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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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立っている場所

 王都の孤児達が感じているものは、王都以外の場所でカイルに同じように救われた子供達がカイルに対して抱いた期待と希望、それと似ているようで違うものだ。外の孤児達が、自ら動きカイルに続くことで自分達の未来を切り開こうとしたのに対し、王都の孤児達は、受け身で自分達が何かすることなくただ救われることを望んでいる。そのために何かしようという積極的な意志が感じられない。

 おそらくはそれこそが、王都の外と中の孤児達の決定的な違いなのだろう。出口のない袋小路のような絶望の中、必死にあがいて生きようとする外の孤児達。下手に逃げ道があるせいで、救済措置が受けられるせいで、ぬるま湯の中、死に物狂いになることのできない中の孤児達。


 孤児と周囲だけではなく、孤児達の間でもこうした隔たりがあるのかと、カイルは改めて道のりの遠さを思う。カイルは大きく息を吸って、静かに吐く。興奮しているテリーをじっと見ると、テリーはたじろいで半歩下がる。

「ま、お前が俺をどう思おうとそれはお前の自由だ。確かに俺には魔力を持たない人の気持ちなんて分からないしな。生まれついてのもんだから、あるのが当たり前だし、ないのがどういうことか本当には理解はできない」

 カイルの言葉に、トーマは今度はカイルに何か言おうとする。魔力のあるなしは選ばれる選ばれない以前に、当人にはどうしようもないものだ。当然のように魔力を持つ種族でない限り、どれだけ望んだからといって魔力を持つ子が生まれてくるわけではない。生まれてきた子に責任はない。


「そうだろ! だからっ……」

「お前らが今みたいな生活から抜け出したいっていうなら、俺はできる限り協力しようと思ってる」

「当たり前だろっ! そんなの、お前らは……お前は持ってるんだから……」

「ただし!」

 カイルの言葉に一々反応していたテリーだが、カイルが強く区切ったところで言葉を止め、カイルを見る。地面に座っているカイルを立ち上がったテリーが見下ろす形になっていたが、テリーはなぜか高いところから見下ろされているような気がした。


「ただし、それはお前らにその気があればの話だ」

「俺達に、その気が? 何言っているんだ! 俺達が、俺達がこんな生活を望んでいるって言うのか! こんな生活に甘んじているって言うのか! こんな、こんな……押し付けられた身勝手を受け入れているって言いたいのかっ!」

 喚き散らすテリーをカイルは冷静な目で見て、それから頭をかいて他の子供達にも視線を移す。

「そこまでは言ってねぇけどな。でも、お前らは俺の知ってる孤児達とは違う。それは確かだ。お前らは俺達とは立ってる場所が違うんだ」

「兄ちゃんも……あんたも俺達を見下すのかっ! 俺達とは違うって、俺達なんかとは最初から立ってる場所が違うんだって、そういうのかよっ!」

 ついにテリーはカイルにつかみかかる。座っていることも魔力切れで動きが鈍っていることもあり、カイルはあっさりと胸倉をつかまれた。レイチェル達は一瞬反応するが、カイルに横目で止められる。クロも動く気配は見せない。


「ああ、そうだな。お前らと俺達とでは立ってる場所も、見えてる景色も違う」

「なんでっ、何でお前らは……あんたもっ、あんたも、あいつらと同じだっ!!」

 感情がピークに達したのか、テリーは目に涙を浮かべながら拳を振り上げた。そのまま、止められることなく避けられることなく、カイルの顔に振り下ろされた。

 ガツッという音がして、テリーの拳は生まれて初めて誰かを殴った時の衝撃や痛みを感じる。技術などなくても、力まかせに上から振り下ろされた拳はカイルの頬を打ち頭を揺らせる。殴られた頬が赤くなり、歯で唇を切ったのか口の端から血が流れてきた。


 テリーは拳に残る感触以上に、何か心に響くものがあった。何と言ったらいいのか分からない、達成感のような、優越感のような、上にいたと思ったやつを引きずり下ろしてやったような、そんな喜びだ。だが、すぐにその感情は引っこむ。殴られたカイルが顔を上げてテリーを見た瞬間に。

