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レスティア物語  作者: マリア
第一章 剣聖の息子
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魔力測定

 子供を奴隷扱いする孤児院だが、孤児達を無理に入れることはできない。だが、役人達が”保護”した子供を連れていくなら話は別だ。働き手を確保する代わりに、その子供達から搾り取ったお金を役人に渡す。自身の懐も痛まず、損をするところのない取引だ。

「まあ、一か月もしないうちに逃げ出したけど。そん時に火事起こしちまってな」

「わざとではないのだろう?」

「まあ、な。ちょっと、やばいとこみちまってな」

「やばいところかい? 職員の裏取引とかかい?」

「それならまだよかったんだけどな。その、職員が、な……俺らと同じ孤児の少し年上だった女の子達に、その……まあ、襲い掛かってたっつうか……」

「なっ! なんだとっ! それは、そんなことがっ!」

「よくあること、何だろうけどな。でも俺は、そういうとこ、初めて見たし、それに泣き叫んで逃げようとする様子に驚いてランプを落としちまったんだ」

 憤るグレンだが、続くカイルの言葉に怒りを納めるしかない。本当に悔しかったのは実際に目の当たりにしたカイルだし、被害にあった子供達の方だ。


「それで、火事が……子供達は?」

「火事の混乱に乗じて女の子達や子供達をたたき起こして逃げた。でも、最初から孤児院にいたやつは路地での暮らしに耐えらえなくて、自分から孤児院に戻ってったり死んだりして。女の子達も、自分から体売るようになったりしたって、あとから聞いた。俺は放火で捕まる前に村を出なきゃいけなかったから」

 結局、カイルは誰も救えなかった。その場限りは救えても、ちゃんと生活していく基盤がなければ自ら落ちていくだけだと、思い知らされた。ほとぼりが冷めた頃に、こっそり戻って彼らの顛末を聞いた時、打ちのめされたのだ。何もできない無力さを感じて。


「そっからかな。どうにか裏通りの住人でもまともな暮らしをしていけるようにって考えるようになったの。ちゃんとした形になったのは十一ん時くらいだけどな。そっからはずっとこんなことしてたよ」

「そうか……君が登録できなかったのは、評価されていてもこんな過去があったからか」

「まあな、言っても誰も信じてくれないだろうし。それに、本当に信頼できるって思えるような表の人間にも出会えなかったからな」


「なら、少なくともわたし達はそれなりに評価してくれているってことかい」

「まあ、な。ギルドマスターのことは初対面だけど、これから続くちびどものためにも俺が先陣きらないといけないし、ギルド登録するなら隠しておけることでもないと思ったしな。で、魔法具だけど指輪は『継続』の効果を持ってる。この指輪に記憶させた魔法を指輪に込めた魔力が続く限りは維持してくれる」

「継続……また、貴重なものだな。では、カイル君は何か魔法をかけ続けているってことかい?」

「ああ、俺の容姿はちょっと……目立つみたいでな。色を変えてる」

「本来の姿を見せてもらうことはできるかい?」

「あー、そうなるよな。ちょっと待ってくれ」

 カイルはトマスに言われて目を閉じると集中する。そして、魔法を解いて目を開けた。そこには驚いた顔で見つめてくる三対の目があった。


「その髪……それは、まさしくロイド様の」

「ああ、髪は父さん譲りだ。銀髪ってのは珍しいだろ、この国では。で、目は……」

「紫? 紫眼の巫女以外に紫の目を持つ者はいないという話を聞いたことがあるが……」

「そうらしいな。しかも、男で巫女の力を持っている奴はいない」

「ま、まさか……君は、紫眼の巫女の力を?」

「精霊との意思の疎通ってやつか。ま、生まれついて見えてたそいつらが精霊って呼ばれてて、しかも普通の人には見えないなんてジェーンさんに聞くまで知らなかったけどな」


 トマスはカイルの抱える事情に、大問題だと言った理由や秘密にしておくように言い聞かせた世話係の願いも納得する。下手をしなくても世界を揺るがすような事実だ。剣聖の息子ということもそうだが、男で紫眼の巫女の力を持つなど、あり得ないことばかりだ。

