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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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奇襲と救出

レイチェル→カイルサイド

 皆が眠りにつく夜の闇に、表から離れた裏社会のアジトから絶え間なく戦いの音と怒号のような悲鳴や気合の声が聞こえてくる。作戦決行から十分で、静かだったアジトは喧騒と混乱に包まれていた。

 ギルドメンバーで構成された突撃部隊は、予定通り交代の時間を狙って攻撃を仕掛けた。完全に奇襲する形となり、向こうが身構える前に勝負はついていた。見張りや警備をしている者に幹部や闇の内情を知る者はいない。そのため、生死を問わず切り捨てていく。

 多くは室内でも振り回せる武器を手にしており、このために厳選されたメンバーだということが分かる。瞬く間に表と裏と通用口は制圧され、突入経路を確保された解放・救出部隊が速やかに内部に入り込む。


 アジトを守る守備隊は地上の建物にいるようで、突撃・遊撃部隊は退出経路にもなる出入り口を確保しながら迎撃と殲滅に当たる。アジトへ続く増援隊の経路は別の予備部隊が警戒、奇襲して防ぐことになっていた。

 レイチェルは仲間達と共に建物の中に踏み込むと、地下への入口を探す。エドガーの部下が持ち帰った情報によると、闇の精霊が囚われているのは地下深くということだ。詳しい階層や場所までは残念ながら伝えることができず、そこは手探りで行くしかない。


 先を走るエドガーは、手甲をはめた腕で敵と遭遇次第殴りつけている。その度、おもちゃのように吹き飛んだ敵が壁やら天井やらに突き刺さり、不気味なオブジェと化していた。

 まだ混乱しているのか、指揮系統が働いておらず妨害も少ない。今の内に進めるだけ進む。程なく地下への入口が見つかり、各々顔を見合わせた後階段を駆け下りていく。

 普通の地下よりも深いのか、長い階段を降りると、以前警備隊庁舎の地下で感じたよりも深い闇の気配と淀んだ空気を感じる。こんなところにカイルがいるなど冗談ではない。


 手分けして手当たり次第扉を開けていくが、カイルや闇の精霊、クロの姿も見当たらない。なにやら怪しげな資料や得体の知れない物体。気分が悪くなるような拷問器具があるばかりだ。あれがカイルに使われていないことを祈るばかりだった。

「クソ、空間魔法持ちがいればナ。資料の一つでも持ち帰れば参考になるのにナ」

 戦いの邪魔になる荷物は皆置いてきている。それに今回の作戦に参加する二つ名持ちの中に、空間属性を持つものはいなかった。

 レイチェルは思わず仲間達と顔を見合わせる。カイルは空間属性を持っている。もし救出できれば、資料の回収ができるのだろうか。


 だが、アミルは難しい顔で首を振る。普段ならいざ知らず、得体の知れない薬を飲まされて自由を奪われ、さらに魔封じをされたなら、例え救出できても正常な状態ではないだろう。

 おまけにその状態で、クロの制御までやってもらわないといけないのだ。囚われ、今も苦しんでいるだろうカイルにそこまで期待するのは行き過ぎというものだ。

 地下一階では成果がなく、二階へと続く階段を見つけて降りていく。カミラ達は別口でこの地下に続く通路を行っている。エドガーの部下が逃げる際に使った道だ。


 地下には不思議なほど人がいない。地上を固めているためか、裏社会の人間であってもこの空気は耐え難いためか。

 重苦しいのしかかるような闇を振り払うように、レイチェル達は地下へと降りていく。階段が途切れ、通路に降り立ったところで、アミルが明かり代わりに光の玉をいくつか浮かべる。

 上と同じように通路と扉が並んでいる。ここでも同じようにしらみ潰しに開けようかとしていた時、地下全体を揺るがすかのような地響きが起こり、大きな揺れが襲ってきた。

 どうにかバランスをとって転ける事は避けたものの、天井や壁からパラパラと破片が落ちてくるのを見て、尋常ではない何かを感じる。


 エドガーも頭の上に落ちてきた破片を振り払いながら、警戒した顔をする。今のが続けば、この地下が崩壊する危険さえある。そうすれば被害は裏社会のアジトだけではすまないかもしれない。

