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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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工房での出会い

 カイルは荷物を片付けると、家の中を探索がてら歩く。基本的な作りはペロードの町の親方の家とあまり変わりないようだ。ドワーフの武器屋の特徴なのだろう。寝室は狭いが、食堂や何より製作所は広く取られている。

 今も忙しそうにドワーフ達が製作に勤しんでいた。彼らの発する熱意や鍛冶仕事による熱気を懐かしく感じながら、カイルはその場を後にする。


 今は水場を探していた。水なら魔法で生み出せるが、流すとなると部屋では行えない。クロを洗おうとしているためだ。

 元々の色が黒かったため分かりにくいが、子供達の治療で血が飛び散って付いていたり、何より死んだ子供達を影に収めた時に体が汚れていた。

 影を伸ばすのではなく、きちんとそばまで行って確認をしてから影に入れてくれたようだ。大変な作業だったろうに、文句一つなくやってくれたことがありがたい。


 汚れを落とすだけなら浄化クリーンを使えばいいのだが、クロは闇に属する妖魔のため、たとえ生活魔法でも光属性の魔法はダメージが入ってしまうらしい。

 人で言えば、体の表面を火で炙って目に見えない虫を退治していくような感じだろうか。効果はあっても痛みや不快感は抑えきれない。

 家の奥にある中庭のような場所に井戸があるのを見つけた。ここなら水を使ってもよさそうだ。


「クロ、ちょっとじっとしてろよ」

 魔法なのでクロが暴れない限り水が飛び散るということはないのだが、一応言っておく。クロはあまり水浴びが好きではないからだ。

〈早くしろ。我としてはこのままでも構わんのだが〉

「人のうちに世話になる以上、そんなわけにもいかないだろ。それにクロが大丈夫でも、他の人に障があるといけないしな」

 毒に変わった血や肉体の一部もまた毒を有している。クロは妖魔であるためか、属性故か毒の類は効かないようだが、この家に住むドワーフ達は違う。万が一、毒にあたる事になっては申し訳が立たない。


 カイルは少し休んで回復してきた魔力で水の生活魔法を発動させる。体全体を包み込み、頭から順に汚れとともに水を移動させていく。尻尾の先から抜けて宙に浮かぶ水の球は、赤黒い血と土埃などで濁っている。

 これくらいなら浄化クリーンで綺麗にできそうだ。水の球を浮かばせたまま、光の生活魔法で水の浄化を行う。これで、水は消せなくても毒や汚れは綺麗にできる。


「ほう、生活魔法を器用に使うもんだ。お前がグレンのやつが面倒をみとるってガキか?」

 カイルは魔法に集中していたためか、中庭に人が入ってきたのに気づかなかった。驚いて水の球を落としてしまう。幸い体からは離れていたので濡れることはなかった。

「びっくりした。えっと、俺はカイル。確かにグレンの親方に世話になってるけど、あんたは?」

「ワシか? ワシはディラン=ギルバートってんだ」

「ディラン? ギルバートって、まさかキリルの祖父さんの!?」

 カイルが持つ剣の製作者であり、仲間であるキリルの祖父だ。エルフほどではないが、長命なドワーフも年齢が分かりづらい。ディランも、 人でいえば五十くらいのおじさんに見える。


「おうよ。ボウズは今、お前さんといるっていうじゃねぇか。ちょっと会っておきたくてな」

「そっか、キリルにはいつも助けてもらってる。今も剣を教えてもらってるんだ」

「ほう、あのボウズが剣をな。ん、んん? お前さん、ちょっと腰の剣を見せてみろ」

 ディランの言葉にカイルは冷や汗をかく。見せれば確実に自身の作だと気づくだろう。そうすればカイルの正体にも見当がつくだろうし、世界を騙した嘘にも気付く。

 みんながカイルのために、カイルを守るためについた嘘を身内とはいえ明かしていいものか。躊躇したカイルを無視し、ディランはサッと剣を鞘ごと引き抜いてしまった。


「あっ」

 止めようとした時にはディランは剣を引き抜き、じっくりと検分していた。確実にばれただろう。

「こいつぁ、間違いねぇ。お前さん、こいつをどこで手に入れた?」

「えっと……」

「何だぁ、言えないようなことか? まさか、盗んだとは言わねぇよな」

 背丈が低くても、剣を握ったまま厳つい表情でジリジリと詰め寄られると迫力がある。ドワーフの己の作り出した武器に対する愛着を知っていればこそ、下手な言い訳は通じそうにない。


