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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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人界五大国

 いまだにうずく頭を押さえつつも体を起こしたカイルだったが、膝をついて心配そうに見ていたヒルダと視線が合うと緩く笑みを浮かべる。予想外の結果になったとはいえ、こうしてちゃんと気にかけてもらえたことが嬉しかった。

 いずれ分かることだからと、流れ者の孤児であることを先に告げたが、それでもヒルダはカイルを見下すような目は向けて来ない。最悪、それを理由に断られることも考慮に入れていた。厳しい条件を出されることも。

 薬を飲んだ後に起きたことは確かに驚いたが、これで先生を引き受けてくれるのだろうか。


「えっと……これで、よかったのか? それともまだ他に……」

「なっ、何を考えているの! 薬の中身も知らずに飲むなんて、い、いくらなんでも非常識よ!」

「? でも、薬の実験で飲まなきゃならないなら、結局は同じだろ?」

『こやつは言ったことは必ず守る。不用意に約束などさせると、ためらわず実行してしまうわ。全く、厄介な条件を出しおって。薬には碌な思いをせぬ』

「仕方ないだろ? どうしても必要なんだ。金以外に俺が用意できるものなんてほとんどないし……」

 ヒルダもまた生産者であるようだが、カイルが今教わっているものとは分野が違う。下手に難しい薬の材料などを頼まれるよりは簡単だと思ったのだが、これでは駄目なのだろうか。ヒルダはなぜか項垂れて片手で頭を押さえている。


 緩くウェーブを描いた金髪が一房垂れている。アミルよりは短いが細長い耳が、ヒルダがエルフであることを示している。二十代半ばに見えるが、実年齢はどうだかわからない。エルフ特有の整った容姿で、すらりとした体をしている。

「何この子……こういうところもあの子に似てるの? ……それで、どうして流れ者の孤児であるあなたがわたしの知識を必要とするの?」

「ヒルダさんは俺達みたいな境遇の奴らの現状って知ってるか?」

「……ええ、知っているわ。人界の……悪しき風習よね。でも人は弱いものよ、自分より弱い者を見れば安心できるし、虐げることで優越感を得られる。そして、ままならない情勢や不安をぶつけて押し付けられる存在を求めてしまうわ」


「なんとなく分かる。でも、俺はそれを変えたいんだ。完全になくすことはできないかもしれない。変えられても、別の形でそうした負の遺産が生まれるかもしれない。それでも、人としてさえ認められず生きていくことができない現状は間違ってると思ってる。ただ親や家をなくしただけで人であることを否定されるなんておかしいだろ? 俺は今まで自分なりにそれを変えられるように努力してきた。だけど、本当に根本から変えるためにはそれだけじゃ足りない。そのためにどうすればいいか、それを知りたい。それを考えるために、知識が必要なんだ」

 強さだけでは足りない、知識だけでも変えられない。その両方が持てて初めて道が開ける。無知のせいで、自身にも周囲にもいらぬ負担が増えてしまった。このままではいられない、そう痛感したのだ。


「あなたは……そう。本当に……よく似ているわ。無償の献身と顔に似合わぬ強情さ。おまけに自身に無自覚で無頓着なところまで……」

「? ヒルダさんの昔の教え子か?」

「ええ、わたしの人生でも最も優秀だといえる教え子よ。いえ、教え子だった、かしら」

「死んだ、のか?」

「……エルフだから、教え子が先に亡くなるなんて珍しくはないんだけど。その子のことはずっと気になっててね。最近、その子に関してあまりよくない話を聞いて……それで落ち込んでいたのよ。でもあなたのおかげで、少し吹っ切れそうだわ。読み書きはできる? 計算は?」


「読み書きと簡単な計算はできる。でも、それ以外は常識も危ういところがある」

「そう。それができるということは、基礎を教えてくれる人がいたの?」

「ん、母さんは生れてすぐに、父さんも四歳で死んで、実質的に俺を育ててくれたのは母さんの友人かな。読み書きや計算、食事の作法とか生活魔法なんかも教わった。でも、放浪するようになってからはあんまり勉強する時間も取れなくて。九歳でその人がなくなってからは一人だったし」

