いたのはカイルなのだろう。レイチェルの熱のこもった目が想いの強さを物語っている。それに、レイチェルの好意を受けるカイルの方が余裕綽々で、むしろ大人な対応をしている。気付いていないのではなく、気付いていながら全てを受け止めて自然体でいるのだ。

 会話では少々食い違っている部分もあるが、レイチェルを見るカイルの目は優しい。暖かく見守っているという感じだ。若いとはいえ、そうそうこの二人の間で間違いは起きないだろうと思わせた。何より団長とカイルの特訓を見れば、誰もが納得するだろう。


 まるで、娘を惑わした男を成敗するように圧倒的な実力で容赦なく叩き潰しているようにしか見えないのだから。そして、それでも向かっていくカイルの勇気や折れない心は、同じレイチェルに好意を寄せてきた者達にとって敗北を悟らせるに違いない。あのレナードを越えなければレイチェルとは一緒になれないのだから。

「そういえば、カイル君はいくつですか?」

「俺? 十六だけど?」

「十六!? レイチェルさんよりも年下ですか……。落ち着いていますね」

「よく言われる。苦労や経験積んできたからだろうってさ。まぁ、いずれは逆の意味で外見と年齢が合わなくなるんだろうけど……」


 今は年齢より年上に見られることが多いが、いずれは外見年齢など全く参考にならない年齢を重ねていくことになる。ヒルダの話が本当なら、いつまで今と変わらないこの容姿で年月を過ごすのか分からないのだから。

「? どういうことです?」

「あー、そうだな。クロのことは言っといた方がいいか……」

 カイルはあの後も寄り添っているクロを見て、それからバレリーに近づく。そして、耳元で囁いた。ここは騎士団の本部だけあり、人通りも少なくはない。あまり聞かれていいことにはならないだろう。だが、バレリーなら知っておいた方がむしろいいかもしれないと思ったためだ。


「えっとな、クロってああ見えて最高位の妖魔なんだ。で、俺クロと魂の契約してるから……」

「よっ……た、魂の契約? では、カイル君は……」

「エルフや、アミルといった長命種より長く生きることになるだろうなぁ。クロもあれで千年生きてるって言うし」

 思わず大きな声が出そうになり、バレリーは自分の口を押さえてから小声で会話を交わす。カイルの足元で見上げてくる、走狗の子供だと思っていた魔獣が、まさか妖魔だったとは。もしレイチェルと一緒になっても、最後まで添い遂げられないと考えていたバレリーだったが、むしろ逆だ。カイルの方が見送る立場になるのだろう。


「そうですか……。どうしてそうなったかは聞きませんが、苦労しますね」

「クロと出会えたことに後悔はしてない。むしろ、今では感謝してる。一朝一夕では叶えられない俺の夢を、俺の手でかなえる時間をもらえたんだ。それに、クロと契約したおかげで助けられた命だってある。クロは、俺の相棒だから」

「なるほど。いい関係を結べているようですね。使い魔を自分の盾か何かと勘違いしている者達に聞かせてやりたいくらいですね」


「一緒に戦った方が絶対強いし、対等な方が楽しいのにな」

「それが分からない者も多いのですよ」

「難しいもんだな。人の数だけ考え方もあるってことか」

 バレリーの少し前を歩きながら、カイルは頭を傾けて考え込む。だからこそ、一度固まった常識を覆すということが難しいのだろう。そして、どれだけ語り掛けても通じずに変わらない人もいるということでもある。


「少なくとも、わたしは君のような考え方は好きですよ」

「っ! ありがとう。なんか、そういうの、嬉しいな。否定されるのには慣れてるけど、認めてもらえることって少なかったから……」

 頬をかきながら照れたような笑みを浮かべるカイルに、バレリーはまたしても胸を打ち抜かれる。たったこれだけの言葉で、感謝をされることにも。また、これだけの言葉さえかけられることなく生きてきたということにも。


「わ、わたしもカイルのことは認めているぞ! 口には出してこなかったかもしれないが、みんなも!」

「分かってるよ。だから俺も頑張れるんだろ? レイチェルだって、誰かに認められたことが力になっただろ?」

「そ、そうだな」

「知らない誰かにどれだけ否定されても、たった一人でも大切な人に認めてもらえたら、胸張って生きていけるからな」

「その通りだとも!」


 バレリーと同じくカイルの笑顔に胸をわしづかみにされたレイチェルは、カイルに詰め寄ってくる。カイルの返事に安心して、自身のことも思い出してうつむいていたが、続く言葉に顔を上げて断言する。カイルの言葉に一喜一憂する様は、普段のレイチェルの面影などまるでない。

 カイルもそれを見かねて、修練と今のやり取りで乱れた髪を梳いて整えながら落ち着かせようとする。しかし、レイチェルはカイルの大きくも温かく、繊細な指で優しく髪を梳かれ真っ赤になってカイルの胸に倒れこんでしまった。


