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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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‎妖魔憑き

 どうにか騒ぎを収め、トマスに詳しい経緯を話したりカイルの容態を見守るため、まだ片付けられていなかったかの部屋にカイルを運び込んだというわけだ。

「そう……か。俺、どれぐらい気を失ってた?」

「五時間……といったところですわね。あれだけの魔力枯渇を起こしたにしては、回復が早い方ですわ。カイルは魔力の生産量も多いようですわね」

「これが……魔力枯渇、か」

 初めての経験に、どのくらいで復調するのか見当がつかない。今回ばかりは無理に動くことはできそうにないし許してもらえそうにもない。


「その様子では、やはり初めてでしたのね? 魔力切れを起こしたこともありませんの?」

 魔力枯渇と魔力切れは似ているようで微妙に違う。本来魔力というものはある一定量までしか使えないようにストッパーがかかっている。その一定量とは生命を維持するために必要な最低限度量というより、支障なく動くことができる最低ラインを意味する。

 その見極めは簡単だ。魔力切れのラインに達すると、目眩や息切れが起き、虚脱感に襲われる。それ以上魔力を使えば生命維持にも問題が出るという体のサインだ。一方で魔力枯渇は、そのラインを越えて魔力を消費し最低限度量に至るまでの消耗した状態をいう。これはさすがに馬鹿にならないダメージを与える。


 最低限度量というのは、本当にただ生きているだけの状態を維持するほどの量でしかない。呼吸をし、かろうじて心臓が動き、生命機能が損なわれない程度のものだ。魔力を失っただけで、肉体もダメージを負うのはその両者が切っても切れない深いつながりがあるからだ。同じ種族でも寿命でさえ変動させる代物だと言われれば納得できるだろうか。代わりに魔力を失うことが死へとつながってもいる。

 魔力枯渇のラインを越えてしまえば、それはすなわち死を意味する。カイルの場合、そのラインギリギリまで魔力を失っていた。アミルやハンナが状態を確認して血相を変えるわけだ。もう少しで、原因不明のまま死んでしまうところだったのだから。


「そういえば、なかったな。魔法を教えて、練習してたちび達が魔力切れで具合悪そうにしてるのを見たことはあったが……」

 自身が魔力切れを体験したことはなかった。魔力量的に生活魔法で魔力切れを起こすことなどなかっただろうし、上の階級の魔法を使えるようになっても魔力切れを起こすほど連発することもなかった。魔力生産量が多いというのであれば、魔力切れを起こす前に問題ない量まで回復してしまっていたのだろう。

 理解はしたが、二度と経験したくないと思えるような感覚だった。しかも、それが自分の意志ではなく抜き取られていくなど。


「初めて。なら、魔力が完全に戻るまで動かない方がいい。無理に動くと回路が乱れる」

「回路? ああ、なんか魔力が流れる道みたいなあれか? そういや、今まで感じたことなかったな」

「不思議、やっぱりカイルは面白い。普通は魔法を使う前に学ぶこと」

「そうですわ。体内の魔力の流れを感じ、魔力を操作し、魔法を構築するという、魔法にとって最も基本になるものですわ。魔力感知なしに、よく魔法が使えておりましたわね。それも無詠唱で」


 アミルとハンナはカイルが魔力感知という技能なしに魔法を使っていたという事実に呆れるやら驚くやらで説明してくれる。まずは体内の魔力の流れを感知して、できるようになれば周囲の魔力も感知できるようになる。魔法使いであれば、相手が魔力を有しているかどうかなど見ればわかるのだ。もっと慣れれば、その魔力量や質、流れまで見ることができるようになるとも言う。基礎でありながら応用の幅が広く、最も重要な魔法使いの技能でもある。


「へぇ……これが、ねぇ。確かにできりゃ便利そうだな。魔力操作とか、魔法制御にはそれなりに自信があったけど、肝心の基礎が抜けてたんだな」

「確かに。カイルの魔力操作と魔法制御は上手。でも、魔力感知ができればもっと無駄を省ける」

「そうだよな。それに、防御とか、警戒しなきゃいけない相手とか見極めるのにも使えそうだ」

「どういうことですの?」

「だって、これだと相手が魔力持ってるかどうか分かるだろ? それに、魔力を帯びてる物とかも分かるし、相手の魔力量の多さとか質、でもって流れまで分かる。なら、魔法使おうとしたりすれば分かるし、どれくらいの魔法が使えるかってことにも見当がつけられるだろ?」


