流れ者の孤児は職を探す 後編
「なかなかいい仕事ってのは見つからないねぇ」
「ああ、割のいい仕事ってのは、やばいのも多いからな。森で狩りや薬草採取しても二束三文で買い叩かれるし、どうにもこうにも孤児だの流れ者だのってのが弱みなんだよなぁ。肩書きが何だっての」
かつて、肩書きのせいで全てを失う羽目になったカイル。だからこそ、そんな肩書だけで全てを判断されてしまう今の世の中に納得がいかない。今のセンスティ王国の王様はいい王だという話だったが、やはり下々の、さらに影にまでは目が届かないようだ。
ギルドの理念が正しく守られているのは王都くらいのものだろう。そして、その王都に入るためには正式な身分証が必要になる。流れ者や孤児はそもそも入ることさえできない。それなのに、そこでだけ守られて何の意味があるのだろう。
まあ、王都にいる孤児や不定住者にとっては救いになっているのかもしれないが、そんなの王都の外にいる者にとっては何の救いにもならない。
「おうっ、なんだ、しけた面してんな。また仕事ミスったか?」
女将とカイルの会話へ野太い声が割って入る。
「うっせーな、ミスってねーよ。人一倍働いたっての、だけど規定賃金の十分の一ももらえないんじゃ、稼ぎになんないだろ」
カイルも気安い調子で答える。この野太い声の主はグレン=バーナード。背丈は子供位だが、筋骨隆々でたくましい体をしているドワーフだ。この町で鍛冶工房を営んでおり、カイルも何度か雑用などの仕事で世話になったことがある。
「どこに行ってたんだ?」
「石切りの仕事だよ。キッツい分、給金がよかったからな。まぁ、意味なかったけど」
「そうか……。なぁ、カイルよ。お前さん、どっか一つの町にとどまる気はねえのか?」
「できるならそうしたいところだけどな。何か問題が起きるとたいてい流れ者の仕業ってことになって追い出されるんだよ。今までずっとそうだったからな」
カイルとてその地に根を下ろし、堅実に稼いで生きていきたい。そうすればいつかは自分の家を持てるかもしれないし、その土地の人間として認められるかもしれない。だが、現実はいつだって厳しい。
「ふん、で、お前さんは今無職ってわけだ」
「ああ、そうだな。ギルドにさえ入れりゃ、少しはましになんだろうけど」
「上のもんにゃ見えてないんだろうさ。身近に接する俺達でさえ、お前らみたいなやつらの現状を知らなかったわけだからな」
「そうだねぇ。あの子らを知っちまえば、放っておくなんてできないのに」
「仕方ないさ。肝心の孤児院が役立たずどころか、率先して子供を食い物にしてるんだ。路上生活する以外に生き残る道はない。けど、そうなるとギルド登録ができない。頭が痛い問題だよな」
元来孤児院は成人前に身寄りを亡くした子供達を保護し、成人して独り立ちするまで支援するための施設だった。そこでは身の回りのことや成人して仕事をするにあたり困らないよう、十歳になるとギルド登録する決まりになっていた。孤児院も国営の組織であったため、孤児院にいれば無償で保証人の必要もない。
しかし、少しでも実情を知っている者なら孤児院に入ろうとはしない。孤児院に入った子供達は、子供扱いも人扱いさえしてもらえない。家畜のように、命ある限り働かされ続け、その報酬はそのほとんどを職員や院長に没収される。表向きは成人した時のための貯蓄に回しているということになっているが、全て彼らの懐に入っている。
なぜなら、孤児院に入った者で成人できるものなどいないからだ。たいていが使いつぶされ、みじめに死んでいくか、かろうじて成人になったとしても、孤児院の悪事を隠すため人知れず事故として殺されてしまう。入ったが最後、死ぬことでしか抜け出せない地獄と化していた。
