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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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闇の精霊の行方

「秘密を守ることは大切ですが、そのせいで本質を見失い、身動きが取れなくなるのは本末転倒というものです。彼の判断は正しいですよ、レイチェルさん」

「……分かった」

 レイチェルもカミラの言葉で引き下がる。だが、逆にエドガーはずいっとカイルに近づくと、カイルの顔を右から見たり左から見たりして、顎に手を当てて考える。

「うーム。髪の色以外、まるで似てないナ。最初に名前を聞いテ、お前を見に行ったガ、すぐに結びつかないわけダ。まして髪の色を変えていたらナ」

「俺は母さん似らしいから。この髪と、あと体が丈夫なところは父さんに似たんじゃないか?」

「そうカ……。癒しの巫女は体が弱いことでも有名だったナ。だガ、それよりもダ。その眼、それは本物カ?」

「偽物に見えるか? 今は魔法も何もかけてない、正真正銘生まれつきの姿だよ」

 義眼がないわけではないが、わざわざこんな色にすることはないだろう。それに、魔法では瞳の再生だってできるのだから、よほどの理由がないと義眼なんて使わない。


「そういう意味じゃなイ! 分かっているだろウ? その眼は紫眼の巫女と同じなのかと聞いているんダ。精霊との意思の疎通ができるといウ」

「まあ、な。なんで男の俺がこの眼を持ってるか、ずっと不思議だったけど、その理由が分かった。俺と同じように裏社会に捕まってた闇の精霊に聞いたんだ」

 謎だったカイルの眼の秘密。それにはレイチェル達も食いつく。さすがに、何の理由もなしに突然力が宿るということもないだろうと考えていたためだ。

「あノ、三、四歳くらいに見えた子供カ?」

「ああ、俺もあんなに人に近い精霊初めて見た。精霊って大抵、大きくても掌に乗るくらいだったのに。まあ、それはあの闇の精霊が大精霊って呼ばれるくらい長く生きてるかららしいけど」


「大精霊ですの! あぁ、だからあれほど裏社会が幅を利かせておりましたのね」

「アミルは精霊にも詳しいよな? 大精霊ってそんなにすごいのか?」

「当たり前ですわ。大精霊とは、精霊王様の次に高い格を持つ精霊ですのよ。それぞれの属性に一人ずつしかおらず、証となる属性の玉を依代に、自らの属性はもちろん下位の精霊達を統べることも可能なほどの力を持っておりますわ」

「ああ、その属性の玉、だったか、なんか大切なものを奪われたせいであいつらの命令を強要されてるって言ってたな」

「! なんてことですの。それでは例え闇の精霊を解放できたとしても、裏社会からは解き放つことができませんわ」

「……どういうことダ?」


 手入れの目的が水泡に帰したかもしれないと聞き、エドガーの声も鋭くなる。後処理は今も続いている。それなのに、肝心の切り札を奪えなかったのでは苦労に報いることもできない。カイルを救えただけでも良しとしなければならないが、それだけでは済まされない。

 これらかも裏社会が幅を利かせるとなれば、今回の手入れは一時しのぎにしかならない。肉を切っても骨を断てなければ意味がないのだ。


「闇の玉は、闇の大精霊の依代にして力の源ですの。その玉があれば、しばらく霊力の補給をなしに自身や力を維持することも可能ですわ。ただ、その玉を奪われてしまいますと、自身の意思に関係なく玉を持つ者の命令に逆らえなくなるのですわ。闇の玉は闇の大精霊の心臓のようなものですので」

「クソっ。ってことは、奴らはあの装置さえ元通りにすれば……」

「再び闇の大精霊を捕えることが可能というわけですわ……」

 エドガーに暗い表情でアミルが答える。それに伴い、部屋の中の空気も重くなるのだが、カイルは頬をかきながら割って入る。


「あー、そのことだけど、たぶん、心配いらないと思うぞ?」

「なぜですの? 確かにあの時、闇の精霊はカイルと共にアジトの外まで出ていきましたが、その後はどこへ行ったか……」

 いくらカイルの言葉でも、楽観できる状況ではない。アミルの焦りや緊迫した雰囲気に若干気まずい思いをしながらも口を開く。大丈夫だと言える根拠を伝えなくてはならない。

「えっと、だな。俺、その大精霊の霊力? ってやつを補給するために連れていかれてたよな? で、そん時に話を聞いて……その、俺がその大精霊の依代ってやつになったんだが……」

