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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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黒幕と未来を分かつ三か月

 ただ一人、納得できないままに震えるテリーを除き、子供達は静かに決意を固めていく。ただ救いの手を待つのではなく、自分から手を伸ばしてその手を取ってくれる存在を探そうと。心まで境遇に縛られることなく、人らしく堂々と生きていこうと。

「ま。まずはみんな動けるようになってからだな。服や靴そろえて……しばらくは俺が水を用意するかな……向こうの出方も分かんねぇし。食い物に関しては、一緒に頭下げて回るか……」


 カイルは子供達の変化に気付き、一応釘をさしておく。血も足りているし、肉体的にも傷はない。ただそれが体に馴染むまでは無理はできない。再生したり輸血したりした細胞や血液が急激な変化に拒絶反応に似た自家中毒を起こしかねないためだ。

 あとは指折りやらなければならないことを数えていく。座り込んで指で数を数えていたカイルの元にレイチェルが歩み寄ってきた。カイルの真正面に立つと、真っ直ぐカイルを見てくる。そして、罵声と共にごつんと鉄拳を落とした。


「この馬鹿者がっ!!」

「いっ……てぇ、いきなり何すんだよ、レイチェル」

「それはこっちのセリフだ! まったく、君というやつはいつもいつも。無茶ばかりをする、見ているこちらはたまったものではないっ!」

「あー、わりぃ。ちょっとムカッときて」

「ムカッときてなぜ殴られることを選択するんだ!」

「いや、そりゃ成り行きだろ? 殴られたかったわけじゃない。俺にそんな趣味はない」

「趣味といって過言ではないほど、毎回毎回傷ついているのはどこの誰だ!」

「全部、不可抗力だよっ! でも、ありがとな。心配、してくれたんだろ? 俺が無茶ばっかするから。確かに無茶だなーと思う時もあるけど、やっぱ放ってはおけねぇから」


 やいのやいのと言い合いをしていたが、不意にカイルがお礼の言葉を口にすると、レイチェルが怒りではなく真っ赤になる。普通の人よりとがった耳まで真っ赤にして、何か言おうとしても言葉にならず口をパクパクさせていた。

「まぁ、お魚みたいですわね」

「なかなか見物」

「不意打ちに弱いんだよな、レイチェルって」

 そんなレイチェルの様子をアミルは頬に手を当てて、ハンナは興味深そうに、そしてトーマがやれやれといった調子で頭を振る。どうにもこの幼馴染は素直な好意というものに極端に弱い。言動が男前なせいと、複雑な立場のため率直にほめられたり、真っ直ぐにお礼を言われることに慣れていない。その上、不意を突かれると一層弱い。


「それよりカイル、この件の黒幕は……誰だ?」

 一段落ついて、改めてダリルが尋ねてくる。これだけのことができるとすれば簡単に捕まえられるような相手ではないのだろう。そしてまた、分かったとしても証拠があるかは分からない。こんな被害を出しておいて、ともすれば王都の孤児達が全滅していたかもしれなくても平然としていられる相手なのだから。


「……黒幕っていっても、これをやろうとしたのと実行したのは、たぶん別だな」

「計画者と実行犯が違うということか?」

「まぁ、そうだな。前の時もそうだった。前の時、俺らを殺すことを望んだのは……その町の領主だったよ。で、実行したのは裏通りの人間。まあ、いわゆるところの裏社会の奴らだ」

 キリルの問いかけに前回経験した時の計画者と実行犯を告げる。


「なっ、裏社会だと! だ、だが、彼らと……裏通りの人達は……」

「同類って、まぁ表から見りゃそうだろうな。実際変わらねぇほどやばい奴らもいるし……そこまで扱いに違いがあるもんでもないから、俺らはそこまで厳密に区別したりしない。でも向こうは、裏社会は違う。俺らのこと”半端者”って言って嫌ってるな。闇にも染まり切れず、光の中でも生きられない。どっちつかずの半端な存在だって」

