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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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使い魔契約の真実

 カイルは、泣き出しそうになる自身をどうにか落ち着かせる。まだ、終わっていない。どう転ぶかは分からないが、決着を付けなくては泣くに泣けない。深呼吸をして、いまだ胸の上にお座りをして背中を向けている妖魔に話しかける。

「なぁ、結局、あんたが言いたいのは、面白いから一緒にいる。血や魔力を差し出す代わりに、他の魔の者や人から俺を守ってくれる。俺が、堕ちるか死ぬまでは力を貸してくれる、ってことでいいんだよな?」

 カイルはもう、この妖魔に遠慮などしないと決めた。たとえそれでまた死にそうな目にあわされても、頭を下げてなどやるものか。実力的には対等ではなくても、心は対等であり続ける。


『何を言っている? 我は力を貸すなど一言も……』

「なら、何でみんなが気付いていない、備えておかなきゃならない危険を教えてくれた? 魔の者の方はともかく、人の方なんて教えてもあんたにメリットなんてほとんどないだろう? 言わなくても人であんたにかなう奴なんていないんだろうから。適当にあしらって、終わりだ。俺に、レイチェル達に言い聞かせる必要なんてない」

 妖魔の言葉を遮り、恐怖で鈍っていた頭を働かせてカイルが問い詰める。レイチェル達もはっとなる。確かに人から向けられる危険もあるが、魔の者ほどの危険などあるはずもない。自らを売り込むポイントとしては低く、カイル達に警告を促す形にもなっている。


『なっ! 我は、我の有能さをしらしめてやろうと……』

「そもそもさぁ、あんた、本当に俺から離れられんの? いや、糧とか心情とかメリットとか、そういう建前は全部抜きにして……物理的に離れることができんのかって言ってんだけど」

 カイルの指摘に、妖魔は今度こそ反論ができずに黙り込んでしまった。その様子を見て、離れていた者達がベッドの周りに集まってくる。

「どういうこと?」

「ああ、魔力感知で魔力の流れが見えるようになって、んでちょっと冷静になって気付いたんだけど……俺から生み出される魔力の流れの一つが、こいつに、こいつの体にも流れ込んでるんだ」

 カイルに言われて、アミルとハンナは集中して魔力の流れを感知する。若くとも、二つ名もちの実力者として二人とも魔力感知で流れを見る目は体得していた。ただ、カイルとは違い集中力を必要とするため、普段は閉じている。


 そして、カイルの言ったことを確認し、二人して顔を見合わせて安堵の、そして嬉し気で少し意地の悪い笑みを浮かべる。

「なるほど、こういうことでしたのね」

「虚勢? 腹立ちまぎれの八つ当たり? 真実を隠すための恐喝? どれであっても許さない」

 カイルだけではなく、アミルとハンナが突然の強気に出たことで、事情の分からない者達は困惑する。そんな態度をとってしまって本当に大丈夫なのか。カイルに、自分達に、町に危害が加えられることはないのか。ただ、トマスだけはその豊富な経験や知識からあたりをつける。


「……それは、もしかしてこの妖魔とカイル君の間で、使い魔契約が結ばれている、ということかな?」

「「「「「「使い魔契約!?(!)(?)」」」」」」

 驚きと納得と疑問を含んだ声が同時に上がる。それを見たトマスが、簡単に説明を買って出てくれる。

「いいかい、使い魔契約とは魔力を持つ人とその他の生き物の間に結ばれる約定だ。契約の種類によっても違うけれど、互いの行動を縛り制約する効果もある。普通は双方間の合意があり、契約の種類を決め、制約の内容を定める必要があるんだが……まぁ、カイル君だからね。特殊な条件下だったり、行動だったりが合わさって、当人達さえあずかり知らぬままに契約が結ばれてしまっていた、ということかな」


「ほん、とに、使い魔なのか? だって、最高位の妖魔とかって……確か、妖魔や魔人は下位であっても使い魔に出来なかったはずじゃ……」

 トーマはそのあたりのことにあまり詳しくないながらも、常識だと言われていることを持ち上げる。獣人でも使い魔契約をすることはあるが、それはたいていが魔獣と行う者が多い。それも、自身と同じ系統の魔獣を従え、眷属とするようなものだ。当然そこには相手によって難易度が変わり、強いと言われるものほど高い。特に、自身よりも強い者との契約はできないはずだった。


