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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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テリーの決断

 路地裏での一連の騒動が落ち着いたカイル達はテラの案内で表通りに戻ってきていた。もうお昼時はとっくに過ぎている。カイルは別れ際にテラが言った言葉を思い出していた。

「『テリーを許して』ねぇ……。別に怒ってねぇけど」

「いや、普通は怒るって。勘違いで殴られたんだぞ? しかも、善意で見返りもなく助けた相手に」

「そう言われりゃ、そうなのかもな。でも、テリーの気持ちも分からんでもないし、助けたのも俺の勝手だし」

 カイルに突っ込みを入れるトーマだったが、返ってきた言葉にため息をつく。


「お前ってホントにそういうやつだよな。言っとくけどな、お前の相手を思いやる気持ちって言うのは出来すぎてるっていうか行き過ぎてるくらいだし、勝手や我儘だって思ってることも、そうじゃねぇから! お前はもっと自分を大切にして、もっと自分勝手に生きていい!!」

「……珍しくトーマと同意見ですわ」

「不本意だけど、同意する。……本当に不本意だけど」

「お前らな、俺を馬鹿にするのも大概にしとけよ!」

 カイルに指先を突き付けながら助言というか忠告めいたものを告げるトーマだったが、横合いから入ってくる合いの手に、矛先が変わる。


「だが、確かにもっともだ。カイル、もう無茶をするなとは言わないし、できないのだろうがそのあたりのこと、よく考えてくれ。君がわたし達を失いたくないように、わたし達も君を失いたくはない」

「相手を受け入れ思いやることは大切だ。でも、自分を疎かにするなよ」

「共感したり信じたい気持ちは分かる。だが、警戒しておいて損はないはずだ。俺達の敵は予想以上に多く、大きく、手強い。俺達の気持ちも理解できるだろう?」

 レイチェルをはじめとする仲間達の忠告に、カイルは耳が痛い思いをしながらも頭をかいて照れる。ここまで自分を思い、大切にしてくれる仲間と出会えた自身の幸運に感謝せずにはいられない。


「あー、そうだな。全部が全部、拾い上げられるもんじゃないよな。本当に大切なもの、抱えるだけで精一杯か。強く、なりたいよなぁ。ってか、強くならないとだよな」

「そうだぜっ。俺達もまだまだ強くなる。だから、カイルも追いついてこいよっ!」

「いつか追い越されて、泣きべそかいたりしてな」

「なにをーっ! この、可愛くねぇな」

「男に可愛いって思われるのはぞっとしねぇよ」

「同感だなっ。だが、まだ俺らのが上だ。そういうのは追いついてから言うんだな」

「くそっ、見てろよ。いつかぎゃふんと言わせてやる」

「はっはー、できるものならな。そんときゃ、獣型になって降伏のポーズしてやるよ」

「言ったな、今更後悔しても遅いぞ。ぜってー、やらせてやるっ!」


 カイルは何の気兼ねもなく、遠慮もなく思いをぶつけられることに幸せを感じていた。そんなことを言ってもしても、そっぽを向かれることも離れていくこともない。そんな絆を結べたことに、そんな相手がいることに。

 お馴染になりつつある二人の掛け合いを、レイチェル達も微笑まし気に見ている。ああやってカイルが本音をさらしてくれることに、気取らない飾らない素の姿を見せてくれることに確かな信頼を感じることができるから。実年齢に見合った、少年らしい一面を見られるから。




 バーナード夫妻の言っていたテムズ武具店とは、王都中央区にある有名な武器屋だという。店はそこまで大きくはないが、品ぞろえと品質、また客の注文にこたえて作る特注品の出来が良く、高ランカー達も常連になっているという。昔ながらのドワーフ気質で、客層は厳しく限定されているらしい。

 夫妻の息子が修行のため弟子入りしていた店でもあり、夫妻の古くからの知り合いでもあるという。カイルは華やかな印象の多い中央区の店にあって、老舗という言葉がぴったりな店構えを見てテムズ武具店についてレイチェル達や親方達から聞いていた話に納得する。確かにこれは、ドワーフらしい店と言えるだろう。


 中に入ると壁や展示台の上や床に樽などで直置きされた武器が所狭しと並んでいる。王都の地理に疎いカイルは、店の前までレイチェル達に案内されるとそこでいったん分かれて別行動ということになった。レイチェル達は国王様への報告があるし、カイル達もこれ以上遅くなるわけにもいかない。

