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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
41/275

命名の由来 前編

 その後、カイルはガルムに魔力を与えていても問題がなくなるまでどうにか意識を繋ぎ止め、昏睡した。目が覚めたのは出発予定日だった日の昼過ぎ。丸一日半以上こんこんと眠り続けていた。

 目が覚めて、ぼやっとしたままの視界に映りこんだのは、真っ黒な体をして金の目を光らせる使い魔、ガルムの姿だ。頭の横に陣取って、顔の真上からカイルを覗き込み、じっと見つめてくる。

 カイルは体を起こしてベッドに座り、抱きかかえたガルムを膝の上に降ろして笑いかける。


「……おはよ。いや、こんにちわ、か? ……なんだよ、不思議そうな顔をして」

『あれほどの怪我を負わせた我を、恐れたりしないのだな』

「殺されそうになった相手を一々恐れてたら、裏通りでは生きていけねぇっての。まぁ、普段は自分から近づかないようにはしてるけど……。お前だって、俺のこと怖がってないだろ? 何言われるかされるか分かんないのに」

『ふん。己が死にかけている時でさえ、相手の体だけでなく心情さえ気遣うような相手に、警戒するだけ無駄だと悟ったのよ。どうせ、主には我にそのような真似はできん。そうであろう?』

「ま、そりゃそうだ。お互い遠慮してたんじゃ、話もまともにできないからな。喧嘩上等だ。ただ……」

『我と喧嘩をして勝てるとでも思っておるのか? まあいい、何だ? 手加減をしろというのか?』

「喧嘩は口喧嘩だろうと本気でぶつかんなきゃ意味ないだろ。そうじゃなくて……俺には、さ、本気でぶつかってきていい。言いたいことがあれば言えばいいし、気に食わなきゃぶっ飛ばしてもいい。でも、周りにいる奴らには……手を、出さないでほしいんだ」

『……主を傷つけたり、殺そうとしたりするような連中であってもか? 利用しようとしたり、騙そうとしたり、見下してくる連中であってもか?』

 ガルムの問いに、カイルは苦笑する。


「ばっか、そんなわけないだろ? 俺を傷つけたり、殺そうとしてくる奴らには当然抵抗するさ。自分を守るために、相手を殺したことだってある。利用しようとしたら逃げるし、騙そうとしたら裏をかいてやる、見下して来たら睨み返してやる。俺の自由や財産や尊厳を奪おうとするやつに遠慮なんてしないさ」

 強かでなければ、裏の世界では生きていけない。綺麗ごとだけでは済まされない。生きるということはそういうことだ。だから、そんな綺麗ごとをガルムに押し付けたりしない。願ったりしない。

「そうじゃなくて……、俺が大切に思って、俺を大切に思ってくれる奴らのこと。ま、さっき言ったような奴らを敵とするなら、味方にってことかな」

『この部屋に集まっておった連中のことか?』

「そ。あいつらだけじゃなくて、これから先も増える、俺が増やしていく味方のこと」

『面倒な……。首から札でも下げておれば分かろうが、どうやってそれを判断しろというのだ?』

「それを判断するのは俺じゃない。お前自身だ」

『我が? 我の判断にゆだねると? お前に不利になる狼藉を働くやもしれぬぞ?』

 カイルは脅すように言ってくるガルムの首のあたりを、指でくすぐる。


「そうなったら、俺の責任だな。しもべの不始末は主の責任ってことで、ちゃんと刑に服すさ」

『なぜそうなるのだ! 主の責任を、主の傷を我に負わすことは許さぬというのに、我の責は、過ちは主が背負うというのか!』

「それが、主の責任ってやつだ。お前にその自由を与えたのは俺だ。だから、なんかあったら俺が責任を取らなくちゃならない。俺が、償わなくちゃならないんだ」

『なぜ、だ? なぜそうまでして……我に自由を与える? 縛ってしまえば楽ではないか。命令してしまえばそんな心配などいらぬであろう。なのに、なぜ我を……我をそこまで信じられる!』

 ガルムは後ろ足で立ち、カイルと視線の高さを合わせる。まるで本心を見抜こうとしているように。こんなことなどあり得ないと訴えるように。


「信じて当然だろ。お前は俺の半身、生涯を通じての相棒なんだから。お前を信じられなかったら、俺は誰を信じられる? ずっと、一緒に生きていく相棒を契約で縛ったりしない、命令して支配したりしない。そんな関係は、楽しくも面白くもない。いつか、一緒にいることが嫌になる、お互いを傷つけあうことになる。俺は、お前とそんなふうになりたくない。一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に怒って、一緒に楽しめる、そんな関係を築きたい。ずっと、同じ時を生きていくからこそ、そんな関係でありたい」

 ガルムは目を見開いてカイルを見つめる。カイルは立ち上がったガルムの前足を両手で握る。今は鋭い爪も出ておらず、柔らかくて熱い肉球の感触だけが残っている。この感触は案外好きだな、と思いながら言葉を続けた。


