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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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救済と手入れへのカウントダウン

 カイルが王都に入ってから五日が経っていた。その日もカイルは路地裏にいた子供達の所へ通っていた。




 王都で初めて夜を迎えた翌日、テムズ武具店にレイチェル達が勢ぞろいしてやってきた。それも、カイルや何より王都の子供達にとっての朗報を携えて。

 前日の報告の際、国王が直ぐに真の報告の方を読んでくれて、レイチェル達に詳しく話を聞いたらしい。そこで、王都の孤児の実態も報告したのだ。

 国王は対応することを約束してくれて、早速手配もしてくれたようだ。レイチェル達が翌朝城を出る前にはある程度の情報を集めてくれていた。


 黒幕についてはまだまだこれからだが、子供達に関しては早速救済に当たるという。下手にカイル達が動くと黒幕や裏社会に目をつけられてもいけないということで、他区域の孤児達は国王の手に委ねることになった。

 ただ、中央区はすでに深く関わった後だし、今さら手を引くというのも子供達を裏切ることにもなりかねない。信頼関係という点からも、カイル達に一任してくれるという。


 カイルも精霊達に頼んで集めてもらった情報から、自分達だけでは難しく、また間に合わない可能性を感じていたためありがたく受け止める。

 子供達が助かれば、それは誰がやろうと構わない。たまたまカイルができたから、やっただけなのだから。

 ならばと、早速中央区の路地に向かった。朝食と水の差し入れだ。回復すれば、水以外は彼らで自給自足してもらうが、今はまだ本調子ではない。

 記憶とクロの嗅覚を頼りに路地にたどり着くと、何人かは起き上がって動き始めていた。軽症だった子達だろう。


 カイルは水と食事を配りながら、これからの予定を話していく。まず、動ける子でも今日一日は安静にすること。代わりに、動けない子達の手助けやマッサージなどをするように言っておく。

 毒は予想以上に体力を削る。大丈夫だと思っても、反動が出ることがある。また、重症だった子は一晩経って馴染んできても、前と同じように動かせるようになるまで時間がかかる。

 寝たままだと関節も筋肉も固まるため、定期的に動かしたりマッサージでほぐしてやる必要もあるのだ。動ける子が増えるにつれ、順次仕事にも就いてもらう。


 前に介助していた子が仕事へ、介助されて動けるようになった子が、まだ動けない子の介助に回るといった具合だ。少しずつ体と生活をまともなものに取り戻していく。

 ギルドでも孤児達の受け入れ準備が整い次第路地裏の孤児達を収容し、生活基盤を整えられるまでの宿泊地になってくれるらしい。

 こうした話を聞かされた子供達は、揃って歓声を上げた。一時正気を失っていた子も、周りの支えと励ましがあったのか、自分を取り戻していた。


 ただ、ギルドは衣食住の住は保証するが、残りは子供達がどうにかするしかない。これは子供達の自立を促すため、あえての措置だ。孤児院と同じ環境を与えられたのでは成長しないという。

 動けない子の分も食べ物を得ようと思えば、励みにもなるだろう。自分だけではない、仲間の命もかかっているのだから。

 それからカイルは昨日の間に用意したものを取り出した。それは布地から切り出し、カイルが自分で縫った子供達の服だ。


 買えば古着でもそれなりにするが、これなら材料費だけでいい。店の製品と何ら劣らない出来に子供達は驚きつつも新しい服に喜び、カイル陣営の女性陣はどこか複雑な顔をしていた。

 特にレイチェルは料理だけではなく、掃除洗濯裁縫軒並み苦手なこともあり、男であるカイルの方がよっぽど家庭的なスキルが高いことに落ち込んでいた。

 トーマなど、すぐにでも嫁入りできる、などとからかい、カイルとレイチェル両方からげんこつを食らっていた。


 カイルはいつものように土魔法で甕を作り、そこに魔法で水を貯めた。これで綺麗な水が飲めるということだ。

 子供達もカイルの鮮やかな手並みに拍手をしたりしていた。ただ、テリーだけがカイルを暗い瞳で見ていた。カイルやテラも気にかけていたが、本人が拒絶していたため、和解には至らない。

