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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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手荒い治療

「悪いけど、あてにさせてもらう。アミルはまずここら一帯を浄化して、それから俺と一緒に子供達の治療を手伝ってくれ。少しでも魔力が惜しいから、俺がやらないといけない必要な治療以外の『解毒アンチドーテ』と回復は任せる」

「分かりましたわ。お任せください。解毒アンチドーテを使うということは、これは毒の症状ですのね?」

「ああ、質の悪ぃ、な。解毒アンチドーテじゃ、体の毒を除去しきれない。あれは、入り込んだ毒を取り除くものだろ? これは、体の一部が……血が、毒に変わるっていう毒だ。毒でも、血は解毒アンチドーテじゃ取り除けない」

 カイルの説明にアミルだけではなく、ハンナも顔をしかめる。肉体の一部を変質させる毒。それは毒の中でも強力だが、使用や使用者を限定されるものだ。それがなぜ孤児達に蔓延しているのか。


「レイチェルとダリルとキリルは二人で治療する孤児達を運ぶ役と……一人治療に必要な処置を手伝ってくれ。きついとは思うが……変質した血が浮き出てる部分は、切り取らなきゃならない。場合によっては手足の一本切り落とすことにもなる。役は交替しながらでいい。で、ひどい傷はアミルがすぐに治す。その間に俺は、傷口から魔法を使って変質した血をぬいて、俺の魔力を血に変えて子供達に戻す。んで、体に残ってる毒を……」

「わたくしが解毒アンチドーテで、完全に除去しますのね」

「ああ。抜く血が多いと、時間勝負になるし、毒が残ってると再発する。傷だって数が多いと治療も馬鹿になんねぇ。血の解析と魔力を解析した血に変換するのは集中力がいるし、結構魔力も食う。最初は割と軽症な子からやってく。クロが帰ってくれば、重症な子の血の入れ替えもできると思う。どっちにしろ、重要な部分の治療が俺の魔力頼みになる。だから……」

「それ以外をわたくしが担当いたしますのね。分かりましたわ、お任せください」

「水疱の除去は、最初は俺がやろう。だが、痛みは……」

「心配いりませんわ。わたくしが神経を一時的に麻痺させますわ。あまり長くやると後遺症が出てしまうかもしれませんので、すぐに切り取っていただけると助かりますわ」

 キリルが最初に処置の手伝いを名乗り上げ、その際の痛みに関してはアミルが保証する。


「ハンナは切り取った部分の処理を頼む。あと、子供達の服、片っ端から引っぺがして体を綺麗にしてやってくれ。トーマは子供達が寝てた場所の地面にこれ敷いて、治療した子から寝かせてやってくれ。上にかける布はこれでいいだろ。ちょうどいいくらいに切ればいい。ちゃんとした服はまた今度だ」

 カイルはカバンから次々に地面に敷く布や巻物状にまかれた布生地を取り出す。これはカバンに細工があるのではなく、カバンの中で亜空間倉庫アイテムボックスを展開しているだけなのだが、こうすればアイテムバッグと呼ばれる、空間魔法を付与された魔法具に見えると聞いたので人前ではそうするようにしていた。

 カイル達の様子を、びっくりした様子で見ていたのは、看病に走り回っていた子供達だ。その子供達も腕や足にはいくつか水疱ができている。比較的症状の軽い子達が他の子供達の面倒も見ていたようだ。仲間であるテリーが連れてきた、大人にも見えるカイル達に警戒していいのかわからず、立ち尽くしていた。


 カイルはそんな子供達に笑顔を向けた。

「俺はカイル。テリーにここのこと聞いて、助けに来た。テリーは他の仲間達を集めに行ってもらった。これから、俺達でみんなの治療をする。ちょっと荒っぽいけど、でも、そうしなきゃ治らない。痛いかもしれないし、見るのは辛いかもしれない。でも、きっと助けてみせる。だから、俺達のこと信じて、仲間の治療、任せてくれないか?」

「…………治る? これ、治るの?」

「ああ、ちゃんとした治療ができれば、治る。あとは、またかからないようにするために必要なことを教える。でも、まずは治すことが先だ」

「……分かった、任せる。でも、死なせたら、許さない」

「分かってる。じゃあ、先に、治療を受けてくれるか? そうすりゃみんな信じてくれるだろうし、それに他の子の手助けもできるだろ? 俺が変なことしたら殴ってもいいぜ?」

