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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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精霊の報せ

 教えられる喜びに、共にいられる楽しさに周りが全く見えていなかった。カイルの日々の成長に一喜一憂しながら、自身の生活さえも後回しになっていた。

 何度かカイルが指導に感謝を示しつつも、ずっと付きっ切りなことに憂慮して言及したのも、当然だ。

 仲間で友人でもあるゆえに拒むことはないが、自分のせいで負担をかけたり、普段の生活を脅かしてまで付き合うことはないと、言外に伝えてくれていたのだ。


 気遣いゆえか、時に遠回しなカイルの言葉は、言葉にしない思いは、いつも後になって気付く。カイルだけはそれに気付いていて、自分達にも気づかせようとしてくれていたのに。

 指導をしていて、逆に指摘されたり教えられたのと同じように。直接的ではないが、ちゃんと伝えてくれていた。汲み取れなかったのは浮かれていた自分達のせいだ。


 各々反省しつつも、レイチェル達はカイルとの出会いから今に至る経緯を、表向き知られてもいい情報を交えながら伝えていく。

 偽息子の探索の過程で、追い詰めた町にてカミーユの被害者の一人として出会ったこと。その際、受ける謂れのない罪を着せられ、ありえない処罰をされていたこと。

 それらは全て、カイルの境遇によって引き起こされた社会の、世界の歪みであることを。


 エドガー達は、新人と呼ぶカイルがギルド登録三ヶ月弱でここまで上り詰めたこと。さらには、元流れ者の孤児であったことにことさら驚いていた。ここにいる面々は来るべき時に備え、不自然にならない程度にギルドに詰めていた。そのため、レイチェル達と行動を共にするカイルを見たことがある者は多い。

 だがまさか、元は王都に入ることさえ叶わない立場であったなどと誰が思うだろうか。今はまだ未熟ながら、王国の次代を担うレイチェル達に比肩するほどの可能性と成長ぶりを見せていたのだから。


 また、魔法のエキスパートともいえるハンナやアミルから告げられたのは魔法史を揺るがす、あるいは革新をもたらすであろう驚くべき魔法の運用法だった。それまで利便性や有用性を追求する過程で熱望されながらも開発には至らなかった数々の魔法。

 魔法は階級が上がるほどに威力や範囲が上がっていく。だが、その分求める効果とはかけ離れていってしまう。多くの研究家達が頭を悩ませつつも、未だ答えを見出すことが出来ていなかった問題だった。

 それが、まさか魔力があれば誰にでも使える第一階級の、生活魔法の応用で可能になるなど誰が思うだろうか。それしかなかったからこそ、それしか使えなかったからこそ生み出され磨き上げられた魔法の新たな可能性だった。


 そして、カイルがこれまで行ってきたことやこれからやろうとしていることを知ると、がぜんカイルに興味を示すものが増えてきた。落ち着いた所作や整った顔立ちから、多くの者が考えていたような鳴り物入りで王都入りしたどこかの貴族出身のお上りさんではなかった。

 自身も孤児でありながら、流れ者として放浪を余儀なくされながらそれでも多くの孤児達を拾い上げ、光の下で暮らせるようにする努力を続けてきたのだと知れば。それまでさして気にかけたこともない、しかして世界大戦による最も大きな被害を被ったのだろう存在にようやく目を向けることが出来た。


 ここにいるメンバーは、すでに王都にいた孤児達や孤児院の実態についてあらかじめ知らされていた。裏社会に手入れをするに際して、彼らの悪行を知らしめ、士気を高め使命の重さを再確認させるために。

 何人かはギルドで保護した子供達を訪問していた。そこにいた子供達は、孤児だからと言ってそれまで彼らが考えていたような人未満の存在でなどなかった。ごく普通の、けれど親のいる同じ年頃の子供達よりもよほど生きる厳しさを知っている目をしていた。

