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レスティア物語  作者: マリア
第一章 剣聖の息子
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「はっ、ごろつきが怖くて鍛冶屋なんてやってられるかよ。どんな奴でも武器がなけりゃまともに戦えない。武器屋を敵に回せば命を縮めることにならぁ」

「まあ、そっちがいいなら俺には断る理由はないけど……ちびどもをあのままにしてはおけないからなぁ」

 今はカイルが保護者のような役割をしている。一度ならず絡まれているカイルだが、初日に実力を見せてからは向こうも警戒して手を出してこない。だが、カイルが裏通りを離れたら子供達が代わりに絡まれることになるかもしれない。まして、彼らを放っておいてカイルだけ表通りで暮らすなんてことはできない。


 同じような境遇でも、裏通りに住む大人達ならカイルがそこまで面倒を見てやる必要もない。そういう連中はたいていが大人になってから裏通りに住み始めた者達だ。あとは裏通りで小さい頃から悪事に手を染め続け、もう引き返せないところまできてしまっている者か。

 つまり、何か後ろ暗いところがあり表通りに住めない理由がある者達ばかりということだ。カイルや子供達のようにどうしようもなく、裏通りに追いやられてしまった者とは違う。そういう者はカイル達に続いて、光ある場所に出る努力をし始めている。あとは大人なのだから、自分の面倒くらいは自分で見てもらわないと困る。カイルにはそこまでの余裕はない。


「子供達のことだけどね、あたしら商店通りの奥方連中で話し合ったんだけど、うちらで引き取ろうかって話になってるんだよ」

「え? いや、でも……」

「知らないならともかく、知って何もしないでいられるくらいあたしらが薄情だとでも思ってるのかい? 子供達の希望も聞くけど、一番仲がいい店とかその子にあってる店とかで引き取ろうかってね。前々から話してたんだよ」

 これからいろいろと仕込んでおけば、将来いい働き手になる。そう思わせるくらいに子供達はよく働いていたし、いい子達だと思えるくらいには同じ時間を過ごしてきた。そんな子が、明日になれば路地裏で冷たくなっているかもしれない現実を知り、何もしないでいられるだろうか。


 彼らがそれを意識し始めたのは、カイルのように町の外に出るわけでもない子供達が、時折顔や体にあざを作っていたり、怪我をしていたりするのを見たからだ。一様に口の重かった子供達だが、辛抱強く聞けば裏通りに住む大人達に殴られたとか、せっかくもらった食べ物を裏通りの大人に取られたとか、ひどいものでは通りがかりの酔っぱらいやチンピラ、役人に殴られたというものまであった。

 カイルが話してくれたが、実感の持てなかった子供達がさらされている現実の危険というものを目の当たりにすることになった。幸い、今のところ子供達に死者は出ていない。冬を越し、春になろうという今なら寒さのせいで死ぬことはないかもしれない。だが、同じ人からの偏見と悪意によって傷つけられ殺される危険は未だに消えていない。


 今はカイルに守られているが、カイルが別の町に移ることになったらどうだろうか。流れ者であるカイルはいつ町を離れてもおかしくない。カイル自身は無責任に放り出すことはしない。だが、どうしようもない現実がカイルを町から追い出すということはある。そうなった時、子供達はどうやって生きていくのだろうか。

 それに思いをはせると、いてもたってもいられなかった。罪もない、真面目に生きていこうとする意思のある子供達が、孤児であるというだけで死にゆく現実に、もう目を背けてはいられなかった。


「それで……そっか、俺がいたからか……」

 カイルも女将の話を聞いて納得する。子供達を引き取るのはいい。まだ年端もいかない子供達だ。引き取る理由には十分なるし、お互い受け入れやすいだろう。それに、身寄りはいなくてもこの町で生まれた子供達なら手続きに時間もかからない。元の住民登録が残っているはずだからだ。

 だが、カイルは違う。成人に近い年頃だし、流れ者であるため住民登録がどこにあるか定かではない。早ければ独り立ちしていてもおかしくない。引き取る理由が薄い上に、手続きも面倒になる。カイルだけは別の対応が必要だったのだ。

 子供達を引き取って、その世話をしていたカイルだけは放り出すことにもなる。それが心苦しく、なかなか切り出せないでいたのだろう。それをカイル自身も悟ったのだ。


「あんたが悪いというわけじゃないんだよ。だけどねぇ、どこでも流れ者には厳しいからね。でもグレンさんが引き受けてくれるってなら、安心だ」

「へっ、その分、きっちり働いてもらうがな。代わりといっちゃなんだが、ギルド登録も手伝ってやらぁ。給料の前借ってことになるから、しばらくはタダ働きだ。まぁ、飯くらいは食わせてやる。寝る場所もな、せまっ苦しい部屋だが」

「ちゃんとした仕事がもらえて、飯まで食えるなら文句はないさ。それに、屋根がある場所で寝られるってだけでありがたいしな。じゃあ、子供達は任せてもいいのか? 俺も様子を見に来るつもりだが……」


