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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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王家との夕食会

 寝室だった部屋を出て、廊下をしばらく進んだところでメイドが立ち止まり、一つの扉を開ける。促されるままに入った先に、今朝会ったばかりの顔を見つける。国王トレバースと宰相のテッド、騎士団団長のレナード。そこまでなら、まだあり得るかという面子だった。しかし、どう考えても一般人ではなく、はっきり言えば王族としか言えない者達が他に四人いた。


 トレバースだけではなく、テッドやレナードもどこか疲れたような、申し訳なさそうな顔をしている。どうやら、隠れて夕食を一緒に取ろうとしたところ、見つかって同行させざるを得なくなったというところだろうか。

 レイチェルだけではなく、他のメンバーも入り口から入ってすぐのあたりで固まってしまっている。ただ、残りの面子の顔を知らないカイルだけが首を傾げて彼らを見ていた。


「初めてお目にかかりますね。わたくしはセンスティ王国王妃エリザベート・フォン=センスティアと申します。トレバースの妻ですね。エリザ叔母様と呼んでも結構ですよ。この子達はわたくし達の子供で第一王女のビアンカ、第二王子のクリストフ、第二王女のエルネストです。第一王子であるアレクシスは同席しておりません」


 紹介を受けたカイルは驚いた顔をして、それからトレバースの顔を見る。トレバースはさらに申し訳なさそうな顔をした後項垂れた。どうやらエリザベートには頭が上がらないらしい。

「えっと、エリザ様? その、何でここにいるんだ? あ、いや、いるんです?」


 なぜかエリザベートを叔母さんと呼ぶのはためらわれたため様付けする。その上で理由を聞こうと思ったが、王妃であるならとなれない敬語を使おうとしたのだが、どう考えても中途半端だろう。そんなカイルの様子を、エリザベートは怒ることなく微笑みを浮かべて見ていた。


「トレバースがこの間からこそこそとしていることは気付いていました。孤児院の問題が上がったことでその件かとも思っておりましたが、どうも他にも隠し事がありそうで……見張っていました。そうしたら、こんな……全く、どうしようもありませんね。カイル、という名だそうですね?」


「あ、はい。カイル=ランバート……です」

「フフッ、いつもの話し方で構いませんよ。今はプライベートですから。そう、カイル=ランバート……。トレバース、後できちんとお話を聞かせてもらいますよ。それよりも、わたくし達も夕食をご一緒してもいいかしら? いつもはトレバースも一緒なのに今日は外せない用があるからと、こちらに向かったのです。家族で食事ができないのは寂しいでしょう? わたくし達もいつも一緒にというわけにはいきませんから。できる時には一緒に食事をしたいのです」


「あー、俺は構わないけど。レイチェル達は……まぁ、大丈夫だろ。にしてもバースおじさん、家族放ってこっち来たのか? 家族との時間は大事にしろよな。いつ、それが失われるか分かんないんだから……」

 カイルは頭をかきながら、いまだ固まったままのレイチェル達を見る。そして、少し非難するような目をトレバースに向ける。カイルは血のつながった家族と共にいられた時間も記憶もほとんどない。だからこそ、こうして確かな絆がある者達をないがしろにするような行為は歓迎できない。トレバースにもそのことはよく分かったのか、しょんぼりと項垂れていた。


 子供達は、自分達とあまり変わらない年頃の、しかも平民に説教されてへこむ国王である父の姿に驚いて両者を見比べていた。気安くおじさんなどと呼んでいることから、浅からぬ縁があることは分かったが、どういう繋がりなのか理解できていないのだろう。

「フフフッ、その通りよトレバース。カイル、少しこちらに来てもらえるかしら?」


 エリザベートに言われるまま、カイルは彼女に近づく。手が届くくらいに近づいた時、不意にエリザベートの目が潤むのに気付いた。その目が、カイルを見ているというより、カイルを通して懐かしい誰かを見ているようだったため、エリザベートがカイルの素性に関して確信を持っているのだろうことがうかがえた。

