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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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テリーの告白

レイチェル→カイルサイド

 会議室を飛び出したレイチェル達は、まず子供達のところに寄る。カイルは自分達と別れて、まず子供達に会いに行ったはずだから。その後について何か知っているかもしれない。

 飛び込むようにして入ってきたレイチェル達を、驚いた顔で見ていた子供達だったが、その中の一人が進み出る。いつもレイチェル達を真っ先に迎えてくれていたテラの姿が見えない。そのことにもレイチェル達は不安を覚えていた。


「お姉さん達、テリーとテラがまだ戻ってきていないの。テラはテリーの帰りが遅いからって探しに行って、テラも戻ってこない。お願い、探して」

「テリーとテラが……。カイルはここには来なかったか?」

「お兄さん? 来てたよ。テラと話して、テリーから預かったって言う薬を渡してた。テリーと仲直りするんだって言ってたよ」

 レイチェルはテリーがカイルをあまりよく思っていないことに気付いていた。気付いていたが、どうしようもなかった。カイル自身も少しずつやっていくしかないと言っていたし、レイチェルが口出しするようなことでもないと。

 だが、このタイミングでテリーからの薬と聞いて、嫌な予感が膨れ上がる。薬といえば総じて高価だ。それもテリーがカイルのために用意した。普段なら美談かもしれないし、仲直りのしるしと思えなくもない。だが、カイルが危機にあると感じている今、それこそが要因ではないかと思えてならないのだ。


「そうか。わたし達も今、カイルを探している。テリーやテラも合わせて探しておこう」

「お願い。なんだかすごく嫌な予感がするの。テリーやテラに何かあったんじゃないかって……」

 少女の話を聞いて、それもまた精霊の報せによるものだとすれば、カイルだけではなくテリーやテラにも何かあった可能性がある。言葉を交わさなくても同じ結論に達したレイチェル達は、カイルが通っただろうギルドの裏口から外に出る。

「もし、何かあったとしても町中ではないだろう。人目がありすぎる」

「その上で、もしテリーが関わっているとしたら、可能性があるのは……」

 レイチェルにダリルが続き、すぐにみんなも結論に達する。もし、カイルがテリーと出会い仲直りのための話をしたのだとすれば。その過程で、あの路地に向かうようなことがあったなら。


「何かあった前提で話しているが、店には向かわなくてもいいのか?」

 キリルの冷静な指摘にも誰もうなずかない。店に帰ってくれているなら、こんな予感はしないだろう。

「心当たりがある場所は、探してみるべき。テラのこともある」

 カイルの不在は店で確認できるだろうが、テリーやテラはすでに不在が確認できている。子供達も心配している以上、さらにカイルとも無関係ではない可能性が高い以上、探さないわけにもいかない。

 いずれにせよ、カイルの手がかりは今のところ子供達の証言や行方の分からないテリー、テラにしかないのだから。


 何度か足を運んだことのある場所だが、夜であるというだけで、暗いというだけで別の場所であるかのようだ。まるで深い闇の中に足を踏み入れようとしているかのようで、不安になってくる。

 例の路地に着く前、トーマは自らの嗅覚に届いた匂いに、背筋が寒くなる。よく知る者達の匂いをかき消してしまうほどの、血の匂いが漂ってきていた。

 路地に飛び込んだレイチェル達が見たのは、テラを抱き抱えるようにして、あるいはテラに抱きしめられるように折り重なって倒れているテリーとテラの姿。

 テラの背中にはあちこちに穴が開き、そこから噴き出した血で真っ赤に染まっていた。すでに流れる血はなく、ぐったりとした様子から命の灯火が消えてしまっていることが伺えた。

