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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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王都の孤児

 カイルの王都見物を兼ねながら、一行は割とのんびりしたペースで王都の中央へと足を運んでいた。急げばペロードの町を出発して三日目の夜に王都に入ることもできたのだが、余裕を持つためと王都をよく見てみたいというカイルの希望もあり、少し手前で野営をして朝方王都に着いた。

 レイチェル達は王からの密使であることもあり、一度王城へ出向ききちんと報告を兼ねた挨拶をしなければならない。当然そこにカイルがついて行くわけにもいかない。剣聖の息子であるというならともかく、今のカイルはレイチェル達に救われ見いだされた将来有望な孤児という立場なのだから。

 王に話を通し、向こうの都合がいい時に王城に出向くことになるだろうという話だ。それまでカイルとキリルは親方達と一緒に王都での新しい家になる場所で暮らすことになる。報告が終わればレイチェル達のパーティも解散になるだろうが、それぞれにカイルに協力することを約束してくれているため、頻繁に顔を合わせることにはなるだろう。これまでのように毎日とはいかないが、いろいろ教えてもらうことにもなっている。


 そして、中央にあるひときわ賑やかな商店通りに差し掛かる。ここで一旦レイチェル達と別れる予定だった。親方達の知り合いで、息子が修行している店はこの通りにあるらしい。

「では、カイルにキリル、バーナードご夫妻。一度失礼させてもらう。後ほど連絡しよう」

「ああ、またな」

「承知した」

「おうっ、連絡はこの先にあるテムズ武具店によこしてくれ。ちゃんとした住所が決まったらこっちも報らせらぁ」

「しっかり報告してきな。知るべきお方が知るべきことを知っておけるようにね」

 レイチェルの別れの言葉に、カイル、キリル、グレン、アリーシャとそれぞれ答える。短い付き合いだが、内容が濃かったためか、あるいは共通してもつ目的意識のためか、ずいぶんと深い関係のように感じられて別れがたい。


 だが、いつまでも王を勘違いさせておくわけにはいかず、カイルへの対応なども決めておかなくてはならない。レイチェル達個人の思惑はどうあれ、元は国からの依頼だったのだから。

 カイルが王都にいるかぎり、王都の守りはそのままカイルの守りにもなる。それにキリルやクロもついている。そう簡単にカイルに危険が迫ったりはしない。レイチェル達だってできる限り近くにいるつもりなのだから。

 だから、レイチェルの胸の中を占める寂しさは見当違いなのだ。あるいは、溢れる使命感がそうさせるのか。『カイルと離れたくない』などと、場違いなことを思ってしまうのは。

 レイチェルは笑顔で見送ってくれるカイルを今一度視界の端におさめ、思いを断ち切るように前を向く。これから、大仕事が待っている。名だたる狸や狐達に一世一代の大芝居を打たなくてはならないのだから。感傷に浸っている場合ではない。


 少し心配そうに見てくるアミルに笑顔を返し、レイチェルが歩き出そうとした時、背後で騒動が起きた。まさか、もうカイルのことが知られたかと瞬時に向き直るレイチェルだったが、騒ぎの原因はカイルではなかった。

 カイル達の後方で店員達が一人の少年を追いかけている。怒声混じりに聞こえてくる内容では、どうやら少年が盗みを働いたようだ。少年は盗んだものを懐に抱え込み、カイルたちの方へ走ってくる。

 レイチェル達は少年の身なりからどういう子供なのか分かったため、一瞬躊躇してしまう。だが、カイルは少年が脇を通り過ぎようとした時、腕を掴んで止める。

「くそっ! 離せよっ、離せっ!! この野郎!」

 カイルに捕まった少年は激しく抵抗するも、手を離さないと知ると、カイルの腕に噛みつこうとした。カイルは慣れた手つきで掴んだ少年の腕を持ち上げて、つま先立ちになるくらいに体を引き上げる。


 こうすると、簡単には身動きが取れなくなるし、カイルの腕を横に伸ばして体から遠ざけておくと、噛みつきはもちろん拳や蹴りといったものも届かない。やる方もやられる方も実体験済みのやり方だ。

 そうこうしているうちに、追いかけていた店員達も追いつき、離れかけていたレイチェル達も引き返してきた。

 追いつかれたことで諦めたのか、少年は抵抗を止めていた。カイルは少年の腕はつかんだまだが、かかとを着いて立てるように腕を下ろす。野次馬も集まってきて、少年に視線が集まる。