「…………ううん、信じる。わたし達のこと、そんな目で見る人、他にいないから」

「よっし、じゃあ、アミル、いいか?」


 カイルは子供達の中で他の子供達の指揮を取っていた一人の少女と話を勧める。簡潔に、分かりやすいように説明をして、その少女を先に治療することで証明しようとしていた。少しおどけて見せると、少女はクスリと笑って、カイル達のところにやってきた。体に巻いていただけの布を落とすと全裸で向き合う。

「右足のふくらはぎと、左腕の肩から肘、あとは、背中に小さいのが一か所、か」

 カイルは手早く水疱の個所を確認するとキリルに目配せをする。キリルは腰から剣を抜いて近づいてきた。少女は震えていたが、正面にいたアミルが柔らかく笑って告げる。

「怖ければ目をつぶっていて構いませんわ。わたくしが、きちんと傷が残らないように治しますわ。女の子ですものね」

「……大丈夫、もっと、ひどいこと、されることがあるから。怖いけど、お兄さんやお姉さんは怖くない、から」

 少女の告白に痛ましげな顔をするアミルだったが、後半のセリフを聞くとまた笑顔になった。アミルが合図をして少女の動きが止まったところで、キリルは剣を振り、傷んだ患部を切り離す。血が噴き出す前に、アミルが治療を行い傷を癒す。右足、左腕ときて、最後の背中だ。カイルは最初に血が出た時から目を閉じて集中していた。


 新たに得た属性の内、血属性だけはロックをかけていなかった。水属性と似たところがあり、制御もそこまで変わりがないことや、うっかりで使ってしまっても致命的な失敗をしにくいことがあったためだ。狩りで得た獲物の血を水属性ではなく血属性で抜いたり、情報の解析を行ってみたりと練習してきたが、思わぬところで役に立った。

 それ以前に、クロと使い魔契約をしていなければ、この事態を知っても何もできなかっただろう。血属性という特殊な属性がなければ、毒血を抜き、輸血をするということなどできなかったのだから。


 なぜ、欠損した肉体を再生できるのに血の再生ができないのか。それは血の中に入った毒なら魔法で取り除けるが、血自体が毒に変われば魔法で取り除けないのと同じ理由だ。失われた部位を再生させたり体内に入った異物を取り除いたりして肉体を正常な状態に戻すことは可能だが、肉体に元からあるものを増やしたりそれらが変質してしまった部分は元に戻せない。それは臓器や手足を増やしたり、肉体を改造することに等しいからだ。

 そのため、変質した部位などは切り取ることで再生が可能になる。そして、血属性を使えば血を再生できなくても輸血することはできる。相手から奪った血を自身の血や魔力に変えるのと同じ要領で、自身の魔力を血に変えて相手に渡すこともできるのだ。そのためには相手の血の情報を読み取り、魔力を適合する血に変える必要がある。


 いくつもの過程を踏んで、カイルは少女の血を魔力で作り出す。そして、キリルが背中の水疱を切り落とすと同時に、左手で少女の中で異物となっていた血を抜き取り、入れ替えるようにして作り出した血を入れていく。赤黒い血が傷口からカイルの左手の上に移動し、右手の血が十分に彼女の体を満たすと、アミルが傷をふさぐ。

 治療が終わると、カイルは抜き出した血をハンナが用意してくれていた氷の容器に入れる。思っていたよりはうまくいったが、やはりそれなりに集中力と魔力を使う。全員の治療を終えるまで持つかどうか。血属性に熟達したクロの手助けが早くほしいところだ。だが、クロも今頑張ってくれている。その間はカイルも踏ん張らなければならない。


 ハンナはカイルの生活魔法の応用を真似て、少女の体全体に水の膜を纏わせると一気に汚れを落とす。さっぱりした少女は、ちょっと赤くなって顔を背けたトーマが差し出した布を体に巻き付け、他の子供達の様子を見に動き出す。

 治療の様子を見ていて、少女が元気にそして綺麗になったのを見て他の子供達にもわずかに希望が戻ってくる。ダリルとレイチェルはなるべく子供達の負担にならないよう、水疱を傷つけないようにして子供達を運んできてくれる。子供達がいなくなった場所は、ハンナが表面の土を除去して、トーマが大きめの布を敷く。