 トーマ自身はまだ使い魔契約をするに至っていないが、成人すれば一度獣界に帰るなり人界で探すなりして眷属を作ろうと考えていた。そうすることが一人前の獣人であることの証明なのだから。

 中には変わり種として魔物を従える者もいるが、いずれも自らより実力の劣るものであり、高位の魔物、ましてや人語を解するような妖魔や魔人など到底使い魔にすることなど望めない。それはそうだ、自分より弱い者の下に着けなどいわれてうなずく者がいるだろうか。

「そうだね。通常の召喚契約であれば、とうてい望めないことだよ。妖魔や魔人が人界に来ることも珍しいから現地契約も無理だろうしまして対等以上の関係で契約を結ぼうとすることは不可能と言っていいね」


 通常の召喚契約というものは、召喚陣と呼ばれる魔法陣を用いて、そこに契約者の魔力を流すことでレスティアにいる生き物を呼び寄せ、契約を結ぶものだ。召喚においては、召喚時の契約者の実力に見合った存在が呼び出されるため契約者の実力を測ると同時に、強い者が呼ばれることで起きるだろう悲劇を回避している。

 誰だっていきなり知らない場所に連れてこられ、さあ契約だなどと言われて喜べるだろうか。しかも、それが自身よりも実力の劣るものであると分かればなおさら。召喚した存在の怒りを買えば自ら災厄を引き寄せるということに他ならない。そのため、召喚時には契約が完了するか決裂して召喚された存在が元の場所に戻されるまで召喚陣の周囲に結界が張られることになる。


 その結界もまた召喚者の実力に見合ったものとなるため、必然的に実力以上の存在を呼び出すということができない、してはならないのだ。それをすることを禁忌召喚といい、そのせいで滅んだ町や国もあるほどで、全ての国で禁止されている。未だ完全になくなったとは言いきれないことが、人の業を表しているといえるが。

 現地契約とは使い魔契約を結ぶ相手を召喚するのではなく、契約者自らが契約したい存在がいる場所へと赴き、対話や戦闘を通じて相手に認められれば結ぶことのできる契約だ。使い魔となる存在が実力のみを重視しない例もあるので、実力以上の存在との契約も可能になるが、その分召喚よりもはるかにリスクを伴う。


 さらには、人が行くことができるのは地の三界である人界・精霊界・獣界の三つのみで、後者二つの世界に通じるゲートは誰でも出入りできるわけではない。精霊界へのゲートは五大国の王族によって守護されているし、獣界へ通じるゲートは森の奥深くや深海、山頂や上空など到底人がたどり着くには無理がある場所に存在している。

 任意で開くこともできるとされるが、いずれも空間属性を持ち、膨大な魔力を必要とするため個人や個体で行き来が可能なものは限られている。まして、天の三界などには行くことさえできない。ゲートがどこにあるのか、いつ開くのか分からないこともあるが、その三界は地の三界の生物が生きていける環境ではないのだという。領域に入った時点で死を意味するのだとか。


 妖魔や魔人は下位であっても、他の生物を凌駕する実力を持つ。それゆえに召喚で呼ばれることはなく、そのほとんどが魔界に住んでいるため現地へ行くこともできない。だからこそ、妖魔や魔人との使い魔契約は不可能と言われていた。できないのではなく、やったことがない、成功する保証が全くないということだ。

「不可能かなんか知らんが、幸か不幸か今こいつは、この妖魔と使い魔契約を結んじまってるわけだ」

 グレンは大きな手でカイルの頭を撫で、妖魔を指差す。武骨で固い手でありながら、驚くほど優しいその感触に、カイルはなんだか気恥ずかしくなる。頭を撫でられるなどいつ以来だろうか。


「そう。しかも、たぶん魂の契約」

「さらには、主従の関係になっているようですわ」

 カイルと妖魔の魔力の流れを見極めたハンナとアミルが付け加える。あまり聞きなれない事柄のため首を傾げる者が多い。カイルもまたその一人だ。ただ、トマスやバーナード夫妻といった人生経験が豊富なものはそろって驚きの表情を見せる。それほどまでに珍しく、そして強い契約の型なのだ。