「孤児院の子供達は働き者だが……みんな生気がない目をしてるし、入れ替わりも激しい。それがまさか、そんなことされてたなんてな」
「ああ、俺も経験者だからな。よく分かってるよ、やつらのやり口は……。俺は運よく逃げ出せたけど……たいていはそのまま死ぬまで働かされて、死んだらその辺に捨てられる。路上生活してる方がまだ自由があるさ」
カイルもまた、一度は孤児院に入ったことがある。当時はギルドに入れる年齢ではなかったため、孤児院の中での仕事をやらされていた。毎日疲労困憊になるまで働かされ、そのくせ出てくる食事は貧相なものばかり。こっそりのぞいた職員たちの豪勢な食事とはかけ離れた残飯もどきだった。
そして、ある夜、カイルは見てしまった。普段から横暴だった職員達の、醜い欲望の発露を。よくカイル達年少組の世話をしてくれていた四、五歳年上の少女達に襲い掛かる獣の姿を。あまりの衝撃に、カイルは手にしていたランプを取り落としてしまう。そして、そこから火の手が上がった。
突然の出火に驚く男達を尻目に、泣いていた少女達をどうにか連れ出し、そのまま他の子供達もたたき起こして孤児院を出た。男達もどうにか逃げ出せたようだったが、孤児院は全焼し、カイル達も路上生活をする孤児達の仲間入りをしたというわけだ。
他の子供達はともかく、事故とはいえ火事の原因を作ったカイルは町を出ざるをえなかった。見つかれば殺されてしまう可能性もあったためだ。それから先も、町や村を転々としてきた。ようやく落ち着いたと思えば、騒ぎの責任を取らされ、あるいは病の原因だと石を投げられ、いまだに居場所を見つけることができないでいた。
途中からは、カイルもまたあちこちを転々とすることで同じような境遇の子供達に生きるすべを教えるために一定期間で町を移るようにしていた。自己満足かもしれないし、偽善かもしれない。それでも、飢餓に耐えかねて犯罪に走り、命を散らす子供達を見ているだけなのは我慢がならなかった。
「どうにか、なんねぇもんかな」
「無駄だろ。そもそも治安を預かる施政官や警備隊からして俺らを遊び半分に殴ったり殺したりする連中だぜ? お偉いさんに直訴できりゃ少しは変わるかもしれないけど、俺らの実情知ってるやつがそんなつて持ってるわけないしな」
どれだけいい王様だろうと、知らないのでは改善のしようがない。地べたを這いずり回って、その日暮らしをしているカイル達に、そんな上の人達との接点もない。だからこそ、これからも生活は変わらない。
いつだって自分達の力だけでどうにかするしかない。こうやって少しでも町の人達に受け入れられつつある今は、まだ幸せな方だ。気にかけてくれる人がいるだけで心強い。
「だなぁ、今の王様は圧政を敷くような王じゃないが、下々の暮らしなど知らんだろうからな」
「あんまり大きな声で言うもんじゃないよ。カイルも、また明日から仕事を探すんだろ?」
「ああ、なけりゃ森に行くさ。安くっても薬草や動物狩ってくりゃ、飯の足しにはなるし、木の実や茸でも見つけりゃ儲けもんだ」
カイルが行っていることは、ギルドで依頼を請け負った者達がやるような仕事だ。町中は外壁と警備隊、魔法による結界によって守られているが、一歩結界の外に出れば、そこは安全の保障されない弱肉強食の世界だ。
レスティアの中でも人界は基盤となる世界のためか、他の領域から様々な種族が移り住んでいるし、その姿を見せることも少なくない。親方のようなドワーフ、美形ぞろいのエルフは精霊界から、獣の能力を有す獣人、人語を解し知能の高い魔獣は獣界から。時折降臨する天使は天界、魂の回収に訪れる死神は冥界、そして好んで人を襲い食らう魔物は魔界から。