 カイルの存在がなければ、裏社会の手入れが成功したとしても、彼らのように罪もない子供達がみんな死んでいたかもしれないと思えばレイチェル達の焦りや怒りも理解できようというものだ。


 それなのに、子供達はなお助け合って強く生きていこうとしている。震えながらも、少しずつ大人や周囲に馴染もうとする努力をしている。子供達に未来の可能性をもたらしただろうカイルは、出来ることなら自分もやりたいだろうに己の力不足を悟りレイチェル達に思いを託してくれた。

 自分の分まで裏社会に鉄槌を下してほしいと。影から抜け出し、明るい場所で生きていこうとしている子供達を闇の手から守るために。レイチェル達を信じて頼ってくれた。

 それがどれほどの力になっただろうか。期待を背負って戦うということの重責でさえも、剣を振る力に変えられるほどの熱い思いをもたらしてくれたのだ。


 話を聞き終えたエドガーは額に手をやり、納得したと同時に少々呆れた声を出す。

「お前達が新人に入れ込む理由はよく分かっタ。ならなおさラ、この手入れは成功させるべきではないのカ?」

「分かっている。分かっているのだが、どうも胸騒ぎがして……」

「クロがついてるから大丈夫だとは思うんだけどなぁ、どうもなぁ……」

「クロって言うのはあの新人、あーカイルだったカ、の使い魔だよナ。過保護なお前達がそろって離れても大丈夫だと思えるほどなのカ? 走狗……ではないよナ? 微妙に違うシ、何より得体のしれない強さを感じル。他の使い魔も揃って目をそらス、目があえば震えて縮こまル。あれハ、なんダ?」


 エドガーほどになれば、あるいは二つ名を持つ者達になれば、使い魔であろうとおおよその力量は測れる。それなのにあのクロと呼ばれる走狗もどきは違った。体躯に似合わない、歪なまでの強さを感じ、それを測ることができない。常にカイルにくっついているし、暴れるようなことは一切ないのだが、どこか不安をあおる存在なのだ。

「それは……」

 レイチェルがためらうが、アミルとハンナは目を見合わせてから答える。

「いずれ分かってしまうことと思いますし、万一ということもありますので皆様には伝えておきますわ。カイルの使い魔、あれは魔獣ではありませんわ。あれは……妖魔ですわ」

「よ、妖魔? 妖魔ってあの妖魔カ?」

「はい、その通りですわ」

「「「「「「「はぁぁぁぁぁぁ!!??」」」」」」」


 断言したアミルの言葉に、部屋中から驚愕の声が上がる。無理もない。妖魔といえば、単体で町を滅ぼせると言われる魔物の中の魔物なのだ。

「ちょっト、待テ。本当に妖魔なのカ?」

「本当。わたし達も話をした。しかも、最高位の妖魔」

「おいおいおいおイ、嘘だろウ。妖魔は使い魔契約できないってのが常識だったはずだゾ」

「出来ないわけじゃない、可能性が低いだけ」

「どうしてそのようなことになったのですか?」

 妖魔と使い魔契約など、一体何がどうすれば成立してしまうのか。カミラは冷静さを保とうとしながらも冷や汗を抑えられない。もし、カイルに何かありその妖魔が暴れるようなことになれば王都はどうなるか分からない。


「ペロードの町でカークを買いに行った際、偶然出会ったのだ。その妖魔は変わり者のようで、人界めぐりをしていてたまたま罠にかかり、面白そうだと町に入り見物を続けているうちに糧を取るのを忘れ動けなくなり、死にかけていたところにカイルが通りかかった」

「で、たまたまカイルに妖魔の声が聞こえたから話をして、糧を用意しようってところで実はカイル自身が糧ってことらしくて、そのまま瀕死まで血と魔力を奪われちまったんだよな」

