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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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ヒルダとカイルの縁、そして最後の属性

 レイチェルはカイルの無事が確認できると立ち上がったカイルの腕をつかんで背後にかばい、ヒルダと向き合う。いくら優秀な先生といえど、カイルの教育を引き受けてくれたと言えど、見過ごすわけにはいかなかった。

「どういうことか、聞かせてもらえるのだろうな」

「……ちょっとした事故よ。本を取ろうとしてバランスを崩したわたしを、カイル君がかばってくれたの。でも、間近で触れ合ったせいかなんだか自分を抑えきれなくなって……つい」


「つい? ついで襲ったのか? 怪我をしていたカイルを?」

「怪我をしていたなんて知らなかったもの。それに、フフッ、すごく気持ちが良くて……」

 カイルとの口付けの味を知っているレイチェルだけではなく、アミルやハンナでさえ頬を赤らめてしまう。トーマはヒルダの色気に前かがみになっていた。ダリルとキリルは視線をそらして耐えている。


 唯一、カイルだけが疲れたような顔をしていた。昨日の今日どころか今朝の今でこれだ。男としても面目ない。事故とはいえ、かばって怪我をしたことに後悔はないとはいえ、どうしてこうなってしまうのか。

「だって、カイル君、昔わたしが好きだった人にどこか似てるのよ。教え子のために身を引いたけれど、カイル君見てると思い出しちゃって……」


「だ、だからといって、こんな……」

「フフッ、そうよね。ごめんなさいね、カイル君。最近傷心中だったから、余計に彼のことも思い出してしまっていたのよ。ロイド君の……あなたのお父さんの事」

 ヒルダの言葉に、ハンナを除く全員がカイルに驚きの顔を向ける。話したのか? という疑念やそこまで信用したのかといった問いかけの視線を。ヒルダの言葉を聞いても表情を変えなかったカイルだが、そんな彼らの反応に、ため息をついてヒルダを見る。ヒルダはどこかしてやったりという顔をしていた。


 カイルとしても、ヒルダが何か言いたげで、けれど聞かずにいたので胸の内にしまっていてくれるのかと思っていたのだが、まさかカイル本人ではなく仲間の方を狙っていたとは思わなかった。初日なのに遅くまで指導をしてくれたのはこうした狙いもあったのだろう。

 いくつかヒントはあっただろうし、ヒルダにしか分からない何かがあったのかもしれない。クロがヒルダの前でも妖魔であることを隠していなかったことで、仲間達もヒルダがある程度事情を知っていてもおかしくないと考えたのだろう。


「……やっぱりそうなのね? わたしの知る限り、そんな特殊な魔力回路を持っていたのはロイド君だけだもの。それに、あなた似すぎているのよ。わたしの教え子だったカレナ=レイナードに。顔もそうだけど……何よりその在り方が。ロイド君があの子を神殿都市から逃がす手助けをしたのがわたしだもの。…………生きて、いたのね。本当に……生きて……」


 目を潤ませ、声を詰まらせるヒルダを見ながら、レイチェル達は自分達の失態を知った。カイルはヒルダに事情を話していたわけではなかったのだ。それなのに、自分達のせいで確信を与えてしまった。みんな申し訳なさそうにカイルを見て、ハンナは小さくため息をつく。本当に真っ直ぐすぎてこうした腹芸に向かない仲間達ばかりだと、喜んでいいのかもう少し指導すべきなのか。


「……そうだ。剣聖ロイドは俺の父さんで癒しの巫女カレナは俺の母さん。俺がレナードさんやバースおじさんの手助けを得られるのも、それが理由の一つだろうな」

「……フフッ、潔いのね。下手にごまかすより好感が持てるわ。それにしても、あなた達は駄目ね。カイル君が表情に出さないようにしていたのに、あなた達のせいでバレバレよ。もう少し大人としての対応を身に付けなさい。これからも彼のそばにいたいならなおさら。でも、そう、ちゃんと生きていたのね、あの子達の子供が……。辛い境遇だっただろうに、こんなに立派になって……」