「……こんなに大きく…………。よく、生きて……いいえ、よく来てくれました。歓迎します、カイル」


「お母様? この方のことご存知なのですか?」

「古い友人の子供なのですよ。わたくしやトレバースとも仲のよかった、ずっと音信不通だったので心配しておりました。この度、レイチェル達が視察で見出してきた者がそうだと知ってわたくしも会っておきたかったのですわ。お父様はご自分だけ会っていたのです、わたくしに内緒で。ですからこうしてお邪魔したのですよ」


「それでお父様をおじさんと……あ、申し訳ありません。わたくしは先ほど紹介のあったビアンカと申します。十四になりました、よろしくお願いします、カイル様」

「様って柄じゃねぇけど。えっと、ビアンカって呼んでいいのか?」

「はい、構いません。お父様やお母様のご友人の子供であるなら、わたくし達もまた友人のようなものです。カイル様の方が年上のようですし」


「つっても、二つしか違わないぞ? 俺は今十六だから」

 カイルの言葉に、知っていた王妃以外、子供達はみんな驚く。まさか、カイルが自分達の兄と同じ歳であるなどと到底思えなかったのだ。落ち着いた雰囲気や、王族を前にしても少しもためらうことなく距離を詰めてこれる度胸。


 だが、ちゃんと顔をよく見てみれば、整った中性的な顔には確かに幼さが残っている。体つきが大人とさほど変わらないために、年齢を正確に測れなかったのだ。

「そうは見えませんでした。成人されているくらいかと……申し訳ありません」

「いや、いいよ。よく言われる、ガキらしくないって。だから、ビアンカもあまり気にするなよ?」


 なんだか世話をしていた路地裏の子供達を思い出し、ついビアンカの頭を撫でてしまう。大したことじゃないのに、落ち込んでうつむいてしまった彼女が、いつも下ばかり見ていた彼らと重なって見えたのだ。

 失態をしたと落ち込んだビアンカだったが、大きくて暖かい繊細な指で優しく頭を撫でられ、思わず顔を上げる。見えたのは優し気に自分を見下ろして微笑んでいるカイルだった。それを見たとたん、なぜか顔に熱が集まってくるのを感じた。これが自分の兄と同年代の少年だとはとても思えなかった。


「あ、あの、カイル様。す、少し恥ずかしいです」

「あっ、悪ぃ。ついちび達と同じ対応してた。無礼者ってなったりしないよな?」

 慌ててカイルはビアンカの頭から手をどける。恥ずかしいと言いながら、なぜか少し残念そうな顔をしていたビアンカだったが、焦っているカイルに思わず笑みがこぼれた。


「そのようなことにはなりません。ちび達、というのはどういう?」

「あー、俺、王都に来る前は路地裏に住んでた孤児達の面倒見てたんだよ。で、そいつらっていつも下ばかり見てたから、よくああやって頭撫でては顔上げさせてたんだ。で、まあビアンカも同じように下向いてたから同じようにしたらいいのかな、とつい、な」

 孤児と王族を一緒にしたら、それはそれで無礼だな、とカイルは自分で言いながら思った。だが、ビアンカは目を見開いて驚いており、割り込むようにして弟妹達が入ってくる。


「路地裏の……孤児。王都の外では、やはりいるんですね」

「路地裏に住む孤児はみんな野蛮人で、汚くて、犯罪者ばかりだって聞いているわ。そんな子達の面倒を見るなんて、物好きね!」

 クリストフは眉をひそめて憂い、一番小さなエルネストは腰に手を当てて強い口調で切り返す。怒っていもいい場面かもしれないが、裏通りの孤児達を相手にしてきたカイルにとっては可愛いとしか思えない。


「ああ、いるな。何もしなけりゃ、無くなんねぇだろうな。それに、確かに孤児達はみんな荒れてるし、汚れてるし、罪を犯す奴だって多い。でもそれは、それ以外の生き方を知らないからだ。お前らはちゃんと親や先生にこうあるべき、こう生きるべきって教えてもらえるし、実感はないかもしれないけど周りの人に守られて飢えることも凍えることも傷つくこともなく生きていける。でも、あいつらは……俺達はそうじゃない」