 カイルの話に、アミルは口をまん丸に開けて驚き、エドガー達は理解が及ばず不可解な顔をする。


「ま、まさか、そ、それは……闇の大精霊と、せ、専属契約をした……ということですの?」

「そうらしいな。だから、ハンナの魔法が俺に効かなかったんだと思うぜ? 魔法もそうだけど、全般的に闇に対する耐性も上がるって言ってたから」

 アミルは驚いた顔を、次第に安心したような、なんだかおかしくてたまらないという顔に変えるとくすくすと笑い始める。取り残されてしまった面々がしびれを切らす前に、笑いすぎ、また安心して浮かんできた涙をぬぐったアミルが説明する。


「失礼いたしました。わたくしも失念しておりましたが、わたくし達精霊を見る力、つまり高い霊力を持つ者は精霊の依代になることが可能なのですわ。そこで自身と相性のいい、あるいは仲の良い精霊と契約を交わすことができますの。そうしますと、精霊は契約を交わした相手を自らの力の源にすることが可能なのですわ」

「それデ、カイルが闇の大精霊とその契約をかわしたとしテ、どうなるんダ?」

「大精霊は闇の玉に縛られることなく力を使うことが可能になるということですわ。そうですわよね?」

「ああ、確か俺と契約を交わしてすぐに闇の玉、とかも取り戻したみたいだぞ。で、代わりに偽物置いてきたって。あの後、ブライアンもそれに気づいて悔しがってんじゃないかな。まあ、それもあって俺を恨んでるだろうな、とは思ってんだけど」


『恨んでたわね。全く、しつこいったらないわ。ちょっと気になったから様子を見に行ってみたんだけど、最悪ね。あー、癒されるわ』

 突然、虚空から五、六歳の少女が出てくると背後からカイルの首に腕を回して抱き着く。カイルの肩口に顔を埋め、胸いっぱいに息を吸い込むように肩を上下させている。

「シェイド、見に行ってたのか? 見たくないとか言ってたのに」

『だって、気になるでしょう? カイルとアタシが契約して、アタシを縛ってたものがなくなったって知った時のあいつの顔。見なきゃよかったって思うくらい気持ち悪かったけど』

 カイルの首に腕を回して抱き締めたまま、顔だけ上げてシェイドが答える。


「あそこは精霊にとって居心地よくないだろ? 大丈夫だったのか?」

『少しくらいなら平気よ。まだまだ元の力には及ばないけど、カイルと契約できたおかげで、霊力に満ち溢れているもの。だから、ほら、姿も元のように戻ってきたでしょう? 完全に戻るには何年もかかるかもしれないけど、もう霊力が不足するってことはないわ』

