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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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王都の孤児院の実態

 人界大戦によって生まれた影は、国王のお膝元であっても侵食してきた。王都の孤児院もあおりを受けて、変質していった。孤児達を未来を担う人材などではなく、自らに役立つ結果をもたらす扱いやすい道具であり、地位と名声をもたらし孤児院に寄付を集める広告塔として扱うようになっていった。

「ちゃんとみんな入っても大丈夫なだけの蓄えも場所もあるのに、それじゃあ成長しない、成人しても通用する大人になれないって。限りある枠の中で競い合い、より優秀で人の役に立つ者だけが幸せになれるって。わたしは、わたし達は他の子より優れたところがあまりなかったの。だから、順位はいつも下の方で、だから、優秀な子や魔力を持った子が入ると、押し出された」

「魔力持ってたら、それだけで順位をすっ飛ばして魔力がない俺達の上に立てる。魔力を持っている奴は、それだけで選ばれた存在だからって。優れた存在だからって。魔力以外で俺らに勝ってるところが何もなくても、俺らより上に立つ存在だからって……だから、俺は、俺らはっ」

「テリーは優秀だった。勉強もできたし、大体のこと人並み以上に出来た。でも、わたしが押し出された時、逆らったせいで、一緒に追い出された」

「あんなところにいるくらいなら、まだ、外の方がましだって……そう思って……」

「でも、外の世界はわたし達が思っていた以上に厳しかった。あんなところでもましだったんだって思えた。わたし達は外の厳しさを知らずに育ったから、外から来た子達がなんであんなに必死になって順位を上げようとしてたのか、理解してなかった」


 王都で成人前に身寄りを亡くし、あるいは捨てられ引き取り手がいなかった場合、全員孤児院に入れられ独り立ちか成人までは保証される。これは王都生まれだろうとなかろうと変わりはない。大戦後期には王都も被害を受けて孤児が増えたことはあるだろうが、それだけで孤児院が変質することはなかっただろう。

 大戦終結後、五年間ほどで王都の孤児院に収用される子供が激増し、王都中の孤児院がパンクしてなお減らないという事態が起きた。子供を保護しても拾ってもまだそこかしこを親も知り合いもいない子供達がうろついている。そんな至近で起きた異常事態にさすがに国も動いた。


 調査を進め分かったことは、孤児として引き取り育ててもらうため王都に子供を捨てる者達が急増していたこと。自分達の身勝手で捨てる子供に、少しでも可能性と未来といい暮らしを与えるために。

 近場であったり、本当に子供を案じている者なら家族が。王都から離れていたり、金が目当ての者ならば、王都への孤児送り届けをうたった怪しい運送業者や人買いに金と引き換えに子供を渡す。人買いはともかく、業者のうまいところは情と罪悪感につけ込み、実際には売る側から金を貰って子供を引き取ったところだ。


 実質的に売買された形の子供達は別の町で転売されるか、何かに使われるか、殺されるか。一部残ったものや不要とされたものを王都へ捨てていく。そんな呆れた実態が浮かび上がってきた。それまで王都の門の警備はギルドカードと目的の確認位だった。ギルドカードも持っていればいい。団体や家族連れなら代表者だけが見せて確認する。円滑な人の出入りと、自由な交流のためだ。

 出ていく時は見送るくらいだ。それを逆手に取り、子供を連れて入った親や大人が、子供を置いて一人だけで出ていく。そのため、すぐに異変を察知できなかった。実態が判明すると通達が出され子供を捨てる者に厳しい罰が課せられることになった。


 全ての町や村でも出入りに厳しいチェックが入るようになり、通行料が上がった。それまで年一回だった世帯調査が半年に一回になり出生や死亡の届出も医師や顔役等の立会による確認が義務付けられた。

 これは王国が先駆けになり、世界中で導入されることになる。ただし、戸籍のある者に限る、という文言にはない不文律はあったが。

 王都の出入りに関してはさらに厳しくなった。子供であってもギルドカード必須で、目的に加え荷物とギルドカードの罪状まで調べられる。出る時も同様で、同行者の所在を確認される。少しでも不審なところがあれば拘留され取り調べを受ける。


 村を出されたカイルはジェーンに連れられ王都に向かっていた。蓄えが乏しく、移動も徒歩だったため先々で旅費や生活費を稼ぎながら時間をかけて。

 あと三つ四つ町を経由すれば王都というところで、ジェーンが亡くなり程なく入都条件が変わった。ギルド登録のあてもない流れ者の孤児となったカイルには到底達成出来ない条件へと。

 例え自分が死ぬことになろうと、遺されたカイルがより良い環境で生きていけるようにと願ったジェーンの思いは、同じことを願った多くの者達によって潰えた。あるいは、その願いを利用した者達によってか。


 その後王都の外から身元の分からない子供が入ってくることはなくなった。たとえ王都にいる間に身寄りを亡くしても、必ずギルドカードを所持しているため問題なく手続きが進む。だが、怒涛の五年間とその後の孤児達の処遇。王都の孤児院は頭を抱えることになっただろう。どう考えても子供の数に対して孤児院や職員が足らないと。

