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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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修行も命がけ? 中編

 レイチェルに木刀であるにも関わらず、背中をすっぱり切られあわやの大惨事になった日の午後、カイルは交代で指導に当たってくれることになったトーマと共にある場所に来ていた。そこは切り立った崖の真下。

 ごつごつとした岩がむき出しになっている崖を見上げれば上まで百m以上はあるだろうか。隣で意気揚々と準備運動をするトーマを見ながら、カイルは嫌な予感がする。体が資本であり、身体能力に優れた獣人である格闘家のトーマがここに連れてきた理由など一つしか思い当たらない。


「よーし、じゃ、登るか」

 まるで散歩に行くかというような気安さで崖に向かうトーマの肩をカイルがつかんで止める。分かってはいた、分かってはいたが少し聞いてもいいだろうか。

「……いくつか聞きたいことがあるんだが、ここを、体一つで登るのか? 魔法なしで?」

「そうだぜ? 力が強いだけじゃ強い攻撃はできない。ここを登る練習をすれば、体のバネとか柔軟性とか持久力、バランス感覚も身につくな。周囲の状態を見て手や足をかける場所を探すから、観察力とか分析力も付くって師範が言ってた」


 どうやらトーマを鍛えた師範の修行法らしい。理屈は理解できるがまた随分過酷で危険な方法もあったものだ。

「もし途中で落ちたら? 命綱とかは……」

「そん時はそん時だな。落ちても自分でどうにかするのもまた修行って言ってたぞ? だから命綱もなしだ」

「そ、そうか……」


 あっけらかんというか、ごくごく当たり前のことのように言われるとどう返していいのか分からない。自覚がないだけで、トーマは結構過酷な修行をさせられていたのではないか。

 カイルは立ちはだかる崖を見上げつつ、落ちた場合にどう対処するかいくつか候補を上げておく。そうすればもしもの時もすぐに行動に移れるだろう。最も、もしもがないに越したことはないのだが。


 通常狼は木登りや崖登りなどは不得手のはずなのだが、トーマは猿のようにすいすいと登っていく。カイルも足場と手をかける場所を探りつつ少しずつ上へと体を持ち上げていく。トーマの話では、ベテランになれば指先さえかかっていれば体全体を支えることが出来るようになるのだという。

 上に登らなくても、張り付いているだけで体力や握力を消耗し、体に疲労がたまっていく。思っていたよりもずっとハードだ。かといって、急いで登ればいいという問題でもない。手や足をかける場所を見極めなければ踏み外したり滑ったりして、そのまま真っ逆さまだ。


 カイルは両足をしっかりと踏みしめ、片手を少し深めのくぼみに入れて、もう片方の手を下げてぶらぶらさせる。痺れて震える腕では体を支えられない。少し力が戻ってくると、同じようにしてもう片方の手も休ませる。

 トーマはどこまで行っただろうかと、上を見上げたカイルの目に飛び込んできたのは子犬くらいの手ごろなサイズの岩を抱きしめるようにして落下してくるトーマの姿だった。


「は?」

 頭を下にして落ちてくるトーマの表情が尋常ではなく焦っていることを見なければ、新手の修行かと思っていたところだ。そうでなくても、自身の真上に落ちてきているのでなければ何もせずに見送っていたかもしれない。

 トーマの口ぶりでは落ちてもどうにかできることはうかがえたし、こうなった原因がトーマの不注意にあるだろうことが聞かなくても分かったから。そもそも、なぜ岩を抱えているのか。そのまま捨てられてもカイルに直撃するが、遠くに放り出す選択はないものか。それともあれだろうか、あえてカイルの頭をかち割りに来ているのだろうか。


「かっ、カイル、助けっ……」

 トーマが何かを言っているが、カイルは上昇気流を起こしてトーマの体を少し持ち上げ姿勢を変えさせると、無魔法下級下位第二階級『物理障壁シールド』を斜めに展開して、滑り台の要領でトーマをやり過ごす。

 あとは自分でどうにかするだろう。そう考え、スルーしようとしたカイルだったが、執念か、それともこれがSSランクの粘りというものなのか。


 ようやく岩を手放したトーマが空中で体勢を変えると、カイルの右足に掴まってぶら下がったのだ。そして、その時のカイルはというと上に上がろうと左足と右手を上にあげた状態だった。つまり、右足と左手でしか体を支えていなかったのだ。