 アミルとハンナは顔を見合わせて、それからカイルを見つめる。魔力感知について、説明はしたがそれができるようになるまで才能があっても十年以上はかかると言われている。なければ一生をかけてどうにか魔力量を感知できるかといったところ。それに、魔法具といったものからも魔力を感じ取れるなどとは教えていない。

「見えて……おりますの? 周囲の魔力が、その流れまで?」

「今まで見えてなかったのが不思議なくらいには、見えてるな」


 そのため、このメンバーの中ではレイチェルだけが魔力を持っておらず、代わりに魔力を帯びた物を持っていることが分かるし、ハンナやアミルといった魔法に長けた両者の魔力量の多さや質も感じ取れる。感じ取れるだけに、SSランクの実力者なのだと改めて納得できた。魔力量はアミルの方が多いが、質は両者同じくらいに高い。もっと目を凝らせば、属性であっても見えそうな感じだ。

「潜在してた能力が一気に発現した? 初めて魔力枯渇に陥ったから」

「かも、な。そういや、あの魔獣? も、それらしいことを……」

 カイルの潜在能力がどうの、魂がどうのといっていた。


「そ、そういえばなぜあのようなことをいたしましたの? それに、あの走狗、走狗なのでしょうか? なぜ咬まれただけで、ここまで血や魔力を失うことになったのか……」

 アミルはカイルの潜在的な才能の片鱗を感じ、畏怖に似たものを感じたがごまかすように、カイルの言葉に乗って魔獣のことを口に出す。死んでしまったとはいえ、あの魔獣は異常だったといえるだろう。ただ咬みつかれただけでは、あそこまで失血することも、ましてや魔力を枯渇するまで失うことなどあり得ない。

「ああ、あいつ……あいつってより、あの方って言うべきなのかな。あの魔獣は……魔獣じゃない」

「魔獣じゃない? あの方ってどういうことだ?」

 魔獣じゃないこともそうだが、カイルがあの方などと目上に対するように呼称するのも気になる。トーマは身を乗り出して問い詰めた。


「神獣……じゃないな。妖魔っていうのか、たぶん、その類。魔獣も元はこの世界の生き物じゃないけど、あの方はもっと別の……魔界、天の三界の生き物だ」

 天の三界の生き物でもっとも人に身近なものは魔界からくるという魔物だ。魔物は魔獣などと違い、ある日突然現れる。体内には必ず魔石を有しており、殺せば一定時間で死体が消える。あとには魔石やいくつかの素材が残されているという、なんとも摩訶不思議な存在なのだ。

 魔石にも素材にも魔力が含まれており、様々な道具や武器を作る材料ともなるためにハンターギルドでも多くの討伐依頼が出されることになる。それに、魔物は放っておくとどんどん増えるため間引いておかないと町や村に攻め入ってくるということもあるのだ。


 魔物以外の生き物、特に人を目の敵にしており見つければ必ず襲い掛かってくるという習性もある。強さは千差万別で、殺した時に得られる魔石や素材の質も強さに比例する。実入りは大きいが、当然リスクも高いという”人に与えられた試練と恩恵”の名にふさわしい存在なのだ。

 弱いものは知性も低く分別も持たないが、強いものになるとかなりの知性と理性を持つと言われる。中でも、人語を解するほどに強い高位の魔物は、獣型であれば妖魔、人型なら魔人と呼ばれている。


「妖魔だとっ! なっ、なぜそのような存在が、町中に」

「でもよ、姿形は走狗で間違いねぇ。根拠でもあんのか?」

 レイチェルがおののくように反応し、親方は懐疑的な視線を向ける。あの魔獣が普通でないことは確かだし、対話したカイルが一番詳しいのは分かるが、さすがに妖魔となると一概には信じられない。