「孤児や流れ者は、光と闇の狭間、影の存在?」

「そうだな。その気があって頑張れば光の中に行ける。でも、闇に堕ちることもできる。で、一度闇に堕ちちまったら戻れない。闇は一度闇に足を踏み入れたやつを光の中にも影の中にも戻す気はない。抜けられるのは死んだ時だけだ」


 淡々と話すカイルの言葉に、子供達はおびえにも似た表情をする。自分達を狙ったのが、ことあるごとに自分達を邪魔者扱いする裏社会の人達であったことや、一歩間違えばその人達と同じ存在になっていたかもしれないことに。

「では、計画者は……この王都にいる上層部、孤児院の意向に賛同しているか増長させている存在である可能性が高いというわけですわね」

「そうなるな。ピンポイントで狙ってきたとなると、孤児院から子供が追い出されてるの知ってて、で、まあ定期的にやってるんだろうな」

「何でそんなことが分かるんだ?」

 子供達が狙われたのは事実だろうが、これが何度も定期的に繰り返されているとなぜ分かるのか。


「広い王都のこの区画だけでこの数の子供がいるってことはそれだけ孤児院出される子が多いってことだろ? でも、レイチェル達王都育ちでもそのこと知らなかった。それに、こいつらの年齢だな」

 カイルは今まで数多くの町や村を渡り歩いてきた。その場所ごとに孤児の数は違ったし、様子もそれぞれだった。みんながみんなカイルに同調して更生したわけでもない。

 だからテリーのような反応も珍しいわけではない。カイルは自身が正しいと信じていることを、そうあるべきだと考えていることを勧めているだけだ。


 今まではそれがうまくいっていたから、カイルはそのやり方を続けてきた。だが、それに納得できないなら、それより冴えたやり方があるなら従わなくてもいいし、自分の道を貫けばいいと思っている。

 むしろ大多数がカイルに賛同してくれているこの状況こそ異常だ。それはおそらくここに集まっている子供達の年齢に関係している。


「そういう、こと」

 ハンナは重々しく頷く。アミルやダリルも表情を険しくさせ、キリルも遅れて気が付いて愕然とした顔になる。レイチェルとトーマだけが未だ疑問を浮かべている。

「だから、どういうことだよ?」

「城下に出る機会の少ないわたくしやギルドで依頼を受けていることの多いハンナやダリルは、この子達を街中で見る機会は多くありませんわ。ですがこの王都で育ったレイチェルやトーマが路上生活をしている孤児達を知らなかった、見たことがなかったというのはおかしな事ではありませんの?」

「そりゃ確かにそうだけど、こいつらはギルドにも入ってるんだろ? じゃあ、気がつかなかったってことも……」

 ギルドに入って自給自足出来るようになれば、こういった路地からも出て生活していけるのではないか。


「ならなおのこと、何で耳に入ってこない? 孤児院が子供の選別とふるい落としをしてるって。トーマが同じ目にあって、そっから抜け出せたら、黙ってられるか? 同じ境遇の子がいるって知って放っておけるか?」

 トーマは黙り込む。考えるまでもない。必ず告発する。よほど非情でない限りどうにかしようとするだろう。

「テラ、お前らが孤児院出てどれぐらいになる? 半年は経ってないだろ」

「少し誤差はあるけど、だいたい三か月半。でも、どうして分かるの?」

 テラは不思議そうな顔をする。


「そこは経験則ってやつだな。ここには長く暮らしたような形跡がない。で、こういう拠点ってやつは自由に選べるようでそうじゃない。表から見つかりにくく、裏の邪魔にならない場所に追いやられる。そう簡単に移動することもできない、この人数なら特にな。ってことで推測が立つわけだ。で、お前らは別時期に孤児院を出された奴らとは出会っていない。そうだろ?」