「……そういうお前も、同じだな。俺がよく知ってる奴らと」

「何を、訳の分からないことをっ! 俺が、誰と同じだって言うんだ! 誰とっ!!」

 強い光を宿すカイルの目を見た瞬間、テリーの頭が沸騰したように熱くなる。誰とテリーを重ねて見ているのか。テリーに誰の影を見ているのか。そうやって、見られることがなぜかテリーには許せなかった。


 だから勢いに任せてカイルを押し倒す。人を殴ったことはなくても、喧嘩を見たことはある。体格で劣る者が勝つには、相手がそれを活かせないようにすればいい。押し倒して馬乗りになってしまえば関係ない。ガツンと後頭部をぶつけたカイルはさすがに顔をしかめるが、それでもただテリーを見上げていた。

 その目が嫌で、その目に見られるのが嫌で、テリーは何度も拳を振り下ろす。なぜかカイルは抵抗しようとせず、仲間達も助けようとはしない。恐ろしい様相をしている魔獣も動く気配は見せなかった。それをいいことに、テリーは殴り続ける。カイルが謝って、負けを認めるまで。こんな目をしなくなるまで。


「テリー、駄目っ! 駄目だよ、テリー。こんなことしちゃ、駄目っ!!」

 だが、そんなテリーを止めたのはテラだった。テリーの振り上げた手にしがみつくようにして、涙を流していた。テラは滅多なことでは泣かない。それは物心ついたころから一緒にいるテリーが一番よく知っていた。辛いことや悲しいことがあっても、人前では耐えて一人で泣くような子だった。

 だから放っておけなかった、一人にしておけなかった。だから一緒に孤児院を出てきた。それなのに、テリーはテラ一人さえ満足に支えることはできなかった。十歳になってギルド登録をして、十二歳で孤児院を出るまで、テリーはギルドで仕事をすることはほとんどなかった。ギルドの仕事なんていつでもできると思っていたし、テリーは順位も上の方だったので追い出される心配はなかった。


 それよりも、順位が下でいつ追い出されるか分からないテラのそばにいることを選んだ。勉強を教えたり、できることを一緒に探したり、そうしたほうが、ギルドのランクを上げることより大切だと考えていた。

 だが、実際外に出てみると、ギルドのランクが低ければその日の宿はおろか食事さえまともに食べられない。服なんて買ってあげられないし、武器も満足にそろえられないから王都の外の仕事もできない。徐々に路地の奥へ追いやられていき、同じような子供達と合流することになってしまった。


 テリーはたとえ追い出されても自分は違うと思っていた。自分はちゃんとできる、ちゃんと支えていける。ちゃんと生活をしていけると。なぜならテリーは順位が上だったのだから。それなのに、順位が下で追い出された者達と同じ場所で暮らしている。

 意味もなくイライラして、テラに当たってしまったこともある。それでもテラは泣かなかった。そのうち路地裏にいる子供達をテリーが指揮するようになっていた。自分達では仕事も選べなかった子供達はテリーを頼りにするようになっていったし、テリーも頼られることが嬉しかった。


 だから、今回こんなことになって、テリーは自分が何とかしなければと思い詰めた。自分が彼らのリーダーなのだから、自分がやらなければ、と。それなのに……。横から入ってきて、テリーがやるべきだったことをすべてやってしまった。テリーに向けられていたものが、それ以上のものが向けられていた。

 そうだ、テリーは悔しかった。格好つけて飛び出したのに、好きな子一人養えないことが。上の順位だったのに下の順位の者達と一緒の場所にいることが。頼られたから頑張ったのに、報われなかったことが。あのまま薬を持って帰れば得られていたかもしれない自分の手柄を、自分への賞賛を奪われたことが。


「テラ……なんで、お前が泣くんだよ」

「だって、テリーが間違ったことするのが、悲しいから……」

「俺が、間違ってる? 俺は、間違ってないっ!」

「間違ってる。テリーだけじゃない、わたし達も、間違ってたんだよ!」

 テリーはテラの言葉に訳が分からないという顔をする。だが、テラに腕を引かれるまま、カイルの上から降りて地面に寝そべったまま空を見上げているカイルを見た。何度もテリーが殴ったせいで整っている顔のあちこちにあざができ、血がにじんでいる。


