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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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聖剣の契約と龍の血

 カイルのそんな思いがこもった眼を向けられて、トレバースもはっとなって何度もうなずく。

「そ、そ、そうだね。確かに、順序というものがある。こ、ここはひとまず置いておいて、今後改めて挑戦してもらうような形にした方がいいだろう。テッドやレナードはどう思う?」

「そうですね。今までのように所在さえ分からず、見当もつかない状況よりはましかと。候補者の皆様方には申し訳ありませんが、何も知らせないでいた方がいいでしょう。もしかすると、カイル君が聖剣を抜けることには、剣聖として選ばれた以外の理由がある可能性も捨てきれませんし」

「当人にその覚悟がないのに背負える称号だとは思えません。ここは一度様子を見るということで話を進めたほうがよろしいかと」


 トレバースの言葉にテッドもレナードも賛同する。レイチェル達としても、いきなりカイルが剣聖になるなどと考えたこともなかった。レイチェルとしても勧めはしたが、まさか本当に抜けるなどと考えてもいなかった。たとえ可能性があるとしても、もっと先のことだと思っていたのだ。それが今のタイミングで聖剣を抜いてしまったなどと、他国にも知らせることさえできない。

「だよな。……ったく、人騒がせだよな。なんで俺に抜けるんだよ、もっとふさわしい人だっていただろうに。そういうやつを選べよ。俺が挑戦するにしても、もっと実力付けてからだ。お前だって今の俺に納得なんてできないだろうに……」


 カイルはぶつぶつと聖剣に文句を言いながら、元のように机の布の上に戻そうとした。が、突如として聖剣が光を放ち、全員の目がくらむ。カイルも目を焼かれながらも、手に持っていた聖剣が徐々にその実体を失っていくのを感じていた。

 握っていたはずの金属の感触や重さが消え、同時に触れていた右手を通じて何かが体の中に入ってくるのを感じた。すさまじい力の塊のようなそれが、右手から腕を伝い胸に達して全身に広がっていく。細胞から作り替えられていくような感触に言葉にはできない感覚が全身を満たす。刹那、強制的に脳裏や魂にまで刻み込まれる記憶にも似た経験の蓄積に、カイルは頭が割れるのではないかと思うほどの頭痛を感じる。

 一瞬で意識が遠くなり、すぐに覚醒してはまた遠ざかる。光のせいだけではなくちかちか明滅する視界と意識に翻弄されて、体の力が抜けていく。


「あ………はぁ、うあ゛、あ、ぁ……」

 光がおさまる頃には、カイルは半分意識が飛んでおり剣を戻そうとした姿勢のままテーブルの上に倒れこむ。伸ばした右手に握っていたはずの聖剣は跡形もなく消えており、静まり返った室内に荒いカイルの呼吸音だけが聞こえていた。

「か、カイルっ!」

 慌ててレイチェルがカイルを抱き起す。アミルやキリル達も立ち上がって、うつろな表情をしていたカイルをソファに戻して容体を確かめる。レイチェルはカイルを抱き起した時、その体が燃えるように熱いことを感じ、消えた聖剣と何か関係があるのかとトレバースを仰ぎ見る。

 トレバースも目をぱちくりさせていたが、やがて困ったように沈んだ声を出す。


「どうやら、何事もなかったとして聖剣を元に戻して時間を稼ぐ、ということもできなくなったようだ。選別の儀で聖剣に選ばれても、聖剣を使えるわけじゃないんだ。”契約の儀”と呼ばれる、聖剣と持ち主を結びつける過程を経て、初めて聖剣の力を扱えるようになる。カイル君は剣を抜いても、それが行われていなかったから……まだ大丈夫なのかと……思っていたんだ、けどね」

 トレバースは若かりし頃、ロイドが聖剣を抜いた後、同じようにして倒れた時のことを思い出す。当時から友人でもあったロイドは、トレバースが知る限り滅多に怪我や風邪もひかないような丈夫な男だった。


 それが、聖剣が光を放ったかと思えばロイドがばったりと倒れ、前後不覚になっていた様子を見て”契約の儀”がそれほどまでに負担の大きいものであることを知った。ロイドもそれを知っていたからこそ、剣を抜いてしまったカイルをあれほど心配したのだろう。幼い心身には到底耐え切れないと考えて。

