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レスティア物語  作者: マリア
第一章 剣聖の息子
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ギルドカード入手

「もっと早くに、気づいてくれる人がいたらよかったんだろうけどな。俺は、まだいい方だよ。ちゃんと生きていく方法を教えてくれる人がいた。悪いことをしたら叱って正してくれる人がいた。魔法も使えたし、剣も持ってた。それに、精霊達も守ってくれた」

「精霊達が?」

「体は丈夫な方だし、回復力も高い方だけどな、それだけじゃ死んでるよ。生きてるのは、瀕死の怪我を負ったりした時でも、精霊達が守ってくれて怪我を治してくれたからだ」

「瀕死? だ、だが君は五体満足で……」

「そうだな、手足失ってもつなげてくれたり、新しくはやしてくれたからな。見た目だけは五体満足だろうさ」

「そんな……それでは……何度も手足を失うような怪我を?」


「知ってるか? 盗みをしたら普通は初犯でむち打ち十回だろ。でも俺達は初犯でも百回打たれる」

 カイルの言葉に前半はうなずいていたトマスだったが、後半で目をむく。百回といえば重罪人に与えられる刑罰とそう代わりない。年端もいかない子供がそんな罰を受ければ、悪ければ死んでしまうことだってある。

「君は、君はその罰を?」

「それが濡れ衣でも、孤児で流れ者ってだけで俺の言葉なんて誰も信じない。ただ、食べ物を恵んでもらおうと腕を伸ばしただけで、その腕を斬られたこともある。見苦しいって理由で殴られたり、村の浄化だって言って人狩りにあったり。よく生きてたと自分でも思うよ」

 もしカイルに精霊達の守護がなければ、今頃生きてなどいない。どこかの路地で冷たくなって腐り果てるまで放置されているだろう。


「あんたは……そうかい。よく生きててくれたね、あたしらには見えないが、精霊様にも感謝しないとね」

「まったくだね。もし君が死んでしまっていたら、我々は取り返しのつかない罪を背負うところだったよ。結果が出たよ……本当に素晴らしい才能だね。君は基本四属性に加え、二つの上位属性を持っている。水と火が進化して氷と炎になっているね。さらに特殊属性の光と闇、それに……固有属性まで。あまり人族では前例がないことだが、これは空間・時・重力だろうか。まだ後二つほどあるようだが、これは分からないな。調べておくよ」


「火と水はよく使ってたからそのおかげかな。光は回復、闇は偽装に使ってたし。固有属性に関しては全く手つかずだ。固有属性の魔法も魔法ギルドで学べるのか?」

「恐らくは可能だと思うけどね。ただ、あまり口外はしない方がいいよ。珍しくて有用性が高い分、利用しようとする人も多いだろうからね」

「分かってるよ。最低限自分の身くらいは守れるようにならないとな。これから先、俺が剣聖の息子だってことでなんかあるかもしれないし。そん時に迷惑かけるわけにもいかないしな」


「迷惑なんて考えるんじゃねぇよ。ガキが遠慮すんなって言ったろ? まあ、お前が何をためらってたのかはよく分かったがよ。そん位の面倒で俺達が懐に入れた者を放り出すとでも思ってんのか?」

「頑固さにかけてはドワーフに及ぶ者はないってか。まあ、世話になるよ」

「任しときな。あたしらが一人前にしてやるさ」

 グレンとアリーシャの言葉に、くすぐったいものを感じつつも頼れる味方がいることの心強さにカイルの胸が温かくなる。


「良し、これでカードを発行してくるよ。傭兵以外の四つのギルドに入るっていうことでいいね」

「それで頼む。すぐできるのか?」

「時間はかからないよ。ここで待っているといい」

 トマスは書類や機材から書き写した資料を持って部屋を出ていく。いよいよギルドカードを発行する段になったのだ。

「この歳になってやっとか……。ま、これからだよな」

 普通なら十歳になるとギルドに所属し、雑用や手伝いのような依頼をこなしながら慣れていきランクを上げていく。カイルくらいの年齢になるとみんないっぱしのランクになっているところだ。