「テリー……これが、俺が……俺達が見てきた景色だ。俺達がいた場所だ」

「な、にを、言っている?」

「王都ではどうか知んないけどな、俺達は、俺達孤児は”ゴミ”って呼ばれてた。打ち捨てられて、野垂れ死んでも誰も気にかけない。むしろ不快な顔をして、唾を吐きかける奴もいる」

「そ……れは、でも、俺達だって……」

「水は排水が飲めりゃいい方で、下水飲んでるやつもいた。飯は毎日一食くえりゃいい方で、必死でゴミ漁って、食べ物かどうか分かんないものでもとにかく腹に入れて、ネズミ見つけりゃ儲けもん、虫でもどうにか食いつなげる。いっつもすきっ腹抱えて、夜もろくに眠れない」

「そんなのはっ、俺、は……」

「表でも裏でも、目をつけられたら遊び半分に殺されるし、遊ばれる。悪いことしてなくても罰を受けるし、土下座して頼み込んでも箒持って追い払われる。なんかありゃ、責任取らされて棒で殴られて石を投げられる。そのままリンチされて殺されることだってある」

「俺は……そんな……」


「そんでも、頭下げてはいつくばってお願いしてまともな仕事もらっても、給料はピンハネされるしこき使われる。ギルドにも入れねぇから、外に狩りや採取に行っても、足元見られて二束三文、通行料になればいいとこだ」

「ギルドに……入れない?」

「ああ、王都の外じゃ孤児はギルドに入れない。条件付けられて、その条件はとてもじゃないけど達成できない。ギルドに入るために孤児院に入りゃ、運が良ければ王都行き、そうじゃなきゃ死ぬまで奴隷みたいに働かされる。一度入れば、脱走しない限り生きて孤児院を出ることはできないし、成人することもできない」

「なんでっ! 孤児院が……」

「言ったろ? 王都の孤児院はそこそこまともって。外の孤児院じゃ孤児は職員の私腹を肥やし、欲望を満たすための道具に過ぎない。飯はあるし寝床もある、でも自由はない。生きることも死ぬこともできず、ただ働いて働いて働いて、つぶれたら終わりだ。踏ん張って耐え抜いて成人しても、孤児院で行われてる悪事を隠すために殺される。俺達にとって、孤児院は墓場だ」


 テリーも腕にしがみついていたテラも、話を聞いていた子供達も、王都の外にいる孤児達のあまりにも壮絶な環境に言葉を失う。自分達のいた、あるいは今いる環境がどれほど恵まれているものなのか、自分が一番不幸だと思っていたのに、まだ下があったことに。

「言いたいことがあっても聞いてもらえず、話しても理解してもらえず、相手を怒らせちまったらぶんなぐられて地面にはいつくばって、馬鹿みたいに空を見上げるんだ。こうやって死ぬことを誰しもに望まれて、誰にも惜しまれない。高くて綺麗な空を見上げて、届かない雲に手を伸ばして、何も掴めず朽ち果ててく。それが当然で、誰も疑問に思わない。それが、俺達だ。俺達が見てきた光景で、俺達がいる、場所だ」


「あ…………あぁ……」

 テリーはカイルから遠ざかる様に後ずさる。だが、カイルはそのまま言葉を続ける。

「上見てもキリないけど、案外下ってのもキリがないんだぜ? 俺がお前達にしてやれるのはチャンスを与えることだけだ。まともに、人らしい生き方をするために必要なやり方を教えるだけだ。あとはお前ら次第だ。このままじゃいつまでたっても”半端者”を抜け出せない。いくら俺が毒への対処や黒幕教えても……こっから抜け出せない限りは意味がない」

 子供達の間に動揺が走る。カイルからの手助けが自分達が思っているようなものではないだろうことに、そしてすべては自分達次第なのだということに。


「お前らがまっとうに生きていく努力を今までしてなかったとは言わない。でも甘い、足りない。今回死にかけて、分かったろ? 生きるっていうのは、楽じゃない。死に物狂いで必死になってようやく一日を生き延びられる。だけど明日は分からない。生きられるか、死ぬか。そんな不安誰だって持ってる。それを意識したことがあるか、無いかの違いだけだ。俺達にはあった、でもお前達にはなかった」