「……九歳から一人。それでよく今まで生きてこられたわね。いくつになったの?」

「今年で十六。よく年上には見られるけどな、まだ成人はしてない」

「十六!? そ、そう。確かに大人といっても信じられそうね。でも、そうね。それなら、まずは基本的なことからやっていきましょう。人界の基本的な知識から歴史、レスティア全体についても学んでいきましょうか」


「ああ、よろしく、ヒルダさん」

「教えている間は先生と呼びなさい」

「分かった、ヒルダ先生」

 素直にうなずくカイルに、満足げな表情を浮かべると、ヒルダは本で埋もれていた机の上を片付け、奥から椅子を二つ取り出してきてカイルと向かい合わせになる様に座る。クロはカイルの足元で寝そべっている。

「そうね、まずは人界について。五大国は知っているかしら?」

「えっと、人界の大陸の大部分を占める主要五か国のことだよな。俺達のいるセンスティ王国、エンティガ武国、ノルディ皇国、ウルティガ商業国、ミッドガル共和国、だっけ」


「ええ、そうよ。人界は六つの世界、領域からなるレスティアにおいて基盤となる世界よ。すべての領域からあらゆる存在が人界へと流れ込んでいるわ。広大な一つの大陸に様々な命が住んでいる。その大陸を五分するような形で存在しているのが五大国、周辺国もすべて五大国の意向に従っている形ね」

 カイルはヒルダが取り出した人界の地図を見てうなずく。こうやって人界の地図を見るのは初めてのことだ。円とも緩いひし形ともいえる大陸で、圧倒的な国土面積を誇るのが五大国だ。周辺国は五大国の数十分の一程度でしかない。


「センスティ王国は南に位置しているわ。気候は五大国の中では温暖で最も農業や畜産が盛んな国ね。他国への輸出もそうした農産物や加工品が主になっているわ。人界の食糧庫とも言われているわね。王が最も強い権力を持つけれど、国の方針は大臣や官僚による議会で決定される議会君主制をとっていて、王が独裁に走ることを防いでいるわ」

 カイルは持ってきた紙と羽ペンで、ヒルダの話を聞きながら重要そうな部分をメモしていく。これまでの内容でさえ知らないことも多い。特にトレバースだけの方針で国を動かせないということなど知らなかった。


「村は地元の有力者が村長を務めて治めているけれど、町以上の規模になると貴族が領主を務めていることが多いわね。国の要職もそうよ。今の国王になってから広く人材を公募するようになったけれど、まだ半数以上は貴族によって占められているわ」

「貴族……ね。そっか、領主も……」

「領主に何か思い入れでもあるの?」

「あー、うん、まあ。助けられたこともあるけど、殺されそうになったことも少なくはない、かな。直接間接問わず、あんまり俺達みたいなのはいない方がいいと思われてるみたいでな」

「昔ながらの貴族は、特に選民思想と下々への対応が苛烈だから……本当によく生きてたわ」

「運もよかったんだよ。で、貴族ってのは文官とか武官とかあるけど、頑張れば平民でもなれるものなのか?」


「ええ、そうね。国に貢献したと認められるほどの功績や実績があれば爵位を授けられて、貴族の仲間入りをすることがあるわ。逆に無能であれば国王や議会の裁可で更迭して爵位を剥奪することも可能なの。先日の孤児院騒動でもきっと爵位を失う貴族が出るでしょうね」

「ああ、結構上も関わってるだろうな。前の時も、町のトップが黒幕だったし」

「前? もしかして、カイルはあの孤児院の騒動に関わってたの?」

「王都に入った日に偶然、孤児達と知り合って。毒で死にかけてたところを治療したんだ。で、それまでと同じように面倒も見てたから。王都だけに色々ギルドとか王様とかの援助があって、ずいぶん楽だったけど」