「言ったろ? まだまだだって。でも、ヒルダさんが父さんや母さんとも知り合いだったなんてな」

「カレナちゃんは、あの子が四歳の時から勉強を教えていたのよ? その頃に巫女として神殿都市に来たけれど、体が弱くて伏せがちだったあの子の先生としてね。懐かしいわ……十八歳の時、剣聖として有名になっていたロイド君と出会ってそのまま都市を飛び出して行って以来、会っていなかったのよ? あれから二十年になるわ。あの日から四年後には亡くなっていたなんて……」


 二十二という若さでこの世を去ったカレナ。生きていればトレバースと同い年だった。一つ年上だったロイドもまた二十七歳で亡くなっている。自身より年若い者達が、若くして死んでいくのはヒルダにとっても辛いことだった。


「確かに母さんは都市を出て、俺を生んだことで命を縮めたかもしれないけど、でもきっと後悔はしてなかったと思う。すごく幸せそうだったって、ジェーンさんから聞いてる」

「ジェーン、ああ、あの子があなたを育てたの? 仕事じゃなくても、いつもカレナちゃんと一緒にいたものね。そう、あの子も逝ったのね。冥界でもカレナちゃんのそばにいるのかしら?」


「たぶんな。父さんもジェーンさんも絶対に母さんを見つけ出すだろうから……」

「大好きだったものね、ロイド君も。べた惚れだったのよ、だからわたしも身を引いたんだけど。カレナちゃんの面影が強いけど、確かにロイド君を感じさせるところもあるわ。だからきっと、わたしも……」

 カイルの中にロイドの影を感じ、かつての恋心を見出してしまい暴走してしまったのだろう。カイルがくるまでずっと感傷的になっていたのだから、その可能性は十分ある。


「カイル……すまない、その……わたしは、」

「いや、いずれは話すことにもなってただろうし。ヒルダさんの中ではある程度疑念が固まってたみたいだからな。ごまかしきれないさ。ただ、ヒルダさん、このことは……」

「分かっているわ。なぜそういうことになったのかも想像がつくからね。でも、そうね。これからは何かしようと思った時にはわたしにも相談しなさい。これでも人界では名の通った識者のつもりよ。あなた達では思いつかないことだって見つけられるかもしれないわ」


「そうだな。ヒルダさんが味方になってくれるなら、心強いな」

「フフッ。それとね、カイル君。さっき君達が話してたことだけど……あなたは当分外見が変わることはないと思うわよ。実年齢や見た目はどうあれ、肉体としての機能が大人になっていれば長命種はそこで成長が止まり老化が極端に緩やかになるの。それに、あなたはロイド君とは体のつくりが違うみたいだから、鍛えてもきっと筋骨隆々にはならないわね」


「げっ、まじで? じゃあ、筋肉とかもあまりつかないってことか?」

「そうじゃなくて……質、といったらいいのかしら。あなたの場合鍛えても筋肉量が増えるんじゃなくて質が上がるのよ。つまり、見た目はさほど変わらないけれど、見かけ以上の力が出せるようになるということね。獣人も、同じような体格でも人より身体能力に優れているでしょう?」


 獣人は獣化なども含め、人とは体のつくりが違う。細く見えても秘めたる力は獣と同じく脅威だ。カイルもまたそれに近い体のつくりをしているということだろう。

「でも何でだろうな? 俺、人族のはずだけど……」

「ロイド君の子供なら、カイル君も龍の血族でしょ? きっと、ロイド君よりも血が濃いんじゃないかしら。だから、見た目には現れなくても体の方は龍人などに近い作りなんだと思うわ。髪の色も変えてるでしょ?」


「やっぱヒルダさんには分かるか……。バースおじさんにも言われた。髪の色見て父さんよりも血が濃いだろうって」

「じゃあ、元はロイドくんと同じ銀髪なのね?」

「ん、見てもらったほうが早いけど……」

「大丈夫。結界を張るわ、えっとこの辺りに……」

 ヒルダは部屋の隅の方でごそごそすると、魔法具を発動させて結界を張る。許可なく侵入されることや監視盗聴を防ぐものだ。


 結界が問題なく発動したところで、カイルはシェイドの偽装を含めて魔法を解く。ヒルダは室内灯の光を反射する銀髪に目を惹かれ、ついで開いた眼の色を見て口を大きく開けて驚く。

