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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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ヒルダとの出会い

 王家との会食を終えた日はそのまま離宮に泊まらせてもらうことになった。朝早くに王宮を出て貴族街から中央区に戻ったカイル達は、いつものようにギルドに向かった。親方達にはあらかじめ連絡をしていたため心配はいらないとのことだ。そうは言っても怒られそうではあるが、帰ってからになるだろう。

 ギルドの扉をくぐると、一度視線は向けられたもののいつものメンバーなので、すぐにその視線もなくなる。王都に来て中央区のギルドを最初に利用した時からの付き合いである受付嬢のナナ=ミンシアはなぜかカウンターの上でダレていたのだが、カイル達の姿を見ると途端に背筋を伸ばす。


「おはようございます、みなさん。昨日は来られなかったようですね。今日はまたいつものように依頼を受けますか?」

「おはよう、ナナさん。昨日はちょっと、な。今日からはまた依頼を受けるけど、午前中までになるかな」

「どうかしたのですか? まさか、無理がたたって体を壊したとか……い、いけませんよ。カイル君は将来このギルド、いえこの国を代表するような人物になるんですから」

「ははっ、そうなれるように頑張るさ。えっと、そういうわけじゃなくてな、俺、実力だけじゃなくて知識も色々足らないことが実感できたから、先生に習うことになったんだ。それに、レイチェル達以外にも剣を教えてくれるって人との調整もあって……昨日はそういうことやってたから。で、午後からと、風と光の日はギルドじゃなくてその人達に習うことになったんだ。先生には今日会うんだけど、どうにか教えてもらえるように頼み込んでみるつもりだから」


「そ、そうだったんですか。よかった……でも、そうするとレイチェルさん達はその間どうしますか?」

「それだが、わたし達も自らの力を高めたいと考えている。教えることでも学ぶことは多いが、それだけではなくてわたし達自身も上を目指そうと思ってな」

「! それは、素晴らしいことですね。ギルドマスターも喜ぶでしょう。では午後からと風と光の日はカイル君を除いた皆さんそれぞれに動かれるということですね」

「そうなりますわね。わたくし達は主に魔法ギルドでの活動になりますので、顔を合わせる機会も少なくなると思いますわ」

「そう。でも、カイルに手を出しちゃ駄目」

「なっ、何をおっしゃっているんですか? わ、わたしはそんな……」


 ナナは頬に手を当ててもだえる。最初から危ぶんでいたことだったが、ついにナナもカイルの前に陥落してしまっていた。普段はカイルに萌えているくらいで済むのだが、目を離すと肉食獣のごとくくらいついてしまいかねない。ここらできっちりと釘をさしておく。姉としてカイルとレイチェルを見守ると決めた以上、ハンナは容赦しない。

「ハンナ、お前な……一応言っとくが、俺って男だぞ?」

「知ってる。でも、カイルは襲うより襲われる方が多い。気を付けるべき」

「あぁ、くそっ、反論できねぇ。でも、クロもいるしな」

「カイルがしっかりしていれば、クロはこれ以上ない護衛だ。そのあたりは安心して任せている」

「……それって、俺が頼りねぇってことだよな。分かってるよ、気を付ける」


 姉ばかりではなく、兄さえもカイルの身の安全は自分自身では守り切れないと考えているらしい。これまでのことがあるだけに、何も言い返せない。確かに妖魔であるクロは、主であるカイルに何かない限りは最強の護衛だ。誰もクロをかいくぐってカイルに手出しなどできない。

「ふふっ、なんだかまた仲良くなったようですね。いいことですよ、絆が深まるというのは。カイル君も頑張って二つ名を目指してくださいね。ギルドマスター達も今から候補を上げて考えているようですから」

「げっ、まじかぁ。がっかりさせられねぇな……変なの付けられないといいけど。あれってさ、必ずつけなきゃいけないもんか? なんか恥ずかしいんだけど」


「二つ名を与えられるほどの実力者というのはみんなの憧れであり目標にもなります。そのため、その人を象徴する二つ名を与えるのが通例ですね。名誉なことですよ? きっとカイル君なら可愛い……コホン、素敵な二つ名をもらえるでしょう。ハンターだけではなく魔法・生産者・商人ギルドにおいても優秀ですから。そちらでも、それぞれ二つ名がいただけるのではないでしょうか」