 表通りにあるし、ドワーフの武器屋と面倒事を起こそうという者は少ない。キリルやクロもいることだしみんなも安全と判断してカイルを残していった。少々情けない気持ちになるカイルだが、まだまだ守られる立場と力しかないのは事実なので甘んじて受け入れる。挽回はこれからしていけばいい。


 無愛想なドワーフ一人が店番をしており、チラリとカイルやクロに視線をやり、直ぐにまた正面を向く。客に対し笑顔も掛け声もない。眼中にないと言った様子だ。

 キリルには片眉を上げてじっくり見ると、「ラッシャイ」と呟くように声をかけた。キリルほどの実力者なら客認定されるようだ。それだけで見る目があることが分かる。

 確かにカイルはまだこの店を利用するに足りない客以前の存在だろう。カイルは気にした様子もなく、店番のドワーフに歩み寄る。


「……何だ? 小僧、何か用でもあるのか? 新人なら東区に行きな」

「あー、用があるのは武器じゃなくて人の方。言われなくても腕が足らないのは知ってる」

「ふん、若い割に分別はあるか。誰に用だ?」

「ここにグレンの親方とアリーシャさん来てないか? 聞いてるかは分かんないけど、俺カイルって言って親方達に世話になってるんだ。こっちはキリルと使い魔のクロ」

 店番のドワーフは片眉を上げると、マジマジとカイルを観察する。そして、おもむろにカウンターから出てくるとカイルの背中をバシバシと叩いた。


「話は聞いてらぁ。オメーがそうか! 王都によく来たな、歓迎するぜ。オメーが作った革製品見たぜ。人の子供にしちゃ上出来だ。俺はドラシオ=テムズだ。グレンとは兄弟弟子よ」

 身内か腕かを認めれば、途端に遠慮がなくなるのがドワーフというものだ。この店番も例に漏れないらしい。

 ドワーフ特有の力強い腕で何度も背中を叩かれ、カイルは引きつった笑いを浮かべる。そろそろやめてほしい。絶対背中に手の跡がついている。どの辺で止めようかと思っていた時、店の奥からよく見知った顔が現れる。


「なに騒いでるんだい? おや、カイル、終わったのかい? お帰り。キリルもお疲れさん、クロもよくやったね」

 カイルが帰って来ることを疑ってもいなかった表情と言葉に、胸が一杯になる。アリーシャは母親が息子にするような笑顔を向けてくる。キリルは静かに頷き、クロは当然だと尻尾を一振りする。


「ああ、まだやることは一杯あるけど終わったよ。ただいま、アリーシャさん」

 ジェーンが亡くなって初めて、”お帰り”や”ただいま”の有り難みが分かった。だから、カイルはグレン達と暮らすようになってその挨拶を欠かしたことはない。

 ドラシオは二人のやり取りを聞いて、納得したように頷く。


「グレンの奴が人のガキを拾ったって聞いた時は耳を疑ったぜ。しかも、それが流れ者の孤児だって言うじゃねぇか。人が良いのをいいことに騙されてんじゃねぇかとも疑ったが、すまねぇな小僧。あんだけの作品が作れて、実際に見てみりゃグレンの目利きが確かだったって分からぁ」

 同じ師に学んだライバルであり、兄弟のような間柄のドワーフは確かにいい拾い物をしたのだ。


「王都での家は心配すんな。独り立ちする弟子の部屋はもちろん、他にいくらでも空きがあらぁ。好きなだけここにいな」

「えっ? でも、それだと迷惑にならないか? 親方達は仕事も出来るだろうけど、俺やキリルは手伝いくらいしかできないぜ?」

「バッカ野郎が、水臭ぇこというんじゃねぇよ。カイルはグレン達の息子同然で、キリルは師匠の孫だ。身内の身内もまた身内ってのがドワーフってやつよ、見くびんじゃねぇぞ」