 また夕方来ることを約束し、カイル達は路地を後にした。カイル自身やらなければならない事が山積みなためだ。


 王都のギルドで依頼を受け、肩慣らしと実践を兼ねての修行。王都の外でなら魔法も使いやすいため、規模の大きいものなども試してみる。何でも、王都の近くには主がいないらしい。

 獣界から渡ってくる時の約定により、国の首都近くにはテリトリーを作らないのだと。そのためか、間引きされない魔物達の討伐依頼も途切れることがないと。魔界以外で魔物がいるのは人界だけだ。だからこそ、人に与えられた試練などと言われている。

 アミルやハンナは相変わらずというか、さらなるスパルタを考案したようで、ますます容赦がなくなってくる。


 レイチェル達も回復魔法があるのをいいことに、手加減がなくなってきた。カイルが追い込むほどに成長すると気付いたからのようだ。おかげで、夕方帰って来た時には無傷だがボロボロだった。

 ヘトヘトになって帰ってきたカイルをテラは心配したが、カイルは修行の結果だと安心させる。それから動ける子供達数人を連れて商店通りに向かう。

 王都ともなればその区間も広く、多種多様な店が揃っている。カイルは食べ物を扱う店を周り、余り物や廃棄品を貰えないか、もしくは安く売ってもらえないかと交渉する。

 店もいくら余り物や廃棄品といえど、タダでとなると難色を示したが、一割から五割でとなると乗ってくる人もいた。


 カイルは買い取りでも笑顔でお礼を言い、子供達も続く。店の人達も困ったような、呆れたような顔をしていた。だが、それは決して悪い意味でのものではなかった。

 普通なら捨ててしまうものに、誠意と感謝を持って取引を成立させたカイル達への感心や同情、敗北感に似た感情の表れだった。

 三日目の朝方にはギルドの準備が整い、カイル達は職員と協力して子供達をギルドへと運び入れた。目立たないように裏口からだったが。その際、これから生活していく子供達へ、副ギルドマスターから注意事項などが言い渡されていた。


 几帳面で隙がなさそうな副ギルドマスターの理路整然した説明を、子供達は口を挟むことなく真剣に聞いていた。彼女にはそうさせる雰囲気があった。

 それから二日、子供達は徐々に復帰していった。無理のない依頼を選び、難しそうなら複数人でこなす。その分一人一人の実入りは少ないが、満足度評価が高いと、一人で無理してやるよりプラスになることもある。

 得た報酬はまとめて夕方商店通りで余り物を買うお金にする。カイル達が行くと、もう噂になっていたのか用意して待ってくれている人がいたり、交渉で勝負してやろうと息巻いている人がいたり。


 王都は千差万別な人々がいる分、カイルのような者にも割と寛容なところがあるようだ。もちろん交渉ではカイルに軍配が上がり、タダ同然だったが、カイルは上乗せした額を払う。

 これが子供達のことを広く知らしめるためのデモンストレーションだと気づいたからだ。派手に交渉すれば、子供達自身に関心が寄せられるし、なぜなのか理由を知れば今後、交渉も楽になるだろう。中には何か恵んでくれるものもいるかもしれない。

 店の親父もカイルの感謝を金と共に受け取り、品物を渡してくれる。子供達は、普通に買えば平均で七、八倍する食べ物が安く買えて驚いていた。今日明日食べる分には何の問題もないからだ。




 カイルはいつものように、レイチェル達との修行を終えると、精算をかねてギルドに戻って来ていた。

 二つ名持ちであるレイチェル達と行動を共にしているカイルは好奇や嫉妬の目にさらされていたが、無関心と侮蔑の目よりはマシとカイルは全く気にしなかった。

 表立って絡んでくることもなく、ギルドカードがあるため隠れて制裁に走ることもない。それにカイルがいつも依頼を高評価で達成するのを見て、レイチェル達が視察の過程で見出した新人だと考えるようになったことがある。