「……あんまり欲しくねぇ。混乱しそうだ……ま、先のことは置いといて今日も頑張ってくる」

「はい、行ってらっしゃい。皆様もお気をつけて、最近魔物の動きに不穏なところがあるという話も聞きますので」

「ああ、分かった。昼には戻る」

 ダリルが請け負ってカイル達はギルドで依頼を受注するとそのまま王都を出て、いつものように修行に励むことになった。




「っと、ここか?」

 昼までということで、それまでの修行より楽なのかと考えていたカイルだったが、時間が短いからこそ余計に容赦がなかったレイチェル達にしごかれ、肩を貸してもらいながらの帰還となった。魔力切れ最短記録を更新し、作った青あざは数知れず、半ばやけくそ気味に魔物を倒していた。

 そんなカイルの意思に触発されたのか、時折聖剣の力が漏れることもあり、思わぬ戦果が上がったり、魔力が切れても体の傷が自動回復するといった事態も起きた。おおむね無詠唱で魔法を使ったとごまかせないこともない範囲だったので、このまま少しずつ慣らしていこうという話になった。


 カイルとしても、どちらもそこまで大きな負担を感じず、また力を使う度に体に染み込んでいくようだったため早めに聖剣を使いこなせるようになるため同意した。何やら時折頭の中で声が聞こえたのは、聖剣の言っていた思考のリンクが時々つながっていたためか。

 ひどく不本意そうだったので、和解まではもう少しかかりそうだ。一日修行した時以上に疲れて帰ってきたカイルを、ナナは若干白い目でレイチェル達を見て無言の非難を浴びせていた。レイチェル達も気合が入りすぎたと自覚があるのか、目をそらしていた。


 そのままみんなでギルドで昼食を取ると、カイルだけ一度店に戻った。着替えをしたり、勉強に必要そうな物をカバンに詰めたりして、防具は外し剣だけを持って店を出る。親方やアリーシャは笑顔で見送ってくれた。

 そして、トレバースに渡された住所のメモを元に先生となってくれるかもしれない人の家を探しあてた。テムズ武具店のある商店通りを過ぎ、住宅街になっている場所だ。普通の家とは違い、どこか店のような趣がある家だった。


 ここに住んでいるはずだ。元々王宮で王の子供達の教育をおこなっており、つい先日とうとうしびれを切らして出ていってしまったという博識のエルフ。ヒルダ=ゲーベルという人物が。

<気配はある。在宅ではあろう>

 カイルの足元でクロも確認する。ここへはクロと二人で来ていた。王都に来て以来、クロとだけで移動するのはあのテリーの一件以来初めてだ。あれ以降は特にレイチェル達は誰か一人は必ずカイルと共に行動するようになってしまった。今日も分かれる時には随分心配そうな顔を向けられたものだ。


 レイチェル達も自分達の依頼などが終われば、店で顔を合わせるかこちらに迎えに来ると言ってきかない。そんなに心配なのかと、少し複雑な気持ちになる。今ではちゃんとAランクにふさわしいくらいの実力はついたはずなのだが、それでもカイルに対する扱いは変わらないどころか悪化する傾向にある。事情や立場が複雑なだけに、断り切れないのも辛いところだ。

 カイルは一度深呼吸をすると、扉を開いて家の中に入る。


「こんにちわー。えっと、ヒルダさんいますか?」

「…………何? 何か用かしら? ヒルダはわたしよ」

「えっと、俺はカイル。紹介状もらってると思うんだけど……ヒルダさんにいろいろ教えてもらいたくて……先生になってもらいたいんだ」

「紹介状? 悪いけど、今は教え子を取る気分じゃないの」

「そこを何とか教えてもらえないかな。俺、知らないことが多すぎて……このままじゃ駄目なんだ」

「勉強したいなら学校にでも行きなさい。誰にわたしのことを聞いたのか知らないけど、普通に学校に行く方が安くつくわよ」


「そこは、まぁ、何とかする。でも、悠長に学校に行ってる暇ないんだ」

「なら別のところに行きなさい。わたしに学ばせるほどお金を出せるなら、誰にでも学べるでしょう。そんないい親がいるなら、そう言っておきなさい」

「…………親は、いない。俺、孤児だから……もしお金、足りないっていうならギルドで働いて必ず払う。だから頼む、俺の先生になってくれ。俺、他にあてなんてないんだ。流れ者の孤児に勉強教えてくれるかもしれない人なんて、俺、他に知らないんだ。きっと、どこ行っても断られる。だから、ここしかないんだ」