「まさか、グレンのやつ、気付かなかったわけはねぇよな。目利きは出来るはずだ、お前さん、どうやってあいつを誑かした、言ってみろ」

 気がつけば、中庭の壁際に追い詰められていた。首の辺りに剣の切っ先が突きつけられており、逃げられそうにはない。

 カイルはため息をつく。どうやら、明かさないわけにはいかないようだ。キリルの祖父であり、親方やドラシオの師匠であることを信じるしかない。身内の身内だ。


「これは、もらったんだ」

「もらったぁ、誰にだ? ワシがこいつを売ったやつはよく知っとる。そいつからこれを奪えるとは思えん。いつ、誰に貰った?」

「……十三年前、誕生日プレゼントとして、父さんから。俺を守ってくれるっていって、渡された」

「十三年前、プレゼント……父さん? 守るっ! まっ、まさか、お前さん、ロイドのっ!」

 カイルは慌ててディランの口をふさぐ。大声で叫ばれてはたまらない。工房があるから防音はしているだろうが、どこに耳があるか分からない。

 ディランも最初の混乱が落ち着いたのか、カイルが手を離しても、それ以上騒ぐことはなかった。


「まぁ、そういうことだ。俺の父さんはロイド=ランバート。俺はカイル=ランバートだ、その剣は大戦が始まる前に父さんにもらった。ちょっと早いけど、四歳の誕生日プレゼントにって」

「そうか……あん時言ってた守り刀ってのはそういう……俺ぁ、てっきり別のことに使ったもんだと。あいつにガキがいて、しかも死んだと聞いたもんだからこいつぁ、役に立たなかったのかと思ってたが。ちゃんと役目は果たしてたか」

「こいつのおかげで命が助かったことは何度もある。だからディランの祖父さんに会ったらお礼言いたかったんだ。でも、ちょっと事情があって、俺死んだことになってるから」


「事情ってのは?」

「父さんが昔戦ってた敵の残党が、息を吹き返してきてるらしいんだ。で、俺を狙ってるとかいう噂があるらしくて。俺、まだそいつらから自分の身を守ることも出来ねぇから、時間稼ぎにって」

「あのクソッタレどもか。で、お前さんはキリルに剣を教えてもらっていると?」

「ああ、他にも剣や体術や魔法を教えてもらってる仲間がいる。こいつ、クロっていうんだけど、使い魔もできてちょっとずつ強くなろうとしてるとこ」

 カイルはクロの首筋をかくようにして撫でる。ディランはカイルを上から下までじっくりと見る。


「ふん、素材は悪くないか。顔は似てねぇな」

「俺は母さん似らしいから。顔も覚えてねぇけど」

「似なくて良かったな。それにしてもこいつ、まともに手入れしてこなかったろ」

「あー、その、ごめん。余裕なくて、一応汚れ落としたりはしてたんだけど、武器屋とかには持っていけなくて。親方も師匠の剣はいじれないっていうし」

「ふん、十三年間使い続けたにしてはマシな方だ。手入れは魔法を使ってか?」

「一応。魔力の通りもよかったから、時々光とか水とか風とかまとわせたりもしてたかな。汚れは水か光で落としてた。土が鉱物属性に進化してからはそっちで刃こぼれとかは直してたけど」

 ディランの目がギラリと光る。カイルは何かまずいことをしてしまったかと冷や汗をかく。剣は素材となる鉱石により強度や魔力親和度が大きく異なる。


 ドワーフの作る武器は総じて魔力親和度が高いものが多く、魔法具への転用が可能なものも多い。カイルの剣も例に漏れず、カイルは剣に魔力を流すことで強度をあげたり特性を付加したりする使い方もしていた。

 必然的に威力が高くなり、特性ごとの効果もあるので相手を死なせたくない場合は使わないでいることが多い。


「なるほど、お前さん、魔力は多い方だな」

「そうみたいだな。つい最近ギルドに入るまで知らなかったけど」

「つい最近? お前さん四歳の誕生日プレゼントにこいつをもらったなら十六、七にはなってるだろ。何でまた最近まで登録してなかったんだ?」

「俺は、流れ者で孤児だったからギルドに入れなかったんだよ。親方とアリーシャさんのおかげで登録できたんだ」

「お前さん……そうか、そいつは難儀したんだな。あいつの息子だっていえば、ちったぁマシな生活もできたんじゃないか?」

「父さんがみんなから尊敬されてるのは、父さんがやってきたことがみんなに認められたからだ。俺の手柄じゃない。父さんの名を使って俺が勝手をすれば、父さんがやってきたことを俺が台無しにしちまう。貧乏暮らしすることになっても、苦労背負い込むことになっても、父さんの名を汚すよりゃマシだと思ったからな」