「そう。……まさかとは思うけど、裏社会への手入れにも関わってたりしないわよね?」

「それは……」

『関わるも何も、こやつは助けた孤児に裏切られ、裏社会の奴らに売られたのよ。手入れにて我ともども救出された立場だな』

「それには仕方ない事情があったろ?」

『その時にも、怪しげな薬をためらいもなく飲みおって。今回も……反省しておるのか?』

「あの時と違って、先生がそこまでヤバい薬を飲ませることはないだろうなと思って」

『それであの様では、かける言葉もないわ! まったく……』

 クロの指摘に乾いた笑いを浮かべていたカイルだったが、机に突っ伏すヒルダに気付いて声をかける。


「先生? どうしたんだ?」

「この子、ほんとに何なの? 無関係? 無関係なのよね? どうしてそういうところもそっくりなのかしら……」

 何か口の中でぶつぶつと言っているが、カイルには聞こえなかった。

「な、何でもないわ。波乱万丈ね、あなたの人生。続きといきましょう。センスティ王国と隣接する五大国は三つ、東のエンティガ武国、西のウルティガ商業国、そして中央にあるミッドガル共和国をはさんで、北にはノルディ皇国があるわ」

 ヒルダの細い指が地図の上をなぞる。五大国の領土はどこも同じくらいに広い。そして、中央にあるミッドガルをはさんで東西南北と国土が広がっている。


「エンティガ武国は武、つまりは魔法を用いない武器や武力といったものを重視する傾向がある国ね。多くの強者を輩出してきた国ではあるし、現在世界に二人しかいないZランクの一人もこの国にいるわ。鉱山が数多くあって、ドワーフも多く工業が盛んね。ただ、最近は武を重視する傾向が行き過ぎているのか、魔法や魔力を軽視したり邪法ととる傾向があるわ。魔法使いは注意が必要な国ね」

 カイルは苦笑いしながらメモを取る。この国で孤児になっていたなら、カイルは今よりももっと厳しい状況下に立たされていたかもしれない。かの国にもいるだろう孤児達は大丈夫なのだろうか。


「ウルティガ商業国はそのまま、商業が盛んよ。特産品と呼べるようなものはないけれど、その分大陸の物流のほとんどを担っているわ。職種ごとの同業者組合があり、その代表の話し合いによって国の運営が行われているの。大陸一資産家が多くいる国でもあるわ。その分、世知辛いところもあるわね。この国を通すとどの国に輸出入するにも関税が安くなるけれど、商人達を取り締まる法も大陸一厳しいわ。商人は信用第一だもの」

 ウルティガ商業国は、カイルの故郷であるポルヴィンと隣接する国であり、カミーユもまたこの国の隣り合った辺境の村から連れてこられた。雑多な人が入り混じり、国で共通する人種などもない。そのため、この国では珍しかったカイルに似せた容姿の子供を探すこともできたのだろう。


「ミッドガル共和国、大陸の中央にありすべての国と隣接する五大国の一つよ。この国は全ての国の特色をそれぞれに取り入れていて、そこからさらに独自の変化を遂げている柔軟性に富んだ文化や臨機応変な対応が可能な国風ね。各国からの距離も等しいこともあって、国際会議や国同士の調停や仲裁の役割を担ってもいるわ。様々な生活様式や文化が混在しているためか、大陸一他領域の人種の比率が多いわ。……紫眼の巫女が暮らす神殿都市も、この国にあるわね。その土地を含めて独立・中立を認めているけれど、この国が一番優先的に巫女の力を借りられることは間違いないわ」

 紫眼の巫女にはヒルダもカイルも思うところがあるため、一時会話が途切れる。カイルにとってはかつて母が暮らしていた地、ヒルダにとっては前に住んでいた場所でもある。そして、今も忘れることのできない教え子と出会った場所でも。


「最後の一国、ノルディ皇国。専制君主制で、王国とも似たような政治体制だけれど、ここは皇帝が強い権力を持って国を率いているわ。賢帝が収めればとてもいい国になるけれど、愚帝が付けば国が荒廃するわ。皇帝に次ぐ貴族も強い権力を持っているわね。この国と正反対で寒冷な土地柄のため農業には向かない国よ。代わりに魔石が多く取れることで有名ね。つまり、それだけ魔物が多いということよ。そのためか魔道技術が発達しているわね。それに、魔物への有効な対抗手段として魔法を重視し、魔力のある者を優遇する風潮があるわ。逆にない者は差別されているわね。武国とちょうど正反対のような国よ」