 そしてカイルとアミルとキリルは続けて子供達の治療に専念していた。次の一人が終わったところでクロから連絡をもらい、カイルは少し表情を暗くする。どうやらテリーが集められなかった子達はほとんどが手遅れになり、亡くなっていたようだ。たった一人だけ生存者がおり、すぐに送られてきた。ただ、重症なためクロが帰ってくるまで待ってもらうしかない。




 クロが帰ってくるまでに、カイル達は十五人の子供達の治療を終えていた。残りはテリーを入れて四十一人だ。立て続けに魔法を使い続けていたため一度休憩をはさみ、キリルの役をダリルが引き継ぐ。

 クロがカイルの補助をしてくれることで血の解析や変換、交換がスムーズになったが、後になるほど変質箇所が多く、入れ替える血の量も多くなる。カイルとアミルは額に汗を浮かべながら治療を続け、ハンナもある程度子供達の服や取り除かれた患部や血や土が溜まると重力属性を使って圧縮して消滅させていた。こうすればあとには残らない。

 重症で瀕死に近いような子達の治療はカイルとクロの役割を交代して続ける。ただ、クロが魔法を使っても、その魔力の元はカイルから補充されているため負担はカイルに来る。除去役がレイチェルに代わり、時折腕や足そのものを切り落とす場面も見られた。レイチェルは歯をかみしめながらも少しでも早く終わるよう剣聖筆頭の剣技をいかんなく発揮した。


 何度も休憩を挟みながら、日が高く上り薄暗かった路地にも光が差し込むようになる頃、ようやく全員の治療が終わった。カイル達は各々疲労困憊で地面に座り込んでいた。子供達の移動や変質部位の除去などを行っていたレイチェル達は肉体的・精神的疲労が、魔法を使い続けていたカイル達は大量の魔力を消費したことによる疲労が蓄積していた。

「ひ、久しぶりにこれほど魔法を使いましたわ。ほとんどが回復ヒールで済みましたとはいえ、全回復パーフェクトヒールもそれなりに使いましたし、なにより麻痺させるには時属性を使いますもの。魔力切れも近かったですわね」

「同感。生活魔法はそうでもない、でも、圧縮コンプレッションは上級下位第六階級。連発は疲れる。でも、カイルほどじゃない」


 二人は地面に伏せたクロにぐったりと体を預けているカイルに目を向ける。レイチェル達も息が整うと、一番負担が大きかっただろうカイルの様子をうかがう。この治療はカイルの魔法や魔力ありきの方法だ。怪我の回復を一任されていたアミルの負担も大きかったが、固有属性の魔法を使い続けていたカイルほどではない。

「に、兄ちゃん……大丈夫なのか?」

 テリーも同じように治療を受け、治療を受けた他の子供達の様子を確認していたが、こちらにやってきてカイルに目を向ける。カイルは背中はクロに預けたまま、手をプラプラと振る。

「ああ、なんとか。ちょっと……魔力切れ起こしてるけど、ま、これくらいならどうにか……」

 魔力枯渇ほどではないが、頭痛と目眩、虚脱感を感じつつも答える。むしろ枯渇せずに治療を終えられたことが驚きだ。予想以上に魔力量も増えていたらしい。慣れてくると効率的な魔力運用ができるようになったのもあるだろう。魔力操作や魔法制御も少し上達したように思う。


「クロ……間に合わなかった、子達は?」

<心配はいらぬ。我の影の中に入れておる。後ほど供養してやろう、魂はすでに冥界へ旅立っておろうしな>

 カイルにだけ聞こえる声で答えたクロに、カイルは感謝と労いを含めて頭の後ろを撫でる。間に合わなかったのは残念でしかないが、できないこともある。もし、なんてことは考えてはいけない。クロと出会えなかった可能性を思えば、これだけの数救えただけでも上出来だろう。だが、これで終わりではない。


 カイルはフラフラした足取りでクロに支えられながら、少し離れた場所にいた子供達の元へ行く。カイルの行動に気付いた面々も続いた。子供達がこうなった原因について、レイチェル達は知らない。子供達も知らないのだろう。知っていれば薬が役に立たないことに気付いていたはずだから。この中で知っているのは、カイル一人だ。