 何よりあり得ないのは、そんなカイルが孤児の流れ者に身をやつしているという現状。

「ま、だから、俺はあんたのことを信用したんだけどな。悪いこと考えてるやつとか、腐ってるやつは精霊が近づかないし、警告してくる。精霊が教えてくれたあんたの情報の中にもひどいものはないから、な。悪いな、勝手に調べて。でも、命にもかかわる問題でもあるから」

「い、いや、確かに必要なことだね。これだけの事情があると。そうなると、色々納得できることもある。君が今までギルド登録ができなかったことや、あっという間に裏通りの子供達を選別出来たことなんかもね」

「普段はあんまり頼ったりしないんだけどな。精霊って基本的に共に在る存在ってことだから。でも必要な時には力を貸してくれる。俺にとっちゃ人よりよっぽど信頼できる存在だから」

 カイルの目に何がどう映っているのか、興味の尽きないトマスだったが、まずはやるべきことを優先する。


「では、そのネックレスは?」

「これは、映像とか声を残せるって機能を持ってる」

 カイルはネックレスを外して魔力を流す。すると、ネックレスから光が放たれ、そこにいくつかの映像が写される。夫婦と思しき二人と、その女性の腕に抱かれる二人の特徴によく似た子供。それが幼いカイルだということは、その髪や目の色から、今も残るわずかな面影から想像がつく。そして、その二人は紛れもなく世界に名をはせた二人。

 歴代で最高の力を持っていたとされる紫眼の巫女、カレナ=レイナード。そして、銅像にさえ残るロイド=アンデルセンその人だった。決定的ともいえる証に、ようやくカイルがその二人の血を受け継ぐ唯一の忘れ形見なのだと三人は知る。

 当のカイルはひどく懐かしそうに、そして切なそうな目でその映像を見ている。とても偽りを言っているようには見えない。


「なるほど。では、一応君の住民登録を確認してみるよ。……残っていればいいが」

 住民達が自分達の罪を握りつぶすために、カイルがいたという証拠を消した可能性もある。

「ま、期待しないでおくよ。で、俺は登録できるのか? ここまで話して、駄目ってなるとさすがにへこむんだけど」

「ああ、いや、大丈夫だ。あとは既定の書類を書いてもらって、検査をするだけだから」

「検査?」

「ああ、魔力の有無や属性の検査だよ。魔法ギルドに登録できるかどうかは魔力によるからね。それによってカードの種類も変わるし」

 トマスはカイルに一枚の紙を渡してくる。そこには登録に必要な情報の記入をするようだ。カイルはさらさらと埋めていく。


「うん、読み書きはちゃんとできるようだね。子供達にも教えていたって言う話だから心配はしていなかったけど」

「まあな、村追い出される前も、遊びらしい遊びってあんまりしたことなかったから、父さんの真似して棒切れ振ったり、ジェーンさんに字を教えてもらって本を読んだりするしか、やることなかったしな。それに読み書き計算ができりゃ、ちょっとはましな仕事にありつける。元々本は好きなんだ。読むだけでいろんな知識とか情報が得られるからな。そんな余裕なかったから、ジェーンさんが死んでからは読んでないけど」

 カイルはざっと書類を見渡して、書き忘れがないか確認してからトマスに渡す。トマスも確認をして、棚から機材を取り出す。


「本ねぇ、そりゃ結構なこったな」

「うちには本読む奴なんていないからないけど、図書館に行けばあるだろうね。ギルドカードが作れたら金さえ払えば入って読めるし」

 カイルは今から嬉しそうな顔をする。特に今は実用的な本が読みたい。具体的にいえば魔法について書かれた本だ。ジェーンは魔法が使えなかったためか、簡単な魔法の理念や使い方は教えてくれたが、それでは実戦で使えない。ギルドに入るならまともな魔法の一つや二つ使えないと話にならない。