 地面に広がる血だまりの中、事切れたテラを抱き抱えるテリーには、まだかろうじて息があった。


「光の恩恵を持って、傷を癒し活力を与え生命の息吹をここに『超回復エクスヒール』」

 アミルが急いで回復魔法をかける。しかし、その顔は晴れない。出血が多すぎる。たとえ傷を塞いでも命を繋ぎ止めることが難しいほどに。

「……ね、がい。……に、い……ちゃん、を、助け……お、れ、間違……」

「兄ちゃんとは、カイルのことだな。カイルは今どこにいる?」

 レイチェルは極力感情を抑えた声で尋ねる。例えテリーに原因があろうと、死を間際にし、行いを悔いている者に追い打ちなどかけられない。


「や、みが……裏の、やつら……が、連れ……て、俺、の……せいで。お、れが……兄、ちゃんを……売った、んだ……兄ちゃ、んは……俺を、信じ、ようと……して、くれたのに……俺、ひどい、ことを……」

 もうほとんど光を映していないテリーの目から涙が零れ落ちる。息も絶え絶えで、それなのに自らの過ちを懺悔するように、声を絞り出す。

「ひど、い……こと、言って……騙し、て……薬、飲ませ……て、苦し、んで……る兄、ちゃん、に……ひどい、こと、した……魔、封じ……の、腕輪、つけ、て……あいつ、ら……に、引き、渡し……た……」

 全員息を飲む。魔封じをされた魔法使いがどうなるか。最初は魔力暴走を引き起こし、体中で魔力暴発が起きこの上ない苦痛を味わうことになる。それがおさまってからも、体中の魔力が正常な流れを失っているために、少しでも魔法を使おうとすれば同じように暴発が起きることになる。その上、魔封じを付けている間は常に暴発によって引き起こされた苦痛が消えることがない。


 集中もできず、魔力を動かすだけで再び暴発してさらに苦痛が増す。魔法を封じ、相手を苦しめるには最適だが、この場合最悪と言わざるを得ない。つまりカイルは今も魔封じを受け続けているということなのだから。そして、魔力を封じるということはやはり敵の狙いは魔力ではなく霊力にあるのだろう。

「お、れ……こわ、かった……んだ、や、み……が、俺……達を、本当に、み……逃して、くれ……るか。だ、から……取、引……した。兄、ちゃ……と、俺達、の……安全。で、でも……兄ちゃんの、言った……通り、だった。……闇は、一度……手を、取った……ら、逃が、さ、ない……生きて、いた……い、なら、みん……な、闇に、なれ……って」

 テリーもまた人知れず苦しんでいた。テリーもずっと一人でみんなを引っ張ってきたから。だから、みんなを守るためにどうすればいいか、何をすればいいか悩んでいた。迷っていた。そして、取ってはならない手を取ってしまったのだ。


「そんな……つも、り……じゃ、なか……った、み、……なを、まき……こ、……で、俺……テラ、が……テラと、いっ、しょに……いた、か……だけ、なの、に……テラ、が……来て、俺が……間、違って……俺を、好き……だっ、て……テラも、俺、が……俺と、ずっと……ずっと、一緒、に…………テラ、ごめん…………ごめ、兄……ちゃ……ごめ…………みん、な……」

 涙を流し、うわ言のようにごめんと繰り返しながらテリーは息を引き取った。全てを見届けた後、レイチェル達は立ち上がる。せめてテラの体の傷を消し、血まみれの二人を綺麗にすると布で包む。二人別々にするのではなく、二人の最期の望み通り一緒にいられるように二人まとめて。そして、キリルが二人の遺体を抱きかかえる。二人そろっても成人一人分に満たない。

 言葉はない。言葉はいらない。ただ静かに決意を固めるだけだ。幼い子供の心を惑わせ、利用し彼らにとって最も大切な存在に手を出した裏社会に、闇への報復と奪還を心に定めて。




 ゴリッと頭を踏まれた感覚でカイルは目を覚ました。完全に意識を失っていたというわけではない。ただとびとびで、はっきりとしないつぎはぎのような記憶だけが残っている。自分を担ぐ男の背中、どこかの建物の扉、下り階段、暗い部屋。はっきりしているのは、ここが裏社会のアジトのどこかだろうということ。