 カイルはテリーを捕まえた時、引っ張り上げた腕にあった小さな水疱を見て顔色を変えた。見覚えのある、忌々しくも恐ろしいそれを見て、カイルの中にある記憶がよみがえり古傷がうずいた。決して忘れられない、力のないことを心底嘆き恨んだ記憶が。

 カイルはテリー達のすぐそばまで来ると、地面に座り込む。魔力切れできついこともあるが、腰を据えて話さなければならないことがある。それはテリー達の今後にも、そしてカイルのその後の行動にも関わってくる。


「……テリー、お前ら、普段飲む水は……どうしてる?」

「水? 水は、そこの路地の向こうを流れる……排水溝から汲んでる。俺達は井戸や上水を使えないから」

「だよなぁ、やっぱ。ってことは、人為的なもんだよな。偶然こんな毒、混ざるはずねぇもんな」

「……どういうことだ、カイル? 彼らの症状は毒だと言っていたな? その毒を……故意に流した者がいるということなのか、この、王都に!」

 口を開いてしまえば耐えられそうになかったレイチェルは、黙々と作業をこなすように子供達の体の肉をそぎ手足を切ってきた。それが子供達を救う手助けになるのならばと、様々な思いを押し殺し剣を振るってきた。

 原因が毒だと聞いても、劣悪な環境の中生きる彼らが、偶発的に摂取してしまったのだと考えていた。いや、考えたかった。まさか、生まれ育った王都に、路上生活をする孤児がいたことも、その子供達が目に見えぬ悪意によって害され、死の危機に瀕していたなど。そのようなことをする者が、王都にいるということなど。


 感情が高ぶり、声も大きくなるレイチェルを子供達は少しおびえたように見ている。その様子に気付いたレイチェルははっとなって、感情を抑えて話を聞くため座り込む。本当に悔しくて怒っていいのはこの子供達だ。レイチェルではない。

「どういうことですの? 確かに普通の症状ではありませんでしたわ。カイルの指示がなければ、カイルの魔法がなければ子供達を救うことはできなかったと思いますわ」

「毒。排水溝に流したなら、狙いはこの子達?」

「たぶんな。俺も、一度だけ経験したことがあるんだ。その時には……俺以外全員…………死んだ。全身の血が毒に変わって、体中に水膨れができて、それが破裂して……。死んだ奴は、元はどんな顔や姿してたのか分からないくらい、崩れちまう。ひでぇ、もんだよ」

「……クロとテリーだけを他の子達の捜索に回したのは、それだからか?」


 治療の過程で外せない魔法専門に使う三人を除き、子供達の移動はレイチェル達の中から一人二人探索に割いていたとしても問題なかっただろう。特にトーマのポジションは微妙といえば微妙だった。意識のない子供達を抱きかかえて運ぶのは、レイチェル達のように剣は使えないが体力や力のあるトーマに向いていたといえる。

 だが、探索にも人手は必要だろう。テリーを乗せたクロの移動速度について行けるとすればトーマくらいだ。一人二人くらいなら、背中に乗せて運んだ方がよかったのではないか。影を使っての移動の方が負担は少ないとはいえ、その分魔力は使う。魔力の消費を抑えたいならそっちの方がよかったはずだ。むしろトーマとテリーが組んで探索に当たった方が最初からクロの補助が受けられた。衝撃を受けたところに勢いで流されたが、よくよく考えてみると少しおかしかった。


「……慣れないと、慣れてても、それ見てまともじゃいられねぇから。子供達の中にも症状はそこまでひどくないのに、正気じゃない子達もいるだろ? あの子達はたぶん、発症して死ぬまでの過程を見てた子達だ。テリーはその瞬間は見てないだろうけど、死んだ子は見てる。見て、それでも仲間を助けようとしてる。そう思ったから行かせた。クロはきっと大丈夫だろうって、信じてたからな」

 クロはカイルの言葉に当然だというように答える。魔界で千年も冥界の門を守ってきた。そんなクロなら、あの有様を見てもきっと大丈夫だ、と。いや、クロにも、カイルが昔見たものと同じものを見てほしかったのかもしれない。相棒として。

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