 ロイドの場合、剣を抜いた直後に起きたためすぐに剣聖としての証明にもなった。だが、持ち主がいる聖剣を抜いたことや、今回も聖剣を抜いても特にそうした変化が起きなかったことで、トレバースも安心していた。

 たとえカイルにその素質があったとしても、まだ剣には本当には認められていないのではないか。あるいは、カイルに抜けたのには別の理由があるのではないかと思うことができたから。それなのに、時間差でカイルが剣を手放そうとした瞬間にそれが起きた。まるで離れることを嫌がるかのように。離れまいとするかのように。


 ほどなくして、カイルの意識が戻ってくる。緩く頭を振りながら、いまだに熱のこもった体を億劫そうに動かす。

「いってぇ……、何だ、今の? 何か、が……聖剣が俺の中に入ってきた? 頭ん中かき回されたみてぇ。無理矢理いろんなもん、突っ込まれたみてぇな…………聖剣、は?」

 カイルは顔をしかめながら、何度も手を握ったり開いたりする。頭痛は未だ収まらず、無理やり書き込まれた知識や魂に刻まれた経験に混乱と体の熱が抑えられない。ふと気が付いて握っていたはずの剣がどこにも見当たらないことに気付いて、置こうとした布の上にも視線をさまよわせる。


「ああ、カイル君。おそらく聖剣は君の中にある。まだ猶予があるのかと思っていたんだけど、よほど君の手から離れるのが嫌だったのか、その、本格的に君を持ち主と認めたようでね」

「……まじか…………なんで俺なんだか……」

 別の意味で頭痛がしてきそうだ。このところ立て続けに契約だのをしすぎではないだろうか。クロに始まりシェイド、さらに聖剣まで。しかもどの存在もその世界において類を見ないほど強力な力を持つものばかりだ。


 トレバースは気遣うような、考え込むような表情で顎に手を当てる。

「それは……分からないけれど。でも、契約で聖剣と一体になり半ばその力と融合することで、その力を振るうことができるようになるんだ。だ、だけど……過去において、その聖剣全てを受け止めた、というか融合した例は、無かった、んだけどね」

「それって、つまりは、どういうことなんだ?」

 ロイドであろうと聖剣全てと融合できなかったのだろうか。カイルの場合、何を言う暇もなく聖剣そのものが入ってきてしまったために、それがどういうことなのか分からない。


「歴代でも最高の使い手といわれたロイドでも、剣そのものを受け入れたくらいで、鞘までは融合できなかったんだ。だから、普段から聖剣を出した状態で鞘に入れて所持するようにしていた。でも、もし鞘ごと融合できたなら、必要な場面で剣だけを顕現させて使うっていうこともできるんだ。その方が格段に安全であり、利便性も高いことは分かるね?」

 確かに、カイルがやったように剣を外している間に誰かに触られたり盗まれたりすることもなく、また好きなタイミングで顕現できるとなれば相手は攻撃を防ぐことも武器を取り上げることもできない。普通の剣とは全く違う使い方もできるということだ。それでいて聖剣の力を振るえるとなると百人力だろう。


「でも、何で? 鞘にも何か意味があるのか?」

「剣は大いなる破壊と力を、鞘は慈悲深き癒しと守護を司ると言われているんだ。ロイドは剣の力を使いこなすことはできた。けれど、鞘の方に関してはその力をほとんど使うことができなかった。歴代の剣聖でも、鞘の力を使えたものは少ないという。それも十全には到底及ばない程度だったとしか……。その点、君は剣だけではなく鞘の力も十二分に扱える、可能性があるということだね」

 カイルは剣が入ってきた右手を見て、複雑な表情をする。父を超える可能性が明らかになったことはいいのだが、本当に扱いきれるのだろうか、と。こうなった以上何が何でも自身の力とするつもりではあるが、不安も消えることはない。


 と、体中を駆け巡っていた熱が、突如として右手の甲に集まってくる。そして、内側から焼け付くような痛みが走り、手の甲に何かの文様が刻まれていく。カイルは手袋を外してそれを確認した。