 グラグラする頭を動かして、目だけで周囲を確認する。どこかの部屋の中のようだが、暗いために広さも内装も分からない。カイルは床の上に転がされていて、複数の視線を感じることから、一人でいるわけではないことしか分からない。


 どうやら闇のアジトには精霊がいないのか、あるいは存在できないのか。いつもカイルにくっついている精霊達がさらにカイルにくっつくようにしているだけで、他の精霊達の存在を感じることができない。これでは情報を集めることも、レイチェル達の動向を知ることもできない。

 そう思っていた時、一人の男が近づいてきた。あの時路地裏でテリーをそそのかしていた裏社会の男だ。ニヤニヤしながら、カイルの前にしゃがみ込む。


「気が付いたようだね。気分はどうだい? 信じてた子供に裏切られて、売られて、こんなところに来た気分は?」

「テリーは?」

「彼かい? 気になるなら教えてあげようか?」

「……いや、なんとなく分かった。テリーは、闇に入らなかったんだろ?」

 カイルの言葉に、男の顔から笑顔が消える。しかしすぐに戻り、首を傾げてきた。

「どうしてそう思うんだい?」

「闇の……あんたの性格なら、ここにテリーがいないわけがない。闇に入る儀式だって言って、テリーにあんな事やらせるんだ。もしテリーが闇に入ったなら、俺と顔を合わせないはずがないだろう? 俺を苦しめるためにも、テリーに引き返せないことを自覚させるためにも」


「ふぅん。こんな状態でも、頭は回るんだね。面白い、こうでなくちゃね。簡単に絶望されたんじゃ、僕がつまらない。反抗して、抵抗して、抗い続けた末に堕ちてもらわなくちゃ」

 男の言葉にカイルは眉根を寄せる。どうしようもないくらい歪んで、その心は腐り果てているようだ。

「ああ、そうだよ。テリー君は確かに闇には入らなかった。お姫様が迎えに来てしまってね。少し物語に変更があったんだ。だから、悲劇で終わらせてもらったよ。お姫様ともども手に手を取り合って……殺されるっていうね」

「お姫様……テラの、ことか?」

 テリーのお姫様と聞いて浮かぶのは一人しかいない。カイルは気が付いて顔を歪める。そうだ、テリーが遅くなればテラが探さないはずがない。そして、もしテリーの居場所を突き止めてしまえば。闇に入らない選択をしたテリーはもちろんの事、一緒にいたテラも同じように手にかけられる可能性はあったのだ。


 あの時、もう少しよくテリーの言葉を考えていれば……もっと早くにテリーと話をしていれば、何か変わっていたのだろうか。テリーやテラが死ななくて済む未来があったのだろうか。どれほど悔やもうと、起きてしまった今は変えられない。

 カイルの顔を見て男は嬉しそうに笑う。テリーの件で思ったような答えが得られなかったが、テラのことでカイルを苦しめられたと喜んでいるようだ。


 だが、寂しそうに、それでも笑みを浮かべたカイルを見て不可解そうな顔をする。

「手に手を取り合って……か。テラは……ちゃんと最期まで一緒にいられたんだな。望んでいた通りに」

 望まぬ死に方だっただろう。それでも、テラはずっと思い続けてきたように最期までテリーと共にいられた。一緒に死ねて、一緒に冥界に渡れた。テリーやテラの死を悲しむより、今はそちらを喜んでやった方が二人のためになるような気がした。カイルはテリーがしたことを最初から恨む気などない。

 テリーがテラを、仲間達を思う気持ちに嘘はなく、最期まで変わらなかっただろうと確信できるから。その思いが強いために、今までずっと一人で頑張ってきたために、誰かの助けを受けるということに慣れていなかったために、道を間違えてしまっただけなのだから。テリーは最後の最後に踏みとどまることができた。ならば、テリーを糾弾することなどない。