「お前さん、ガキのくせに一丁前に意地張りやがって。よし、いいだろう。ワシがこいつを鍛え直してやる。今のお前さんにピッタリな剣になるようにな」

 ディランの申し出にカイルは意表を突かれる。手入れがまずくて取り上げられるかもしれないとは思っていたが、鍛え直してくれるとは思わなかった。しかも、名匠と呼ばれるディランその人が。

「え? いや、でもいいのか? 俺、ディランさんに認められるほど剣の腕いいわけじゃないぜ?」

「そんなことは分かっとる。だが、ワシは剣の腕だけで判断するほど狭量でもないわい。剣の腕が良かろうと、気に食わん奴に打つ気はない。ガキが意地張り通して、この剣一本で生き抜いてきたんだ。そいつに応えなけりゃ、ドワーフの名が廃るってなもんよ」


「そっか、ありがとう。金はちゃんと働いて必ず払うから……」

「バッカ野郎が! 身内から金取ろうってほど落ちぶれちゃいねぇよ。ガキが気ぃ使うな!」

「でも……」

「このジジイに任せておけ。ワシが打った時より剣の素材になる金属に魔力がふんだんに含まれとる。お前さんがこいつに魔力をよく流しておったからだな。これなら、いい剣が打てる。しかもお前さんの魔力と相性のいい剣がな。体格にも合わせんといかんから少し時間はかかるが、満足のいくものに仕上げてやろう」

「分かった、任せる。あー、でもその間はどうするかな。練習にも剣はいるし」

「代わりを見繕ってやろう。付いて来い」


 剣を鍛え直してもらうのはいいがその間丸腰になる。キリルとの稽古でも剣はいるし、どうしようかと思っているとディランが請け負ってくれた。そのままディランに付いて製作所の中に入る。

 皆ディランのことは知っているようで、あちこちから声をかけられる。一緒にいるカイルには訝しげな視線が向けられていた。

 製作所の一画にある製品を並べている場所までくると、グレンとドラシオ、見知らぬドワーフが一人いた。


「おうっ、ちょっと見せてもらうぜ」

「おやっさん! カイルも? ど、どうしやした?」

 グレンが少し焦った様子を見せる。カイルは目配せして苦笑いを浮かべた。バレたと伝えるために。

「ワシがこいつの剣を打ち直してやるんでな、代わりを見繕いに来た」

「お、おやっさんが、剣を? こいつのために?」

 ドラシオは信じられないと目を見開く。ドラシオの見立てでは、カイルの剣の腕はそこまでよくない。なのに、剣を打つということは気に入られたということだ。


「こんなガキに、何で大親方が剣を……」

 納得できないのか、最後のドワーフはカイルを睨みつける。まるで不正でもしたかのように。ある意味、コネと言えなくもないが大っぴらにいうわけにもいかない。

「ワシが剣を打つのは、ワシが認めた奴だけだ。こいつはまだガキだが、見所はある。将来は大物になるかもしれん、かの剣聖のようにな」

 ディランは意味ありげにカイルを見る。出来ればそうなりたいところだか、今の所は遠い場所だ。


「このガキが……」

「ガキガキ言ってんじゃねぇ。お前の弟分だ、カイル、こいつが俺の息子のカールだ」

「独り立ちするっていう?」

「おうよ。まだまだ未熟だが、あとは経験を積むことが大事だからな」

「親父、こいつが弟分ってどういうことだよ! こいつは人だろっ!」

「人だから何だってんだ! 身内になんのに人だのドワーフだの関係ねぇだろうが。おやっさんだって、奥さんに人を迎えてんだろうが!」

「あいつは先に逝っちまったがな。人とワシらは生きる時が違うからな。孫の顔まで見られたんでよしとすらぁ」


 異種族婚はそこまで珍しくもなくなったが、多いわけでもない。特に人は寿命が短いことから、長い種族からは敬遠される。愛しても同じ時を生きることができないからだ。

 だが、その障害を乗り越えて結ばれた者達は生涯相手を愛し合う深い絆で結ばれる。レイチェルの両親もそうだろう。いずれは父親だけが先に老いて亡くなる。

「えっと、カール……カール兄さんって呼べばいいのか? 俺、兄弟とかいないからよく分かんないけど、親方達のことは家族みたいに思ってる。だから親方の家族とも仲良くしたい。いきなり弟なんて認めらんねぇと思うけど、これからよろしく頼む」