 正直言って、カイルは一生定住はできないのではないかと考えていた。最初の家を、あんな経緯で失った時に、共に住んでいた家族を失った時に、孤児や流れ者の行く末を思い知らされた時に、諦めざるを得なかった。もう二度と家を持つことはないし、誰か家族と呼べるような者と一緒に暮らすこともないだろうと。

「任せときな。立派な大人に育て上げてみせるよ。あんな子達が来てくれるなら、うちの馬鹿ガキどももちょっとはましになんだろうさ。いっつも手伝いサボって遊んでばかり。少しは見習えってもんさ」

「文句ねぇなら、着いてきな。ギルド登録は早めにすましちまった方がいいからな」

 女将とグレンの言葉に、カイルは一瞬呆けた顔をしたが、その後初めて見せる満面の笑顔を見せた。そういう顔をすると、いつもより幼く見える。


「おうっ! その、グレンのおっさんも、女将も……みんなもありがとな! ちびどもは……」

「まだみんな手伝いをしてくれてるからね。終わったら話をしてみるよ。今日からこっちに住まわせるから心配しなくていい。行ってきな」

「ああ、行ってくる! おっさん、行こうぜ」

「おっさんはやめろと言ってるだろうが! これからうちで働くんだ、俺のことは親方って呼べ!」

「よろしくな、親方!」

「へっ、せいぜいこき使ってやるから覚悟しとけ」

 何度も同じセリフを向けられてきたカイルだったが、親方から言われたそれはとても暖かく心に響いた。暗闇の中を手探りで進み続けてきた道に、ようやく光が差し始めたことを感じ、カイルは胸を躍らせながらギルドへの道を親方と肩を並べて歩いていった。




「なぁ、手数料は前借するにして、保証人は誰がするんだ?」

「ああ、俺と……もう一人は」

「あたしさ。久しぶりだね、カイル。相変わらず元気そうでよかったよ」

「アリーシャさん?!」

「てめぇ、俺はおっさんて呼ぶくせに……」

「はははっ、どっちが強いか分かってるのさ、カイルには」

 もう少しでギルドというところで、グレンの妻であるアリーシャが合流してきた。グレンの家は武器を扱う武器屋も兼ねているためギルドの近くにある。カイルを引き取ると決めた時から、いつそうなってもいいように部屋を用意し、アリーシャも待機していた。


 二人ともカイルの仕事の邪魔をしたり、意思を無視してことを進める気はなかったためだ。だが、三か月がたち子供達のめどがついたためカイルがいつ町を離れるのか分からなくなってきた。そこで散歩もかねてグレンがカイルを探していた。いつも仕事帰りに商店通りに寄ることは確定していたからだ。

「なぁ、アリーシャさん。俺は……」

「流れ者ってのは気にしないさ。元をたどればうちらもこの世界出身ってわけじゃない。裏のチンピラどもも、うちらを敵に回そうとはしないさ」

 カイルは言おうとしたことを先につぶされて言葉に詰まる。遠慮したいわけではないが、迷惑はかけたくない。それに、カイルはみんなに隠していることがある。自身の素性と……本当の姿を。それはカイルが思っている以上の面倒や迷惑を彼らにかけてしまうかもしれない。それなのに、本当に世話になってもいいのか。


「何を気に病んでるのか知らないけどね、子供が変に気を回すもんじゃないよ。大人になるまでは大人に守られてていいんだ。大人を信じるのは難しいかもしれないけどね」

 カイル達の境遇では簡単に人を信じることなどできなかっただろう。小さい子供ならいざ知らず、カイルほど大きくなればなおさら。

「でも俺は……」

 嘘をついているわけではない。でも、本当のことを話せてもいない。

「誰にでも言いたくないことの一つや二つあるもんさ。それとも、人に言えないくらい悪いことでもしてきたのかい?」

「それはっ……ないわけじゃ、ない。一度だけだったけど、盗みをしたこともある。わざとじゃないが火事を起こしたことも……。それに、裏通りの住人とはいえ、俺は、人を……」


 カイルの手は決してきれいではない。どれも本意であったわけではないが、罪を犯してきた。人に糾弾されても反論できないだけの過去を持っている。

「……そうかい。大変なんだねぇ、本当に子供が一人で生きていくってのは。でも、あんたはそれを喜んでやったわけじゃないだろ? 自分を、誰かを守るためにやった。そうじゃないのかい?」

「それでも、盗みをしてでも助けたかった家族も、火事を起こした時に助けた仲間も、救えなかった。今生きてるのは、人殺してでも生き延びた俺だけだ。それなのに……」

「あんたが生きてたから、この町の子達は救われたよ。きっと他の町の子だって、あんたに出会って救われてる。だから、あんたも立派な大人になって、そんで国を変えちまえるくらい強くなんな。そうすりゃ、生き延びた意味もあるってもんさ。あんたの口から、国のお偉いさんに現実を教えられるくらいになりゃ、あたしらもあんたを引き取ったって胸張って自慢できるからねぇ」