「俺が嬉しいって思う時には、お前もそう思えるといいって願う。俺が悔しいと思った時には、お前も一緒になって怒ってくれたらいいと考える。俺が夢をかなえるにはどうすればいいかを、お前も一緒になって考えてほしいと望んでしまう。そして、お前が実現させたい夢を、俺も隣にいて手伝うことができたらいいなって、そう思うんだ」

『我の……夢を、主も一緒に?』

「そ。で、俺の夢をお前も一緒に叶える。お互い離れらんないんだから、いがみ合って足引っ張り合うより、そっちの方が建設的だろ? 相乗効果って言うように、俺達の力が同じ方向むけば、それぞれでやるよりきっとすごい結果が出せる。俺の夢もお前の夢もきっと叶えられるさ」

『……単純だな。そううまくいくとも思えぬが……』

「難しく考えて進めなくなるより、単純でも前に進む方が進歩してるって言えるだろ?」

 道を間違っていても、一歩一歩進んでいけば別の道に出会うこともある。分かれ道で立ち止まり続けるよりは、成長できる。今までもカイルはそうやって歩き続けてきたのだから。そうやって歩き続けることを誓ったのだから。


『そうか。ならば我も一歩進んでみることにするか……カイル』

「ん、何?」

『我に名を与えよ。ガルムは一族の名前にて、我個体の名前にあらず』

「……いいのか、俺が付けても。それに、お前元々の名前はないのか?」

『我ら魔の者は、親が子に一々名を授けたりはせぬ。功績を上げ魔王様より賜るか、自らより上位の者に気にいられたりすると名を与えられることもある。我は最上位の存在であるし、生まれてより千年門を守っておった故に、名は持たぬ』

「その、冥王様って言う人? 神様かな、は名前を付けてくれなかったのか? 気にかけてくれたんだろ?」

『気にかけてくれたのは間違いなかろう。だが、畏れ多くも冥王様に名を賜ることなどできぬ。期待しておらなんだわけではないが……そんな我の考えを見透かしたようにおっしゃったのだ。相応しきものは他にいる、と』


 その時のガルムには理解できなかった。冥王様よりも相応しき存在が他にいるものか、と。だが、そう思っていると、冥王様は笑って、”その時が来ればわかる”と言っていた。その時というのはこの時であったのか、と。その存在とは、目の前にいる頑是ない子供であったのか、と。ガルムはしみじみと思わずにはいられなかった。

 今も困惑したように見つめてくるが、その目には今までガルムを見てきた多くの者がする畏怖や嫌悪、無理解の色はない。ただ真っ直ぐに、ガルムを見つめてくる。共に生きようと手を差し伸べてくる。共に夢をかなえようと誘ってくれる。それだけで、ガルムは夢の一つがすでに叶っていることが分かった。

 自らの足で探し出し、自らの意思で定める、守るべき……宝、だ。冥界の門を守っていた時よりも守る存在を身近に感じる。守る存在に守られているのを感じる。守る存在の温もりを感じる。握られた前足から伝わってくる体温と、かすかな鼓動。あの時失われることなく、守る存在によって守られたガルムの……宝。


「……それなのに、俺が付けてもいいのか?」

『うむ。これより先、我に名を与えられるものは主を置いて他にはおらぬ』

「まあ、他人の使い魔に名前付けるなんてこと、誰もしないよなぁ。分かった、俺が付けるよ。お前の名前は……クロ。短くて覚えやすいし、呼びやすい。いいだろ、クロ」

『ぐ、ぬ……、もう少し威厳のある名を期待しておったが。よかろう、これより我はクロと名乗ろう。よもや、この姿を見て短絡的につけたわけではあるまいな?』

「んー、まぁ、姿が無関係ってことはないかな。お前、真っ黒だし」

『何だとっ! そのような考えでつけたというのか。我の、一生の名を!』

 さすがにそれはひどいのではないか。一度名を受け入れてしまった以上、これから先クロはクロと名乗るしかない。カイルの腕を振りはらい、お座りの状態で憤った後に、意気消沈したクロを撫でながら、カイルはこうやって同じように撫でていたある友達を……人以外で初めての友達と呼べた存在を思い出していた。


「……昔な、十歳くらいの頃だったか、俺、犬だったけど友達がいたんだ」

 それまでずっと一緒だったジェーンが亡くなり、一人で生きていくことを決意してから一年。カイルはどうしようもない淋しさに襲われていた。寒くても肌を寄せ合って眠る存在がいない。ちゃんとカイルを見て、言葉を聞いて、支えてくれて、正しい道を教えてくれる存在がいない。

 どうしようもない淋しさに、どうすれば自分や自分と同じような境遇の子供達を救い、まともな生活をすることができるようになるのか。悩みながらも答えが出ず、日々町を駆けずり回っては何かを探していた。町の人達には食べ物を探してうろついているようにしか見えなかったかもしれない。けれど、カイルは何かヒントになることはないか探し続け、何かつかめそうな気もしていた。そこで出会ったのは、一匹の犬。