 擦り切れて穴が開き破れかぶれの服は、土や汗や垢といったもので汚れ鼻をつまみたくなるくらいの異臭を放っている。

 髪もザンバラで、元の色がわからないくらい汚れ、あちこちゴミがついたりして絡まり塊を作っている。肌も薄汚れ、指や爪は真っ黒だし靴も履いておらず裸足だ。

 手足は細く、栄養が足りていないのか顔色も悪い。ただ、目だけがぎらぎらと光っていた。


 まず間違いなく浮浪児、路地などに住む孤児だ。カイルは王都でもやっぱり路上で暮らす孤児はいるのだと現実の無常を感じ、どうしたものかと少年を見下ろす。精霊達に情報を集めてもらい、その間に店員達の対処をしておくしかないだろう。

 王都に来て早々、なかなか波乱万丈なことだ。レイチェルやトーマは王都で暮らしていてもほとんど見ることのなかった孤児の存在に少し衝撃を受けていた。この明るく美しい王都にも、カイルと同じ境遇の子がいたのかと。そう思ったからこそ、その子を捕まえることを一瞬躊躇してしまった。

「はぁはぁ、このガキ、なめたことして……」

「高価な薬を盗みやがって、警備隊に突き出してやる!」

 興奮していきまく店員達に、少年は肩を少し震わせる。だが、キッと店員達を睨み付けると胸元の盗み出した薬を抱きしめ言い返す。


「うるせぇ! 俺が最初、何度も頭下げて頼み込んだのに分けてくんなかったじゃんか! 仲間が死にそうなんだって言ったのに、無視するから……だからっ」

「はっ、金も持ってない、払える見込みもない奴に薬が売れるか! まして、ただでもらおうなんざ、ふてぶてしいガキがっ!」

「お前みたいなガキが何人死のうと、俺達には関係のない話だ。むしろこの美しい王都が綺麗になるんじゃないか?」

 少年の言葉はすぐさま店員によって打ち消され、嘲られる。冗談とも本気ともいえない揶揄にあちこちから笑いが起きた。少年は唇をかんでうつむき、悔しさに体を震わせる。カイルは何も言わずに双方のやり取りと精霊からの情報を聞いていた。そして、大きなため息をつく。

 やはり、理想は理想でしかない。夢のような場所であっても、自分達を取り巻く現実にそう変わりはないのだと分かったから。だからこそ、ここでカイルができることもある。カイルはうつむく少年に視線を合わせるために片膝をついてしゃがみ込む。


「お前の言い分は分かった。大切な仲間が大変だってことも、そのために薬が必要なんだってことも。でも、たとえどんな状況だったとしても、やっちゃいけないことってのはある」

「うっ、うるせぇっ! お、お前なんかに、お前なんかに何が分かるっ! お、俺が、俺が何で……こんなことをっ」

「分かるさ。俺も、昔同じことをしたことがあるからな」

 真っ直ぐ見つめてくるカイルに戸惑いながらも、少年はやむを得ない胸の内を、やりきれない思いをぶつけてくる。だが、返ってきた答えに驚いた顔をしてカイルを見てきた。

「兄ちゃん……も?」

「俺も……孤児だからな。気持ちは分かる、事情もなんとなく理解してる。だから、薬を返せ。そうしたら、できる限りのことはしてやる」

「でもっ、でも、みんなが……薬がないと……」

「俺が知ってるのと同じ状況なら……薬は効かない。たとえ持ちかえれたとしても、助けることはできない。それに、お前が捕まったりしたら誰がそいつらを助けられる?」


 薬が効かないという言葉に、少年は目を見開き、涙が浮かんでくる。最後の希望だと、意を決して盗みを働いたのに、それは無駄だったのだと分かったのだから。

 このままでは警備隊に突き出され、罰を受ける。たとえ耐えきって戻れたとしても、その時には一体何人死んでいるのだろうか。それを思うと、悔しくて悲しくて、どうしようもない怒りがわいてくる。なぜ、自分達だけがこんな思いをしなければならないのか、と。