「カイルの方が大人じゃねぇか。十六のガキにこう言われてお前は何て返すんだ?」

「うっせ、親父は黙ってろ。あー、えーっと、わ、悪かったな。いきなりで戸惑っちまって。どうせ親父やお袋が強引に家族に引き込んだんだろうけど、その、困った時には俺も頼れ。に、兄ちゃんだから、弟の面倒くらいはみてやる」

 カールは末っ子で、兄や姉はいるが弟妹はいない。そのため、カイルの言った”兄さん”にすっかり舞い上がったらしい。


「そっか、じゃあよろしくな。カール兄さん」

「おうっ、兄ちゃんに任しとけ」

 すっかりその気になったカールに周囲は忍び笑いをする。工房でも若手だったカールは、皆に可愛がられても頼られることは少なかった。よほど嬉しいのか、王都を離れることを悔しがっている。カイルとも離れることになるからだ。


「にしても大親方に剣を打ってもらうかぁ。カイルは幸せ者だな」

「俺もそう思う。実の家族や環境にはあんま恵まれなかったけど、人との出会いには恵まれてるなって」

「そうか、親父達に拾われたってことはお前……」

「孤児ってこと、それに流れ者でもあったし」

「どっか一カ所に住めなかったのか?」

「何かあると追い出されてたしなぁ。それに自分から移動するようになってたし」

「何でだ?」

「俺と同じようなチビどもに、まっとうな生き方教えて、人らしい生活をさせるため。俺の自己満足だけどな、ただ意味もなく死んでくの見てらんなかったから」

「お前……そうか、だから親父達も、お前のこと。よしっ、あの町のガキどもは俺に任せておけ。まとめて面倒みてやらぁ」

「頼む。カール兄さんがそう言うなら安心だな、ドワーフは嘘はつかないっていうし」


 カイルは簡単な別れの挨拶だけで残してきてしまった子供達を思う。みんなしっかりしているから大丈夫だとは思うが、気にかけて見てくれる人がいるのといないのでは大きく違う。

 カイルが安心したような笑顔を見せると、カールは独り立ちの不安などどこかへ消えていた。店を任されるだけではない。子供達まで託されたのでは、四の五の言ってはいられない。

「カイル、これ持ってみな」

 そこへディランから声がかかる。カイルは言われたように剣を握ってみる。重さや長さはこれまでの剣とそう大差はない。だが、どこかしっくりこない。


「ふん、違うな。なら、こっちは……まだ合わねぇか。なかなかどうして、面白れぇ。お前さん、剣に合わせるってよりゃ、剣を合わせる方がいいってタイプだな」

「何が違うんだ?」

 使い手を選ぶ剣というのはよく聞くが、使い手に剣を合わせるとはどういうことなのか。

「お前さんはな、そこらの数打ちの剣じゃ上手く実力を出せねぇって事だ」

「それって俺が不器用ってことか?」

「いや、それなりに使えはするんだろうが、剣の方が耐えられねぇのよ、お前さんの本気にな」

 カイルはディランの言葉の意味がよく分からない。使えるのに剣が耐えられないとはどういうことか。


「お前さん、魔力を剣に乗せられるだろう? だが、そこいらの剣ではお前さんのバカ多い魔力には耐え切れず折れちまう。俺の剣でもなけりゃ、受け止めきれねぇ。誰に似たんだか、あいつもよく剣を折ってたもんだ」

 ディランの言っているのがロイドの事だと気付いたカイルは目を見開く。ロイドが魔法を使うところをあまり見たことはなかったが、剣に乗せていたのか。

「だから、お前さんに合わせた、合わせられる剣を打たなきゃならねぇってことだ。久々に腕がなりそうだ」

 紆余曲折を経てディランが代替えに選んだ剣は、偶然にもカールの最高傑作ともいえる剣で、カールは照れながらもカイルに剣を託していた。旅立つ自分から、新しい弟への餞別として。

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