 だが、魔法について書かれた本はそれこそ高価で買えるようなものではない。それに、カイルのような境遇の人間は図書館に出入りできない。そのため、今まで生活魔法の延長で我慢してきたのだ。それでも随分役に立った。子供達や服を綺麗にしたのは、みんなカイルの魔法あってのものだ。魔力さえあればただで水や火を出せるアドバンテージは大きい。


「できれば最初に魔法について知りたいんだよなぁ。魔力はあるんだけど、今んとこ使えるのは生活魔法くらいだし。せめて四階級位使えればな」

「魔法か。なら魔法ギルドに登録するといい。魔法ギルドに行くと、魔法に関する本が色々と置いてある。図書館の方が種類は多いだろうが、基本的なものから応用・上級までまとまって知ることができるのは魔法ギルドの方だろうからね」

「へー、便利なもんだな」

「魔力のない者にとっては縁のない本だからね。さ、こっちに手を当てて。総魔力量をまず測るから」

「あー、ちゃんと魔力調べたことはなかったな、そういや。魔法使えるから魔力があることは知ってたけど」

「あたしらは基本的に魔力がある種族だからね。その分、属性が人ほど豊富じゃないが」


 人界に元からいた人族は魔力がある者とない者がいる。魔力を受け入れる素養があるかどうか、個人によって違うからだ。その分、魔力がある者は基本属性と呼ばれる火・水・土・風の四属性を誰もが持っている。

 一方、元は精霊界にいたドワーフなどはみな魔力を持っているが、その属性は土と火といったように相性のいい属性しか持っていない。エルフなら共通して持つ特殊属性である光と個々人により二~三の属性を持つ。

 人は突出した属性を持たない分、どの属性にも適性がある。ただ、その適性の度合いは落ちるため、器用貧乏というか、いろいろできるが一つ一つでは及ばないという特徴を持つ。


「総魔力量は魔法を使っていくことで増えるって言われてるね。生まれた時からの素養もあるが、基本的に使うことで鍛えられる。質もそうだよ、ただ、こちらはちゃんとした使い方をしないと上がらないって言うけど」

「へー、そうなんだな。で、俺の魔力量ってどれくらい?」

「えっと……これは、すごいな」

 トマスは結果を見て目を見張る。これ程の結果はギルドマスターになって以来初めてのことだった。

「カイル君の総魔力量は、八段階評価の一番上、つまりSランク相当だ。世界中探してもSランクの魔力保持者は数えるほどしかいないよ。さすが、というべきかな」

「ふーん、実感ないけどな。その辺は母さんの遺伝かな。父さんも魔力はあったみたいだけど、あんまり魔法使ってるとこ見たことないし」

 剣聖であったロイドは普段から魔法を使うということはしてこなかった。そのため、その辺は母親の影響なのだろうとあたりを付けた。


「それだけでもないと思うけどね。質は……これもすごい。十段階評価で八、つまり上から三番目、実質トップに近いよ。世界でも質が十って言う人はほとんどいないから。人族なら最高で九までだからね」

 どうやらカイルは自分で思っていた以上に魔力や質といった面では恵まれていたようだ。その使い道を知らなかったことで、宝の持ち腐れ状態になっていたらしい。

「君がちゃんと勉強して、魔法を使えるようになった時が楽しみだね。きっとすごいことができるようになるよ」

「そんなもんかな。今まで生活魔法しか使ってこなかったからな。ま、その分コントロールはそれなりに出来るようになった方だとは思うけど」

 姿を偽装するため常に魔法を使い続けてきたし、生活魔法とはいえ毎日のように魔法と魔力を使い続けてきた。そのおかげか、魔力や魔法をコントロールすることに関してはそれなりに自信があった。