「似たような事を親方にも言われたよ。じゃあ、遠慮なく世話になる。これからよろしくな」

「よろしく頼む」

「おうっ、任しとけっ!」

 ドラシオは自身の足元がグラつくほどに強く胸を叩いて請け負う。どうやら自分にも容赦ないらしい。


「何騒いでやがんだ。おうっ、カイルとキリルとクロか。入んな、部屋は奥だ」

「テメッ、グレン、何勝手なことしてやがる。ここは俺の家だぞ!」

「はっ、兄弟の家は俺の家も同じ事だ。お前だってそうだろうが。って事で、勝手にやらせてもらうぜ」

「テメー、今日からこき使ってやるからな。覚悟しとけよっ!」

「お前に俺が使えるもんならな!」

 ドワーフ同士の威勢のいい罵り合いのような掛け合いが続く中、カイル達はアリーシャによって部屋に案内されていた。馬鹿二人は放っておくことにしたらしい。これから何度もありそうな予感に、カイルは苦笑いを浮かべる。


「放っときゃそのうちおさまるさ。キリルはこっち、カイルとクロはこっちだよ。どっちも狭いが、寝るなら十分だろう?」

 クロがいるためか、カイルの部屋の方が少し広いが、それでもペロードの町のカイルの部屋とそう変わりない。ドワーフは小柄なため、人ほどスペースを必要としないのだ。

「ありがとな。これから手伝いもあんまりできなくなるかもしんないし、周りが騒がしくなるかもしれないけど……」

「言っただろう? あたしらにできることは、あんたの、あんた達の安心して帰ってこられる家を守ることさ。しっかりやんな」

「おうっ!」

「承知した」

 かくしてカイルの王都での暮らしは始まった。幕開けから波乱万丈なのは、カイルの光に引き寄せられるためか、宿命か。行先に暗雲が立ち込めていることも感じながら、カイルは部屋の中に一歩を踏み入れた。




 テリーは寝床から抜け出すと、がむしゃらに闇を求めて走り続けた。見たことのない場所や通ったことのない路地を走り抜けて。

 かつて自分にも囁きかけてきた、甘美なるもおぞましい闇の誘惑を求めて。そう、テリーは知っていた。孤児院を出された子供達が、成果を上げられなければ殺されてしまうことを。


 知っていて、黙っていた。だって、自分にはどうしようもないと諦めてしまったから。闇と接触して、決して逃げられないことや勝てないことが分かってしまったから。

 常に人より前を走っていたテリーは、初めて立ち上がれないくらいの絶望と挫折を味わった。それまで、必死で生きていこうとしていた心を根こそぎ折られてしまった。


 だからもし、盗んだ薬でも助けられなかったら、闇の言葉に従うつもりだった。すなわち、他の子供達全てを見捨てて、テラだけをとる道を。言いなりになって、整備された道の上を歩くことを。

 自分が集め、自分が導き、自分を頼りにしていた、同じ境遇の子供達全てを裏切ってでも、テリーはテラだけは助けたかった。助ける、つもりだった。


 勢いと力強い言葉に促され、つい案内をしてしまった。期待しながらも、絶対に無理だと思っていた。手遅れになり、崩れてしまっていた仲間の姿をみれば余計に。

 それなのに助けてしまった。成し遂げてしまった。テリーには出来なかったことを、諦めてやろうとしなかったことを。テリーが自分の力で助けるはずだったテラまでも、救ってしまった。


 認めたくなかった、認めるわけにはいかなかった。彼の前に立つと、その顔と自分にはない強さを宿した目を見ると、ぐしゃぐしゃに壊してやりたくなった。

 自分の役目を奪い、自分への期待や賞賛を奪い、居場所まで奪おうとしている、カイルを。テラを笑わせた、幸せそうな嬉しそうな顔で笑わせた。孤児院を出て、いきなり外の世界の洗礼を受けてから、笑うことのめっきり少なくなったテラを。どれほどテリーが笑わせようと努力してもほとんど笑うことのなかったテラを。


 醜い嫉妬だと分かっている、浅ましい願望だと気付いている、筋違いの逆恨みだと確信している。それでもテリーは止まれなかった。

 止まってしまえば、テリーは二度とテラの横に立てなくなる。そんな漠然とした不安が沸き起こり、抑えることなどできなかったのだから。他の子供達のように、安らかに眠ることなど到底不可能だったのだから。


 だから、テリーは闇を求める。一度でも関わってしまえば二度と抜け出せないと、忠告を受けたにも関わらず。その忠告に逆らうことにさえ、隠微な快感を覚えていまっていたから。もう、手遅れなくらい堕ちてしまっていたから。