「……何てこと。眼まで受け継いだの?」

「母さんの願いだろうって。その、愛し子のほうも、な」


「! そう、だから近年宝玉の巫女がいなかったのね。あなたの境遇でよく愛し子のままで……専属契約はしているの?」

「この間、裏社会のアジトで同じように囚われてた闇の大精霊と」

「闇の大精霊! だから、いままで裏社会が……それにしても血は争えないわね。カレナちゃんは光の大精霊と契約していたのよ」


 光の大精霊と聞き、光の一族とも言われるアミルも反応を見せる。癒しの巫女と称されるはずである。光の大精霊も時折人界を訪れていたはずだったが、まさか紫眼の巫女、それも愛し子と契約していたとは思わなかったのだ。

『シャインね。十六年前に精霊界に帰ってきてたわ。しばらくは人界に行きたくないって言ってたわね』


 不意に天井の隅の闇からシェイドが現れ、カイルに肩車するように降りてくる。いつもながら唐突な登場だが、カイルがシェイドの力を解除したことによりこちらに戻ってきたようだ。また少し成長したようにも見える。

「闇の大精霊……ずっと精霊界に閉じこもっているって話だったのに……」


『アタシも、見てみたくなっただけよ。シャインがあんなふうに落ち込んでいるところ初めて見たもの。何がそんなに悲しいんだろうって、そう思ったのよ』

「その答えは見つかったの?」

『……ええ。だから、今はカイルと一緒にいるの。この子は特別だもの、アタシ達の大切な愛し子。放っておけないわ。精霊王様にも許可をもらったの。精霊王様は手助けがしたくても見ているしかできないから……アタシが代わりにカイルを助けるのよ』


 今の格好を見れば、どちらが面倒を見ているか分からない。だがしかし、確実にカイルの力にはなっている。最近は闇魔法を使う時に特にその実感がある。これまでよりも制御も発動も格段にスムーズで楽になったのだ。

「そう。フフッ、光の大精霊も似たようなことを言っていたわ。他には隠し事はないの?」


「あー、えっと、だな。その……俺、昨日、知らずに聖剣抜いちまってな…………」

「!! なんですって! じゃあ、まさか、その……契約、したの? 聖剣とも?」

「そうらしいな。俺抜くことに意味があるなんて知らなくて、三歳の時にも抜けたし……」


「持ち主がいる聖剣を……もしかして、カイル君、よく分からない属性を持ってたりする?」

「ギルドで属性を調べた時に不明だったのが二つ。一つは龍だって分かったんだけど……もう一つは分からない。契約して現れた紋章がこれだし……」

 カイルは右手の甲の紋章をヒルダに見せる。ヒルダは、その紋章からカイルが剣だけではなく鞘とも融合していることに気付く。そして、ロイドと同じ龍。さらに、それを囲う金の翼。やはりか、とヒルダは空を仰ぎたい気持ちになる。何ともまた、両親の適性をそのまま受け継いでしまったものだ。


「カレナちゃんが体が弱かったことは知っているわね。あれはね、肉体的なものというより持っていた属性に関係しているの。わたしも、肉体的には健全なのにどうして病弱で虚弱なのか不思議に思って手を尽して調べたの。そうしたら、カレナちゃんの血筋に問題があることが分かってね」

「そ、それは何だ! まさか、カイルにも何か影響するのか?」


 長い寿命を得たとはいえ、病気や怪我にかからないわけではない。今までは健康でむしろ丈夫な方だったとはいえ、これから先その属性如何によってどのような影響が出るか分からない。レイチェルはカイルが病に伏せるところなど想像もしたくなかった。


「いいえ、おそらくは大丈夫だと思うわ。影響が出るなら、カレナちゃんと同じく生まれた時から出ているはずだもの。その属性を持っているだけでね。ロイド君の……強靭な肉体を持つと言われる龍の血と混ざったのがよかったのか、それ以外にも要因があったのか、カイル君には影響が出なかったみたいね。カレナちゃんも安心したでしょうね。属性を引き継がなかったか、引き継いでも自分のように体を弱らせることがないと分かって」


 カレナにとっても一種の賭けだったのかもしれない。血統属性であるならば受け継がれる可能性が高い。だが、ロイドの持つ血や血統属性。それと混ざることで自身のように体を弱らせることなく属性の影響を相殺できるかもしれないと。