一部の身体的特徴を除けば人に近い容姿を持つエルフやドワーフ、獣人といった種は、人と共に町に住むことが多いが、魔獣は森や草原、山などを縄張りにするし、魔物はところかまわず沸いてくる。いくら知能が高いとはいえ、縄張りを荒らされれば魔獣は敵対してくるし、魔物は問答無用で襲ってくる。
町の外に出ての行動や移動は常に危険を伴うのだ。そういった意味で、一人で町から町へと渡り歩き、時として森に狩りに行くカイルは、自分の身を守れる程度の技量を有していることになる。ギルドでハンターギルドに属してもそれなりの働きができることは間違いない。
また、簡単なものでも魔法が使えれば、魔法ギルドにも入れて仕事の幅が広がる。手先が器用で、いろんな仕事をしてきたこともあってなんでもそつなくこなせるカイルは生産者としてもそれなりに腕が立つ。いいことづくめなのだが、入れないのでは意味がない。
「…………カイル、お前、明日から仕事ないんだよな」
「ああ、さっきからそう言ってるだろ。まだなんか文句あるのか?」
「いや、そうじゃない。……カイル、お前、うちで働く気あるか? 住み込みで」
「は? え、いや……、おっさん、何言ってるんだ?」
「うるせぇ、うちの母ちゃんがお前の裁縫や細工の腕が役に立ったって、できりゃまた雇いたいって言ってんだよ!」
「そりゃ、仕事なら受けるけど……でも、住み込みって話にはならないだろ?」
本格的に弟子入りし、将来的にもその仕事に就くのであれば寝食を共にして住み込みで働くという選択肢もある。だが、カイルは未だ成人してもいないし、鍛冶見習いというわけでもない。たまたま仕事として請け負い、何日か手伝いのようなことをしただけだ。
カイルにとってはメリットが大きいが、グレン達にとってはさしたるメリットがないのではないか。
「……母ちゃんがな、気に病んでるんだ。昔な、うちにちょこちょこ雑用に来てたガキがいたんだ。お前みたいにでかくもなけりゃ、器用でもなかったが。それでも何とか役に立って、飯にありつこうってガキがな」
グレンの脳裏にはかつていた子供の姿が浮かぶ。年の頃は十歳前後だっただろうか。薄汚い、どう見ても路上生活をしている孤児だった。だが、何度も頭を下げて手伝いをするから何か食べる物をくれと言ってきた。
最初は不快に思っていた面々だったが、諦めないその姿にほだされ雇うことになった。その子は毎日通い続け、わずかばかりの給金と食料を嬉しそうに持ちかえっていた。その子に妹がいることを知ったのは雇って十日も経ってからだ。
珍しく遅刻してきたその子供は顔色も悪く、熱もあった。事情を聞けば、妹の具合が芳しくなく、付きっ切りで看病していたがよくならないということだった。栄養状態も悪く、衛生環境も最悪の彼らの生活では病気は日常茶飯事で、同時に命取りでもあった。
グレン達はその子に薬を買うためのお金と滋養のための食糧を分けて帰した。それ以上、できることがなかった。ないと、思っていた。
三日たってもその子は姿を見せなかった。さすがに心配になったグレンとその奥方であったアリーシャはいつもその子が入っていた路地に足を踏み入れた。表通りに住んでいた彼らは、その時初めて町の裏通り、闇の部分というものを垣間見た。
そこに住む誰もが生気のない目とやせ細った体をして、薄汚れひどいにおいの中生活していた。死体が転がっていても、誰も気に掛ける余裕さえないその様子に嫌な予感が膨れ上がっていった。
そして、ついに見つけたその子は、薄暗い路地の一画ですでに冷たくなっていた。最後まで亡くなった妹と思しき子供の手を握ったままこと切れていた。不思議なことに、どちらも薬を飲んだ様子も、何かを食べた様子もなかった。