「そう。少し不思議に思った。でも、みんなランクが上がって出ていったのかなって思ってた。だからわたし達も大丈夫なのかなって」

 能力が低いからと孤児院を追い出されても、このような生活をしていてもいまいち危機感や焦燥感を持てなかったのはそのためだ。いずれみんなこの場所から出ていけると思っていたから。前に追い出された人達が一人もいないということは、みんなここから抜け出せたということだと思っていたから。


「んじゃ、もう少し聞くが、順位による孤児院の追い出しってどれくらいの頻度で行われてる? あと、魔力持ち以外の入所者が入ってくる時期で多いのはいつ頃だ? そいつらの年頃は?」

 カイルの質問にテラは記憶を探りながら思い出す。そしてアミルやハンナは少し口を開けて呆けた顔をする。まさか、そこまで、という心の声が聞こえてきそうだ。


「……えっと、新しく入ってきた人がいてもすぐに追い出されるわけじゃないの。年に二回、順位発表があって、その時に人数枠を超えてたら下の順位からあふれた子が追い出される。院長が連れてくる子はみんな魔力を持ってて優秀な子が多くて時期もバラバラ。魔力がない子は、ギルド登録前の子はバラバラ。登録後で多いのは……順位発表があって、さ、三か月後……くらい。ね、年齢は……わ、わたし達とおな、じ……くらい?」

 思い出しながら質問に答えていたテラは、途中で自分が言っていることの意味に気が付き、言葉がとぎれとぎれになる。胸の動悸が激しくなり、まさかという思いが湧き上がってくる。それは、同時に以前の自分達が抱いていた甘く優しい幻想を跡形もなく打ち砕く絶望をもたらす。


 テラは顔色を真っ青にして、血の気を失った唇を震わせている。体の震えが抑えられず、自分を抱くように腕を回すがそれでも抑えきれずに地面に崩れ落ちる。テリーは慌ててテラを受け止めて地面にしゃがみ、テラをこんな風にしたカイルを睨み付ける。

「……悪いな。でも、現実を知っとかないと、対処できないだろ? それに、中途半端な甘えを捨てることもできる。選択し、努力するのはお前らだけど、本当のことを知っておかなければまた、落とし穴に入りこんじまうだろ?」


 カイルの言葉の意味を理解できる、できてしまうテリーは奥歯をかみしめてうつむく。テラが気付いたようにテリーもカイルの質問の意味に気付いた。今まで疑問を覚えつつも、深く追求してくることのなかった出来事を。指摘されるまで、真実に気づけなかった自身のふがいなさを感じながら。

「……つまりは、こういうことか? 孤児院は、王都の外から優秀な子供達を集め常に人数枠を超えるようにしている。半年に一度査定を行い順位を決定する。人数枠を超えた数、子供達を孤児院から放逐する。そして、三か月観察し、芽がありそうであれば再び孤児院に入るよう勧誘していた、と?」


「ってより選択させてたんだろうな。死ぬか、孤児院に戻るか。孤児院を出て三か月以内で生活基盤をある程度固めるってのはできそうでできない。低いランクの報酬で衣食住を整えるのは難しいからな。でも、死に物狂いでやってやれないこともない。そういうやつに孤児院の関係者か雇われた奴が接触するんだろ。孤児院を出た本当の理由を漏らさないように、それを守りなおかつ能力を示せば、孤児院に返り咲けるって。断れば、待っているのは死だけだって」


 競争意識を高め焦燥感を抱かせるためには、順位発表の時に人数枠を必ずあふれさせる必要がある。人数枠をあふれさせるために外の優秀な転所者や新たに孤児となった者といった偶然に頼ることはできない。外からの転所基準を甘くすれば可能だが、それではわざわざ迎えに行ってまで転所させる理由が薄くなる。

 ならば、どうすればいいのか。一人立ちという名目で追い出した孤児達を再利用すればいい。路地裏で甘い幻想を抱きながら腐る者達はいらない。そうした者は戻ってきたとしてもすぐに出ていくことになる。