 本来であれば公式な立場のあるレイチェルが、役目を兼ねているとはいえ一人のギルドメンバーにかまけているのはよくない。

 しかしギルドの慣例や、騎士団の習わしとして、自身が発掘してきた人材の教育と育成は半ば義務となっていた。ある程度の実力と地位、つまり二つ名を取るくらいまでは監督と指導を行うのが通例だったためだ。

 いつもカイルだけがヘロヘロになり、六人の二つ名持ち達は達成感のある顔をしていればそう思われるだろう。むしろ、二つ名持ちに寄ってたかってしごかれるカイルに同情の視線も集まるようになっていた。

 その日も受付に精算に来たカイルを、馴染みになってきた受付嬢が、生暖かい視線を向けてくる。


「本日もお疲れ様です。ギルドカードと依頼品、換金する素材がありましたら提出してください」

 カイルは大きめのかばんから品物を出していく。受注した依頼品から、修行の過程で仕留めた魔物の魔石や素材などだ。

 魔物素材は常に買取対象品になっていて依頼を受けていなくても買い取ってもらえる。薬草系も常備依頼だが、あれはいくつでもいいわけではなく、それぞれ一束ごとの清算となる。多ければ規定数、少なければ引き取ってもらえない。

 これは薬を作る際の最低単位であるらしく、これを下回れば薬にならないからだという。バラを合わせればとも思うが、取り方や鮮度、状態が不揃いになるため歓迎されない。


「はい、確認できました。それと本日の依頼によりBランクへと上がりました、おめでとうございます」

「あー、そっか。そういやそろそろだったっけか。ありがとう、また明日からもよろしくな」

 カイルが笑顔でお礼を言うと、受付嬢は不意をつかれたような顔をし、少し赤くなって頭を下げてきた。

「あれで天然ですものね」

「落ちた?」

「いや、さすがにあれだけじゃ無理じゃねえ?」

 アミル達はコソコソと受付嬢とカイルを観察している。カイルは少々女顔で、年齢にもよるものか中性的な整った容姿をしている。普段は大人びて見えるが、笑うと年相応の幼さも垣間見える。そのギャップに、キュンとくるものがある。


 まして疲れのせいで弱りながらも、それを堪えて笑みを見せたとなれば、母性本能くすぐること間違いなしだ。いつ、誰に押し倒されるか分かったものではない。

 あれで自覚があったり、意識してやっているならまだしも、無自覚な上天然、レイチェル達の心労も分かろうというものだ。

「可愛いっ、あ、いえ。コホン、この後二つ名を持つ皆様には招集がかかっておりますが、いかがいたしますか?」

 下を向き小さな声で抑えきれなかった本能、というより煩悩が口をついて出た受付嬢だったが、咳払いをして取り繕い、レイチェル達を見る。


 レイチェル達はいよいよかと顔を見合わせた。裏社会への手入れ、その打ち合わせだ。今日実行するかは分からないが、何か進展があったのだろう。

「なら、俺は先に帰ってるな。ちょっとあいつらの顔だけ見てから」

「そうだな、悔しいかもしれないが……」

「足手まといになるのはごめんだ。だから、レイチェル達も、必ず帰ってきてくれよ?」

 確かにこの手で殴ってやれないのは悔しいが、カイルのせいで仲間が傷ついたり、死んでしまうのはもっと嫌だ。だから、大人しく結果を待つことにする。


 どうしても知りたければ精霊に力を借りることもできるだろう。カイルがこの件で出来ることは何もない。まだそんな実力などないのだから。焦ってもしょうがない。

「クロ、カイルを頼む。あと遅くなるかもしれないと言っておいてくれるか」

「分かった」

 キリルはカイルにピッタリと寄り添うクロに目線を合わせてから、カイルを見る。このところ特にクロはカイルにへばり付いていた。何か嫌な視線を感じる時があるらしい。

 レイチェル達にも感じなかったので、獣か妖魔特有の感覚が捉えているのかもしれない。そんなわけでずっと警戒態勢なのだ。一度ならずカイルを殺しかけたとは思えないほど、今ではカイルを第一にしていた。