 本棚に埋もれるようにしてけだるげに座っていたヒルダだったが、カイルの言葉に目を見開いてカイルを見る。カイルは、そのまま地面に膝をつくと、床に額をこすりつけるようにして頭を下げる。ここはトレバースが推薦してくれたところだ。ここ以上にカイルにとって可能性が高い場所はない。

 こんな頭一つ下げるくらいどうってことはない。いつだってこうやって生きてきたのだから。こうする以外に、カイルにはできることなどない。クロもそんなカイルを見て、同じように伏せて頭を下げる。かつてのクロがそうしていたように。


「えっ、あっ……ちょっと、待って……嘘。そんな……流れ者? 孤児って、あなた、どうして王都に?」

「ドワーフの夫婦に拾ってもらった。この歳になってようやくギルド登録もさせてもらって、で、レイチェル達に手を引かれて、ここに来たんだ。俺にはやらなきゃならないことがある。そのためには強さだけじゃない、たくさん知識がいる。色んなこと知ってなきゃいけない。だから、それを俺に教えてくれ。今は駄目って言うなら、大丈夫になるまで待つし、俺にできることなら何だってやる。だから、俺の先生になってくれ」

 ヒルダは地面に頭をこすりつけたまま答えるカイルをしばし見つめる。どこの物好きが自分のことを知ってやってきたのかと思っていた。授業料が高いことは知られていると思っていたし、どうせ親に言われてここに来たのかと。


 ところが、親のいない孤児でどこに行っても歓迎されない流れ者であるという。ただ、頭を下げて頼んでくるわけでもない。ここ以外にはもう後などないのだと、そう納得してしまえるほどに見事なまでの土下座。

 ただ知識を学びたいというわけではない。誰かに言われたから来たわけでもない。自らの強い意思で、背水の陣の構えでヒルダに先生となることを請うている。

 学びたいと考えている当人にこれほどまで熱望されたのはいつ以来だろうか。親は熱心で必死でも、当人にはまるでやる気がないということも珍しくなかった。


 ついこの間まで教え子だった者もそうだ。両親や弟妹達はまだまともなのに、彼はまるでやる気がなかった。教えても少しも身に付かず、自分から学ぼうと考えることさえしない。

 それでも義理や親の懇願もあって続けていたが、ついに堪忍袋の尾が切れた。そのきっかけは、かつての優秀な教え子と密かに好意を寄せていた男性との間に生まれていた子が幼くして死んでいたという話。

 生きていれば、今の教え子と同い年であったのに両者の絶望的なまでの落差を思うとやりきれなかった。


 最後に会って以来顔を合わすことなく亡くなり、子供が生まれたことさえ知らなかった教え子。父親の事情も知っているため、子供の事を知っていたなら、何が何でも引き取っていたに違いない。

 傷心を隠しきれず、職を辞して家に引きこもっていたところに来たのがカイルだった。かつての教え子を彷彿とさせる真摯な姿勢。

 気持ちはすでに傾いていた。だからこそ、少し意地悪な悪戯心も沸き起こる。八つ当たりと言ってもいい。その気が全くなかったのに、心を動かされてしまったことに対して。


「いいわ、先生になってあげても。お金も払える範囲で構わない。ただし、条件があるわ。わたしは薬の調合が趣味なの。でも、効果を確かめるための実験に付き合ってくれる人はなかなか見つからなくて。だから、あなた実験台になってちょうだい。できるでしょう、孤児や流れ者だったら。もっと危ないものも口にしてきたでしょうから」

「分かった。死ぬようなものじゃなかったら付き合う」

 カイルは即答する。気まぐれで、少々気難しいところがあるとは聞いていた。だから、何か条件を出されることは予測していた。無理なものでない限りは引き受けるつもりでいた。クロは心配そうに見てくるが、カイルは笑って軽くなでる。


「……これ、出来たばかりの新作。飲める? これ、を……」

 ヒルダは懐から出した瓶を目の前で振る。問いかけて反応を見るつもりだったのに、カイルは最後まで聞くことなく、ためらうこともなく手に取って蓋を開けると中身を口の中に流し込んで呑み込む。