 しかし、そんなカイルの言葉に男はひどく不快気な顔をする。まるで生理的に受け付けない生き物を見たかのように。

「気に入らないなぁ、その言葉。テリー君から話を聞いた時から思っていたんだけどね、君って僕が嫌いで、だけどずっとずっと闇に落としてしまいたいと思ってた人達に似てるんだよね。まあ、最も今はその二人とも死んじゃっていなくなったんだけどね」

 男はカイルの前髪をわしづかみにして、無理やり顔を上げさせる。カイルは鋭い痛みに歯をかみしめながらも真っ直ぐに睨み返す。


「その目だよ。その目もそっくりだ。どれだけ深い闇を見せてやっても、裏切られても騙されても曇ることのなかったその目。嫌だなぁ、つぶしてしまいたくなる。でもそうすると見れなくなるだろう? もっと深い闇も絶望も、余さず見てもらいたいからねぇ、ああ、でも魔法で回復できるかな。一回潰してしまったら、そんな目もできなくなるかな?」

 男の言葉に、ゾワリと鳥肌が立つが、それでも睨み返すことはやめない。たとえ目を潰されようと、屈したりはしない。


「うーん、どうしようかなぁ。楽しそうだけど、大変そうでもあるなぁ。やっぱり、君は僕が嫌いな人達に似てるよ。剣聖ロイドと癒しの巫女カレナ、僕が落とそうとしても闇に落とせなかった二人にね」

 男の言葉に、カイルは思わず笑みが浮かんでしまう。何とも浅からぬ縁があったものだ。まさか親子そろって同じ男に目を付けられ、そして二人はそろってこの男の手を逃れ、闇から脱したのかと。

「何を笑っているんだい? 君も知っているだろう、二人のことは」

「そりゃな、有名だから……ただ、あんたの手を逃れたやつもいるって知って、少し希望が持てただけ」

 本当は少しではない。大きな希望をもらった。父と母はこの男に狙われても闇に染まらなかった。ならば、その息子である自分が闇に染まることができようか。何が何でも耐えきる、そんな覚悟が生まれた。

 きっと助けは来る。できる限りカイルも逃げるための努力をする。それまでの間、決して闇などに屈してなるものかと。


「希望、希望ね。そんな希望夢でしかないことを教えてあげるよ。じっくりと、たっぷりと時間をかけて。彼らに対してできなかったこともやれなかったことも、君で試させてもらうよ。きっと楽しんでもらえると思うからね」

 男は三日月のように細くて裂けるような笑みを浮かべる。カイルは怖気が立つ心を悟られないようにより一層目に力を入れる。しばらくにらみ合っていたが、男がつまらなそうな顔をしてカイルの頭から手を離した。頭を支える力もなかったカイルは、地面に額をぶつけてしばし悶絶する。でかいたんこぶができてそうだ。


「ブライアン様、楽しむのも結構ですが、それより先に補給を。そろそろ弱ってきております」

 そこへ別の男が声をかけてくる。ブライアンというのがカイルやテリーにちょっかいをかけていた男の名前のようだ。

「そうだったね。便利なんだけど、ちょくちょく補給がいるのが面倒だよね。誰でもいいってわけじゃないみたいだし。魔力で選んでも当たり外れがあるし……」

 カイルは彼らの言う補給が何か分からない。裏社会にとって便利なもので、けれど補給がないと弱るなど、生き物なのか道具なのかはっきりしない。

 疑問を浮かべていたカイルだったが、両側から腕をとられて持ち上げられる。未だに自力では身動きの取れないカイルを、彼らは引きずるようにしてどこかへ連れていく。話と今の流れからすると、もしかしなくてもカイルがその補給に使われるのだろうか。

 以前クロに同じような理由で、瀕死になるまで補給されたことを思い出し、カイルは嫌なものを感じながらも抵抗できず、引きずられていった。

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