 そう考えていると、先ほどよりは小さいが、壁や天井でも突き破っているかのような轟音と揺れが連続して起こる。エドガー達もレイチェル達も、言葉を発することなく、音の発生源へと向かう。

 このような事が出来る、あるいは起こせる存在に心当たりがあったためだ。そう、妖魔であるクロがその戒めを解き壁を突き破ってでも向かう先があるとするなら、そこにカイルがいるということだ。

 走って近づくと、轟音は止んだが、代わりに悲鳴のような声が聞こえてきた。レイチェル達はカミラに凍らされて息絶えている男達がいた扉を開けて中に入った。


 そして、再び感じた抗えぬ死の予感に身動きが取れなくなっていた。視線を動かせば、部屋の中には中央あたりに奇妙な装置があり、その近くに三、四歳くらいの少女がいた。

 その顔は驚きや恐怖より、目の前の脅威に対して怒りを感じているようだ。さらに、レイチェル達よりも先に入っただろうカミラ達の部隊は、三人が負傷して倒れこんでいる。

 カミラは無傷ながらも、冷や汗が止まらず青い顔で正面を見つめていた。エドガーが近くに来ても目線をやることさえない。目をそらせば死んでしまうと感じていたためだ。


「冗談じゃねエ、何ダ、このバケモン……これガ、最高位の妖魔カ?」

 エドガーは額から流れ落ちる汗を感じながら、体の震えを抑えきれなかった。こんな化け物を使い魔として従えているだと? これが、あの走狗の子供のふりをしていた使い魔と同一の存在だというのか?

 戦慄を抑えきれない面々はただ、その威容を見上げるしかない。部屋の壁をつき破り、その背は地下でも高く設計されている天井に届くほどに高く、その大きさは大穴でつながった二部屋にも入りきらず尻尾はまるまるもう一つの部屋に出ている。

 これでも本来の大きさには程遠いのだろうが、人でさえ一飲みにしてしまえるほど巨大化したクロがそこにいた。

 普段は理知的でカイルへの深い親愛を宿す瞳も、今は憤怒と警戒、殺意にも似た闘気を宿している。


『こらっ! この妖魔っ! カイルを離しなさいよ! 返してって言ってるのが分からないのっ!!』

 ただ一人恐怖以外の感情を抱いていた少女が、クロに向かって叫ぶ。そこで、ようやくレイチェル達はクロの背中に、毛に埋もれるようにしてカイルが乗せられていることに気付いた。

 後ろ手に拘束されているらしいカイルが落ちないのは、クロが何らかの方法でカイルの体を己の体に繋ぎ止めているためか。うつ伏せでクロの毛に顔を埋めているカイルに意識があるのかどうか、それがレイチェル達の命運を分けることになりそうだった。




 母の愛と自身の謎の一端を知ったカイルは、少々気恥ずかしい思いをしながらシェイドとの会話を再開していた。いくら精霊として長く生きていようと、見た目には三、四歳の少女の膝で泣いてしまったなど、大っぴらには言えたことではない。

〈じゃあ、シェイドが囚われてから六年くらいになるのか?〉

〈そうね、それくらい。アタシにとってはそう長い時間でもないんだけど、人にとってはそれなりよね。その間ずっとあいつらの言いなりになってたなんて、本当に腹が立つわ〉

〈で、その奪われてた大切なものっていうのは取り返せたのか?〉

〈ええ、ばっちりよ。ただ取り返すのは癪だから、見た目だけ似せたものにすり替えてやったわ。アタシの隠蔽と幻惑を用いれば簡単よ。後生大事にしてたそれが、あたしがいなくなってから偽物だと気付いた時の顔が見物ね。見たくないけど〉


 いたずらをした子供のような顔でシェイドが胸を張る。どうやらどれだけ長く生きても、精霊の本質は変わらないようだ。素直で正直で、自身の欲求に逆らわずちょっと悪戯好きなところは。

〈じゃあ、何でシェイドはまだここにいるんだ? もう出られるんだろ?〉

 カイルの質問にシェイドは驚いた様な、それでいて怒ったような顔をする。

〈愛し子で、契約者でもあるカイルを置いていけるわけないでしょ! それにね、今面白いことになっているの。もう少ししたらきっとカイルもここを出られるわ。それまではアタシがカイルを守ってあげる〉