「最初に見つけた時には、死ぬんじゃないかってくらい弱ってた。連れて帰って、できる限りの治療をして、水を飲ませて、少ない飯を分けてやって、そうやってどうにか持ち直した。そいつもさ、クロみたいに真っ黒で、目の色は黄色っぽかったかな。だから俺、そいつにクロって名前を付けたんだ」

 寂しさに耐えかねた孤児と、暗い路地裏に打ち捨てられて死にかけていた子犬。なんだか自分を見ているようで放って置けなかった。自分だって食うや食わずなのに、それでもカイルはそばにいてくれる存在を求めた。


「そいつはさ……頭のいい奴だった。教えたことはすぐに覚えるし、駄目っていったことはやらなくなっていった。食べる物がなくなって、近くの草原に狩りに行った時にも獲物をとってきたりして。俺、そいつといるとすごく楽しかったし、安心できた。頼りにしてたし、頼りにされてたとも思う」

 言葉はカイルの一方通行だったが、カイルの特性ゆえか、またその子犬が賢かったためか、カイルは子犬の意思を読み取れた。両者の間には声なき対話が成立していたのだ。まるで飼い主と飼い犬というより、相棒といった関係がしっくりきた。

 そうやって子犬を連れて歩き、同じように町中を回って分かったことがある。カイルはその当時から身だしなみには気を使っていた。つぎはぎはあっても清潔な服を着ていたし、生活魔法を使って毎日お風呂に入ったり、時に浄化クリーンで体をきれいに保っていた。もちろん子犬も同じように手入れをしていた。お風呂が嫌いだったので、もっぱら魔法で綺麗にしていたが。


 そうやって子犬の散歩がてら町を回ると、それまでとは違った目線を向けられることがあった。訝しむような視線がほとんどだったが、時にはほほえましいものを見るかのような視線。原因はすぐに分かった。子犬がいたからだ。裏通りに住む孤児達は、空腹のために猫だの犬だのといった生き物を見ると、捕まえて食べようとする。だからペットを飼っている人には嫌われるし、おぞましい者を見る目を向けられる。

 けれど、カイルは子犬を食べることなく一緒に散歩をしている。他の子供達と同じように、他の人達と同じように子犬を大切にして、子犬と共に生きていた。だから、町の人のカイルを見る目が変わったのだ。野蛮な路地裏の孤児から、ペットを飼う余裕があり身なりに気を使える孤児へと。


「そいつのおかげでさ、俺、分かったんだ。路地裏に住んでるからって、孤児や流れ者だからって変に遠慮することなかったんだって。まっとうに生きている人がやることを、同じようにやってもいいんだって」

 そうすれば、他の人達も同じような目で見てくれるようになる。孤児でも流れ者でもまっとうに生きる意志もあれば、生きることもできるのだと理解してもらうことができる。これだ、と感じた。ただまともな生活にあこがれ、指をくわえて見ているわけにはいかない。誰か親切な人に、手を差し伸べてもらい脱出する日を待つこともできない。


 ただ、同じことをするといっても町の人の迷惑になってはいけないだろう。ゴミ漁りは必要なことだったが、それは町の人を困らせる。なら、どうすれば迷惑にならず食べる物をもらえる? カイルは考えながら、ある光景を思い出した。商店通り、特に食べ物屋などでは、閉店後売れ残った商品や傷んだ商品は捨てられてしまうことがあると。

 ならば、それをもらうことはできないだろうか。表通りの人が食べなくても、裏通りの孤児達にとってはごちそうになる。どうせ捨てるものならば、いらないといわれるようなものならばもらうこともできるのではないか。孤児達と同じように、いらないから捨てられる商品達に活躍の場をあげることができる。


「だから俺、頭下げて残りもんや捨てる商品があれば分けてほしいって頼み込んだ。どこ行っても嫌な顔をされたけど、毎日閉店後に通った。そいつも俺と一緒に行ってくれて、俺と一緒に頭を下げてくれた」

 実際には伏せをして首を垂れただけだが、同じように土下座していたカイルとちょうどシンクロするような形になった。その姿にほだされたのか、少しずつだが分けてもらえるようになった。日々の仕事も、子供ができるまともな仕事がないか探し回り、頭を下げて働けるようになった。


 順調にいくかと思っていた。このまま変えられるのではないかと、変わっていくのではないかと思っていた。だから、カイルは子犬と約束した。

「俺、そいつに……子犬のクロに約束したんだ。『俺が、ここでまともに生きていけるようになったら、そうしたら旅をしよう』って。『二人でいろんなものを見て、聞いて、同じように苦しんでいる子供達を助けて、二人で世界を変えてやろう』って。『それで、歳を取ったら俺の故郷に戻って、二人で静かに暮らしていこう』って。でも、俺とクロとの約束は一つも叶わなかった」

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