 ヒルダはたとえ言葉ではそう言っていても、実物を見せればためらうと思っていた。たとえ最終的には飲んだとしても、躊躇すると考えていた。それなのに、中身が何かを問うこともなく体の中に流し込んでしまった。


 目を見開くヒルダを見ながら、カイルは冷たく不思議な甘さのある液体が喉を通って胃に収まるのを感じた。何の薬か聞く前に飲んだため、何が起こるのかと身構えていたカイルだったが、突如として世界が歪む。

 立っていたはずなのに、先ほどまで見ていた床が目の前に広がっている。腹の中身全てが出てしまいそうなくらいの吐き気があるのに、それを可能にするための筋肉がまるで動かず体に力が入らない。氷水をかぶったかのような悪寒が全身を駆け巡っており、一瞬で冷や汗が浮かぶ。息苦しく動悸がおさまらない。何より、頭を締め付けるかのような激しい頭痛が視界にノイズをもたらす。

「あっ、は、うぁあ、ぁ、う……ぐぅ」


 胸を押さえたかと思えば前のめりに倒れ、小刻みに体を震わせながらあえぐカイルを、ヒルダは驚きの目で見ていた。ヒルダの予想では、これほどまで激烈な症状は出ないはずだった。カイルが落とした空の瓶を見て、それから床の上で満足に動くことさえできないカイルを見る。

 半分は冗談のつもりだったのに、大変なことになってしまった。ヒルダは顔を青くして、カイルの頭のそばにひざまずく。しかし、容体を確認しようとしたヒルダをカイルに覆いかぶさるようにしてかばうクロが遮る。

 牙をむき、眼には怒りを宿しながら、前のように理性を失うことなくヒルダを睨み付ける。


『言え! カイルに何を飲ませた!』

「えっ、しゃべ……よ、妖魔? そんなっ、なんで、王都に妖魔が……」

『我のことは捨て置け! あの薬は何だ!』

「あ、あれは……あれは”魔力増幅薬”として開発したものよ。うまくいけば、総魔力量を一割ほど上昇させられるはずなの。で、でも、魔力酔いは起こすはずだけど、こんな、こんなにも強い症状が出るなんて……」


『カイルは並の魔法使いなど比べ物にならぬくらい魔力が多いのだ! 我と魂の契約ができるほどに! その魔力の一割などと……魔法使い百人分を優に超えるであろう』

「そんなっ! ちゅ、中毒症状を起こしているのね。えっと、こういう時は……あ、あなた、魂の契約をしていると言ったわね。な、なら症状の分担はできるかしら? 症状が緩和して、彼が自分で魔力操作ができれば少しは落ち着くはずよ」

『カイル、聞こえておるか? 我にも負担させよ。主は望まぬかもしれぬが、相棒として我にもできることをさせてくれぬか』


「ク……ロ、ごめ、……頼、む」

 視界も安定しない状況で、クロとヒルダの会話もあまり聞こえなかったが、言葉と同時に頭の中にも響いてきた声で、クロの意思が伝わってくる。さすがにこの状況では選択の余地もなく、カイルは負担の何割かをクロへと移す。そのおかげか、少しばかり楽になった。

「はっあ、クロ……大、丈夫か?」

『我のことより、主のことだ。魔力操作はできそうか? この症状は急激に魔力量が増幅したことによるものだ。調整してみよ』

「分か……った」


 カイルはクロの言葉に従い、いつもは無意識で行っている魔力操作を魔力感知も使いながら行ってみる。魔力回復薬は少なくなった魔力を、魔力の器を活性化させることで生産量を増やして回復させるものだが、魔力増幅薬は総魔力量自体を底上げするもの。それに伴い、魔力の器による生産量をも増幅させる。それに体がついて行けずにこの症状だ。

 魔力が多いことが災いし、増幅量も異常なまでに多くなったことで、さすがにカイルの魔力回路でも受け止めきれず魔力酔いを越えて中毒症状に至ってしまった。増えすぎて回路を圧迫する魔力をまとめ上げ、圧縮し元ある魔力と混ぜ合わせていく。

 最適な量になる様に、いつもと同じ流れになる様に時間をかけて体内の魔力を調整していく。体内の魔力が落ち着いていくに従い、症状が治まっていく。魔力操作が要らなくなる頃には、通常の魔力酔い程度までに落ち着いていた。

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