 とうとう小さな子供にまで守られることになるのか、と思いつつもカイルはシェイドの言った面白いことや、もう少しで出られるという言葉に反応する。


〈誰かがここに来るのか? まさか……手入れ、か?〉

 レイチェル達が闇への対抗策として今度大掛かりな手入れに参加することは知っていた。今日というよりもう前日になっただろうが、そのために打ち合わせをしに行ったことも。その日取りは聞いていなかったが、今日なのだろうか。それとも、己惚れているわけではないが、カイルがこうなったことを知り、今日に変更になったのか。

〈なんだか、たくさんの人達がここへ攻撃を仕掛けているみたいよ。アタシくらいになると闇を通じてある程度情報を集められるからね。地下にも人が入ってきたみたいよ〉


〈ならさ、クロを……俺の使い魔の妖魔なんだけど探せないか? 俺と一緒に捕まったはずなんだ〉

〈よ、妖魔!? 妖魔を使い魔にしているの?〉

〈成り行きで、でも今は俺の相棒だよ。クロも俺の影響を受けて身動き取れなくなってたから。たぶん俺の分のダメージもだいぶ引き受けてくれたみたいだし、心配で……〉

〈暴れないか?〉

〈それもないわけじゃないけど、俺とクロは相棒だからお互い助け合って、足りない部分は補い合っていこうって考えてるから。クロはこっちの状況を知る手段もないし、今はこれのせいでパスもうまく繋がらないし〉

 カイルは少し腕を動かして、魔封じの腕輪がはめられていることを示す。


〈そう。妖魔でもそういう変わり者もいるのね。それにしても、カイル、辛くないの? 相当痛いでしょう?〉

〈はは、まぁ、慣れたっていうか、こうやって気を紛らわしてるっていうか。気を抜くと気絶しそうなくらいに痛いけど……そうすると、クロの方に負担が行っちまうみたいだからな〉

〈主従関係なの!?〉

〈どうもそうらしい。しかも十対零の〉

〈じゅ、そ、それでよく妖魔が納得しているわね……〉

〈いや、まぁ、自由を与えたら殺されかけたけど……それでも、どうにか分かってもらえたというか……なんとなく通じるものがあったしな。クロも納得して使い魔になってくれてる……と思うけど〉


 本当のところはどうか分からない。カイルはクロを信じているし、もしクロが何か間違ったことをしようとしたらカイルが責任を持って止めるつもりでいる。クロもカイルの思いを理解してくれたようだし、あれ以来ずっと、むしろ過剰なくらいカイルを守ってくれている。

〈……本当に波乱万丈ね。それにあなたも、自分を殺しかけた妖魔を相棒にしたり、闇に捕まったのも、似たような理由じゃないの?〉

〈……そんなところかな。でも俺はテリー達を助けたことを後悔したりはしない。もっと早く、もっとたくさん話しておけばって思いはするけど……こうなったらこうなったで、どうにかするしかないだろ?〉


〈あなたって本当に……本当に愛し子なのね。いいわ、アタシも付き合ってあげる。せっかく契約も結んだし、これからはいつでも好きな時に一緒にいられるもの。力だってどんどん貸せるし、あ、でも慣れるまでは難しいかも……霊力って使うより高めるものだし、使えるのは精霊だけだし〉

 力強く宣言した後に、何やら思い悩むシェイドをカイルは笑いながら見ている。やはり精霊というのはそばにいてくれるだけでカイルに笑顔を与えてくれる。精霊がいたからこそ、カイルはどんな場面でもどんな時でも笑顔を忘れずにいられたのだ。

 そのことを伝えようとした時、建物全体を揺らすような振動が起きて、二人は慌てて天井を見上げる。パラパラと破片が落ちてはきたが、天井が崩落するということはなさそうだ。ほっと一息ついたところで、扉が開いて数人の武装した人々が部屋に入ってきた。その先頭にいた人物に心当たりがあったカイルは、驚きの表情をする。