「いい、カイル。契約には四つの型がある。仮契約・本契約・血の契約・魂の契約。それぞれに代償とするもの、つまり相手に捧げるものが違う。仮契約は約束、本契約は魔力、血の契約は血と魔力、魂の契約は魂に直結するほどの魔力と心身の全て」

 ハンナは指を立てながらカイルに分かりやすいように説明する。カイルはふむふむとうなずきながら聞いていたが、気になることを尋ねる。


「代償になるものが何かっていうのは何となく分かった。それによって契約の種類やリスクなんかも変わってくるんだろうなってのは。でも、俺が結んだかもしれない魂の契約の代償になる魂に直結するほどの魔力とか、心身の全てってどういうことだ?」

 それはつまり、カイルという生贄を捧げてこの妖魔を繋ぎ止めているということだろうか。それならば今まで以上にカイルに自由はなくなるし、迂闊なこともできなくなる。また、どんなリスクがあるのか分からない。


「魂に直結する、つまりほぼすべての魔力のこと。心身の全てっていうのは……」

 ハンナはそこでいったんためらうが、覚悟を決めたような顔をしてカイルを真正面から見つめる。

「血や魂の契約は、他の契約と違って相手が死ぬまで解約できない。血の契約なら、共有するのは感覚位、どちらかが死ねば終わる。でも、魂の契約は、相手の全てを共有する。相手の属性も能力も、たとえそれが種族や個体によってしか得られない固有のものであっても。そして……寿命も」


「寿命? ……それって、どういう……」

「わたくし達エルフやハイエルフと呼ばれる種族が長命であることは知っておりますわね。長い者では千年以上を生きることもありますわ。人も魔力を多く持つ者は長く生きますが、それでも適性の問題か長くて百五十年から二百年くらいですわ。使い魔となる魔獣なども数十年から数百年といったところですわね。ですが、もし人が自分より長く生きる使い魔と魂の契約を結べば、もしわたくし達のような長命な者と使い魔が魂の契約を結べば、それは長く生きる方の寿命を契約者や使い魔も得るということですわ」

「そう。そして妖魔や魔人の寿命は、存在するのかも分からないくらい、長い、と聞いてる」

 カイルは呆けたような表情をして、胸の上でかすかに震えているように見える妖魔や痛ましげな顔をするハンナやアミルを見る。


「そ、それって……もしかして、俺、人の生きる、生きられる寿命の枠を……完全に超えちまったって、ことか? 契約を解除できない、ってことは、もう、人と……同じように、生きることは、できないっていう……。はは、俺、ホントに人じゃ、なくなっちまった。こんなんじゃ、堂々と、人なんて、いえねぇよな……」

 あまりにも突然のことに、人外宣言をされたような気になったカイルは自嘲することをやめられない。こんなことで、誰かを救うことなどできるだろうか。誰かに寄り添うことなどできるだろうか。同じ視線で、同じものを見ることができなくなったのに、彼らはカイルと共にいてくれるのだろうか。


「そんなことはないっ! たとえ、カイルがどれほどの寿命を得たとしても、カイルほど人としての、人らしい、人にあるべき心を持っている者はいないっ! わたしが、断言してもいい! カイルは人だ! 人として生きている! 人であろうとする限り、人であり続けられる!」

「そうですわよ。わたくし達も時に化け物であるかのように見られることもありますわ。人の子供が孫を持つようになっても、わたくし達の姿形は変わらないのですから。ですが、わたくし達はこれを自らの形と思い定め、受け入れておりますの」


「そうだぜっ! 長く生きられるからって強いわけでも、偉いわけでもねぇ! いずれはそうなるかもしんないけど、今のカイルが俺達よりも強いか? 王様よりも偉いか? 違ぇだろ、長く生きるから強いんでも偉いんでもない。強くなろう、偉くなろうって努力して生きるからだ。長く生きるって言うのはそういう努力をたくさん積めるってことだ!」