理由はすぐに分かった。その路地を牛耳っていた、本当の意味での悪党どもに食料も金も奪われていたのだ。そして、妹ともども病と空腹に倒れ、そのまま息を引き取った。グレンは二人の遺体を連れ帰り、警備隊に訴えかけたが、孤児が一人二人死んだところで、誰も動いてはくれなかった。それどころか、町で埋葬することさえも拒否されてしまったのだ。
初めて孤児達がさらされていた現実の厳しさを知った夫婦は、悲嘆にくれるとともになるべく彼らを気にかけるようにしていた。
だが、あくまで夫婦と彼らは住む世界が違い、彼らのことを理解することもできない。どう改善すればいいかも思い浮かばなかった。そこへやってきたのがカイルだった。何度追い返されてもめげずに頭を下げ続ける姿に、グレンやアリーシャはすぐに亡くなった子供のことを思い出した。
身なりからしても、その子供と同じ境遇にあることが見て取れた。だが、その子供と決定的に違ったのは、ぼろを着ていても、不潔ではなかったということ。礼儀はなってなくても、生き抜く知恵と強い意思を持っていたことだ。
自分達がどうにもできなかった問題を、カイルは孤児で流れ者という立場にありながら改善していった。そのしたたかさと、人間としての強さにカイルのことが気になり始めていた。何度か雇い、その仕事ぶりや能力にも驚かされた。ちゃんと教育を受けたわけでもないだろうに、一通りのことはそつなくこなす。
カイルは育ててくれた人が教えてくれたのだ、といっていたが、それを今度は同じ境遇の子供達にも教えて広めていた。たとえカイルがいなくなっても子供達が生活していけるように。その基盤と人脈を築いていった。
まるで孤児達の救世主だと、口には出さないがグレンはカイルをそう評価していた。だが、同時にカイルが行き詰っていることも知っていた。体は大人に近づき、できることも増えたのに、その能力を生かしきることも、それにふさわしい報酬を得ることもできない。
カイル自身にはどうしようもない問題が、カイルの道をふさいでいた。ならば今度はグレンがその道を切り拓く手伝いができるのではないか、と。カイルならそのきっかけさえあれば、自身だけではなく同じ境遇の子供達の道さえも切り拓くことができるのではないか、と。
「そっか。そういや、おばさんは最初から俺のこと気にかけてくれてたっけか。でも、本当にいいのか? 俺みたいなやつ抱えてると、色々と面倒だぞ?」
なるべく避けてはいるが、カイルは裏通りに住む悪党達からはよく思われていない。彼らの下働きのようなことをさせられ、悪事に加担させられていた子供達をことごとく奪っていったからだ。生きることに貪欲な孤児達であっても、進んで悪事に手を染めようとする者は少ない。そこまで腐っている者は最初から弾いていた。
だからこそ、今裏通りでの勢力はほぼ二分していると言っていい。悪事をしてでも糧を得ようとしたり、私腹を肥やそうとする者達と、人として最低限の矜持を保ち、まっとうに生きていこうとする者達とで。
元々、まっとうな生活にあこがれつつも裏通りで生活していた者達は、カイルや子供達の様子を見て少しずつ自分達もそれに続く動きを見せ始めていた。まずは身なりを整え、少しでも愛想よく頼み込んででも仕事を取る努力をし始めていた。
町の人達も、最初は嫌悪や拒絶の姿勢を示すがカイル達や子供達のこともあり少しずつ受け入れ始めている。そうすることで治安が良くなり、安い賃金で雇える働き手も得られるとなれば助かる。裏通りの人間は、生きるためにそれこそ必死で働くから、腕がなくてもそれなりの役には立つのだ。
そのきっかけを作ったカイルは、本当の裏通りの住人と呼ばれる者達には煙たがられている。嫌がらせを受けたことも一度や二度ではない。いつも帰るたびににらまれ、からまれている。そんなカイルが表通りに住むことになればどうなるだろう。間違いなく妬みを向けられることになる。