「カミラ……さん?」

「カイル君、あなたもここにいたのですね。そちらにいるのが……闇の精霊ですか?」

『そうよ。アタシが闇の精霊。あなた達は?』

「わたし達はギルドの者です。裏社会の手入れに際し、彼らの犯罪を増長させている一因である闇の精霊の解放を目的としています」

『別にアタシが望んで協力していたわけじゃないわ』

「それは分かっています。どうすればあなたを解放できるか分かりますか?」

『……この装置を壊してちょうだい。アタシを可視化させて触ることもできるようにするものだけど、この装置があると思うように動けないのよ』

「分かりました。……カイル君、あなたの救出のためにレイチェルさん達もここに来ています。無事な姿を見れば安心するでしょう。問題はあなたの使い魔ですが……今、どこに」


 カミラが言いかけた瞬間、部屋の左側の壁の奥から先ほどよりは小さく、けれど建物を震わせる轟音を響かせて何かが近づいてくるのが分かった。いくつも壁を突き破り、そしてついにこの部屋の壁を突き破って、それが姿を現した。

「こ、これは……まさか」

 巨大化したクロの視線を受け、凍り付いたように固まるカミラ。クロは睥睨するように部屋の中を見回すとカイルに目を止めた。

「クロ?」

 カイルがクロの名を呼ぶと同時に、クロの足元から伸びた影がカイルの体を持ち上げ、何を言う間もなく自らの背中に張り付けてしまった。クロの出現に驚き、とっさに攻撃を仕掛けた三人を前足の一振りで振り払う。まるで邪魔なものを払うかのようなその動作だけで、熟練の実力者達を一瞬で戦闘不能に追い込んでしまった。


 命に別状はないようだが、これ以上の戦闘は不可能だろう。カイルはクロの毛の中に埋もれていた顔を上げると、猛り狂って理性を失っているクロに必死で呼びかける。

「クロ、クロっ! 駄目だ、止めろ!」

 しかし、カイルの声が聞こえていないのか、あるいは魔封じされていることでパスがうまく働かないのか。クロは威嚇することを辞めない。もし一歩でも動こうものならためらわず飛びかかるだろう。

 このままではいけない。クロのあるじとして、何よりクロの相棒として、このままクロに味方を傷つけさせるわけにはいかない。先ほど顔を上げた時にレイチェル達の姿も見えた。このままではクロの手で大切な仲間を死なせてしまうかもしれない。


 こんな時に魔法が使えないことがもどかしい。魔力を持たない者達はいつもこんな思いをしていたのだろうか。いつもこんな、やりきれない思いをしているのだろうか。カイルは魔力があるのに、魔法を使えない今の状況が悔しくて仕方ない。

 魔力があるのに、魔法を使おうとちょっとでも魔力を動かすと例えようもない痛みが全身を突き抜ける。だが、言ってしまえばこの痛みにさえ耐えきれば魔法は使えるのではないか?

 魔力切れや枯渇のように、魔法の源となる魔力が足りないわけではないのだから。それに気づいたカイルは、同時に別の覚悟も決める。


 シェイドに言われていた。魔封じをされている時に、無理に魔法を使おうとすれば、回路が修復不可能な損傷を受け、二度と魔法が使えなくなる可能性があると。

 また、カイルほど多重に魔封じされていれば魔法を使った時、どれだけの痛みを感じるか分からない、と。

 だから、助けられ、魔封じを外すまでは決して無理はしないで、と。カイルは心の中でシェイドに謝る。ごめん、せっかくの忠告守れそうにない、と。

 必死にクロに抗議の声をあげていたシェイドは、背中にいたカイルが、悲しげな顔をしながらも決意を瞳に宿すのを見た。


 止めようとしたシェイドだったが、それより早くクロが救出にきた味方に飛びかかろうとして、同時に発動した魔法で動きを止められていた。

 クロの最も苦手とする光属性によって形作られた帯がクロの全身を絡め取って動きを封じる。通常なら封じるだけだが、闇の最たる存在である妖魔のクロには帯に触れた部分が火傷するような痛みを伝えてくる。

 言葉にはならない、苦痛の雄叫びをあげて苦しむクロ。その声を聞いたためか、それともそれが限界だったのか魔法が搔き消えるようにして途切れ、クロが横倒しに倒れた。

 背中に乗せられていたカイルは、その拍子に背中から転げ落ちる。痛みのためかクロの魔法も途切れていたようだ。

 クロの威圧から解放され、現状を把握した面々は、慌て問題の解決のために動き始めた。

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