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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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生活魔法の応用法

 ほどなくしてカイルの部屋に集まってきたメンバーに、再び総出で叱られ、クロともども頭を下げることになった。しおらしくなり、ずいぶんと打ち解けたクロの様子にメンバーは不思議に思いながらもまたカイルが何かやったのだろうと当たりを付けた。カイルの天然ともいえる魅力は、誰もが知るところだからだ。

 カイルが目覚めた時にみんながいなかったのは、一日以上一緒にいてクロがこれ以上カイルに危害を加えることはないだろうと判断できたことと、出発日が伸びそうだったので、そのための手続きや準備をしていたようだ。


 一日半寝ていたくらいで、魔力枯渇の状態から全快になったカイルの魔力生産量にはハンナもお手上げで驚いていた。確かにこの回復の速さなら、なまなかなことでは魔力切れになることはないし、最高位の妖魔に匹敵する総魔力量なら魔力枯渇になるほど魔法を使うこともないのだろう。

 その日はカイルのリハビリに費やし、翌朝の出発となった。その夜、クロに頼んでこっそりと森の主のところに向かい、クロにビビりまくる彼らに別れを告げた。カイルが狼とはいえ主の子供を見たがったのは、無意識のうちに子犬の面影を追っていたのかもしれない。




『全く、何なのだ、あの鳥頭は。何度言えば分かる、いっそ一思いに食ろうてやろうか。カイルは我の背に乗ればいい』

 昼食を取るカイルの横にお座りをしながら、クロがブチブチとカイルのカークの文句を言う。クロはカイルの影の中にいることも多いが、外に出て活動することも可能だ。それまでは日の下にいれば消耗が激しかったため、影の中から死んだ魔獣を操っていたが、カイルと使い魔契約をした今はその心配もない。

 魔界の生き物は魔界の空気の中でしか満足に生きられない特性を持っている。魔界に満ちる魔力は常に瘴気を含んでおり、それが闇の存在である魔物や妖魔、魔人を日の光から守っている。日の光はそれだけで魔界の生き物の命をむしばむのだ。

 だから魔物は薄暗い場所を好むし、主に夜活動することが多い。森の中のように日が遮られるような場所では昼中から動いているが、夜よりも動きは鈍い。それは妖魔であるクロも変わりはない。


 だが、カイルと使い魔契約した影響によるものか、日の光の下でも消耗することがなくなった。また、別の生き物の血や魔力を食らうことでしか生命力や魔力の補充ができなかったが、常にカイルからパスを通じて魔力が流れ込むため、下手をすると魔界にいた時よりも調子がいいくらいだ。あとは時折カイルの血をもらうくらいで済む。普段はもっぱらカイル達と同じものを食べていた。

 獣達と同じように生肉などを食べるのは御免だったが、人と同じものならばと食べてみて、意外にはまったようだ。今では食事を楽しみにしている節も見える。新しい発見があって何よりだと、カイルは夢中でかぶりつくクロの背中を撫でる。


「と、ところで、先ほどのカークの件だが……」

 カイルからカークの主張について聞こうとしたところで、食事の準備ができたとアリーシャに呼ばれた。そのため、カーク達が何を言いたかったのか、レイチェル達は未だに分かっていないのだ。

「ああ、それか。レイチェルのカークは……拗ねてんだよ。レイチェルってよくあいつの首を撫でたり叩いたりするだろ? でも、カークにとって首って弱点にもなるから触られるのは苦手らしい。俺がやったみたいに嘴を撫でてほしいのに、やってくんないからそっぽ向いてるだけだって。レイチェルのことが嫌いになったわけじゃない」

 レイチェルは驚いた様な顔をして、背後のカークを見る。カークはそっと近づいてきて、頭をレイチェルに寄せてくる。レイチェルが恐る恐る嘴を撫でると、気持ちよさそうに目を細めクァーと鳴いた。


「ハンナのカークは好奇心が旺盛らしい。カークって植物系なら何でも食べるだろ? だから箒の味が知りたいんだと」

 ハンナは未だに獲物を狙う目をしているカークとにらみ合う。絶対にかじらせないと決意を固めながら。

「アミルのカークは甘えたがりだな。俺のと似てるけど、どっちかっていうと引っ込み思案なほうで、母親にするみたいに甘えてんだ」

 アミルはまぁ、と頬に手を当てて感心したやら困ったやらという顔をする。ハイエルフでも人としてもまだまだ子供といえるアミルを母親などと、どう反応すればいいのか分からないのだろう。