「あっづぅ……くっ、これは?」

 手首から指先に向けて掲げられた剣と、十字にクロスするように横に伸びた鞘。その剣と鞘に体を絡めるようにして剣の先へと向かう龍に、それらを囲うように両側には広げた翼が描かれている。

 剣と鞘は聖剣と同じ鈍い銀色、龍は印章と同じ輝く銀、翼は金で描かれた、何とも壮大にして流麗な紋章だった。


「これは……見事な紋章ですね。歴代の剣聖が宿した紋章と比較しても、引けを取らないどころか上回るでしょう。カイル君、これは聖剣の主となった者に刻まれる紋章です。この紋章を通じて聖剣と繋がりその力を振るうことが可能になります。そして、この紋章は聖剣との融合度や持ち主の秘めたる素養を示すとも言われています」

 紋章と聞いて不思議な顔をしたカイルにテッドが説明してくれる。歴代の剣聖の紋章は各国の資料に残されている。その中でも群を抜いて美しいと言えるだろう。ロイドの紋章も過去最高といわれていたが、これはそれを上回る。


「ロイドは、抜身の剣に銀の龍が絡んでいる紋章だった。印章の龍はそれを参考にしたものだよ。でも君の場合、それに加えて鞘に……翼。確実にロイド以上の素質が君にはあるということだろうね。翼が何を示しているのかは……分からないけれど。ただ、龍の方は分かる」

 カイルは刻まれた紋章を軽くなでながらトレバースの話を聞く。感覚的に分かった。たとえ腕を斬り落とされることになっても、再生すればその腕にも同じように紋章が刻まれているだろうことが。これは肉体にではなく、魂に刻まれた紋章なのだということが。

 そして龍と翼。こちらが不明であるカイルの属性とも何か関係してくるのではないかと。トレバースはその内の龍に関して心当たりがあるのだという。


「龍の血族、というものを知っているかい?」

 トレバースの言葉にカイルは首を傾げる。常識なのかもしれないが、カイルはそうした常識が抜けていることが多々ある。聖剣にしてもそうだ。抜くことに意味があったなど知らなかった。トレバースはやはりというような顔をする。

「龍の……? もしかして、カイルは龍の血族なのか? 龍の血を引いてるって?」

 だが、元々獣界出身である、獣人のトーマには聞き覚えがあった。獣人の中にもいないわけではない、竜人、あるいは龍人と呼ばれる者達。それらは獣界を収める龍と似た力を持っていると言われている。獣人の中でも最強と名高い存在だ。


 だが、それ以外にも龍の血を引く者達がいないわけではない。高位の龍になると人化という術が使えるため、姿形を人と似せることが可能になる。その状態で人と交わると、人の姿形をしながらも龍の血と力を受け継ぐ子供が生まれることになる。そうした者達を龍の血族と呼ぶのだ。

「龍の? じゃあ、父さんも?」

 トレバースに心当たりがあるというなら、龍の血族は父の方なのだろうと当たりをつける。トレバースはうなずいて、昔話をするように懐かし気に話す。

「ロイドと知り合ってしばらくした頃、聞かされたことがあるんだ。ロイドの家は元々龍の血族だったけど、大分その血も薄れて力もほとんど失っていたみたいなんだ。だけど、突然先祖返りしたようにロイドは濃い龍の血を発現させた。銀の髪や金色にも見える目はそのせいだって言っていたよ。たぶん一代限りのもので、子供にも受け継がれることはないだろうって言ってたんだけど……」

 カイルを見る限りそうとは思えない。むしろロイドよりも濃い血を受け継いでいるのではないかとさえ思える。


「君の本来の姿を見せてもらってもいいかい? ロイド譲りだという銀髪。それはきっと龍の血族の証でもあると思うんだ。大丈夫、この部屋には結界を張ってあるから誰も勝手には入ってこれないし見たり聞いたりもできないからね」

 トレバースの言葉に少しためらいを見せたが続いた内容に、カイルは魔法を解除しシェイドに心の中で呼びかけ偽装を解いてもらう。よく見かける色だったものが、目の覚めるような鮮やかで眩い銀糸の髪に変わっていき、伏せていた目を開けると、そこには宝石のごとききらめきがあった。