 そんなほぼ全体重の乗っている右足にしがみつかれたらどうなるか。

「あっ……」

 当然のごとく左手だけでは二人分の体重を支え切れるわけもなく岩から手が離れる。


 自由落下の下腹がキュンとなるような感覚を感じながら、近づいてくる地面に恐怖する。あまりにも高い場所から落下するより、目に見える高さの方が感じる恐怖は強い。

「このっ」

 カイルは先ほどと同じようにして二人の体を風で瞬間的に浮かせると、捕縛魔法の応用で周囲にある木々や崖を支点とした網を地面との間に作り上げる。


 落下の衝撃をたわんで和らげられるが、千切れたり壊れたりしない繊細な魔法制御が必要だった。集中の極致にあって時間が引き延ばされたかのような感覚は、今までに命の危機に際して感じたものと同じだ。

 ドサッっと網の上に落ちて、狙い通り衝撃を和らげ網にも自分達にも損傷はない。トーマに巻き込まれたカイルは、何とか怪我もなく済んだが、心臓は早鐘のように打ち、顔は血の気が下がって頭痛がする。呼吸が落ち着くと、安堵と同時に怒りも沸いてくる。


 カイルは魔法を解除して地面に胡坐をかくと、同じようにして座り込むトーマに視線を向ける。

「トーマ、聞かせてもらおうか? なんで俺まで道連れにしたのか」

「お、お前だって俺のことスルーしただろうがっ! ああいう場合、普通は受け止めるだろう!」

「へぇ? 人の真上に落ちてきただけでなく、凶器まで持ってる相手をか?」

「凶器? あっ、いや、あれは、その……岩のでっぱりで休憩してたらポロッとな……」

「……ちょうど俺の頭の位置だったんだが? 下手に受け止めて手放されたりしたら危ないだろ」

「だからってポイ捨てはないだろ!」

「落ちてもどうにかできるんだろ?」

「うっ、いや、まあ、あれは何というか……あんな高さから落ちたことなかったから、ちょっとヤバかったというか……」


 しどろもどろになるトーマにカイルはジト目を向ける。それで崖登り初心者のカイルを巻き添えにするのはどうなのだろう。結果的に二人とも無傷とはいえ、心臓にはとても優しくはなかった。おまけに、折角それなりに登れたというのにまた一からやり直しだ。

 トーマもさすがに悪いと思ったのか、その後謝罪をしてくる。ため息をつきつつどうにか矛を収めたカイルだったが、崖を見上げて思案する。これから先のことを考えれば、このまま続けるというのはあまり好ましくなさそうだ。自己責任ではなく脱落などと悔しいし、お互いフォローし合えるようにしておけば事故も防ぎやすいだろう。


「分かった、こうしよう。俺と、トーマの腰を魔法の紐でつなぐ。で、それぞれ自分でも崖に命綱を魔法で結び付けておいて、どっちかが落ちても助けられるようにするってのは?」

「おお、名案だな!」

「ただし、トーマ、火は使うなよ? 火で岩が溶けたりしたら意味ないからな」

「なっ、そ、それくらい、わ、分かってるよ、ああ、うん。か、風ならいいよな」

 トーマは火と風の属性を持っている。中でも得意なのが火だ。そのためあらかじめ釘を刺しておいたのだが、案の定分かっていなかったようだ。

 立ちはだかる崖よりも、隣にいる指導者の方に不安を感じながら再び岩に手をかけた。




 魔力回復の観点から、魔法主体の修行は一日おきに行うようにしていた。なんだかんだで昨日は肉体的だけではなく、精神的にも鍛えられた感がある。今日はアミルとハンナが主となって教えてくれる。そこにクロも加わる形だ。

 と言っても、魔界の生き物が使う魔法は人が使う魔法と感覚が違っているため、どういうことが出来るかを聞いて地道に練習していくしかない。特に血統属性であり、人には現れることのない喰属性に関しては魔道書も存在していない。

 魔物などは人ほど多彩な魔法は使えないが、呪文なしに魔法を使えるため、会話ができるクロと言えど教えるのは一筋縄ではいかない。どう魔力を動かし、何をイメージするかを聞いて一から魔法を構築しなければならないのだ。