「トーマのは、まあ、あれだ。単純にそりが合わない、ってやつだな。狼の獣人ってこともあるのかもしんないけど、敵視してる」

「んなっ、何で俺だけ! 今まではうまくやってただろ!?」

 確かにそれまではトーマの言うことをきちんと聞いてくれていた。少しそっけない感じはあったが、あそこまであからさまな態度に出ることはなかった。

「我慢してたらしいな。……まぁ、しょうがないから乗せてやるって感じだ」

「ぐぐぐ、鳥のくせに……」

 トーマは握りこぶしを固めながらカークを見るが、カークはぷいっとそっぽを向いた。そのことでさらにトーマの頭に血が上り、結局追いかけっこを始めてしまった。さっさと食べ終わっていたのでアリーシャも何も言わないが、食事途中だったら雷が落ちていただろう。


「ダリルのは、なんていうか……繊細って言ったらあれだけど、細かいことが気になって落ち込む質だな。止まれの指示もらって、すぐに止まれなかったから落ち込んでんだと」

「な、なんだそれは……そんな奴だったんだな」

 割と気分にむらがあるとは思っていたが、そんな理由だったのかと、ようやく立ち直って食事を始めているカークに視線を向けるダリル。

「親方のカークは頑固だし、アリーシャさんのカークは、まぁ、従順だよな、色んな意味で。で、キリルのカークは寡黙なタイプみたいだな。案外主に似てるんじゃね?」

 それぞれのカークを評した後にまとめたカイルの見解を聞いて、各々納得したような顔をする。レイチェルはあれで好き嫌いははっきりしているし、好意も素直に寄せてくる。ハンナは好奇心旺盛で知りたがりなところがある。アミルは大人っぽく見えても甘えたがりだし、トーマは自身の感情や欲求に正直だ。

 ダリルは冷静に見えて繊細なところがあり、親方は頑固。アリーシャは強いようで、いつも縁の下の力持ちをしてくれている。そしてキリルは不必要なことは話さない。カイルは……人懐っこいところや、自身の要求を通す強かさ、そして食への執着など。

 クロが文句を言いつつもカークを許しているのは、そうした部分を感じているからだろう。我儘を言われたとしても憎めない、そんなところがあった。最も、カイル自身は我儘など滅多に言わないのだが。

 みんなの食事が終わる頃、カイルのカークも戻ってきて、再び出発となった。




 日が暮れる前、カイル達は野営の準備をしていた。レイチェル達が持っていた簡易結界を張る魔法具で野営場所を囲い、そこからほど近い場所に火を起こす。鞍も外して身軽になったカーク達は結界内で自由にくつろいでいた。

 昼間は時間短縮のために、町で買い入れた食材を使うが、夜はなるべく自給自足をする。そのために少し早めに野営の準備を整えるのだ。旅をする際の鉄則ともいえた。カイルも乗り慣れないカークで固まった体をほぐすと準備を手伝う。

 これまではずっと一人でやってきたため勝手が違うだろうが、手慣れているので役に立てることもあるだろう。料理に関しては……任せようと思っている。クロの実力ならあっという間に獲物をとってこれるだろうが、クロはカイルから離れる気はないのか、狩りに行くような気配は見せない。


「トーマ、近くに匂いはあるか?」

 レイチェルはいつものようにトーマに周囲の索敵状況を尋ねる。この中で一番探知能力に長けるのは耳や鼻が利く獣人であるトーマだ。トーマは空気の匂いを嗅ぐように周囲を確認するが首を振る。

「いや、近くには感じないな。ってことは今晩の食事になりそうな奴もいないってことだけど」

「それって、どれくらいの範囲なら分かるんだ?」

「んー、正確に分かるのは周囲五十mくらいの範囲か。獣型になりゃもっと分かるけど」

 カイルの問いかけに、トーマは頭をかきながら答える。空気を伝わってくる匂いや音ではそのあたりが限界だ。それでも相手の動きに対して機先を制せられるのだから、有利であることに代わりはない。


「ならさ、俺も探知手伝ってもいいか?」

「ん、どういうことだ? クロにやってもらうのか?」

 トーマに名前を呼ばれたクロは耳をピクリと動かしたがそっぽを向く。カイル以外にクロと呼ばれることにまだ抵抗感があるらしい。トーマはクロと感覚を共有しているらしいカイルが、それを使って索敵を行うのかと思って聞くが、カイルは笑って答える。