「うわっ、レイチェル? ……あー、これくらいも駄目か? ほんと免疫ないよなぁ」

 呆れたように言いながらも、レイチェルを見る目は優しく、見た目からは意外に見えるほど軽々と卒倒してしまったレイチェルを抱き上げる。

「レナードさん、すいません。レイチェル、気を失ったみたいで……どこに運べばいいかな」

「すぐそこに医務室がある。ベッドに放り込んでおけばいい……育て方を間違えたか? い、いや、しかし……」


 レナードとしても娘の醜態に頭痛を覚えつつも指示を出す。カイルが医務室に入った後、ぶつぶつとレイチェルのあまりにもの初心さに何がいけなかったのかと振り返る。だが、あれでいいのだとささやく部分もあって葛藤していた。バレリーとしてはいつにない団長の苦悩に、笑いさえこみ上げてくる。

「今日はレイチェルと食事できそうにないな」

「仕方ありませんね。それにしても、カイル君は女性の扱いにも慣れているようですね」

「あー、まぁ、な。孤児達の面倒も見てきたし、異性との関係もなかったわけじゃないから」


 たいていは頭をなでると落ち着いていたのだが、レイチェルには逆効果のようだ。一つ勉強になった。好意を寄せあう間柄では、思わぬ行動が相手を追い詰めることもあると。

「年下でありながら、カイル君の方がリードしていると」

「そういう方面ではな。それ以外では、守られっぱなしかな。情けないけど、今はまだレイチェル達の方が強いから」

「守られている間に強くなれるのはいいことですよ。いつか強くなってお互いを守れるようになるまでは」


「そうだな。そうなれるように頑張るよ」

「君ならなれますよ。ですよね、団長」

「う、む。そうだな、その時には俺も認めてやろう」

「こりゃ、気合入れないとな。いつまでも待たしとくわけにもいかないし、待つのも辛いしな」

「! カイル君……君も?」

「約束、したからな。お互い、周りに認められるようになったらって。俺もレイチェルも色々背負ってる物があるから。それまではお互い頑張ろうって。年下でも、男ならそれくらいの甲斐性がないとな」


「耳に痛いですね、団長。騎士団を辞めるかのごとくの勢いでティナさんに求愛していましたから」

「レナードさんが?」

「ええ、任務で街に出た時に見かけたティナさんに一目ぼれで……それからは仕事もろくに手に着かない状態でしたから」

「ば、バレリー!」


「事実でしょう? 将来の息子さんになるかもしれない子が、自身の二の舞にならなくてよかったではないですか。とてもしっかりしていますよ」

「う、うむ。そこは認めよう」

「意外だな。そんなふうには見えなかったけど。でも、レイチェル見る限り、すげぇ美人なんだろ?」

「そうだ。ティナは俺にとって世界一だ」

「そこで断言できるのがいいよな。すげぇ愛が深そうで。今度ちゃんと挨拶にもいかないとな」


「う、うむ。おそらくティナは歓迎するだろう。お前の話をしたら、喜んでいた。いつでも訪ねるがいい」

「分かった。レイチェルにも貴族街を案内してもらうって話になってるし、そん時にでも挨拶に行くよ」

「孤児ということは、カイル君のご両親は……」

「二人とも十年以上は前に、な。同じくらい墓参りにも行けてない。母さんの墓は遠いし、父さんは……」


 ロイドの墓は王都にある王族などの墓がある敷地に立てられている。敵の魔法具と心中したため肉体は消滅したのか残っておらず、墓には骨も収められてはいない。それでも公式的な墓はそこにあるため、ロイドの墓参りはできるのだが、まだ行っていない。どうしてもそこにロイドが眠っていると思えないためだ。そのため、カイルにとってのロイドの墓とは故郷であるポルヴィンの母の隣に建てた墓を示す。


 同じ形だけでも、そっちの方がよほどロイドらしく、ロイドとしても喜ぶと思ったから。寂しさのあまり、二人の間に自身の墓に見立てたものを作ってしまいジェーンには怒られたが壊されることはなかった。

 公式にはカイルが死んだことになっている以上、おそらくそれがカイルの墓だと認識されることになるだろう。カレナとロイド、そして名も刻んでいないカイルの墓が。二人に比べて小さく質素だが、その分幼い時に亡くなったのだという証明になるのではないか。墓参りをしてくれるかもしれない人には申し訳ないが、もう少し勘違いしていてもらうことになる。


「一度、墓参りにも行きたいものだな」

「そうだな。それも、ちゃんと身の回りのケリがある程度ついたらになるかな」

 レナードやバレリーと共に食堂に入ったカイルは、いくつかの種類の違う視線を向けられる。特訓を見ていた者達は、そそくさと逸らすが不満は抱いていない。しかし、事情を知らずいきなり団のトップと行動を共にしていることに疑念や苛立ちを感じている者達もいた。


「団長、副団長も。そいつは誰ですか? なぜ騎士でもない者が騎士団本部に?」

 中でも若手で、実力だけでいうならナンバーワンのエゴール=ベロワが立ち上がってカイルを指差す。カイルはその程度の悪意では脅威すら感じないため、肩をすくめて後ろの二人を見る。