「俺達?」


 怒るでもなく、悲しむでもなく、小さい子供に言い聞かせるように……母が自分達に何かを教えてくれるのと同じような顔と口調で言う言葉にエルネストは思わず口を閉ざしてしまう。そして、クリストフはカイルの言葉を繰り返した。

「俺も……元は流れ者の孤児だ」

 カイルの言葉にエルネストは目を見開いた。続いて聞かされる孤児達の現状にビアンカは胸を押さえて沈痛な顔をし、クリストフは両手をぎゅっと握りしめている。エルネストは何かに耐えるように、足を開いて立ちきゅっと唇をかみしめていた。


「人ってのは本当に辛い時誰かに優しくされて、初めて優しさを知って誰かに優しくできるようになる。身なりを整えるってことが、どれだけ心身を健全に保ってくれるのか。なぜ罪を犯してはならないのか、それがどういうことなのか。それを知らないまま生きてるあいつらには誰かがそれを教えてやらないといけないんだ。それを知ったら、あいつらはちゃんと人として生きていける。他の人達と同じように、生きていけるんだ。俺達だって、人なんだから」

「カイル様は……同じ孤児でありながら、彼らを救ってきたのですか?」

 ビアンカの言葉にカイルは自嘲する。本当に救えたのかどうか、今となっては分からない者も多い。ただそうなっていればいいと願っている。

 

「救うってほど高尚なもんじゃないさ。ただ、道を示しただけだ。あいつらが人として生きていけるように足固めをしたくらいだ。あとの成果はあいつらが頑張ったからだ。底辺を知ってるから、そこに戻りたくないなら努力するしかないだろ? それに俺も全員を拾い上げられたわけじゃない。戻れないくらい心を闇に落としちまった奴や、どんなに頑張っても助けられなかった奴もたくさんいる。だからこそ余計、拾えるもんは全部拾ってきただけだ。俺は、孤児だから欲張りなんでな」

 ニッと笑うカイルに、ビアンカは目じりの涙をぬぐって同じように笑い返す。クリストフはどこか尊敬するような目を向け、エルネストはプルプルと震えていた。


「な、なによっ。わたしは、わたしは別に……そんな……」

「エル。相手を知る前に決めつけてかかるのはよしなさいと言っておりますね。どうすればいいか、分かりますね?」

「はい、お母様。か、カイル、その、ご、ごめんなさい。知らないのに、知ったふうなことを言ったわ」

「気にすんな。俺は、そんな現状を変えたくて王都に来たんだ。ちゃんと分かってくれたなら、その方がスゲー嬉しい。ありがとうな、エル」


 ドレスの裾を握りしめて、俯きがちに謝ってきたエルネストの頭をカイルは優しくポンポンと撫でる。カイルとしてはそんな認識を変えられたらと現在努力しているのだから、こうして分かってもらえただけでありがたい。そう思ってお礼を言ったのだが、エルネストはポカンとした顔をして、それからもじもじとし始める。何事かと首を傾げたカイルだったが、突然エルネストはカイルに指を差して宣言する。

「い、いいわ。そ、その。わ、わたしも手伝ってあげるわ。その代わり、カイルはわたしの子分よ。いいわね!」


「……子分? あー、まぁ、立場的には間違っちゃいないんだろうけど。具体的に何すりゃいいんだ?」

 カイルを子分にして、エルネストは何をしたいのか。そう思って聞いたカイルだったが、逆にエルネストの方が言葉に詰まる。どうやらあまり考えることなく口にしたらしい。そのあたりはまだ幼い子供なのだと分かる。

「と、時々でいいからわたしに付き合いなさい! 王宮を案内してあげてもいいわ、その代わりわたしが外に出た時にはカイルが案内するのよ!」

 こればかりはカイルの判断では答えられないため、視線でエリザベートやトレバースを見やる。トレバースは頭を抱えており、エリザベートは優雅に微笑んでいた。どうやらそう大きな問題ではないらしい。


