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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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王との対面

「おうっ、カイル。今日も元気そうだな! これ、持ってけ。お前ひょろひょろしてるから、またぶっ倒れるといけねぇからな」

「余計なお世話だ。まぁ、ありがたくもらっとく。おっちゃんも無理すんなよ、腰痛ぇんだろ」

「それこそ余計なこった。おめぇが言ってた薬草や、それにお前の魔法が効いたからよ。今じゃ、全快よ」

「そりゃよかったな。また痛むようだったら無理すんなよ? ロハってわけにゃいかねぇけど、治してやるからよ」

「そこはタダで治してやるっていうところだろうが!」

「こっちも生活かかってんだよ。心配しなくてもぼったくったりゃしねぇよ」

「しても払うか! まぁ、行ってこい。今日も仕事だろ?」

「そんなとこだな。帰りも余裕があったら寄るよ」

「ふん、期待しねぇで待ってらぁ」


 途中の八百屋で、カイルはリンゴに似た味と見た目のコリンの実を投げ渡されて店主との会話に移る。持病の腰痛に悩んでいたところを薬草と魔法で治療した。その時は子供達へのお礼のつもりだったので無料としたのだが、以来顔を合わせると何かと物をくれるようになった。

 気安い会話に、レイチェルはカイルはもしかしたら王都育ちのレイチェル以上に王都の人達に馴染んでいるかもしれないと考えた。王都で育ってもレイチェルは剣ばかりで、周辺の人々と交流するといったことをしてこなかった。


 これを見ていると、レイチェルがずっとさらされてきた心無い視線や言葉はレイチェル自身にも非があったのかもしれないと思ってしまう。周囲に心を開かず、周囲に溶け込んだり馴染んだりしようとしなかった。それはつまりレイチェルは周囲を拒絶していたということだ。自身がされたのと同じように。それでは悪口を言われても仕方ない。なぜなら、相手はレイチェルのことなど何一つ知らないのだから。

 レイチェルが相手を一方的に嫌い非難していたのと何が違うだろうか。そして、そうした人達をのことをレイチェルはどれだけ知っているだろうか。何一つ詳しいことなんて知らない。肩書きや名前くらいで、どういう性格でどんな背景があってどんな人物なのか、全く知らないのだ。


 カイルは一から自分のみで関係を築いたのだから、ある程度立場や存在を周囲から前もって知られていたレイチェルとは違うのかもしれない。でも、レイチェルもすべてに背を向けて剣を取るまでにできたことはあったのかもしれない。親し気に挨拶を繰り返すカイルを見ていると特にそう思う。

 こうやってカイルは自らを取り巻く環境を変えていったのだろうから。味方となり、自身を気にかけてくれる人達を増やしてったのだろうから。


「レイチェル、眉間にしわが寄っておりますわよ。それではカイルに心配されますわ」

「カイルは、そういうのに敏感。きっと気を使う」

 そっと近づいてきたアミルとハンナがレイチェルに指摘する。レイチェルははっとなって知らず知らず刻まれていたしわを伸ばす。自身のふがいなさを嘆いていたが、カイルは自身のせいだと思うかもしれない。それくらい、人の感情に敏感で相手に気を使うから。これからカイルはトレバース陛下と会うという大事があるのに余計な心配をさせるわけにはいかない。


 誰より王宮に詳しいレイチェルが案内を任されているのだから。王城を囲むように輪状になっている中央区を抜けると、高級で広い敷地を持つ貴族街になる。ここを抜ければ王の住まう王宮になる。

 王都の街並みとも趣が違う貴族街はレイチェルの家がある場所でもある。王国に古くから存在し王を支えてきた一族を貴族として、もしくは功績をあげた者に貴族位を授け、王城の敷地内でもある貴族街に住むことを許されている。