 六人はギルドの二階にある会議室へと向かい、カイルはクロと子供達が寝泊まりしている宿泊室に向かう。最近は食事や服などの調達も子供達自身で行えるようになっていた。あとは宿に泊まれるようになるか、共同の借家を借りられるようになれば自立できる。

 カイルのノックに答えて戸を開けたのはテラだった。彼女は最近表情が豊かになってきたが、時折顔を曇らせることもあった。テリーのことで。

 テリーとカイルは未だギクシャクしている。カイルが話しかければ最低限の受け答えはしてくれるようにはなったが、まだテリーからは話しかけてこない。

 自分の中で感情にケリをつけるまではと、カイルも焦ったり無理強いはしていない。後に、この時もっと踏み込んでいればと思うこともあったが、この時は時間が解決してくれるだろうと考えていた。


「よっ、みんな元気か?」

「うん、どんどん元気になってる。働くのも楽しい。一人じゃできなくてもみんなで力を合わせればできるって分かったから」

「一緒に働くって楽しいよな。町のみんなとも上手くやってるか?」

「うん。まだ、ちょっと怖い時もあるけど。優しくしてくれる人もいるって分かった」

「ならいい。しばらくは裏通りに近づくなよ? 表に出てきたやつをどうこうしようとまではしないだろうけど、裏に入ると分かんないからな」

「分かった。気を付ける。……お兄さん、テリーのこと」

「まぁ、今すぐにはなぁ」

「ううん、テリーも本当は分かってる。お兄さんにも感謝してる。だから、これ、お兄さんに渡してって言ってきたんだと思う」

 頭をかいて答えを濁すカイルだったが、テラが差し出してきたものを手に取る。


「これって……」

 最近、カイルも時々世話になっているもの。

「魔力回復薬だって言ってた。お兄さん毎日ヘトヘトになるくらい頑張ってるの見てたから。時々同じもの飲んでたでしょう?」

「ああ、まあ。あいつら容赦ねぇんだ、何度魔力切れに追い込まれたか」

 魔力回復薬は魔力の器を活性化させ魔力回復を早めてくれる薬だ。使い過ぎは器に負担がかかるが、一日一回くらいなら問題ない。

 加熱していく指導は、カイルの魔力量や生産量をもってしても魔力切れを何度も引き起こした。その度に生産量も総魔力量も増えているようだが、修行も合わせて増えるという無限ループになっている。

 一体彼らはカイルをどうしたいのか。どこまで連れて行く気なのか、時々考えてしまう。強いに越したことはないが、何を目指しているのだろう。


「だから、テリーも頑張って働いてお兄さんにこれ買ったんだと思う。魔法使い嫌いのテリーが、お兄さんの力になるために。次、テリーにあったらちゃんと話してみて。わたし、テリーとお兄さんが仲良く出来ないのは嫌だから」

 カイルはテラの頭を優しく撫でる。テラは男の人の手特有の大きくて少しゴツゴツした感触に驚くが、その優しい手つきと温かさに目を細める。ずっと昔感じたことがあるような感覚だった。

「テラの気持ちはよく分かった。ちゃんとテリーとも話し合ってみるよ。……テラはホントにテリーが好きなんだな」

 気持ち良さそうな顔で撫でられていたテラだったが、カイルの茶化すような言葉に真っ赤になる。ワタワタと手を振り回し、火照った顔を隠す。だが、しばらくして答える。


「うん……好き。大好き、ずっと一緒にいたい。ずっと隣にいてほしい」

「そっか。なら俺も頑張らないとな」

 大好きなテリーと恩人であるカイルが仲良くできなくては間にいるテラも辛いだろうし、テリーに気持ちを打ち明けることも難しい。そうなればテラはテリーにつかざるを得なくなるのだから。二人の間を取り持つまでは中立でいないといけない。

 笑いあう二人だったが、クロだけは扉の外を睨みつけるかのように見ていた。いつもと同じ、何かの視線を感じたから。

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