「こいつは、レイチェルが視察で見つけてきた掘り出し物だ。だから俺が鍛えている」

「団長だけに任すととんでもないことになりそうですのでね。わたしもそれを手伝うことになったのですよ」


「レイチェルが……なんで、こんなヒョロそうな奴を……」

「ヒョロくて悪かったな。育ちが悪いもんでな、礼儀なんてろくに知らないが、あんたの態度が初対面の奴に向けるものじゃないってことくらいは分かる。文句があるなら、ちゃんと名前くらい名乗って真正面から言ってこい。俺はカイル=ランバート。今はまだ無名だけど、いつか必ず世界中の奴が俺の名前と顔を知ってるくらいにはなってみせる。ここへはそのための修行に来てる」

 レイチェルの名前が出たところでカイルを睨み付け、口の中でぶつぶつと文句を言っていたエゴールにカイルは少し前に出ると宣言する。これはエゴールばかりではない、この場にいるあるいは後で話を聞くだろう騎士団員全員に向けたものだ。


 騎士団のトップである団長と副団長に学ぶ以上、必ずこういった手合いは出てくる。ならば、最初に先制攻撃をしておくに限る。裏通りでも最初に舐められたら終わりだ。こういう時の度胸は十分に身に着いている。

 それにエゴールの態度から、レイチェルに対して並々ならぬ執着を感じた。それも、あまりよくない方向の欲望が入り混じった。だからこそ、レイチェルを守るためにもカイルが間に入る。カイルがエゴールの注意を引き付けている間は、レイチェルの安全も保たれるのだろうから。


 こうしたカイルの宣言には、食堂にいた者達だけではなくレナードやバレリーも目を見張っていた。普段のカイルからは想像もつかないような挑発的な言動だが、ここを敵地と考えるならば妥当だと言えるだろう。実地慣れしているともいえる。

 それに気づいた者達は、みなカイルに好意的な視線を向けるようになっていた。言っていることも至極もっともだ。名乗りもせず、相手を見もせずに文句を言うなど騎士だけでなく人としての風上にもおけない。


 それに、高い目標を掲げ、そのための足掛かりとしてレナードに教えを乞うということがどれほど勇気と根性がいることなのか。レイチェルのつてを使ったとしても、レナード自身に認められなければ指導を受けることなどできないだろう。そういう意味で団長、そして副団長にも認められているということだ。

 それだけで古参の騎士団員達はカイルを受け入れることに否やはなかった。むしろ、これだけのことを言ってのける度胸と、それを可能にするために努力する姿勢に感服しているくらいだ。掘り出し物という団長の言葉もうなずける。


「なん……だと? ふっ、大言壮語もそこまでくるといっそ憐れだな。団長達が後ろ盾になってくれると思って調子に乗っているんじゃないか? 何様のつもりだ? カイル=ランバートなんて聞いたこともない。どこの貴族だ?」

「貴族なんかじゃねぇよ。今はドワーフの世話になってるけど、元は流れ者の孤児だ。俺に後ろ盾なんてありゃしないさ」

「ドワーフ? 流れ者の……孤児。ふっくくく、はははははは。そんな薄汚いドブネズミが、よくこんな場所に足を踏み入れられたものだ! 踏みつぶされたいのか?」


「ドブネズミでも、追い詰められりゃ咬みつくことだってあるさ。なめてると、痛い目見るのはそっちの方だぞ?」

「何だとっ!」

 今にも剣を抜きそうになったエゴールを止めたのはレナードだった。

「いい加減にしろ。食堂での抜刀は禁じられている。カイルも、その辺にしておけ」

「分かった。……ところで、ほんとにあんた誰なんだ?」


「っ! き、貴様に名乗る名などない!」

「へいへい、分かったよ、名無しの騎士様」

「馬鹿にするな! 僕はエゴール=ベロワだ!」

「なら、エゴール。これからも俺はここに通い続ける。勝てなくても、レナードさんから一本取れるくらいにはなりたいからな。認めろなんて言わない。でも、これは何も持ってなかった俺が自分の力で勝ち取った権利だ。運がよかったってのもあるけど、運も実力の内って言うだろ? だから、文句は聞いても引く気はない」

 改めてエゴールに問いかけたカイルだったがすげなく断られる。仕方なく流そうとしたのだが、馬鹿にされたと感じたエゴールは思わず名乗ってしまう。それを聞いて、カイルは不敵に笑うと真剣な表情でエゴールに向き合った。


 そして、真正面から自身の目的やここに至る経緯は自身の力によるものだと明言する。やる気のなさそうな態度から、一転して思わず気圧されるほどの迫力にエゴールは二の句がつなげない。それを見てカイルは苦笑する。

「だけど、同じ人に教わる立場ってのは一緒だろ? できりゃ、ギスギスするんじゃなくて互いに高めあえる関係であればいいと思う。夢は違っても、国や人を思う気持ちに違いはないって考えてる。だから、これからよろしくな、エゴール」

「っ! …………薄汚い孤児と握手する手を、僕は持っていない」

 エゴールはカイルが差し出してきた手を、忌々しげに見ると低い声で告げて食堂を出ていく。何人かの騎士がそれに続いた。取られることなく宙ぶらりんになった手をプラプラさせて、カイルはため息をつく。やはり夢への道のりは遠そうだ。

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