 レイチェルのキルディス家のように代々騎士や魔法使いを輩出する家や、大臣側近など文官を輩出する家など名門といわれる家や、新参の貴族の家が混在している。基本は世襲制だが、無能であれば廃位して切り捨てる一面もあったりして、それなりの緊張感を保ち腐敗を防ぐようにもなっている。


 それでも、やはり古くから続く家では選民意識があったり、下々を見下したりすることが多く、一般市民からは敬遠されることが多い。レイチェルのようにギルドに入って貢献していれば別だが、貴族ほどになるとギルドに入らないことも多い。入らなくても身の証を立てる方法があるし、それにギルドカードに罪状を記載されては困るようなことをしている者が多いのだろう。


 それが大罪にならずとも、微罪でも繰り返せば家を失わせるほどの罪にはなる。また、それによって苦しめられるのはいつだって下々だ。そのため、トレバースは貴族にもギルドに入ることを勧めており、自らもまたギルド登録をしている。トレバースが信用している側近達はみなギルド登録をしている者達ばかりだ。


 今回の手入れでもその後に不審な動きをした貴族などもおり、関連性を疑われ調べを受けていたりする。闇の精霊を失ったことで、実質ギルドカードの隠蔽も偽造も不可能になったのだから、慌てるところは非常に慌てるだろう。それまでの真っ白な経歴が真っ黒になる可能性があるのだから。


「どうかしたのか? カイル」

「あー、いや。慣れないのもあるけど、居心地悪くてな。このあたり……あまり精霊を見かけなくて。こういうとこって近づくとろくなことなかったからな。用事でもなけりゃ、来たいとは思えなくてな」

「そうですわね。わたくしも初めて見た時は驚きましたわ。生き物の数が少ないわけではありませんのに。やはり、権力に近くなるほど、心も魂も綺麗ではいられなくなるということなのでしょうか」


 王家でありながら、優れた為政者である家族しか知らなかったアミルにとってもこれは衝撃だった。国を支える貴族達の住処に精霊達が少ないということが。つまりそれだけ清廉な心と魂を持って国政に当たっている者が少ないということなのだから。


「そうか。わたしの家もここにあるのだが……」

「ああ、いや。レイチェルは違うんだけどな。全体的に好きになれない雰囲気ってだけで……こういうところにいたら、レイチェルも辛かったんじゃないか? 魔力がないことでいじめられたりとか」


「なっ、わ、わたしは……そ、そういうこともないではなかったが、剣を覚えてからはあまりいじめられたりはしなくなったな。キルディス家は貴族でも上位に当たるし、父様も騎士団の団長だったからな」

「そっか。ならいいんだけど……場違いではあるよなぁ。なんか文句つけられなきゃいいけど」


「貴族は面子も大事だからいきなり手を出してきたりはしないさ。何かしてきても、わたしの名において好きにはさせない。安心するといい」

「そりゃ頼もしいな。なら今度案内してくれるか? レイチェルがどんなところで育ったかも見てみたいし」

「んなっ、…………か、構わない。き、貴族街は、よく体力作りに走ってもいたからに、庭のようなものだ。隅々まで知っている。案内しよう、綺麗な場所や見ごたえのある場所もあるんだ。わたしが気に入っている場所も……だから、その、カイルにも見てもらいたい」


「ああ、楽しみにしてるよ。苦手だからっていつまでも避けてるわけにもいかないもんな」

「そ、その通りだとも。わ、わたしも頑張ってみよう」

「ん? ああ、張り切りすぎないようにな。何もいっぺんに見て回らなきゃならないわけでもないんだから」

「そ、そうだな。少しずつで、いいんだな」

「そう思うぜ? 焦っても、ちゃんと見れないだろ?」

 若干気落ちしたレイチェルから始まり、どこか少しずつかみ合っていないようなカイルとレイチェルの会話が続く。残されたメンバーは少し距離を詰めてひそひそと話す。


「あれ、わざと?」

「いえ、おそらく天然ですわ」

「気付いてねぇよな」

「気遣い、共感し、奮い立たせ、張り切らせて本音を引き出し、期待させて、さりげなくトラウマにも切り込む。それでいて、レイチェルが過去と向かい合うために頑張ると言っていることに気付かない。気付かないのに、適切なアドバイスとフォロー。高度だな」