 だから、初めて遭遇した時は死を予感した声を聞いても、逆に安堵を覚えてしまった。ようやく、出会えた、と。これで、何もかもを取り戻せると。


「おやおや、久しぶりだねテリーくん。心は決まったのかな? もう死んでしまったかと思っていたよ」

「やっぱり、みんなの異変はあんたが……」

「いやいや、”不幸な病気”だよ? それで答えは……おや、おやおや。ふうん、いい感じに堕ちてきてるね。なら答えは決まっているかな」


 闇は近づいてみて、暗さで見えなかったテリーの目を見て、嬉しそうに笑う。希望や夢が絶望や失意に染まるのは何度見てもたまらない快楽をもたらしてくれる。

 それも、光が強いほど堕ちた時の闇は深く、闇を楽しませてくれる。テリーを一目見た時から、いい闇の素質を感じていた。

 中途半端に甘い環境とそこそこ優秀であるがゆえに築かれた脆い自信を感じ取ったから。上手く誘導すれば、闇に堕とせると思わせた。そのための切り札もあった。唯一無二の存在など、闇にとっては美味しいスパイスにすぎない。


 案の定、テリーは堕ちた。完全ではないが、テリーの要求を闇が飲めば、もう戻れない。さて、何を言い出してくるだろうか。闇はそれを楽しみにテリーの言葉を待つ。

 可愛い幼馴染の助命を願うだろうか。それとも、英雄よろしく仲間全員の命乞いをするか、あるいは共に死を願うか。どれであっても、闇にとってはこの上ないご馳走だ。だが、テリーの言葉は闇の意表を突き、それだけに強い興味をそそった。


「ま、前に聞いたことがある。あ、あんたは、あんたらは珍しい属性とか、魔力が多い奴に興味があるって」

「どこで聞いたのかは聞かないけれど、その通りだよ。何かいい情報でもあるのかい? 君の、君達の命と引き換えになるくらいの情報が?」

 闇はテリーの顎に手を這わせる。テリーは寒気を感じ、鳥肌が立ちながらも必死に答える。


「お、俺達を死に導く病気は治った。今はみんな元気になってる」

「何? いやいや、それはおかしいよ。だってあれはとても強い、病気だよ? 薬でも魔法でも、普通には治せない……」

「嘘だと思うなら確かめてみればいい。手遅れだったやつを除いて、俺達はみんな完治した」

 闇の言葉にテリーはやはりあれは闇の仕業だったのだと確信を持つ。


「おやおや、なるほど。それで君はどうする気だい? 元気になったから、こちらの要求には従わない。そんな、綺麗なことを考えている目はしていないけど、もしかして」

 闇は再びテリーの目を覗き込む。

「そ、そいつは見たことない魔法を使って治してた。六十人近く治療して、魔力切れで済んでた。だ、だから、俺がそいつの情報を、ひ、必要ならそいつ自身をあんたらに引き渡す。それで、俺達の事は見逃してくれ。俺とテラだけじゃなくて、助かった奴らもみんな」


「身の丈に合わない強欲は身を滅ぼすよ」

「で、でも、そ、それくらいの価値はあるはずだ」

「そうだね、もし本当なら是非とも手に入れたい。君達にかまけている暇も惜しい。けれど、その人物が病気を治してくれたということは、君達にとって命の恩人ではないのかな? 法外な治療費でも請求されたかい?」

「いや、無償でやってくれた。この後も面倒みてくれるって」

「なら、どうして……ああ! なるほど、そういうことかい? あはははははは、これは傑作だね。君達みたいな子を無償で助けて、面倒まで見るなんて、どんな聖人君子だい? それは、裏切ってグチャグチャにしたくなるよねぇ。よく分かるよ」

 闇は俯くテリーの心情を正確に把握し、非常に楽しそうな笑い声を上げる。


「そんな人物なら、是非とも僕の手で無茶苦茶にしてあげたいねぇ。こんな風に思うのって久しぶりだなぁ。剣聖ロイドや癒しの巫女カレナ以来かなぁ。今から、とても楽しみだよ。どんな風に嬲ってあげようか……」

 闇は楽しそうにつぶやきながら、舌舐めずりをする。目は爛々と輝き、テリーが見たことがないほど薄く裂けるような笑みを浮かべている。

 テリーはこれからカイルに待ち受けるだろう苦難や絶望を感じながら、それでも口元に浮かぶ歪んだ笑みを抑えることが出来なかった。自分は悪くない、勝手に自分の居場所に割り込んできたカイルが悪いのだと、心の中で言い訳を繰り返しながら。

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