「それで、結局母さんから受け継いだっていう属性って何なんだ? 母さんの一族に関係しているんだろ?」

「ええ、そうよ。カレナちゃんは、人界でもっともよく知られる精霊神教とは違う、天界神教を奉ずる一族だったの。つまり天界の神様を祀り、その声を聞く巫女を輩出しようとしていたわ。カレナちゃんは代々霊力の高い家系だったようね」


「天界の神様って……声なんて聞けるのか? 時々天使は人界に来るって話だけど……」

「恐らく無理ね。精霊のようにその場にいるならともかく、世界の、領域の壁を越えて交信するなんて精霊王様の宝玉のように何か標になるものがないと。ずっと精進潔斎を続けてきている一族だから総じて霊力は高いけれど、声を聞ける巫女は現れない。カレナちゃんも生まれた時から紫眼の巫女だったわけじゃないのよ? でも、見えない者の声を聞こうと努力し、見えない存在を感じようとしたことで皮肉にも精霊と繋がってしまったの」


 カレナの一身に願う心と、澄んだ魂が精霊達を引き寄せ惹きつけた。そしてまた精霊王様の目にもとまったのだろう。カレナは紫の眼を与えられ、そして一族から裏切り者として追放された。半ば神殿都市に捨てられた形だ。そういう意味で、カレナには帰る場所がなかった。


「その一族が天界神教を奉じていたのは、その一族に伝わる伝承と……時折現れる属性のため。それがカレナちゃんにも表れた、”創造”属性。神のみが有する属性といわれ、かつてその一族が神によって与えられた、あるいは神の血を引くから……そうした伝承が残っていたのよ。カレナちゃんも生まれついて体が弱かったことで、その属性を持っていることが分かって期待されてただけに、失望も大きかったようね」


 創造。言葉の意味は分かるが、何ができるかなど全く予想もできない属性だ。何かを作れるということだろうか? それとも何かを生み出せるということか? あるいは世界さえも創り出せてしまえるのだろうか。人が持つにはあまりにも過ぎた属性だ。


「聞いて分かると思うけど、人が持つには大きすぎる力よ。だから、この属性を受け継いだ者はカレナちゃんのように体が弱く、短命。属性の持つ力を受け止めきれずに、肉体や命をすり減らしてしまうのね。たとえ属性の存在を知っていても、使うことなんて到底できないわね」

「この金の翼が創造か……なんで……翼なんだ?」

「属性の色で金は創造を表すの。そして、翼は……神のことかしら。天使もそうだけど、神も翼持つ存在だというし……カイル君ならあるいはその属性も使えるかもしれないわね。困ったわね……問題が山積みだわ」


『フフフ、龍に神、妖魔と精霊、おまけに聖剣。カイルは大変ね。本当に退屈しないわ』

「俺は頭が痛い。なんだよ神の属性って、んなもん本当に使えるのか?」

「可能性がないわけじゃないわ。無意識にでもそれを使えたからこそ、所有者のいる聖剣を抜くことさえできたんでしょうから。聖剣は神王様が人のために創造されたもの。創造属性に反応して抜けてしまうことは十分考えられるわ。それに、カイル君、あなた魔法の応用が得意だったりしない?」


「! 生活魔法とかなら色々応用方法は見つけてるけど……まさかそれも?」

「すべてってわけではないけれど、カイル君の発想を魔法に変換する手助けにはなっているでしょうね。それに、普通なら再起不能の魔力回路が再生したんでしょう? それもきっとそのおかげね。無から有を、不可能を可能に変える。それが創造属性の特徴でもあるから」


 思わぬところで、今まで謎だったり、不可能だと考えられていたことを成し遂げられたりした理由が明らかになった。意識したこともなかった、不明だった属性が関係していたのか、と。つくづく血統属性というものは厄介というか、どんな形で影響するのか分からない。

 カイルが当然だと思ってやっていたことも、血統属性ありきだったのかもしれない。他の人ではたとえ同じことができたとしても、もっと時間がかかったり、苦労をしたりするのだろう。知らなくても、気付かなくても、血に両親に助けられてきたということだ。

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