「これ、全部天然か。カイルは、カイルだな……」


 トーマでさえ気づくレイチェルの微妙な言葉に、カイルは違う解釈をしてしまう。それでいながら本筋を離れない絶妙で適切なアドバイスとフォロー。これを無意識で自覚なしに行えるのだから時として戦慄するのだ。しかも、会話している間には当人は気付けないというおまけ付きで。

 それなのに、後に気づいたとしても心がほっこりと温かくなるだけで、勘違いを怒る気にもなれない。本当にどうしようもないくらい、カイルはカイルなのだ。そんなだからみんな、一緒にいるほど離れられなくなっていくのだ。


「この調子で、国王様も取り込んだら? どうなる?」

「国王陛下自体カイルを元々気にかけておりますし、過剰に反応されることも」

「どうするよ、カイルに王位譲るとか言い出したら」

「それはないと思うが、無いと思うことをするのがカイルだしな……」

「どのような立場でも、つるぎであるだけだ」

 本来とはちょっと違った緊張感を持ちながら、レイチェルとカイルの少し外れた会話を聞いてハンナ達は貴族街を王宮へと進んでいった。




「すげぇ、な。遠くからは見えてたけど、近くだとこんなにでかいんだな」

 カイルは王宮の門の前で城を見上げて感嘆の声を上げる。中央区からでも、王都にいればどこからでも見える王宮。それを目の前にすると、その威容に圧倒される。白磁の建物であるため、日の光を反射して、余計に光って見える。


 レイチェルは正門ではなく、事前に手配していた通用門から王宮に入る。こちらは普段急ぎの場合や、実を取る官達が使っている門だ。入る時ギルドカードを示し、カイルを入れる理由を説明する。

 表向き、レイチェル達が勧誘してきた新人の顔見せということになっている。レイチェルは王国内での立場はそれなりに高い。騎士団団長の第一子にして、近衛騎士団に所属し、二つ名を持つ剣士。さらに、ハイエルフの姫の世話役を務め、剣聖筆頭の地位を得ている。


 さらに村ぐるみの不正を暴き、真実を明らかにした正義の騎士でもある。そんなレイチェルが目を止めた新人なら、王宮で誰かに顔見せをする機会もあるというものだ。特に父は王宮に詰めていることが多いのだから。

 騎士団駐屯地や練兵場は王宮敷地内にあり、近衛騎士団とも連結している。騎士団の中でもエリートが近衛騎士団に抜擢される形なのだ。ただ、近衛騎士団は職務内容上、女性も半数以上いるため、女だからと不利になることはない。


 カイル達はレイチェルの案内で王宮の城には入らず、脇を通って騎士団本部をさらに過ぎ、城の離れどころか外れにある離宮に足を運ぶ。

 ここは滅多に使われることのない場所で、邪魔が入らず人目につきにくい。お忍びで会うにはもってこいというわけだ。


 レイチェルは見張りもいない離宮の扉を開いて中に入っていく。少し気後れしたカイルは最後に足を踏み入れる。どう考えても場違いにしか思えない。

 離宮で滅多に使われなくても、掃除は行き届いており調度品も質素にならない程度に配置されている。数人は並んで歩ける廊下をしばらく行って、ある扉の前でレイチェルが立ち止まる。


「この中に国王陛下と側近がおられる。礼儀にうるさい方々ではないが、まあ最低限の敬意は払ってくれ」

 レイチェルはカイルに、というよりむしろトーマに視線を向けている。その視線を受けて、トーマは素知らぬ顔で口笛を吹いたりしていた。レイチェルはため息をつくと、扉をノックする。中からはすぐに落ち着いた、けれど耳に残る声で返事があった。