 確かに最初見た時よりも二歳ほど成長したように見える。足りなかった霊力を補えたおかげで、元の姿を取り戻しているのか。


「精霊? あの装置もないのにこんなにはっきりとわたし達にも見えるなんて……」

 カミラもあの場限りだと考えていた闇の精霊との邂逅に驚きを隠せないようだ。

『アタシは特別よ。大精霊だもの、霊力さえあればこうして誰にでも姿を見せることくらいできるわ』

「いや、俺も知らなかったんだけど。シェイドってそんなすごかったんだな」

『カイルったら……そうね、カイルはアタシ達のことについても知らないことが多いのよね。微精霊では教えられることにも限りがあるだろうし』

「だよなぁ。こんなはっきりと意思のある会話なんてしたことなかったもんな。なんとなく伝わる感じだし」

『本来そういう者だからね、精霊っていうのは』


「……いや、それはいいのだが……いつまでくっついているんだ?」

 カイルとシェイドの会話にレイチェルが割って入る。最初にシェイドが現れた時から、レイチェルの手がかすかに震えていた。

「ん? 精霊ってみんなこんなもんだろ? よく引っ付きたがるし、離れる時にはいつも額にキスしていくし。頬や唇にって場合も少なくないぞ?」

 カイルの答えに、シェイドは面白そうな顔で笑みを浮かべ、アミルは困ったような顔をする。


「カイル、知らなかったのだと思いますが、精霊がそこまで親愛を露わにするのは珍しい方ですわ。大抵はそばにいるだけの存在ですのよ」

「は? え、だって、ずっとこうだったぞ?」

「それは、見る者から見れば、とても精霊に愛されているとしか見えませんわ。自分から触れてきたり、まして最大の愛情表現であるキスを額だけではなく、その頬や唇になど……溺愛もいいところですわ」

 アミルの言葉を聞いて、カイルは口元を手で覆うと、顔を真っ赤にしてそっぽを向く。


「やべ、すげぇ恥ずかしいんだけど。俺、他の巫女とか見たことなかったから知らなかったけど、とんでもなく恥ずかしいことしてたのか?」

『恥ずかしくなんてないわ。アタシ達は本当にカイルを愛しているもの。カイルのそばにいるだけで癒されるし、力があふれてくるわ。とてもとても貴重で、大切な存在なのよ。こうやってじかに触れていると、とても幸せな気持ちになるわ』

 シェイドが力説するが、カイルはますます赤くなるばかりだ。どうやら常識知らずはカイルの方だったらしい。あいも変わらず、シェイドは嬉しそうにカイルに引っ付いている。


「あー、まぁ、慣れてくれ。俺はずっとこうだったから、今更精霊を遠ざけるなんてできないし」

『その通りよ。カイルはアタシ達にとって何より大切なんだもの。遠ざけるなんて許さないわ』

 カイルにとって精霊達は最も身近で、最も助けられてきた友だ。今更態度を変えることはできない。普段は見えないことだし、こういう場面でも周囲に我慢してもらうしかない。

「まぁ、たぶん今のでも分かったかもしれないけど、俺はずっと精霊に助けられてきたし守られてきた。でも、それって普通じゃないらしい。加護ってやつを与えられて初めて可能になるんだと。で、俺はその加護を与えられた愛し子ってやつになるみたいだ」

「愛し子、カイルが……ああ、でもそれなら納得ですわ」


「愛し子ってのは何ダ?」

 聞きなれない言葉にエドガーが首を傾げる。カミラも眉根を寄せていた。

「愛し子とは、精霊王様に目をかけられ紫眼の巫女となった者のうち、最も気に入ったものに証として宝玉を与え、精霊の加護を授けるものですわ。加護を与えられたものは、常に周囲の精霊達の協力を得ることができますし、精霊達自ら力を貸してくれますの」

「それは、確か精霊神教の中核を担う宝玉の巫女と同じものですね。そういえば、ここ二十年ほどその姿を確認できないということでしたが……」


「前回の愛し子は俺の母さんだったんだろ? その母さんが精霊王様にお願いしたんじゃないかって。生まれてくる子に素質があれば男女関係なく巫女の資格と……愛し子の権利を与えてくれるようにって」

『そうね。精霊達の間でも今回の愛し子は特別だって話があったくらいだもの。きっとそうだわ。先に死んで見守れない自分の代わりに精霊達にそれをお願いしたのよ。加護があれば生き延びられる可能性も上がるから』

 癒しの巫女と呼ばれ、生涯人に尽くしたカレナの最初で最後の我儘だろう。そうして異例の巫女の力を持つ男の子が誕生したというわけだ。


「そういえバ、ロイドの奥さんだったナ。この間の騒動デ、子供がいたってだけでも驚いたのニ、三歳で死んだと聞かされてやりきれない気持ちになったガ、なんダ、生きてるじゃねぇカ」