「ま、すぐに追いつけるさ。午前中はうちらの仕事をしてもらうよ。午後は好きにしな」

「え? それでいいのか? 家も貸してもらって飯も出て、それなのに……」

「お前は鍛冶を専門にするわけじゃねぇだろ。働いてはもらうが、丸一日ずっとじゃ弟子入りと同じだ。午後からはギルド行くなり勉強するなり好きにしろ」

「……そっか、ありがとな。午前中はしっかり働くよ」

「無理はするんじゃないよ。せっかく立派な目的が見つかったんだからね」

「分かってるよ。それで、その……ある程度金が溜まったらさ……」

「他の町へも行きたいって言うんだろ?」

 アリーシャの言葉にカイルはうつむく。グレン達やこの町の人達からの好意は嬉しいし、ずっととどまりたいと思う。でも、カイルは知っている。未だに暗闇から抜け出せない子供達が大勢いることを。抜け出す方法さえ知らないでいる者達を。


「分かってるさ。そう簡単に生き方を変えられるようなやつじゃないってことはな。だが、覚えておけよ。部屋はいつだって開けておく。お前が帰る場所はあるってことをな」

「帰る……場所、か。なんかいいな、それ」

 カイルは頬をかきながらはにかむ。そういう表情をすると年相応に見えてくる。

 雑談をしているとトマスも戻ってくる。手には黒い長方形のカードを持っていた。


「待たせたね。これがカイル君のギルドカードだよ。身分証の代わりにもなるから大事にね。再発行もできるけどそれはお金がかかるから」

「分かってる。そっか、これが俺のカードか」

 カイルは感慨深げに手の中のカードを見つめる。表には名前、年齢、所属ギルドとランクが記されている。裏には現在受注している依頼などが記されるようだ。

「それに魔力を流すと君にしか使えなくなる」

 カイルは早速魔力を流してみる。カードは一瞬光を放つと、すぐに元のように戻る。


「簡単にギルドカードとギルドの依頼について話しておこう。まず、ギルドカードだが魔力がある者は黒、ない者は白と色分けされている。黒のギルドカードを持つ者しか魔法ギルドには所属できない。銀行でお金を預けたり下ろしたりにも使えるし、お金を入れておけば店で使うこともできる」

 カイルはカードをひっくり返したり触ったりしながら、高性能な機能に目を輝かせている。

「また、精霊王様の協力によってカードを持つ者が犯罪行為をしたり、不正行為をすれば記録に残るようになっている。それはカードを所持してなくても変わらない」

「へぇ、じゃあ悪いことすればすぐに分かるってことか。ならさぁ、なおさらみんな登録するようにした方がいいのにな」

 つまりギルド登録をすれば滅多な悪事は働けないということになる。そっちの方が犯罪抑止効果や取り締まりに役立つのではないか。


「そうなんだがね。その処理をするのは人だろう? だから……」

「ああ、不正をしてても見逃されることもあるってことか。で、下手に身分証を与えて首都や他国に行かれても困る、と」

「そうだね。本来なら監視されていることが分かれば罪を抑制できるんだけど、それが集団になると逆に厄介でね。裏の方ではそうしたつながりも強いと聞くし……」

 組織だった犯罪の隠蔽や広がりを防ぐために、必然的に登録基準を厳しくせざるを得なかったということだ。意味もなく慣例が生まれたわけではない。


「精霊王様も呆れてるだろうな。ま、個人の犯罪は防ぎやすいってことで納得しとくよ」

「そうだね。このおかげで、依頼で不正をする人が随分と減った。未だに言っても聞かずに不正を行い、捕まるものだっているがね。ギルドのランクは下からG~A、S、SS、SSS、X、Zと上がっていく。Aランクまでは自分のランクの一つ上までは受けられるよ。それ以降になるとランク以下しか受けられない決まりになっている。SSからは二つ名も与えられるから、一つの目標にするといい」

「二つ名、ねぇ。あんまり興味ないな、そういうのには」

 変な肩書があっても面倒なだけだと、カイルは二つ名に関しては忌避する姿勢を見せる。トマスは普通なら憧れるところなのに、カイルの反応に苦笑いだ。


「ランクはポイント制で上がっていく。それぞれのランクに基礎ポイントがあってG=1、F=2、E=3、D=4、C=5、B=6、A=7、S=10、SS=15、SSS=20、X=30、Z=40となっている」