「失礼します。探索隊と……例の少年を連れてまいりました」

 レイチェルは声と態度を改めて中に入って報告する。中は迎賓のための部屋のようで、ゆったりとくつろげる家具の配置になっている。奥にあるソファに三十代後半に見える落ち着いた雰囲気の男性が座り、右側のソファに三十代半ばの切れ者といった男性、左側には中央の男性と同年代のいかにも騎士といった感じの男性が座っている。


 それぞれが一人掛けのソファで、中央の男性の向かい側に、テーブルをはさんで六、七人は優に座れるソファがあった。出入り口は今レイチェル達と入ってきた場所の他に左右に一つずつあり、窓は中庭に通じているようだ。

 無意識で室内の配置や人を確認していたカイルは、左側の騎士といった男性と目が合う。男性は少し目を細めた後、すぐにそらしてしまったためカイルもそのままレイチェルに付いて部屋の中に入っていく。


「そこに座るといい。自己紹介をしておこう。わたしがこの国の国王でもあるトレバース・フォン=センスティアだ。こっちが宰相で側近のテッド=バンクス、こっちは騎士団団長で同じく側近のレナード=キルディス。レイチェル君のお父さんだよ。みんな君の事情は知っているから、気兼ねなく接してほしい」

「あー、えっと……俺はカイル=ランバート。まぁ、知っての通り剣聖ロイド=アンデルセンと癒しの巫女カレナ=レイナードの息子ってことになるのかな」


 カイルはそう言って、右手の人差指に付けていた印章の入った指輪を差し出す。宰相であったテッドがそれを受け取り、トレバースと共に改めた後カイルの手のひらに返した。その瞬間に、部屋の中を銀の龍が優雅に泳ぎ始める。

 テッドとレナードは知っていても驚きの表情で、トレバースは少し泣きそうな嬉しそうな表情でそれを見ていた。ここまでの流れはあらかじめレイチェルに言われていたことだ。素性の証明と同時に報告書の真偽を確かめるために。


 指輪をはめなおし、ソファの中央に座ってトレバースと向かい合う形になったカイルは真っ直ぐにトレバースの顔を見つめる。目上に対して失礼なことかもしれないが、相手の顔も見ないでその心情を知ることなどできない。

 トレバースもまた感慨深そうな目でカイルを見ていた。存在を知りながら、十六年以上姿を見ることもなかった親友の息子。自らの息子と同い年でもある。どうしても、国王としてではなく父として、一人の父の友人として見てしまうことは避けられない。


 見た目では、ロイドとは似ていない。むしろ、母親であるカレナの面影を強く受け継いでおり、整った容姿は中性的で、年齢的にも格好次第で男女どちらに傾いてもおかしくはない。

 今は茶色の髪と眼をしているが、魔法を解けばロイド譲りの銀髪と、なにより眼はカレナ譲りの紫眼をしているという。さらには、その中でも至宝ともいわれる宝玉を持ち、精霊達の加護を一身に受ける愛し子。あの両親にしてこの子在りというほど、複雑にして重い運命を背負って生まれてきたことがうかがえる。


 カイルもまた、色々な感情がある。こうあってほしいという理想を押し付けるのは簡単だ。ロイドの、親友の息子であるということを押し出して願いを聞いてもらうこともできるだろう。だが、あくまでカイルとトレバースの関係は今始まったばかりなのだ。

 話をして、互いの志や思いを確認して、その上で互いの道を共に歩くことができるならば。父の思いや夢を受け継ぎ、父の友人でもあったトレバースの力も借りて、今の現状を打破できるきっかけを生み出すことができるかもしれない。

 そう考えると、緊張もするが同時に奮い立つものもある。少々無礼になろうと、きちんと思いを伝えられなければ始まらない。カイルは、今一度気持ちを引き締めて国王とその側近達と向かい合った。

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