「いや、まだうまく使えない。視界くらいなら共有できるかもしんないけど、嗅覚や聴覚はな……違いすぎて処理しきれない。探知は魔法を使ってやる」

 獣の嗅覚や聴覚というものは人の数倍どころか数十倍はある。そのため入ってきた情報を処理しきれず、頭の中がパンクしてしまう。徐々に慣らしていくしかなさそうだ。魔法と聞いて驚いたのはトーマだけではない。魔法の専門家であるハンナやアミルでさえ聞いたことがなかった。


「魔法? 魔法で探知……やってみて」

「ん、……っと、いたな。ちょっと狩ってくる」

 カイルからフワリと風が周囲に広がっていったかと思えば、カイルは迷いなくある方向を目指して走っていく。その方向七十mほど先にホーンラビットの反応があった。数は前と同じ四体、倒し方も同じでいいだろう。そう思っていたカイルだったが、投擲武器で二頭を仕留めると、隣を走ってついてきたクロが残る二頭を小突いて気絶させる。的が小さいため、下手に牙や爪を使うといらない傷をつけてしまうためだ。

 カイルは地面でぴくぴくしている二頭にとどめをさして、耳をつかんで両手に二頭ずつ持ってみんなの元に戻る。戻ってくると、唯一の活躍の場でありお株を奪われたトーマが地面に打ちひしがれていた。ハンナとアミルはカイルが持つ獲物を見て拍手をしてくる。


「すごい。あんな使い方があるなんて、知らなかった」

「本当ですわ。生活魔法をあのように使うなど、目からうろこが落ちるようですわ」

「今、カイルは何をしたのだ?」

 レイチェルには微風が吹いたかと思えば、いきなりカイルが走り出したようにしか見えなかった。そして戻ってきた時には、ちゃんと獲物を仕留めてきていた。何が、どうなってこんな芸当ができるのか不思議でしょうがなかったのだ。

「カイルが使ったのは、風属性第一階級魔法『風起プチエアー』の、応用ですわ」

「それは、風を吹かせるだけの魔法ではなかったか?」

「そう、だから応用。カイルは風に魔力を乗せて対象に当たって返ってきた魔力を分析して、位置と数と……個の特定までできる?」

 アミルがカイルが無詠唱で使った魔法の特定を行い、それに疑問を呈したダリルにハンナが答える。ただ最後は判断がつかなかったのか、カイルに質問を投げてくる。


「ああ、一度会ったことがある相手だったらな」

「素晴らしいですわ。こちらはカイルが自分で考えましたの?」

「まぁな。一人で生きて旅もするなら、探知能力は必須だろ? できなきゃ死ぬことだってあるんだから、そりゃ死に物狂いで身に付けるだろ、普通」

 カイルはホーンラビットを地面に降ろすと手早く角を折り、魔法で血抜きをして消すと、地面に穴をあける。皮をはいで内臓や食べられない部分を穴の中に落とし込むと、魔法で蓋をして、少しの間地面に手をついたままでいる。

 あまりにも鮮やかで無駄のない解体と、流れ作業で当たり前のように使われる魔法にみんな準備も忘れて見入っていた。四頭のホーンラビットが食材として並んでようやく動き出す。解体に集中していたカイルは、驚いた様な感心したような表情でみんなが見てくることに疑問を覚えた。


「どうかしたのか? 味つけは任せていいんだろ?」

 カイルは四頭のホーンラビットの肉をアリーシャに差し出す。丸い胴体に四足がついている形で、丸焼きにもできるし、切り分けて料理にも使える。アリーシャは受け取りながら、笑顔でため息をついた。

「あんたが見事に解体しちまうもんだから見とれてたのさ。魔法もうまく使ってるようだし、手慣れてるねぇ」

「そりゃ、十年以上もやってりゃな。探知や解体に魔法使いだしてからも八年以上になるし」

 旅暮らしは五歳の時からだし、魔法はジェーンの代わりにカイルが稼いだり、周囲の警戒に当たりだしてからだからそれくらいにはなる。


「八歳くらいの頃から、こんなことをやっていたのか?」

 カイルの解体の腕は、同じく旅慣れているキリルから見ても上だと言わざるを得ない。特に魔法の使い方などは考えたこともないものばかりだ。

「まぁな。最初はうまくできなかったけど。魔法だって十六になってギルドに入るまで生活魔法しか使えなかったんだから、応用でも何でもして対応するしかないだろ? 探知ができなきゃ視界の悪い森で不意に魔物や魔獣に出くわすこともあるし。入り組んだ路地裏で逃げ隠れもできない。素材を少しでも高く売ったりうまく食おうと思ったら血抜きは必要だろ? でも、血の匂いは他の奴らを引き付けるから消さなきゃならない。解体して必要ない部分はああやって穴開けて土に埋めた後、少し活性させてやれば自然に分解されるだろ? 全部、必要に応じて使えるようになっただけだ」