 国も一度孤児として受け入れてしまった以上放り出すことはできない。そのため、急遽孤児院の増設や職員の増員を行って対応した。そのかいあって一応の解決を見たが、常に財政難に悩まされることになる。


 数倍どころか数十倍にまで膨れ上がった孤児に対して、国からの交付金はそこまで増えなかった。大戦の後処理や各地への復興支援、大戦中に上がっていた税をさらに上げてもとても予算が足りない。王国は特に大きな被害が出ていたため、人員も食料も不足していた。同盟国からの支援がなければ王国の歴史は終わっていたかもしれない。

 そんな状況で孤児院に予算が回ってくるわけがなかった。資産家や街頭で寄付を募っても火の車。早々に立ちいかなくなることは目に見えていた。王都の外のように子供達が稼いだ金を横領することはできない。子供達の動向はあの”王都落とし”以来注目されていた。


 どれだけ節約しても節制しても、日に日に食べる物は貧相になり服も満足に買えなくなる。それは子供達が稼いだ金の一部を寄付するようになるほどひどくなっていく。それでもまだ足りない。王都落としで捨てられた子供達が皆年端もいかない子達だったのも原因だ。家事手伝い以外で公式に子供を働かせることができる年齢は十歳から。ギルド登録をしてからだ。

 孤児院にいる大半の子供が働けるようになるまで最低でも七、八年。それまでは到底持たない。どこかで、何かを切り詰めるしかなかった。何かを……少数を切り捨て多数を生かす道を模索する以外にはなかったのだ。


 そのきっかけになったのが、元々孤児院にいてその状況を憂慮した子供が一念発起し名を挙げたこと。才能もあったのだろうが、決死の努力で勉強と魔法を修め、十五歳で王立魔法学校へ特待生入学を果たした。特待生であれば入学金も授業料も必要ない。その上でそれ以降の孤児院からの援助を打ち切り、成人前に独立した。

 孤児院では十歳までは必ず面倒を見なければならないが、それ以降に関しては当人の意思や能力によって独立が認められることがある。生産者として弟子入りしたり、剣や魔法を学ぶため学校に入ったり。ギルド登録をして、将来の道を定めそのために必要な生活基盤が整うと孤児院は援助を打ちきれる。それは当人から孤児院に申し出ても構わない。


 言い換えれば、十歳でギルド登録をして以降なら、正当で妥当な理由さえあれば孤児に対する援助を打ちきれるということだ。理由を付けて合法的に追い出すことも可能だということだ。何も成人するまで律儀に面倒を見てやる必要などなかったのだ。

 そしてまた、特待生になった子供のことが話題になり興味や可能性を見出した者達が寄付をよこすようにもなった。寄付をした孤児院で育った子が将来有名になれば、寄付した者は自分のおかげだと自慢できる。優秀な子供を育成し、また慈悲深い行いをしたとして評判も上がるだろう。


 そんな、子供達のことを本当に考えたわけではないお金が集まり始めた。長らく極貧生活を続けて精神をすり減らしていた者達に、それを取らずにいる選択があるだろうか。そして、それをとってしまえば、それはすなわち優秀な子供を輩出しなければ許されない状況に追い込まれるということだ。

 そこで生まれた魔力診断と能力適性判断。魔力を持つ者はそれ以外の能力値が低くても、将来性が見込める。魔力がなくても一芸に秀でている者なら、その道で名をはせる可能性がある。これからも寄付を集め続けるにはそうした人材を輩出し続けなくてはならない。


 上昇志向や競争意識が高く、能力も高い人材。人数制限や順位制度はそうした中で生まれたのだろう。子供達に危機感を抱かせ、努力すれば評価されるという鞭と飴を使って自らの意思で精進することを促す。

 順位が低い者は切り捨てられる。十歳までは猶予期間でしかない。十歳を超え、ギルド登録をすればいつ”独り立ち”と称した追い出しにあうか分からない。順位が高ければ、孤児院内でも優遇され将来の選択肢も広がるし、有名になるチャンスもある。


 同じ面子であればダレてくるし、新しい空気を入れ定期的に優秀な人材を輩出するため、孤児院は王国の他の孤児院と連絡を取り、将来性がある子供達を集めるようになっていた。当然そうなると元いた子供が押し出されることになるし、王都の外からくる子供達は危機感が違う。二重の意味で焦燥感をあおることができる。

 国も最初は外から孤児を入れることに警戒していたが、その子らが皆優秀であること。きちんとギルド登録をしており、子供達も自らの意思で王都に来ることを納得していることから認められるようになった。その陰で、王都に元からいた孤児達が将来や生活基盤が整わないまま放り出されているとは思わずに。


「脱走以外に、生きて孤児院出ようとすればそういう道もあるんだな。王都に来れば、成人まで生きられる……か。そういう意味だったんだな。俺は……孤児院でギルド登録する前に出たから。もしそこでギルド登録してたら……ここに送られてたかもな」

 カイルは孤児院に入っていた短い間、世話になっていた年長者達がことあるごとに言っていた言葉を思い出す。王都なら、王都に行けば、王都に行くことができれば。みんなそう口にしていた。思えば、路上生活していた孤児達の憧れよりももっと切実な感情が込められていたように思う。あれはこういうことだったのだろう。