「声を聞いた」

「声? だが、あの時、話してなどいなかっただろう? 妖魔なら誰にでも分かる言葉を声に出して話せるはずだ」

 ダリルもカイルに反論する。あの時、ダリルには何の声も聞こえなかった。カイルに襲い掛かる直前まで、その感情の揺らぎさえ感じ取れなかったのだ。


「でも、聞こえたんだ、俺には。……普段魔獣と対話する時とは違って、頭の中にはっきりとした声で意思が伝わってきた。走狗じゃないって断言してた。犬コロなんかと一緒にするなって、頭ん中で怒鳴られた」

 レイチェル達はあの時、カイルが不自然に体を震わせたことを思い出す。あれは、走狗であることを否定する一喝を受けたからだと。

「あの魔獣の姿を借りて、人界めぐりをしてるって言ってた。油断して、罠にかかったけど、面白そうだったからそのまま付いて行ったって。町で面白いものをいろいろ見て、そろそろ行こうかと思ったけどできなかったらしい」

 なんだかすごいんだか間抜けなんだか分からない話だ。だが、それなら妖魔ほどの存在が捕らわれていたことも説明がつく。


「なぜ、その妖魔? は出ていけなかったのかな?」

 話を聞いていたトマスが初めて参加してくる。姿を偽っていたとはいえ、さすがに妖魔を町に入れたとなれば大問題だ。再発を防ぐためにも、色々と情報が欲しい。

「あの妖魔、弱ってたろ? 本当の住処じゃないのに身を保つにはそれなりの対価が必要らしい。で、その糧になるものを、一つも与えられていなかったって」

 魔獣と違い、魔物や妖魔が何を糧とするのかは種それぞれだ。別にそれは物質的な物でなくてもいい。

「それで、何を糧にするか聞いたのか……」

 キリルは独り言のようだった会話の内容が理解できてため息をつく。カイルがためらいなく従おうとするはずだ。それさえ用意出来れば、その変わり者の妖魔は町に危害を加えることなく立ち去ってくれる可能性があったから。もし妖魔が暴れたら、町一つ壊滅することもあり得たのだから。


「そ。で、難しくはない、左腕を伸ばせって言われたから……」

「そういうことでしたのね。その妖魔は血と魔力を糧にする存在でしたのね」

 不自然なくらいにギリギリで残されているはずだ。少しでも間違えば失血死か、魔力枯渇による死が待っていただろう。

「俺もその可能性を考えときゃよかったんだけど、あんまり自然に言われたもんだし。それに、ああやってちゃんと会話できることで警戒心が薄れてたってこともあるんだろうな。すげー勢いで血と魔力を吸われて……死ぬかと思った」

 今思い出してもぞっとする。体の中から水が漏れるように血が抜けていく感触と温もりが失われていくかのように魔力が吸われていく感覚は。顔色を悪くするカイルだが、周りにいた者達も揃って顔を青くしていた。


「もし、それが本当に妖魔だったなら……死んでいない、ということになるのかな?」

 トマスは顔が引きつるのを感じながら、結論を出す。死にかけていたため、最後のあがきというならまだいい。もう死んでしまって脅威は失われているのだから。だが、もしカイルの言うようにあれが妖魔で、カイルの腕を咬むことで糧となる血と魔力を限界まで吸い取ったのだとすれば。


『ふむ、ようやく気付いたか。いつその結論に達するか、見物するのもなかなか面白かったが、少々焦れておったところよ』

 そこに低く、厳かささえも感じる声が響いてくる。今度はカイルにだけではなく、部屋にいた全員に聞こえた。二つ名を持つ者達はとっさに臨戦態勢になり、カイルをかばうように警戒するが姿を見つけることができない。

 と、カイルの体にかけていた上掛けの布が小さく盛り上がり、そこからひょこりと子犬よりもさらに小さい赤ちゃんサイズの犬? が出てくる。見かけは犬というより狼に近いように見える。走狗と同じように真っ黒な体毛に金に輝く瞳をしていた。


 それほど小さいのに、与えてくる威圧感は赤ちゃん犬のそれではない。まさに妖魔、と断じていいほどの迫力だ。敵意は見せていないし、何よりカイルの胸の上に乗っているので攻撃を仕掛けることもできない。

「あ、なたは……えっと、あの?」

『うむ。我があの犬コロに宿り、操っておった妖魔よ。元々死体であったあれの影に宿り、手足として動かしておったが、糧が得られぬのではな。故に捨ててきた。ああ、案ずることはない。貴様らと敵対する気も、こやつを殺す気もない』