「カイル、火球ファイアーボール出して」

「ん、一つか?」

「今は。じゃあ、火球ファイアーボールはそのままで、水球ウォーターボール

 カイルはハンナの指示通り右手の少し上に直径十センチほどの火球(ファイアーボールを浮かべ、それから左手の上に水球ウォーターボールを出す。

 その間に風球ウインドボールを出し、土球アースボールを出そうとしたところでうまくいかずに崩れ落ちてしまう。その余波を受けて、他の球の形も若干崩れる。


「……やっぱり変。カイルほど魔法制御ができて、同時発動が三属性しかできないなんて……」

「そうですわね。四属性目を作ろうとしたところで、魔力の流れに乱れが見られましたわ。何かが阻害しているような……心当たりはありませんの?」

「……あるような、無いような」

 カイルは曖昧な答えを返す。確信はないが、もしかしたらという要因はある。ただ、それ以前は魔法制御がここまでできておらず、前後で大きな違いが見出せないためはっきりとは言えないのだ。


「同時発動数が多ければ戦略の幅も広がる。でも、三属性でもやり方次第」

 そんなカイルの様子に、ハンナは何か感じるところがあったのか深く追求はしてこなかった。普段は人よりずけずけと入ってくるが、本当に踏み込んでほしくないところではちゃんと立ち止まってくれる。

 だからこそ、カイルもハンナには気を許している部分もあるし、本気で追及されたら拒めないだろうなと感じてた。

「そうですわね。一つの属性でも数が多ければそれだけで脅威になりますわ」

 特にアミルのように精霊界出身の者は人界の者ほど多くの属性を持たない。手札の不利は手数で補う。どれだけ多くの属性を持とうと、使う暇さえ与えなければいいのだから。


「わたしは攻撃魔法以外が苦手。でも自分の身は守れる」

 ハンナが一人一族を離れて王都に来たのは、生来の好奇心や才能もあるのだが、種族的に守りに適したドルイドの中、その適性が薄く、逆に攻撃魔法の適性が異常なまでに高かったことも一つの要因だ。

 同じくドルイドでありながら攻撃魔法適性が高く、現在王都中央区の魔法ギルドのギルドマスターをしている人物に預けられるような形で面倒を見てもらっているのだという。


 カイルもハンナ達と一緒に魔法ギルドに行った際、ギルドマスターにも出会った。優しそうな外見だったが、それでいて強い意志と厳しさも持ち合わせた人物だと感じた。

 笑顔で歓迎され、手ずから作ったお菓子をもらい紅茶までごちそうになった。自分と同じように変わり者であるハンナを孫のように思い気にかけているのだという。個性が強いためか、あるいは自身の興味を優先させてしまうせいか、あまり友達もおらず将来を憂慮していたという。

 末永く友達でいてやってほしいと言われ、握手した手はとても暖かかった。


「王都に来るまでに見たところ、カイルは攻撃魔法の適性も守護・補助・回復の適性も高いようでしたわ。それに、属性によって得手不得手が見受けられませんでしたわ」

「そうかもな。どれが使いやすいとか使いにくいとかは思ったことないかも……」

 アミルはハンナとは逆で守護・補助・回復の適性が飛びぬけて高い。攻撃もできないわけではないのだが本能的な部分や、低い適性が邪魔をして苦手としているのだ。血を見るのは平気でも、自らが血を流させることには強い忌避感があるようだ。エルフが争いを嫌うのはその性質のためだ。


『生来の属性だけではなく、我と契約して得た属性に関してもそうだな。使いこなせれば我と同等のことはできよう』

 クロも保証する。魔界の生き物でも適性の強弱や得手不得手はある。最高位の妖魔ともなれば、有する属性に関してはほぼすべてが最高レベルの適性を持っているといえる。そんな妖魔と同じことが出来る。それはすなわちそのレベルの実力を身に付けられる可能性があるということだ。