 ギルド登録して素質を認められれば、無為に使いつぶされることはない。王都からの迎えが来て、王都で成人するか生活基盤が整うまできちんと面倒を見てもらえると。奴隷のように使われても、それが認められればもしかしたら……。そんなあるか無きかの一縷の望みを託して。孤児院にいる子供達はほとんどが生気のない目をしているが、中にはそうでない者もいた。その者はしばらくすると姿を見せなくなっていた。

 だから、カイルのように逃げ出したり、もしくは逆らって殺されているのかもしれないと考えていた。そうではなかったとすれば、どれくらいの者が王都へと送られたのだろうか。王都の孤児院から払われたであろう金と引き換えにして。


「うん、お兄さんの魔法すごい。あんなにたくさん魔法使える人も、孤児院にはいなかった」

「今となっちゃ、そうならなくてよかったのかもしれないけどな」

 今のカイルは、孤児の流れ者として放浪してきた過去があるからこそ形作られている。その過去がなければレイチェル達と出会うことも、クロと出会うことも、彼らを助けることもできなかっただろう。ならば、どれほどの過去があろうと、今ここにいることができてよかったと、そう思える。

「……んで」

「ん?」

「なんで、お前ら魔力持ちはそうなんだ! 余裕ぶって、俺らにできないことをして。魔法を使えるってだけでいい仕事もらって、たくさん金ももらって。直ぐにランクも上がって。助けてもらったのは感謝してる。誰がやったのか分かるなら教えてほしい。でもっ! 俺は、お前ら魔力持ちの奴らなんて大嫌いだ!! 俺達と同じ孤児だって言っても、兄ちゃんもギルドランクは高いんだろっ! 俺らの、ランクが低くて、なかなか上がらなくてまともに仕事もできない魔力なしの気持ちなんて分からないっ!」


 テリーは目を輝かせてカイルの魔法を評価したテラを見た後、こぶしを握り締めてうつむくとぶつぶつとつぶやく。それを聞き返したカイルに、色々な思いがこもった目を向け睨み付けてきた。

 仲間のために意を決して盗みをしたところをカイルに止められた。薬を返し捕まるところを助けられた。もうだめかもしれないと思っていた仲間達もみんな救ってくれた。こんなことをした原因や黒幕にも心当たりがある。そして、何より同じ孤児という境遇にありながらすごい魔法が使える魔力持ちで。ギルドのランクも高いと思われる。

 どれだけ王都の外で苦労してこようと、ひどいものを見て来ようと、それはきっと魔力のない自分達ほどではない。魔力があるのだから。魔法が使えるのだから。ギルドランクが高くていい仕事をもらいお金も稼いできたはずなのだ。


 アイテムバッグなどの高価な魔法具を持ち、孤児達全員に行きわたるほど布を用意することもできる。服だって表通りの人々と遜色ないし、質素だがテリーには手の届かない剣だって持っている。テリーも武器さえそろえられれば、王都の外の依頼を受けて稼ぐことができるのだから。

 テリーが必死になって助けようとして助けられず、諦めかけていたこの現状を、いきなり現れて見たこともない魔法を使ってあっという間に解決してしまった。テラは英雄を見るような目を向けていた。他の子供達もその多くは、感謝と尊敬の目を向けている。でも、テリーは素直に感謝し尊敬することができない。


 自分達よりも恵まれた環境で生きてきた者が、優れた力を持つ者が、そうでない者に力を貸すのは当然のことではないのか。そのための力があるのだから、そうするのが当たり前だ。そんな当たり前のことをしただけなのに、どうしてそんなに感謝しなければならないのか。

 持つ者がそれほど偉いというならば、選ばれたというのであれば、持たない者選ばれなかった者に出来る限りのことをするのが義務なのではないか。ずっと見上げ続け、同じ場所に行くこともできないというのならば、せめて気持ちだけでも負けてなるものか、と。


「んなっ! おま、お前なぁ、カイルは、カイルはお前が思ってるほど……」

 テリーのセリフにトーマがいきり立って反論しようとする。カイルが止めなければ、テリーの胸倉をつかみあげていたかもしれない。レイチェル達もあまりいい顔をせず、テリーの仲間達は驚いたりおびえたりした顔をしていた。テラはどこか非難するような目をしている。

 子供達にとってはここでカイル達を怒らせ、再び見捨てられるようなことになればこの先どうしたらいいのか分からない。病気だと思っていたこの症状が治まれば、またギルドで仕事をもらうことができる。あまり実入りはよくないが、どうにか食いつなぐことはできるだろう。水が原因ということは水をどうにかする手段さえ確保できれば自分達だけでも生活できるかもしれない。

 だが、一度危機的な状況を奇跡のようなタイミングで救われたことで、どうしても期待してしまう。希望を持ってしまう。カイル達が……カイルが自分達をこの路地裏から救ってくれるのではないかと。自分達がこんな不自由をせずに生きていけるようにしてくれるのではないか、と。

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