「ジェーンさんがいなけりゃ死んでてもおかしくなかったけどな。五歳で村を追い出されて、それっきり村には近寄れなかったから。あんなことになってたなんて知らなかったんだ。微精霊だと移動できる距離が限られてるし。みんな、辛かったんだよな。やりきれなくて、罪に走っちまうくらい。俺も、見知った人や世話になった人が元の姿が分からないくらい食い荒らされたり踏みつぶされたりしてるの見て、すげぇ悲しかったから……父さんが死んだって聞かされても、どこかで覚悟してたと思う。でも、その人達はそんな別れ方をするなんて思ってなかっただろうからな」


 遠い薄れかけた記憶を掘り起こして思い浮かぶのは、村の人々の笑顔と襲撃後の悲嘆にくれた顔。その落差に彼らの痛みが伝わってくるようで、カイルも自然と痛みをこらえるような顔になる。それを見たエドガーは、大きな掌でカイルの頭を乱暴に撫でる。

「あの時はどこが被害にあうか分からなかっタ。どこにいてモ、覚悟を決めておかなければならなかったのサ。そんな顔をするナ、お前も必死に生き延びようとしタ。それは悪いことカ?」

 突然の悲劇だったのは間違いない。けれど、世界中が戦火に巻き込まれている中、覚悟はしておかなければならなかった。辛い目に合ったからといって他者に責任を押し付けてはならなかったのだ。

 そしてまた、そんな中にあって必死に生き延びようとしたカイルにも罪はないだろう。例え自分達のせいで村が襲撃されることになったのだとしても。


「……いや。生きて、生き延びてもう一度……父さんに会いたかったから。だから一人だけ逃げ出すような形になっても、ジェーンさんと一緒に避難したんだと思う」

 避難場所で、ジェーンと共に抱き合い震え、村の人達の無事を祈りながらも考えていたのはロイドに会いたいということ。来ないだろうことを半ば確信しながらも、帰ってきてくれることを願い続けていた。この危機から救ってくれることを。

 そして、村が滅び自分達だけが生き残ることになろうとも、自分の命を優先してしまった。死にたくなかったから、生きていたかったから。もう一度、ロイドに会いたかったから。長く村を開けていても、つい昨日出ていったように帰ってくるロイドを迎えたかった。親子として過ごした時間は少なくても、ロイドは確かにカイルの父親だったから。


 だから、村の人達に追い出されることになっても抵抗することなく受け入れた。それは確かに彼らを見捨てる選択をした自分達への罰でもあるのだと、そう思ったから。謂れのない罪で罵倒される口惜しさと同時に、たくさんの言葉に込められた思いに気付いたから。

 カイルは頭をなでるエドガーをちらりと見上げ、それからくすぐったそうな顔をする。

「ン? どうしタ?」

「あ、いや。こんなふうに頭撫でられたの、父さん以来だったから、なんか懐かしいって言うか、その、この辺がむずむずするって言うか。ちょっと恥ずかしいけど、その、嬉しいかなって」


 カイルは胸のあたりを押さえて、気恥ずかしそうにそっぽを向いて言う。少しだけ頬も赤くなっていた。エドガーはまたガシガシと頭を撫でた後、くるりと背を向ける。首を傾げるカイルだったが、エドガーの顔が見えていた者達は驚きの表情を浮かべる。

 エドガーの強面が、だらしなく緩み、口元には抑えきれない笑みが浮かんでいたからだ。それを見たレイチェル達は同時に思う。ああ、落ちたな、と。カイルは普段大人びていて、思慮深いところも見せるのだが、こうした時ふと見せる幼く率直な本音が母性本能というか庇護欲をくすぐるのだ。


「あなたが村を出た経緯は聞いています。先の報告と合わせるとその後に何が起こったかもおおよそ見当が付きます。あなたを死んだことにしているのは、例の組織の存在ですか?」

「あ、ああ。そもそもレイチェル達が俺を探しに村へ行ったのもそれが原因らしいから。で、偶然カミーユと俺が出くわしてってところだな。ギルド登録した時にペロードの町のギルドマスターには俺の素性とかは話してるけど」