「……分かった。ただし、俺ってこう見えても結構忙しいんだ。ほんとに時々になるかもしれないけど、その辺は分かってくれよな?」

「し、仕事でもしてるの?」

「仕事しなきゃ生活できないだろ? それに、さっき言ったことやろうとすれば、どうやらすげぇ強くなったり偉くなったりしなきゃいけないみたいでな。そのための修行と勉強があるんだ。俺、この歳になるまでまともにそういうことしたことなかったからな。たぶんビアンカやエルやクリフ? なんかより、知らないことやできないことも多いんだ。だから、その辺バースおじさんにも助けてもらってるんだよ」

「楽しい?」


「ん? ああ、働いてちゃんと報酬がもらえるのはスゲー楽しい。修行だってできないことができるようになれば嬉しいし楽しい。それに、勉強して知らなかったことが分かる様になったり、今まで思いつかなかったようなこと考えられるようになれば自分のためになるだけじゃなくて、何をすれば周りにいる人や助けたいって思ってる人の力になれるのか分かるだろ? そういうの、楽しいって思わないか?」

「そう、そんなことでも、楽しいんだ……。カイルは変わっているのね」

「そうだなぁ、普通の生活してきてないから、その辺は感性が違うのかもな。そういうのもこれから学んでいけたらなって思ってるんだよ。そういうこと、教えてくれるんだろ? エルも」

「そ、そうね。子分の面倒を見てあげるのは当然だもの」


「はは、頼りにしてるよ。ああ、そうだ。レナードさん、時間が取れる時でいいから剣を教えてくれないか? というより、教えて、ください」

 腰をかがめてエルネストに視線を合わせていたカイルは、背筋を伸ばしてレナードに向き直ると、深く頭を下げる。仮にも一国の騎士団の団長に教えを乞うのだ。これでも足りないくらいだろう。

「…………わたしの指導は、レイチェル達ほど甘くはない。それでも、教わりたいと?」

「思ってる以上に色々背負うことになって、でも背負ったからには捨てられない。そのために必要だってんなら、どんな修行だって望むところだ。レイチェル達もさらに上に登ろうとしてる。だから俺も、負けてらんねぇ」

「…………体の不調はどうだ? いつから始められそうだ?」


 同意ともとれる言葉に、カイルは顔を上げてレナードを見る。レナードは仕方ないという顔で、カイルの体調を気遣ってくれる。

「それなんだけど……調和がとれたというか、相殺したというか。大分慣れたから、ちょこっと試してみたらきれいさっぱりなくなって……だから、一応万全かな、と」

 カイルの濁した言葉でも、国王達は聖剣の力が予想以上の速さでカイルに馴染み、さらにあまり知られていない鞘の力を使ったのではという推測までたった。国王しか知らないことだが、ロイドでさえ聖剣の力を受け止められるまで十日以上を擁していた。本当に、ロイドを越える逸材なのだと予感させる。


「そうか……では、風と光の日は午前中に時間が取れる。騎士団駐屯地に来れば指導を行おう。初日はレイチェルに連れてきてもらうといい。それ以後は、一人でもくるように」

「分かった。よろしく、お願いします」

「俺の力の及ぶ限り叩き込んでやろう」

 この部屋に入った時から気付いていた。レイチェルの微妙な変化に。落ち着いたというか、何か大切なものをもらったかのような。ならば、父親として応えなければならないだろう。娘に幸せを与えてくれる存在を、鍛え上げることで。

 レスティアでは一年は十二か月、一か月は四十日ある。月は二つあり、青と赤の月で、そのうち青の月で一年と一週間の周期を決めている。一週間は七日間で、順に属性を当てはめて呼ばれている。火、風、水、土、光、闇、無というもっともよく知られる属性だ。風と光は週の二日目と五日目。ちょうどいいくらいの空きがあるということだ。むしろこうなることを見越して、調整をしてくれたのかもしれない。

 ようやく硬直が解けたレイチェル達も加わり、第一王子を除いた王家との夕食会は和やかに、そしてまた賑やかに行われた。それを給仕しながら見ていた、一人のメイドの冷たい目線には誰も気づいていなかった。

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