「その時、偶然使い魔契約が結ばれてしまったらしく……」

「な、な、な、何だそれハっ! たまたまだの偶然だノ、そんな馬鹿な確率があるカっ」

「それがあるから頭が痛くてな。カイルはどうもそういう奇跡的な確率を高確率で当てるらしくてな。いい面でも……悪い面でも」

 だから心配なのだ。たとえほんのわずかにしか可能性がなかろうと、起こってしまうかもしれないから。そこに胸騒ぎが加わるとなると余計にそう思ってしまう。


「血と魔力を瀕死まで……そうなると、まさか魂の契約ですか? しかも相当な主従関係の」

 カミラにはそれほどまで代償を支払う使い魔契約など一つしか思い浮かばない。それも一方的にとなるとその主従関係は偏ることになる。

「十対零、完全支配。あり得ない、でもそうなってた」

「それデ、あの妖魔はいつもぴったりくっついているのカ?」

「それは違う。付いているのはクロ自身の意思だ」

「だガ、完全支配の主従では意思も曲げられるだろウ?」

「カイルがそれを望みませんでしたわ。クロに対等かそれ以上の自由を与えましたもの」

「馬鹿ナっ! それでなぜ妖魔が今も使い魔に甘んじていル! 奴らは自身の望まないことは自身が死のうとやらないだろウ?」


 エドガーは妖魔や魔人といった存在をわずかながら知る機会があった。気まぐれに人界に来ては好き勝手にやって帰っていく。邪魔すれば相手を殺してでも、あるいは自身が死ぬまで自らの欲求に従って生きる存在だ。それが、屈辱的ともいえる使い魔として縛られている理由が分からない。支配されているならともかく、自由を与えられてなお一緒にいるなど。

「受け入れたからだ。カイルは妖魔を理解し、受け入れ、共に生きることを選択した。自由を与えた妖魔に殺されそうになっても、餌にされるかもしれなくても、対等でいようとしたから。使い魔を自分の意志もない道具だとか、身を守るための盾としては扱わなかったから」

「クロという名を与えられてからは、特に絆が深まったようだったな。カイルはクロを相棒として扱うし、クロもカイルを相棒として守る。そうした関係が結ばれていたようだ。ずっと引っ付いていたのは最近妙な視線を感じるとクロが言っていたかららしいが……」

「それもあって不安なのですわ。クロは最高位の妖魔ですが、同時にカイルの使い魔でもありますわ。それも契約上は十対零の主従関係を結んだ、カイルに何かあればダイレクトに影響を受けてしまう存在ですの」


 それを見てダリルも他者を受け入れることの難しさや尊さを学んだ気がする。キリル達がいない間に両者の間で話し合いが行われ、クロと名付けられた。そこからの両者の関係はまさに相棒と呼んで差し支えないものだった。

 そしてクロがこのところ感じているという視線。他の誰が感じなくても、最高位の妖魔であるクロが感じるというのであれば信憑性もある。だからずっと警戒もしていたし、こんなことでもなければ一人にするということもなかった。いくらクロが強くても、使い魔契約を結んでいる以上、しもべである以上あるじであるカイルの影響を少なからず受けてしまうのだから。

 また、クロは案外単純な罠に弱かったりする。元々の存在が強大であるがゆえに、小細工にはまりやすいのだ。ペロードの町に入った経緯からもそれが分かる。


「参ったナ……そういうことカ。妖魔をして友としてしまうほどの器カ……最高位ともなると一国を相手にできル。そうした諸々があって、ずっと一緒にいたト?」

「ぶっちゃけ、最初は興味本位。面白いと思ったから。でも、一緒に過ごすうちに、いつの間にか友達になってた。いろんな面を知るうちに、離れられなくなった。だから、今一緒にいるのは、義務とか使命とかたぶん関係ない。一緒にいて楽しいから。一緒に歩んでいきたいから。きっといつかカイルの方がわたし達より強くなる。でも、そうなっても、わたし達の気持ちは変わらない。そうなった時にも、隣にいたいから、だから今も一緒にいる。同じ時間を過ごしていたいから」