「あの狸の入れ知恵カ。確かに死んだことにしておいた方が安全だナ。一応の筋は通っているシ、ああやって姿を変えていればお前に気付く奴は少なイ」


「眼も隠しておいた方がいいでしょうね。異例の性別に加え、宝玉まで有しているとなると精霊神教が放っておかないでしょう。あなたのお母様はロイド様のお力があってようやくあそこを抜け出すことができましたし……いえ、おかしくありませんか?」

「何がだ?」

「紫眼の巫女の力は処女と純潔を必要としたはずです。あなたを身ごもった時点でその力は失われたはず。どうやってあなたに眼と宝玉を受け継がせたのですか?」

 エドガーも今更ながらに気付いてカイルを見る。レイチェル達は止めようか少し躊躇するような姿勢を見せた。


『あら、別に肉体的な処女や純潔なんて必要ないわよ? 子孫を残すために男女が交わるなんていう、そんな当たり前のことでいちいち力が失われたりしないわ。必要なのは心の処女性と魂の純潔。それこそが霊力を高めるために必要なことだもの。愛し子として歴代最高といわれていた前の愛し子なら、子供を身ごもったくらいで力を失ったりしないわ』

 エドガーとカミラはシェイドの言葉にカイルを見つめる。その真偽を問うているのだ。

「確かに、母さんは俺ができても死ぬまで力を失ってなかったみたいだ。それに、俺も……な」

「性的な経験があル、ト?」

「女も……男も、な。裏通りでこの年齢まで生きてきて、綺麗な体のままでいられるわけないだろ?」


 おどけるように当然のことだと告げるカイルを、エドガーもカミラでさえ労しげな顔で見ていた。見た目ではそう思えなくても、話している限りそんな影など見えなくても、確かに普通ならしなくていい苦労をしてきているのだと理解できたから。

『違うわ。カイルは綺麗よ。とても綺麗。だからみんなそれが羨ましくて、眩しくて自分のものにしたいから、カイルを傷つけても手に入れようとするの。アタシ達みんな、カイルの味方よ。大丈夫、ちゃんと見てるから。カイルが頑張ってたこと、みんな見てたから』

「シェイド……ありがとう」

『いいのよ。アタシ達こそ、そんな時に力になってあげられなくてごめんね。色々と制約があるの』

「いや。みんないてくれたから立ち直れたんだと思う。ただ、時々さ、思い出すと、自分がすげぇ情けなく思えて……悔しくてさ……」

 やりきれなさに、物に当たったことさえある。いつもその後虚しさにかられ、強くなりたいと願い前に進んできた。忘れたつもりでいても、時々傷が疼き思い出してしまう。体の傷と違って、心の傷はなかなか消えてくれない。


 シェイドはカイルの横に回って頭を抱きかかえるように慰める。そして、エドガーはバシンと音がするほどにカイルの背中を手でたたいた。

「いっ……て。何すんだよ、エドガーのおっさん」

「おっさんいうナ! エドって呼ベ。まア、なんダ。人よりたくさん経験を積んでいると思えばいイ。経験ってやつは生きてきた年数だけじゃ測れなイ。お前は生きてきた年数の割に経験が豊富だってことダ。誇レ」

 怖そうに見えるエドガーが、不器用ながらも慰めてくれていることに気付いたカイルは思わず笑顔になる。慣れないことをしているせいか、獅子の耳はぴくぴくしているし、なんだか後ろの方で尻尾が妙な動きをしている。

「慣れねぇことすんなよ。尻尾が大変なことになってるぞ? でも、まあ……ありがとう、エドさん」

 背中の手の跡からしびれるような熱さが伝わり、冷えていたカイルの心も温めてくれるかのようだ。右側にはシェイドの温もりが、左側にはクロがいてくれる。そして前を向けばレイチェル達がいる。一人ではない。その実感にカイルはこの上ない力を与えてもらっている。この温もりが失われない限り、カイルの心が冷たく凍ることはない。

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