「君の夢を実現させるには、きっとたくさんの人の協力と、強い力と偉い地位と、そして何より長い時間がかかると思うんだよ。長い時間をかけて作られてきたものを、変えようとしているんだから。だから、君の夢を君の手でかなえるチャンスをもらった、そう思ったらどうかな?」


 レイチェルが、アミルが、トーマが、トマスが、カイルの心に温もりを与えてくれて、光の方向を指し示してくれる。そうだ、迷った時にも辛い時にも手を差し伸べて、叱ってくれて、導いてくれる。そんな存在が、もうカイルのそばにはいる。いてくれる。なら、カイルは間違わない。ちゃんと進むべき方向へ、たどり着く場所へと歩き続けることができる。

「そう、だな。これくらいのことで、躓いてらんないな。俺って、ちっちゃくても壮大な夢、持ってるもんな。ここでこけたりしちゃ、それこそ死んでった連中に顔向けできねぇよ。人にない力や寿命を手に入れたっていうなら、それも使って叶えてやるさ」

「それでこそ、カイル」

「それもまた、自分だ」

「俺達の思いも変わらない」

「おやおや、じゃああたしらも逝く時は見送ってくれるってことかね」

「嬉しいじゃねぇか。やっぱ、子供は親より長生きしなきゃよ」


 ハンナは安心したように微笑み、ダリルは肯定する。キリルは変わらない思いを伝え、そしてバーナード夫妻は叶わないだろうと思っていた願いがかなったことを知る。どうあっても人であるカイルとドワーフである夫妻の寿命は違う。カイルの方が早く年老い、死んでいく。子供が先に死んでいくのを見るのは辛い、子供に看取ってもらえないのも辛い。そう思っていたのに、思わぬ形で可能性が生まれた。

「寿命の件は、うん、まぁ、すぐには受け入れらんないけど納得した。長い人生なら考える時間はそれこそスゲーありそうだから。で、主従の関係ってのは?」


 主従というからには使い魔契約を結んだ双方の間で、あるじになる者としもべになる者がいるということだ。対等な関係が結ばれているわけではない。ならどちらが主で、どちらが従なのか。それをどう見分け、それによってどのようなことが起こるのか。

「それなのですが……どうやら、カイルが主、それもかなり強力な拘束力と強制力を持つ主人になっているようですわ。その証拠に、妖魔からはカイルに対し一切の魔力の流れがありませんでしょう?」

 カイルは言われて妖魔を見る。確かに、カイルから生み出された魔力は妖魔と繋がり、妖魔の中にも流れ込んでいる。それも結構な量が。カイルにはまだ経験上見分けられなかったが、常に中級から上級の魔法を使い続けているくらいの魔力量だ。万全の状態であれば、全く問題ない程度であり、それを上回って余りあるカイルの魔力生産量には他の魔法使い達も舌を巻くだろう。


「これが、使い魔契約の主従関係とか内容に関係してくるのか?」

「そうですわ。契約を結ぶ際に代償や約定が対等ではなかった場合、主従の関係になってしまうのですわ。こういうことはあまりありませんの。獣人達が忠実な眷属を作るために、格下の相手に行ったり、もしくは相手を支配することを望んだものが故意に行った場合を除いては、双方同じだけの代償を差し出し、対等な約定を結ぶことが普通ですわ」

「カイルは一方的に血と魔力を奪われた。それも命の危険ギリギリまで。そして、この妖魔は死にかけてたからカイルに与えられる血も魔力もなかった。それでも普通は契約は結ばれない。双方の合意が必要だから。でも、あの時カイルは妖魔の話を聞いて自ら糧を与えるための行動を、結果的に代償を払う行為を行った。そして、妖魔は差し出された糧を、代償を生きるために受け入れた。真意は違っても、お互いの意思の合意はあった」


 言われてなるほどと思う。カイルはあの妖魔のために出来る範囲なら、糧を用意する気でいたし、伸ばせと言われて腕を差し出した。妖魔は生きるためにそれに食らいつき、糧を得ることを受け入れた。

 そして血や魂の契約を結ぶのに必要なのは命の危険ギリギリまでの血や、魔力。その魔力も、ただギリギリまで払えばいいというものではない。相手を満たし満足させることができれば、ということだ。

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