「その思いは、今は胸の中にだけ取っておけ。忘れるな、その思いは間違っちゃいない。でも、お前のしたことは間違ってる。だから、薬を返すんだ」

 ともすれば暴れだしそうな少年に、カイルは微笑みかける。ただ間違いを諭されるだけではなく、肯定されたことに、少年の中で暴れ狂っていた思いが静まってくる。そして、迷いながらも、胸の中にしっかりと抱きしめていた薬の入った袋を、カイルに渡した。


 カイルは薬を手に立ち上がると、店員達に歩み寄って少年から受け取った袋を渡す。カイルと少年のやり取りを不可解そうに、そして不愉快そうに見ていた店員だったが戻ってきた薬をひったくるように受け取ると、中身を確認し始める。

「……ふんっ、ようやく観念したか。なら、警備隊にガキを……」

「ちゃんと品物も戻したし、こいつも反省してる。だから、警備隊に突き出すのだけは勘弁してくれないか?」

 袋の中身を確認し終えた店員達が、改めて少年を警備隊に連れていこうとしたところで、カイルが割って入る。

「何言ってやがる! そいつは泥棒だ。泥棒は警備隊に突き出す決まりだ!」

「確かに、こいつは盗みをやった。だけど、放っといたら死ぬ子供がいるって知ってて、見殺しにするあんたらには罪はないのかよ?」

「けっ、このガキみたいな子供を見殺しにしたとして、誰が俺達を捕まえるってんだ? え?」

「そうだな、わたしが捕まえるとしようか」

 カイルとのやり取りで少年の事情を把握したレイチェルが割って入ってくる。突然の第三者の介入と、それがいま最も話題のハーフエルフの剣士、レイチェルであることを知ると、途端に店員達が狼狽し始めた。レイチェルの罪に対する潔癖さは王都でも有名だ。いくら孤児といえど、子供を見殺しにしたとなれば、レイチェルは許さないだろう。


「えっ、な、なんで……レイチェル様が……こんな、ところに」

「今朝、王都に帰還したばかりだ。通りがかりにこの騒動を目にしてな、事情を聞いて捨て置けぬと感じたまで。警備隊の領分を侵すのは本意ではないが、非道な仕打ちを耳にしては捨て置けない」

「そ、そうはいいますが、こちらとしても商売でして……こんなガキ、あ、いや、子供に施しをしていてはうちが潰れてしまいます。そろって路頭に迷えと?」

「そちらの言い分も確かにもっともだ。では、こうしよう。互いに非があり、薬が無事に戻ったことで損害はなくなった。なら、双方手打ちとして謝罪を行う」

 店員達は泥棒に頭を下げると聞いて、ひどく不服そうな顔をしたが、近衛騎士団であるレイチェルには逆らえず、しぶしぶ頭を下げた。少年は思いもよらぬ展開に目を白黒させながら、カイルに促されて、カイルと共に謝罪を行った。これで、この件は終わりになり、店員達は戻っていった。野次馬達も解散して各々行動を始める。


「……レイチェル、助かった。最悪賠償金払って土下座コースも覚悟してた」

 カイルは小さなため息をつくレイチェルに礼を言う。レイチェルがいなければもっと時間もかかっていたし面倒なことになっていただろう。一分一秒を争う今、そんな時間すら惜しまれる。

「い、いや、構わない。だが、カイル、どうする気だ? その子の仲間、死にかけていると言っていたが……」

「今からこいつと行って、治療してくる」

「治療と言いましても、心当たりがありますの?」

「ああ、俺の思い違いでなけりゃな。違ってたとしても、何もしないでいるよりいいだろ? なかなか厄介だけど、今の俺なら……どうにかできるかもしんないから」

 決意の表情を浮かべるカイルに、レイチェル達は呆れたような納得したような顔をする。やはりカイルはカイルなのだと。


「ならば、わたし達も手を貸そう」

「え? い、いいのか? その、王様に報告しなくて」

「……よくはないが、ここで子供を見捨てては、それこそ国王様に顔向けできない」

「仕方ありませんわね」

「人手は、多い方がいい」

「よっしゃ、任せろ」

「俺も、できることはやろう」

「俺も手伝う」

 王城に向かうはずだった五人とキリルがカイルへの同行を伝える。

「俺らはあまりできることはなさそうだからな、先に店に行ってる」

「あんたらがいつ帰ってきてもいいようにしておくよ、行ってきな」

 ドワーフの力は強いが、体格的には少年と変わらない。それに、魔法も治療などにはあまり向かない属性だ。そのため、疲れて帰ってくるだろうカイル達のフォローに当たってくれる。カイルは夫妻に大きくうなずくと、少年を見る。