 上に上がるほど基礎ポイントが上がるということだ。その分難易度も桁違いに上がっていくのだろう。単純な倍率では測れないということだ。

「それぞれ既定のポイントがたまると次のランクに上がれるよ。Sランク以降は、課題や条件をクリアして、面接や経歴調査も必要になるけどね。当面はその心配もいらないだろうし……。SS以降になると王都でしか与えられない、狭き門ということになる」

 カイルはトマスに言われたことを頭の中で整理しながら話を聞いている。これから先ずっと利用していくギルドの基本的な知識はしっかり覚えておかなければならない。


「ただし報酬もポイントも成功して初めて得られるものだよ。失敗すれば賠償金を払う必要も出てくる。期限がある依頼もあるから、ちゃんとよく見てから受注するように。実力と条件にあったものをね。成功すると依頼者から満足度評価をもらって、それをギルドに提出するとポイントの加算と報酬の支払いが行われる」

 満足度評価とはA~Eの五段階評価で、Cが普通、標準となる。この評価により、基礎ポイントに加算が行われるらしい。Cで基礎ポイント×1、つまり基礎ポイントそのままが入ってくる。その下のDでは±0、変動なしだ。一番悪評価のEではポイントがもらえず、注意を受ける。五回注意を受けるとランク基礎ポイント×2の減点となる。

 逆にBでは×2の、Aでは×3の加点がある。同じ依頼数でも、依頼者を満足させられるだけの仕事ができれば早くランクアップも可能になってくるということだ。また、ギルドカードの裏には今まで受けてきた依頼のランクや数、満足度評価の数なども記されていくようになるため、そのあたりで能力を判断することも多いようだ。


「へー、色々あるんだな。じゃあ、ちゃんと仕事すればその分評価してもらえるってことか?」

「そうだよ。正当な評価をしない悪質な依頼者は逆にギルドでの依頼ができなくなる仕組みだからね。そのあたりは安心して任せてほしい」

「ま、依頼受けながら慣れていくさ、その辺は。じゃ、これで俺もギルドで依頼を受けられるってことだよな」

「そうだね。今日は遅いから、明日から早速受けてみるかい?」

「そうだな。やってみて、それから魔法ギルドに行ってみる」


「よっし、じゃあ、帰るか。カイルのことを説明しないとな」

「みんな、待ちかねてたさ。今日はごちそうにしようかね」

「いいよ、大げさにしなくても。挨拶はきちんとするけどさ」

「遠慮すんなって言ったろ。住み込みってことは身内と同じってことだ」

「そうだよ。あんたはわたしの息子とおんなじさ、好意は素直に受けときな」

「分かったよ。じゃあ、これから世話になる。トマスさんも、ありがとな。あと、ちびどものことも頼む。もう少しでギルド登録できる奴もいるから」

「分かっているよ。こうして面接をして、ちゃんとギルドに入れるよ。あの子達の資料はすぐにそろえられるだろうしね」


 トマスは将来有望な少年のギルド登録に立ち会えたことや、これから変わりゆくであろう世の中のことを思い、笑みが浮かんでくる。カイルの進む道は決して平たんではないし、壁も多いだろう。けれど、どうにかしてしまうのではないかという不思議な期待を抱いてしまう。

 かつて剣聖に希望を託していた者達も、きっと同じ気持ちだったのではないだろうか。今は亡き剣聖の忘れ形見が、今一度世界を救うために動きだそうとしている。その確かな予感に胸を高鳴らせていた。




「はーー、あんなに食ったのいつぶりだろ」

 カイルはグレン達によって与えられた部屋のベッドに大の字になっていた。グレンやアリーシャと共にギルドから武器屋に帰ると、そこにいた人々にもみくちゃにされた。今か今かと待ちわびていたらしい。みんなカイルと共に働けること、暮らせることを歓迎してくれた。

 カイルも自然と笑顔になり、豪勢な食事を競って食べた。結果、満足に身動きができないくらい詰め込んでしまい、こうして部屋で横になっている。


 こんな壁や屋根がある家で、ちゃんとした寝具で寝るのはいつぶりだろうか。ジェーンと共にいた時にも、滅多に宿に泊まることなどなかった。十年以上ぶりではないかと思える。綺麗に洗われたシーツや、日に当てられ干された布団から優しくも懐かしい香りがして、なぜかジワリと涙が浮かんできた。