「すぐには無理だろ。クロには千年のアドバンテージがあるわけだし」

 努力は続けるが五年十年で並べるなどとは思っていない。それこそ、クロが生きてきたのと同じだけ生きて初めて隣に立てるのかもしれない。


 確認することを終えて、ハンナはカイルの隣に立つと見上げてくる。

「数は力。まずは一つの属性で出せるだけ出してみて」

「出せるだけ、か」

 思えばそんなふうな魔法の使い方はしたことがなかったかもしれない。カイルはもし制御をミスってもさして影響のない水球ウォーターボールをどんどんと作り出していく。

 十個程度なら余裕だ。五十個でもまだ余力がある。百個を超えると少し難しくなってくる。百五十、二百と増やしていくにつれ額に汗が浮かんでくる。形を綺麗にまとめようとすれば制御が乱れ、制御を優先させれば形が崩れる。


 三百に達したところで処理能力が限界を迎え、大きな雨粒のようになって水球ウォーターボールが一斉に地面に落ちて水たまりを作った。カイルは大きく息を吐いて額の汗をぬぐう。思っているより数を作り出し制御するということは難しい。

「数作るのって、結構、しんどいな……」

「……そう、難しい。でも、その分魔力操作や魔法制御能力が鍛えられる」

「多少数が少なくても、複数出した後、自由自在に動かす練習をいたしますとより効果的ですわ」

「なるほどなぁ。二人ともそうやって鍛えたのか……」


 魔力感知ができるようになって、改めて二人の魔力の流れや魔法を見れば、自身より滑らかでありながら力強いことが感じられた。安定しており、カイルほど集中しなくても形の整った魔法を発動できる。

 地味に思えても、継続して続けてきたことが力になる。強力な魔法も、それに見合った魔力操作や魔法制御ができなければ、無差別に他を傷つけるだけの凶器になり果てる。カイルもまた階級の高い魔法が使えるようになったからこそ、その責任として基礎を高めなければならない。


「でも、最初から三百は予想外。一日一つでもいいから増やせるようになれば、一年で今の倍以上の数が扱えるようになる」

「そうですわね。これらは空いた時間にも練習できますし」

「と、言うことで、後は実践あるのみ」

「ん? どういうことだ?」

「依頼。キラービーの巣の殲滅、Aランク」


 キラービーとは強力な神経毒を持つ蜂で、大きさは大人の手のひらほどもある。昆虫型の魔物の一種で女王と千を超える数の働き蜂がいる。生き物なら何でも襲って食べるという獰猛な蜂だ。そのため、巣を発見すれば即殲滅するのが一般的だ。

 通常であれば巣丸ごと焼くか凍らすかする。簡単そうに思えるのにAランク依頼なのは、外に出ている働き蜂による。巣に少しでも攻撃を受けると激烈なまでに反応して、どこまでも追って攻撃してくるのだ。しかも、厄介なことにキラービーは別名”サイレントキラー”と呼ばれ、羽音がしない。背後から忍びよられても気づけないのだ。


物理障壁シールド禁止、全部魔法で撃ち落とす」

 修行であるため、あえて条件を付けて討伐することを課される。楽をしては実力が伸びないということなのだろう。

 キラービーは羽が水で濡れると飛べないため、水球ウォーターボールをぶつけるのはありだが、それでは殲滅にはならないだろう。かといって火球ファイアーボールは火事の心配もあるし、心情的にあまり使いたくない。キラービーはたいてい森の枯れ木の中に巣を作るのだ。

 ならば魔物の共通の弱点である光だろうか。速いキラービーの飛行速度に追い付けるし、当たれば一撃で倒せる。


 カイルは森の中に入ってからも対策を練る。そして、外では常に発動している探知に反応があった。キラービーには一度刺されたことがある。体が動かなくなる前にどうにか逃げきれたが、その後丸一日は行動不能に陥った。

 以来、極力避けるようになった魔物の一種でもある。今なら刺されても前のようにはならないだろうが、直径にして五mm、長さ五cmほどもある針は刺さりどころが悪ければ致命傷にもなりかねない。


 カイルが一度深呼吸したところを見計らって、おもむろにハンナがキラービーの巣を枯れ木ごと潰した。まさかあえて刺激を与えるとは思っていなかったカイルは愕然とした顔でハンナを振り返る。

 しかし、ハンナは素知らぬ顔でアミルの作り出した物理障壁シールドの中に引きこもっている。カイルは怒りか呆れか口元をぴくぴくさせながらも、クロの警告に従って前を向く。