「ってことで、俺らがお前達に手を貸す。だから、案内してくれるか? お前の、仲間がいるところへ」

「ほ、ほんとに……助けて、くれるの? お、俺達を? 俺、何も、あげられるものなんて……」

「別に要らねーよ。俺がやりたいからやってるんだ。必ず全員助けてやる……とは言えねぇけど、できる限りの奴は助ける。案内できるか?」

「……分かった! ついてきて、こっち」

 少年は嬉しさのためか浮かんできた涙を袖でぬぐうと、カイル達を一つの路地の中に案内する。いくつもの細い路地を通り抜け、途中で焦れたクロが少年を背に乗せて先頭を走る。そして、カイル達は少年の仲間が待つ、少し開けた路地の突き当りへとたどり着いた。


「これはっ……」

「ひどいですわ……」

「…………っ」

 そこで見た光景に、王都出身者やアミルは息を飲む。この王都の裏にこのような光景があるなんて、思いもよらなかった。これほどまでに、苦しむ者達がいたなどと、想像することさえできなかった。

 路地は大通りなどとは違い、むき出しの土でできている。その固い土の上に、数十人にもわたる子供達が何列にもわたり寝かされていた。最初に見た時には死体を並べているのかと思うくらいに皆精気がなく、ぐったりとしている。

 枯れ木のような手足に、落ちくぼんだ顔。みな、少年と同じかそれよりもひどい服ともいえないぼろをまとい、寒さに震えていても薄い布さえかけられてはいない。みな目はうつろで、うわごとを言っている子もいた。


 全員に共通しているのは、手足や顔など体の表面に出来ている赤黒い水疱。それが潰れた後にはどろりとした液体が肌にこびりついている。手足に出来ていることが多いが、ひどい者になると全身に広がっているようだ。また、その水疱が割れて出てくる液体がひどい悪臭を放っており、あたり一帯の空気を淀ませているようだ。

 そんな子供達の間を、六人の子供達が行ったり来たりしては声をかけたり、水を飲ませようとしたり奮闘している。

「……やっぱりか……」

「こんな症例、見たことない。カイルは、知っている?」

「ああ、まあな。それよりも先に治療だな。……四十九人、手当てしている子とこいつ含めて五十六人……魔力が持つか、勝負だな」


 カイルは彼らの様子を素早く確かめると、嫌な予想が当たったことに歯噛みする。だが、それよりも優先させることがあると、気合を入れなおす。ハンナは見たことのない症例と、むごい光景に眉を寄せている。

「っしゃ、分担が必要だな。なあ、お前、名前は?」

「俺? 俺は、テリー。それだけ……」

 孤児の中でも、親に捨てられたり、幼くして親を亡くして自分の名前さえ覚えていない時には名前だけだったり、周りが勝手に名前だけつけたりする。テリーもそのどちらかなのだろう。

「そうか、テリー。お前の仲間はここにいる奴で全部か?」

「うん、俺が……俺達が連れてこられた奴は、これだけ。他にもいるけど……どうなってるか……」

「なら、クロと一緒にそいつらがいるところに行って連れてきてくれ」

「でも、もしかしたら……もう……」

「どっちにしても、一人にしとくわけにはいかないだろ? 大丈夫だ、クロは強いから。お前を守ってくれるし、お前の仲間をちゃんとここに連れてきてくれる」

 カイルの言葉に、クロはカイルと目を合わせて会話をし、仕方ないというようにテリーを乗せる。

「子供達は、クロと俺の影を繋げばすぐに送れるだろ? で、みんな集めたら早めに帰ってきてくれ。重傷だと俺に出来るか分からない。できるところからやってくから、クロも手伝ってくれ」

 クロは低く唸ってから、テリーを乗せたままさっと路地を出ていく。それを見送ったカイルは、レイチェル達に向き直る。その表情は険しいものだったが、目にはレイチェル達への信頼が浮かんでいた。この状況を見ても逃げ出そうとはせず、向き合おうとしてくれている姿勢が嬉しかった。

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