 心当たりがある者達は皆胸を押さえる。生死の瀬戸際になって、死にたくないと必死に歯を食いしばって生にしがみついた。生きて一日を終えられた時安堵して、けれどすぐに明日への不安で夜なかなか眠れない。眠ってしまえばもう目が覚めないのではないかと思ってしまうから。

 そんな思いを、したことはなかった。孤児院にいる間も、押し出された後も、路上で生活するようになっても。どこかで、自分に言い訳をして、甘やかしていたように思えた。


「食べ物が欲しいなら、閉店後の商店通りであまりものや廃棄品を頭下げて分けてもらえ。最初は嫌な顔されるだろうけど、腐らずに続けりゃ情けをかけてくれる人もいる。そしたらちゃんと礼を言えよ? 人として、当然のことだからな。水は買えるか使えるようになるまでは、毎回水汲む排水溝を変えるんだ。さすがに王都中の排水溝に毒流すわけにゃいかないだろうからな」

 カイルは身を起こすと、魔法で治療したのか怪我の消えた顔を子供達に向けて一つ一つ教えていく。ギルドは一つではなくいくつかの部門に登録して、仕事の幅を広げ経験を積むこと。慣れるまでは複数の依頼を受けてやり流すのではなく、一つの依頼を確実にこなして満足度評価を上げること。下のランクでも一人では難しそうな依頼なら複数人で受けること。などなど、子供達は目を白黒させながら慌てて頭の中に入れていく。


「何より大切なのはさ、人とのつながりを作ることだ。お前らが仲間同士で助け合って絆があるってことは分かる。でも、お前ら王都の人達と仲良くしようとしたか? お前らとは違う、お前らには分からないって、避けてきたんじゃないか?」

「だけどっ、こっちがその気でも、向こうはっ」

「まぁ、そうだな。こっちが仲良くしたくても避けられることもある。親しくなれた、そう思ってても裏切られることもある。でも、だからってこっちから歩み寄ることやめたら、一生そいつらがいる光の下には出られないんだぜ? 誰だって後ろは見えない。後ろから追いかけてる俺達が、そいつらにちゃんと見てほしいって思うなら、声が届く場所まで追いついて、手が届くなら肩叩いて振り返ってもらうしかない」


 無視されても、手を振り払われても諦めずに歩み続ければ、いつかは隣を歩けるようになるかもしれない。追い抜いて前を歩くことがあるかもしれない。諦めなければ、可能性はあるのだ。

「前ばっか見てると後ろが見えない。後ろばっか気にしてると前がおろそかになる。後ろがあることに気付けなけりゃ、今自分がどこにいるか分からない。テリー、テラ、それにお前らも、今自分達がどこに立ってるか、ほんとに見えてるか?」

 自分の立ち位置が分からなければ、進むべき道も見つけられない。カイルはその道を示す手伝いはできる。だが、その道を歩いていくのは彼らだ。どの道を選び、どの道をどれだけの速さで歩んでいくかは、彼らにしか決められない。


「お兄さん、お兄さんは……諦めなかったから、孤児じゃない仲間もできたの? 孤児でも、普通に生きていくことができるの?」

「当たり前だろ。俺らだって人だ、普通に生きて何が悪い。孤児じゃない仲間や友達作れても少しも不思議じゃない。それどころか俺、ドワーフの夫婦に息子って言われてるんだぜ? すげぇだろ? お前らだってちゃんと向き合えばそんな絆を結べる。だから、心まで孤児になるな。俺らに親はいないけど家族は持てる。身寄りもいないかもしれないけど、知り合いは作れる。同じ境遇じゃなくても仲間や友達は見つけられるんだ」


 カイルの言葉にテラだけではなく、子供達の間に笑顔や希望が広がっていく。頭から無理だと決めつけていたことを、実践して証明してみせた存在がいる。目の前でそれを見せてくれる存在がいる。それは、子供達にとってこの上ない希望と光をもたらした。

 自分達でも頑張れば、諦めなければいつか日の光の下で、顔を上げて生きていくことができるようになる。そう思わせてくれる、太陽のように明るくて暖かくて、でもそれよりも身近な存在。命だけではなく、心も救ってくれようとしている存在。それが、目の前にいる。

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