「魔力……か。王都の孤児院でも魔力のあるなしで差別されてたんだよな。やっぱ、魔力ってのは大きな力でもあるんだな」


 ギルドに登録して実際に調べるまでは、そこまで意識することのなかった魔力。あるのが当たり前で、無いからといって特に思うところもなかったものだ。でも、テリーなどの例を見るまでもなく、魔力の有無は人との間に溝を生む原因にもなるのだと理解した。

「それはそうね。魔力があるというだけで、同じ種族でも寿命が延びたりするのよ? 元々魔力を血に宿し受け継いでいく一族は総じて長命でもあるし……わたし達精霊界を故郷にする一族や獣界の獣人、人界でもドルイドといった一族はそうね。でも、人界の大部分を占める人族は個人の素養に大きく左右されてしまうわ」

「あれ、なんでなんだ? 人族でも、遺伝する場合もあるよな? たぶん、俺もそうだし……」


 なぜ同じ種族でありながら、遺伝したりしなかったり親子でも魔力のあるなしがあったりするのか。カイルの場合ロイドとカレナ、両方から魔力の素養をもらったのだろうが、それでもどこか納得のいかない部分がある。

「諸説あるけれど、通説としてはこうね。魔力の器は生み出される要因が二つあるというものね。一つは血によって生み出されるもの。血で魔力を受け継いでいく一族が他種族と交配しても、その子供が魔力を持ちやすいのはこれが理由とされているわ。血自体に魔力の器を生み出す仕組みがあるというものね。血統属性なんかもこうして受け継がれるものだし……」

 絶対ではないが、血の濃さによって魔力の器が生み出されやすくなるのだろう。レイチェルなどはその例外というわけだ。人の血の方が強く、魔力を受け継げなかった。そして、カイルがロイドから受け継いだ龍属性。これもまた血によって受け継がれたものなのだろう。ならばもう一つの不明属性はカレナから受け継いだものなのか……。


「もう一つは、個人の適性ね。同じ物質でも魔力親和度が高いものと低いものがあるでしょう? それと同じで、人も魔力への適性が高い者と低い者がいるの。母親のお腹の中にいる時にはまだ魔力の器は生み出されていないわ。けれど、誕生して外の空気に触れた時、適性が高い者は周囲の魔力に触れて適性に合わせて魔力の器が生み出されるわ」

「血によって既に魔力の器が生まれてた場合はどうなるんだ?」

「いい質問ね。血によって受け継がれるのは血統属性とそれに近い、一族には必ず受け継がれる属性だけなの。ドワーフの土、エルフの光のようにね。それ以外は個人の適性によって生まれた後に取得するものなのよ。周囲の環境魔力、生まれた時にそばにいた人、たいていは両親や医者ね。そうした人達の持つ属性の影響を受けるのよ。といっても全てを発現できるわけじゃないの。それも適性ね。魔力の器自体も、生まれた後に適性によって相応の成長をするということね」


「なるほどなぁ。ドワーフは火の適性も高いから火属性を得やすいし、種族によって属性の偏りがあるのはそういう理由からか? 人が誰でも基本四属性を得られるのは、血による特化適性がない分、苦手な適性もないからってことになるってことでいいのか」

「そうね。それに、人界の環境魔力は雑多で混沌としているわ。精霊界や獣界では場所によって属性の強弱があったりするから生まれてくる子供もその影響を受けやすいのよ。だから適性があっても環境魔力によっては生まれた後にも属性が発現しないなんてこともあったりするの」

「その場合はどうなるんだ? 適性があるのに魔法が使えないってことになるのか?」

「知らなければそうなるわね。でも、人界ではあまり見ないけど、精霊界や獣界なんかではそうした事態を想定して、発現していない適性属性を測る装置もあるの。分かっていればあとは意識して魔法を使えば同じように属性を発現させられるわ」

 思った以上に魔力や魔法といったものは奥深いようだ。カイルが多様な属性を持つのは、血によって受け継いだだけではなく、元々あった適性が父や母から影響を受け、素質のある属性が開花したからか。

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