「次は属性だね。四属性はあるとして、上位や特殊属性があるかもしれない」

 基本属性でも使い続けていると進化して上位属性になる可能性がある。トマスは期待して結果を待つが、カイルは気楽にしている。どんな属性を持っていようと使えないのでは仕方がないという考え方からだ。ただ、属性を知ることができれば、関連する魔法を使えるように練習ができる。日々の生活の心配が要らなくなるだろうこれから先の目標にもなるだろう。カイルの持つ、実現は難しいかもしれない目的を達成するための力の一つとして。


「それはそうと、他にはどんなギルドに登録する気なのかい?」

「そうだな、ハンターと魔法は確実だとして……傭兵以外は登録しとくかな。物作りは好きな方だし、作ったら売買もできるだろ?」

「そうだねぇ、あんたは手先が器用だから色々できるだろうさ。せっかくだからいろんなギルドに入っとくといいよ。傭兵は、嫌なのかい?」

「まぁな。ほとんど果たされてないっていっても、父さんの願いでもあったからな。俺が剣で食ってかなきゃならない世の中にはしたくはないって。ハンターも似たようなもんかもしれないけど、主に人を相手にして戦う傭兵とは違うだろ。必要なら人を斬ることもあるかもしれないが、望んでまでやりたいことじゃない。それにせっかくギルドに入れても、傭兵業であちこち移動してたんじゃ本末転倒だろ。せっかく、その、家に住めるってのに」

「そうか、そうだな。生産者に入ってりゃ、俺が引き取りやすくもならあな」

「そうだねぇ、腕は良さそうだから鍛えたら生産者としてもやっていけるかもねぇ」


「基本的に身の周りのことは何でもやってきたからな。苦手なのは料理くらいか」

「意外だねぇ、子供達にご飯を作ってやってたんじゃないのかい」

「ただ焼いたり煮たりする料理ならな。でもちゃんとした料理になると無理だな。加減が分からない」

「おかしなもんだよ。精錬の割合や細工の工程なんかはすぐに覚えちまったってのに」

「誰だって苦手なもん位あるだろ。そもそも、食べる物に文句なんて言えた立場でもなかったし」

 商店で残り物をもらう知恵をつけるまでは、色々と苦労した。ゴミ漁りをしたことも珍しくなかった。


「剣聖の息子が……ゴミ漁り……なんとも……」

「だから言ったろ、がっかりすんなよって。肩書きがあっても飯が食えるわけじゃない。むしろそのせいで追い出されたようなものだからな」

「いや、嘆かわしいのはこちらの方だよ。あれほどの恩を受けておきながら、仇で返し続けていたことに気付きもしなかった、ね」

「だから、それも俺じゃないって」

「それでもだよ。確かに君から受けた恩じゃないかもしれない。だが、君の父親の犠牲によって守られた世界に生きる人々が、彼が本当に守りたかった存在を踏みつけにしていたと知ってはね」

 トマスは機材から読み取った結果を書き取りながら、胸の内を明かす。人界大戦が終結した時、喜ばなかった人はいない。いつ終わるとも知れなかった泥沼の戦いが、唐突に終わった。尊いとはいえ、たった一人の犠牲によって、多くの命が救われた。


 その陰で、たった一人の家族を失った幼子がいることなど思いもせずに。流された涙のことなど気にもかけずに、喜びに沸いた。それだけならまだ仕方ないと言える。だが、その後カイルが受け続けてきた仕打ちは、到底あってはならないことだ。

 いや、本来カイルだけではない。親や庇護者を失ったというだけで、孤児院で奴隷扱いされるか、路上生活をして犯罪者予備軍としてしか見なされない子供達だって存在してはならないものなのだ。そんな悪しき下地があったからこそ、家を失ったカイルが行き場を失い、悲惨な生活を送ることになったのだから。

 それが要人や英雄の子供だからなんて関係なかった。たまたまカイルがそういう素性だったからこそ余計にそれが際立って見えるだけだ。本当に救わなければならなかったのは、そんな境遇で死んでいってしまった子供達の方だった。

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