 巣を刺激どころか文字通り潰されたキラービー達はそれこそ猛りくるってカイル達の方に飛んできていた。


 カイルはすぐさま意識を切り替え、集中力を高めると普段は半径百mほどに展開している探知の網を十mほどに狭める。こうすることでより迅速に、それでいて敏感に接近と位置、数を把握できる。

 体の周囲一mほどの範囲で球状に光の槍を作り出し、探知で感じ取った場所に目線を向けることなく発射する。光魔法中級下位、第四階級『光槍ライトスピア』、速さでは随一の魔法だ。一応クロには離れてもらっている。いざとなれば助けれくれるのだろうが、今のところ静観してくれている。


 発射した分の光の槍はすぐさま補充をして絶え間なく打ち続ける。前後左右上下あらゆるところから襲ってくるキラービーに光の槍を打ち込みながら、視線は壊れた巣から出てきた女王に向けている。女王は働き蜂の十倍ほどの大きさを持ち、なんと針を飛ばしてくることが出来るのだ。

 物理障壁シールドを禁止されたのでは、その針もまた迎撃しなければならない。魔物に有効でも、物理的な質量のない光では針を止められない。そのため、カイルは土属性を使って迎撃に当たっている。

 元から土を圧縮して固め飛び道具にしてきたのだ。第二階級の土針アースニードルを、女王の打ち出す強靭な針に対抗できるくらいに強度を上げることだってお手の物だ。


 今出来るギリギリの同時発動に加え、精密な探知とそれをもとにした攻撃、女王への迎撃と頭がパンクしそうになりながらも、どうにか働き蜂達の排除に成功する。

「はぁっ、はぁ、後は、女王か……」

 自分を守る盾であり矛でもあった働き蜂達をことごとく撃ち落とされた女王は怒りのためか丈夫そうな顎をカチカチと鳴らしている。

 魔力が心もとないのか、打ちつくしたのか、針はもう発射されない。カイルは逃げ道がないように光の槍で囲うとそのまま逃さずに討ち取る。働き蜂を排除しようと女王が生きていればまた巣を作られる。女王さえ廃せば、働き蜂もいずれ死を迎える。こうした魔物の場合、指令を与える者がいなければ、自分から行動を起こせないという特色があるためだ。

 しかし、女王を狙っても働き蜂が必ず邪魔をしてくる。身を挺してかばうためある程度殲滅しなければ女王には攻撃が届かない。


「終わった……か」

 女王が魔石と素材になって散っていくのを見届けると、カイルは地面に座り込む。まだ頭痛のする頭を抱え、汗をぬぐって息を整える。四方八方から襲われ、なおかつ女王を逃がさず対応するのはなかなか骨が折れる。

 クロが労をねぎらうように、カイルに目線を合わせながらも尻尾で背中を軽く何度か叩いてくる。そうしていると、ハンナやアミルが近づいてきた。


「いきなりはやめろよな。しかもあんな……」

「でも、やり切った」

「そりゃそうだろうけど……」

「前々から思っておりましたが、魔法の使い方が上手ですわね。探知で間合いに入った敵を察知し、全方位に展開した魔法で狙い撃ちをする、無駄なく合理的ですわね」

 褒められてもなんだか素直に喜べない。もしできなかったらどうするつもりだったのか。他の二つ名持ちの仲間達の修行を受けてみても感じていたのだが、どうにも全員が全員少々過激ではなかろうか。


 そのおかげで二つ名を得ているのかもしれないが、時々やり過ぎなのでは? などと思ってしまう。この調子で体が持つのだろうか。それ以前に心臓に悪いことが多すぎる気がする。修業とはここまで命がけでやるものなのだろうか、と。

「これなら大丈夫そう。次の依頼に行く」

「は? 次? や、ちょっと待て、次って……」

「この調子でやれば受けた依頼は全て消化できそうですわね。やはり、鍛えがいがありますわ」

「ちょっと待てって、次ってどういうことだよ」

 カイルは疲れも吹き飛ぶ衝撃に、次とやらに向かうハンナ達を追う。どうやら苦難の一日は始まったばかりらしい。はたして帰る間無事にいられるのだろうかという、そこはかとない疑問を感じていた。

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