 トレバースでさえ一瞬見とれてしまい、慌てて咳ばらいをしながら納得のうなずきをする。ロイドの血縁だと確かに確認できる銀髪。一本一本に力強い生命力を感じるのは同じだが、ロイドのそれよりさらに美しいと思えた。瞳の色が変わると、面影とも相まって母親であるカレナと重なる。二人の血と特徴が見事に調和した奇跡のように見えた。


「これは……みだりに表には出せませんね。見る者が見ればすぐにあの二人の子であると分かってしまいます。それに龍の血といいますが、これは薄まるというよりもむしろ……」

「わたしも見て確信したよ。ロイドより濃いだろう。ロイドが心配をして過保護にもなるわけだ。ほとんど途絶えていたはずの龍の血を自分以上に濃く受け継いでいるのを見れば、不安にもなる。自分以上に過酷な運命を背負わされているのではないかと思ってもね」

 だからこそ余計に中央には関わらせたくなかったのだろう。せめて小さい間だけでも、平穏で静かな暮らしをさせたかったのだ。また、自身の心から愛した女性にカイルがその眼も含めて似ているとなればなおさら。


 剣聖という称号を背負っていたのでなければ、そばを離れることなどなかっただろう。その腕の中で包み込むようにして育てたかったに違いない。帰ってくるたび、出迎えてくれるカイルに毎回大仰な態度で接していたのも無理はない。息子に、自身と愛した人両方の確かな絆と結びつきを感じることができたのだから。

「その……龍の血ってやつは、そんなに厄介なものなのか?」

「厄介っつうか、俺らの中ではちょっとした崇拝対象だな。龍は獣界を治めているだろ? 龍は獣界のあらゆる獣と意思を通じることができるって言われてるんだ。でもって、時として本気で命令すれば、あらゆる獣を従えることもできるって言われてて。実際そうなんだろうな。カイルを見てたら、なんとなくそう思う」

「俺を? なんでだ?」

「いや、だってカイル。お前魔獣となら、どんな種類でも意思の疎通が図れるんだろ? おまけに異常なくらい好かれるし、それにあん時もカークを号令一つで従えてただろ? まるで訓練されたみたいに一糸乱れず従ってたぞ?」


「魔獣とは……生まれつきだし、それにカークのことも意識してやったわけじゃないからなぁ。俺の、不明だった固有属性。それって龍に関係するものだったってことか?」

「やはり君にもあるんだね。血統属性でもある固有属性”龍”。ロイドも持っていた属性だよ。意識しなくても使えるのは獣界の生き物との意思の疎通と簡単な指令に従わせること。でも、それを龍魔法として使えば、あらゆる魔獣を従え、龍と変わらない強度の肉体や龍が使うのと同じ技を使うこともできると言われている。さらに、翼をはやして飛ぶことも可能だとか……どこかの文献で読んだ覚えがあるよ」

 トレバースの言葉にカイルは目を見開く。龍属性の特徴に驚いているのかと思ったトレバースだが、カイルの顔に喜色が広がるのを見て首を傾げた。何がそんなに嬉しかったのだろうか。


「まじで? 龍属性って使いこなせば空も飛べんの? 俺、ちっさい頃からあこがれだったんだよな。父さんに龍を見せてもらってから、同じように空飛んでみたいって。でも、魔法でも難しいだろ? それに生身で飛べるってわけじゃなさそうだし。半分諦めてたんだけど、そっか、飛べるのか」

 獣を従えるより、龍の肉体を得られることより、カイルにとって重要なのは空を飛べる事。龍はドラゴンと違い、細長くスマートな体躯をしているが、その背にはドラゴン以上の大きな翼がある。その翼で空を縦横無尽に駆け巡るのだ。それと同じように、自ら空を飛ぶことが幼いカイルの憧れであり、今もなお捨てるに捨てきれない夢の一つでもあった。

 思ってもみなかったポイントで喜ばれ、さらにその様子がそれまで見せていた大人の顔とは違った子供らしい年相応のものだったことで、一時深刻さを忘れトレバース達でさえ笑顔を浮かべてしまう。やはりまだ子供でもあるのだと、やっと実感が持てた。これほど深刻な場面でも、素直に自身の感情を出せるところなど、ロイドとも似ている。


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