 必要は発明の母というように、不遇で不自由な環境の中、少しでもよくしていこうと、生き抜こうとしたカイルが編み出した数々の応用魔法。生活魔法とは思えないほどの利便性をもたらす使い方だ。


「はっはっは、生活魔法をそんなふうに使ってるのはお前くらいだって言ったろ? 鍛冶仕事の時にも妙な使い方しやがって。まあ、出来がよけりゃ文句はないがな」

「うっせ。生活魔法って言うぐらいなんだから、生活に役立てて何が悪い。せっかく魔法が使えるのに、使わなきゃ損だろうが」

 カイルは水を浮かべて中で手を洗うと遠くの地面に放り投げた。そうした様子をアミルやハンナは興味深そうに見ている。生活魔法の水はただ出すだけのものだ。出た水はすぐに零れ落ちていく。それを空中に留め、自在にコントロールしている。

「面白い。風、水、土、火の応用もある?」

「ああ、火は結構使い道多いぜ? 例えばこうやって……水を沸かすこともできるし、こうして一気に火を通すこともできる」

 カイルはアリーシャが鍋に入れて沸かそうとしていた水を、鍋の外に手を当てて一瞬で沸かしてしまうと、解体したホーンラビットの肉を手に取り、火をつける。火は生き物のように肉の中にもぐりこんでいくと、あっという間に香ばしいにおいが立ち込め、こんがりと焼き目が付いた丸焼きが完成する。皿に乗せた丸焼きをナイフで二つに割ると、中までしっかりと火が通っていた。


 まさしく魔法のような出来事に、魔力になじみ深い者であっても目をしばたかせる。火の生活魔法で熱や火を生み出す魔法はある。だが熱はほんのりとした温かさを伝えてくるもので、暖を取るのには使えても水を沸騰させたりはできない。また、火は火種にはなっても、肉を一気に焼き上げるなんてことはできない。まさしくカイルの編み出した生活魔法とはとても呼べない応用魔法なのだ。

「スゲー、スゲーなカイル。俺、こんなん初めて見た。こんな使い方あったんだな」

 落ち込んでいたトーマだったが、手品のように次々と披露される魔法とカイルの技術の高さに、目をキラキラさせて感心している。カイルはなんだか照れ臭くなって頭をかく。当たり前にやってきて、当たり前だと思っていたことをこうも褒められると、なんだか逆に居心地が悪い。


『ふん。命のかかっている場で悠長に水を沸かしたり、町中では火を使ったりできぬから編み出した技であろう。そうした機会のないそなたらには縁のないものであろうよ』

 そんなカイルの心情を悟ってか、クロが割って入ってくる。カイルの身に付けている技術が、全て命がけの状況下で編み出されたものであることを思い出させる。つまりそうした技術が必要になるほど、過酷な環境だったのだと。それができなければ、死んでしまう状況だったのだと。

「……そっか。苦労してきたんだよな、そんなふうには見えねぇけど」

「どういう意味だよ。俺が苦労知らずのお坊ちゃんに見えるって?」

「いや、どっちかってーと、強者って感じだな。歳の割に落ち着いてて、割となんでもそつなくこなすだろ? 肝も据わってるし、頭も悪くねぇからな。孤児とか流れ者とか、そんなふうには見えねぇってこと」

「ふーん、あまり言われたことないな。くそ生意気だとか小賢しいとか、ちょっとできるからっていい気になるな、とかはよく言われるけど」


 カイルの場合個人の人柄や能力の前に、肩書が邪魔をして正当に評価されない。たとえ一見してはそう見えなくても、親や身分証なしに町に入れば孤児や流れ者の肩書きがつくと同時にそういう目で見られるようになるのだ。

 これから先はギルドカードもあるし、成人すればそうした肩書きからは解放されることになっていくだろう。ただし、カイルを見る周りの目が変わろうと、カイルの目線は変わらないのだろう。常に下から上を、裏の中から表を見つめる。カイルが立っている場所は、カイルが生きてきて、カイルの土台を作り上げた場所なのだから。

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