 孤児院の中では得られなかった本当の危機感というものに突き動かされ、本当に一人立ちできる可能性がある者。そうした者なら孤児院に戻ることがあれば、それこそ死に物狂いで努力するだろう。一度世間を、現実を知ったがゆえに妥協しない。そして、落後者の印を押されながら自らの力で這い上がりのし上がったという自信と成功体験が一層後押しをするはずだ。

 孤児院としても追い出した子が本当に一人立ちなどしては、まして名を上げるようなことになれば困った事態になる。それも孤児院の手柄とすることもできるが、そうなれば必ず暴露される。孤児院出身の著名人は、孤児院の手の中にいなくてはならないのだ。だから、大きく成長する前に孤児院へと連れ戻す。そうと気付かれないように、気付かれても命を天秤にかけて選択させる。


 孤児院に戻った子達は、自分のように戻れなかった他の子達がどうなるのか知らされるのだろう。その罪悪感や、再び孤児院の世話と援助を受ける恩義から、口をつぐまざるを得ない。知っていて見殺しにしたのだから。自分可愛さに同朋を裏切ったのだから。

「悪辣ですわ。人の心理をよく心得ておりますわ、その上で利用までいたしますのね」

「ここにいる子は、十二~十四歳くらい。ギルド登録してすぐの子を追い出さないのは伸びしろを見るため?」

「たぶんな。それに、さすがに十歳の子を一人立ちなんていって出したらおかしいだろ? 早い子なら十二歳になれば弟子入りしたりするだろうし、十四になれば一人前に近い仕事もできる。不自然じゃない範囲で、その後の利用と成長とを考えればその年齢になるんだろ。だからこの年代以下と以上は孤児院にいるか、孤児院の手の中で一人立ちしてるかだ。そして、孤児院に戻れないこの年代の子達は……」

「毒で……殺される、か」


「そうすれば、後腐れなく秘密も守れるというわけだな。孤児院にとって不要な孤児は一年の半分以下しか街中にいない。しかも、一応全員ギルドで仕事を受けられるから、不信感を抱かれにくい。いなくなっても他の区画に移動したくらいに思われる、か?」

 アミルが感想を述べ、ハンナは子供達を見てからカイルに視線を移し首を傾げる。カイルはうなずきながら子供達を痛ましげに見つめる。キリルは色を失った唇でぽつりとつぶやき、ダリルはこれまで気付かれなかった要因を探っていた。


「……一人立ちできるほど、ギルドで頑張っていた者が、他の区画に移っていればなおのこと、か? ふざけるなっ! ふざけるなっ!!」

 レイチェルは合点がいくも、到底納得などできない。さすがに追い出した子供が出戻りすれば他の孤児達が不信感を抱く。だが、孤児院同士の横のつながりが職員達にしかなかったとすれば、生き残った子供を別の孤児院に戻すことで、子供達に新規入所者だと思わせられる。そうすることでまた、突然子供達がギルドで依頼を受けなくなっても他の場所に行ったのだと思わせられる。


 王都ほどになればギルドの規模も大きく、顔ぶれも頻繁に変わる。依頼を受けに来る子供達一人一人の名前や顔など覚えていられるものは少ないだろうから。押し殺したように憤りを口に出すレイチェルだが、その怒りはレイチェル自身にも向けられているように見えた。

 自分の知らないところで、自分のよく知る王都で、こんなことが起きていたなど。それに少しも気づくことができなかったなど。曲がったことや間違ったことが許せないレイチェルには耐えられないのだろう。


 子供達の心理も行動も思惑も、何もかもが見透かされ利用されている。そして、レイチェルはそのことを知っても、計画者や黒幕に対して罪を問うことができない。あくまで状況から判断した推測にすぎず、証拠などないのだから。上層部や孤児院、裏社会に影響力を与えられるほど、レイチェルは高名でも力を持っているわけでもないのだから。

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