「んだよそれ、感動して損しちまったじゃねぇか。そっか、俺がもっと強くなって立派になれば、変えられるかな。もう、理不尽に死ななくて済むようになるかな」


 今まではその日を生き延びることに必死で、子供達にまともな人間らしい暮らしをさせることに必死で自身の将来のことを考える余裕などなかった。だが、生活の基盤が安定すれば、そうしたことを考える余地も出てくるし、必要にもなる。

 カイル一人の力は微力かもしれない。だが、カイルがもっと強く国のお偉いさんの目に止まるくらい立派になれば、カイルの声も子供達の現状も届くかもしれない。変えられるかもしれない。


「まあ、おめぇみたいなひよっこにそれができるとは思えねえがな」

「んだと! 見てやがれよ、ギルドに入ったらランク上げて、強くなって見返してやるからな!」

「できるもんなら、やってみな」

 口では憎まれ口をたたきながらも、グレンはカイルならいつかやるかもしれないと考えていた。出会った時から普通の人とは違う空気を纏っていた。その日暮らしをする孤児達とは異質な清涼な空気と、不思議な力強さを。それはアリーシャも同じで、カイルなら何か普通の人にはできない偉大なことをするのではないかと思っていた。


 ギルドに入ってきたカイル達を見て、その場にいた者は職員を含めて驚いた顔をしながらも、なぜか納得したような顔をした。ギルドの職員もカイルであるなら、手数料や保証人なしに登録させてもいいかもしれないと思い始めていたからだ。むしろ今まで登録できていなかったことが不思議でもあった。

 今までの町でも同じように浮浪者や孤児を更生させてきたなら、それなりに評価されているだろうに、なぜ今まで登録されるに至らなかったのか。


「おうっ、今日はこいつの登録に来たんだ。できるよな」

 グレンは受付の一つに近づくと、カイルを前に押し出して話す。同時にアリーシャが銀貨三枚をカウンターに乗せる。

「はい、それは可能ですが……」

「保証人は俺達二人がなる。それで文句ないだろ」

「え、ええ……」

 どうしたものか受付が答えかねていると、奥から壮年の男性が姿を見せる。


「そううちの子を脅さないでくれ。ただでさえいかつい顔をしてるのに。あまり前例のないことだから混乱してるんだよ。奥に来てくれるかい、わたしが引き継ごう」

 奥から出てきたのは、この町の総合ギルドマスターであるトマス=リグルド。基本はハンターギルドにいることが多いが、五つのギルドを統括する立場でもある。なぜならどのギルドに入るものでもハンターギルドには登録することが多いからだ。

 森からとってきたものや自分で狩った動物や魔物などの素材は商業ギルドではなくハンターギルドで買い取りをしているからだ。商業ギルドに直接卸すことは禁止されてはいないが、海千山千の商人達に買い叩かれる可能性が高い。そうなれば不当に利益を得る者や値崩れを起こす可能性があり、既定の値段で買い取ってから回すようになっている。

 商人達も少量なら商人同士より、ハンターギルドで買い取ってもらう方が高く売れるため登録をしている。生産者ギルドも魔法ギルドでも傭兵ギルドでも素材の売買にハンターギルドを利用する。必然的にハンターギルドの登録人数が膨れ上がるというわけだ。そのため、ハンターギルドのギルドマスターが五つのギルドの統括を行っている。


「そうかよ。じゃあ、行くか」

 グレンに促されアリーシャとカイルがトマスの後に続く。トマスは普段は入ることのない奥の部屋に三人を連れていった。

 三人をソファに座らせると、トマス自らお茶を入れて振る舞ってくれる。

「そうか、前々から気にはなっていたんだよ、君のことは」

 トマスは自分の分のお茶もいれて三人の正面に座ると、カイルを見る。

「俺? なんで、ギルドマスターが?」

 ギルドでの買取は、基本的にギルドメンバーでなければできないため、カイルがここに何かを売りに来たことはない。トマスと顔を合わせるのもこれが初めてだ。それなのにトマスの方はカイルのことを前から知っていた口ぶりだ。


「知らないと思うのかい? ギルドはいわばその町の中心を担う機関の一つだ。町の動きや変化には敏感だよ。君がこの町で何をしてきたのかも知っている」

「……なら、俺らの現状も知ってたのか?」

「知っていた。いや、知っているつもりだった、かな」

「つもり?」

「わたしも、偏見の目や差別意識があったということだね。たとえ身寄りのない子供達が無為に死んでいたことを知っていても、特に感じることはなかったからね」

「……そうか、まあ、そうだろうな。俺らは町のゴミとおんなじ扱いだからな。期待はしてなかったよ」

 カイルは憮然としたままそっぽを向く。孤児達にとって唯一の希望ともなるギルドが、その長までもがカイル達を人間扱いしていなかったのだと知らされたのだから。

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