 ジェーンが死んで以来、滅多に泣くことがなくなった。どうしようもない憤りや悲しみや辛さを押し殺し、それでも消化しきれない思いが涙となって流れたことはあった。だが、嬉しさや温かさで流す涙はこれほどまでに熱いものなのかと、初めて実感する。


「母さん、父さん、俺、頑張って生きてるよ。二人が誇れるような生き方、できてるかな。これからも色々あるんだろうけどさ、でも、俺のこと気にかけて身内って言ってくれる人にも出会えたんだ。母さんみたいにたくさんの人を救うことや、父さんみたいに強くなることは難しいかもしれない。でも、きっと俺にもできることがあると思うんだ。だから、見守っててくれよな」

 カイルの目の前には、ペンダントの映像が流れ、顔も記憶もおぼろげな両親の姿が映されている。どうしようもなく辛い時も、悲しい時もずっとこうやって乗り切ってきた。応えることのない二人の映像に語り掛け、力をもらい生きるための思いを新たにしてきた。


「明日からも忙しくなりそうだ。でも、初めてかもな。明日が楽しみだって思えたの。じゃ、お休み、母さん、父さん」

 カイルは今一度映像の中の両親の姿を目に焼き付けると、映像を閉じる。そして、いつもの日課である指輪に込められるだけの魔力を込めてから眠りについた。精霊達の奏でる子守唄を聞きながら。


 扉の外でカイルの独白を聞いていたのはアリーシャだった。突然変わった環境にカイルが難儀していないか確認しに来たのだ。だが、誰かに語り掛けるようなカイルの声を聞き耳を澄ませていた。

 それが亡くなった両親への語り掛けだということに気付いた時、部屋の中に入ることがためらわれた。きっとカイルは、グレンやアリーシャ達の前では簡単に弱音を吐こうとはしない。一人で頑張りすぎるくらいに頑張って生きてきた。だから、誰かに頼るということがへたくそで不器用だ。


 早くから人の醜さや愚かしさを見てきて、それでも暖かさや温もりも知っていて。最悪の生活環境でありながら、人として最後の一線を踏み外さずに生きてきた。まさに奇跡のような子だ。カイルは自らを汚れていると言っていたが、百年以上生きてきたアリーシャ達の目から見ても曇りない純粋さは好ましく映るし、正しく生きようとするその心の在り方を美しいと思えた。

 それに、ただ無邪気なだけの子供とは違う。生きるためのしたたかさも、生き抜くための知恵も、逆境に負けない強靭な精神力も、みな人としての魅力に思えた。そんなカイルだからこそ、時として本音をさらけ出せる者が必要だと思えた。


 必要以上に責任や負担を抱え込んでしまう。どこかで息抜きしなければつぶされてしまうと。だが、それはカイル自身が一番よく分かっていたらしい。ああやって、いつも両親に語り掛けていたのだろう。そうやって自身を鼓舞し、支えてきた。

 アリーシャはそっと扉の前から離れると、グレンの待つ部屋に戻る。

「おうっ、カイルはどうした?」

「寝ちまったよ。……あの子はあたしらが思っている以上に強いよ。哀しいくらいにね」

「なんかあったのか?」

 アリーシャはグレンにカイルの部屋で聞いたことを説明する。全てを聞き終えると、グレンは歯をかみしめる。


「あいつは、そうやってずっと一人で……」

「そうだろうねぇ。あたしらが少しでもあの子の支えになってあげられるといいんだけどね。せめて、衣食住に不自由しない生活くらいはあげられるかね」

「あいつは、いつかでっかくなる。ここも出ていくだろうな。いつになるかは分からんが……。だが、その時にはちゃんと送り出してやらないとな。で、俺達も踏ん張りどころだ。あいつが帰る場所であり続けられるように、な」

「そうだね。うじうじ悩むのはあたしらしくないね。明日から尻ひっ叩いても仕込んでやるさ。最高の技術をね」

「おうっ、どこに出しても恥ずかしくないくらいにはしてやるさ」

「はははっ、苦労するねぇ。でも、そんな苦労ならあの子は喜んで引き受けそうだよ」

 グレンとアリーシャの寝室には二人の楽しそうな声が響いていた。

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