 色々言っても結局のところはそこなのだ。ただ、一緒にいたいと思えるから。一緒にいて楽しいと感じるから。この先もずっと一緒にいたいと考えているから。隣にいて同じ時間を過ごすこと、それが宝物のように感じるから。


「なるほド、理屈じゃねぇってことカ。幸せだナ、新人もお前達モ。そんな相手一生に一度会えるかどうかダ。デ、その相手と離れている今、胸騒ぎがして落ち着かなイ。ふム、アミル、確か”精霊の報せ”というやつがなかったカ?」

「! まさか、そんなっ!」

 アミルはせわしなくあたりを見回す。それから何か考え込むようにして、あるいは何かと交信しているように目を閉じる。

「なんだ? 精霊の報せって」

「あア、精霊に好かれている者同士の間でしか起こらないらしいガ、どちらか一方が危機に瀕している時、もう片方は離れた場所にいても胸騒ぎがするとカ」


 エドガーの言葉にレイチェル達は立ち上がる。もしそれが本当なら、打ち合わせが始まってすぐからしていたこの胸騒ぎが、カイルの危機を知らせていたのだとすれば。最初に感じてから結構な時間が経っている。そして、今もその胸騒ぎは納まっていない。つまり、ずっと危機にさらされているということだ。

「やはり、分かりませんわ。カイルの居場所は、精霊達に聞いても教えてはもらえませんの。同じように、裏社会のことに関しても、分からないことが多いですわ。もし、何かあったとしても精霊達の助けは期待できないかもしれませんわ」


 アミルはカイルが店に戻っているかどうか確認しようとしたが、よく分からなかった。なぜか精霊達も混乱しているかのようで、ただただ危険だけを伝えてくる。裏社会に関してはその闇の精霊の力のためか精霊達の目も耳も満足に届かない。下手に近付けば彼らでさえ惑わされる。それに、元々精霊達なら近づきたくない場所でもある。汚れた霊力しかない場所なのだろうから。

「そうカ……なら、お前ら、その新人の安否を確かめてこイ。それによってハ、手入れを早めル」

「それは、もしカイルに何かあったとすれば救出に手を貸してくれるということか?」

「勘違いするなヨ。元々手入れはする予定だっタ、もしその新人が捕まっているなラ、大義名分もできるということダ。それニ、もし何かあっテ、妖魔なんかに王都で暴れられては困ル」

「分かった」

「いいカ、何があったとしてモ、必ずここへ戻って来イ。勝手に突っ走るナ、本当に助けたいなら何が最善か忘れるナ!」


 エドガーの言葉に、レイチェル達はうなずくと急いで部屋を出ていく。ため息をついて見送ったエドガーはカミラを見て、それから集まってきたメンバーに目をやる。

「そういうことダ。ちょいと予定が早まるかもしれんガ、準備はできているカ?」

「いつでも戦えるように備えているさ。それが二つ名持ちであるってことだろう?」

「まぁ、若い奴らを応援してやるのも先輩としての役目だな」

「あそこまで惚れ込んでいるとなると、一度会ってみたいわね」

 あちこちから賛同の声が上がる。レイチェル達が認められているということもあるが、それ以上に彼らをあそこまで夢中にさせるというカイルにも興味が集まっている。そして、ギルドとしても将来有望なメンバーの一人だ。みすみす闇にくれてやる気はない。


「よシっ!! いつでも出られるよウ、部隊の編成をしておク。カミラ、その辺はお前に任せル。久しぶりニ、俺も全力で戦う準備をすル」

「分かりました。ですが、ほどほどにしておいてくださいね。あなたが本気になると、周辺の損害や修繕費が馬鹿になりませんので」

「そういう水を差すようなこというなよナ……。お前も出るんだろウ?」

「当然です。あなただけに任せてはおけませんので」

 言い切ったカミラに、部屋の中で笑いが起こる。大きな戦いを前にして、彼らの中に程よい緊張感が広がっていった。

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