 妖魔はレイチェル達を見て、それからカイルを見る。妖魔の話から、影から影へと移動し宿ることができると分かった。そしてあの時、元は死体だった走狗の影からカイルの影に移ったということも。死体であれば自由に動かせるというのであれば、カイルを害する可能性もある。そう考えた面々の機先を制して、その気がないことを伝えてきたのだ。


『聞いたであろうが、我は人界めぐりをしておるまで。降りかかる火の粉であればともかく、むやみに手は出すまいよ』

「ではなぜカイルにっ! それに今も宿っている!」

 レイチェルは気力を振り絞るようにして立ち向かう。膝が震えるが、それ以上にカイルにしたことや、今もカイルを人質にするように宿っていることは許せなかった。

『仕方なかろう。久方ぶりの糧であったのだ。町を出られるだけに留めようかと思っておったが、あまりの美味さについむさぼり食ろうてしまった。人界に来てからというものまともな糧にありつくことなどなかった。いや、魔界でもめったに味わえぬほど……美味であった』

 手の中に納まってしまいそうな子犬が、愛らしい姿であるはずのそれが、真っ赤な舌でぺろりと口元を舐めた瞬間、生物的な……本能的な恐怖が沸き起こり、皆一斉に一歩引いてしまう。魔力枯渇に加え、胸の上に乗られて動けないカイルは冷や汗が止まらない。


 近くの森の主にも、カーク達にも美味いと言われた。その時にも感じていたが、この妖魔から感じるそれは、自身が被食者でしかないという諦めにも似た悪寒だ。

「で……では、カイル君に宿っているのは……」

 もしや、カイルを生きた餌にするつもりなのか。あまりにも恐ろしい予想に、トマスは言葉にすることができない。一度妖魔に目を付けられてしまえば、逃げることなどできない。まして、すでに影に宿られてしまっている。このままではカイルの未来はない。


『ふむ、勘違いするでない。こやつを上等な餌とするならば、とうに連れ去っておるわ。弱った体を癒しておったとはいえ、あれほどの糧を得られて万全の力を取り戻せぬはずなかろう?』

「じゃあ、なぜ?」

 ハンナは震えながらも杖を握りしめる。生きたまま妖魔の餌になどさせるわけにはいかない。だが、妖魔の言葉ももっともだ。カイルが気を失って五時間。妖魔は音沙汰もなく、話題に上るまで沈黙していた。


『我は人界めぐりをしておると言ったであろう? 世界中を駆け回り、色々なものを見てきた。あの身では入れぬ町の中にも入った。面白いものもたくさん見てきた、聞いてきた。そろそろ飽きてきたので帰ろうかと思っておったところだ。だが、こやつを見つけた』

 妖魔は小さな前足で、トストスとカイルの胸を叩く。妖魔の長い生の中でも出会ったことのない存在。奇跡のような、あるいは冒涜的なまでの可能性を潜在させる者。今はまだ己の力に気付いておらず、扱えてもいない。だが、もしその潜在能力が、魂が解き放たれる時が来たならば。そうすればきっと面白ことになる。


『こやつは面白い。我はこやつのような者を見たことがない、聞いたことがない。故に、こやつと共にいれば退屈せぬであろうと思ってな』

「で、でも、お前は、これからもカイルの血や魔力を食うつもりなんじゃないのか?」

 トーマは勇気を振り絞る。同じ系統の獣であるからこそその実力差も感じ取れる。この場にいる全員でかかっても倒せないだろうことは。あくび交じりにあしらわれてしまうだろうことは。だが、それでも友人を、カイルの苦難を見過ごせない。


『それはそうであろう。これ程の上質な糧、見逃すにはあまりに惜しい。手放すことも、他にくれてやることもできぬ』

 断言する妖魔に、カイルは奥歯をかみしめる。抵抗することも、逃げることもできない。これから先、この妖魔を楽しませる玩具や餌として生きていかなければならないのか。簡単に死ぬことは決して許してくれないだろう。先ほど限界を見極めて血と魔力を奪われたように。死を選ぼうとすれば、必ず止められる。あの時、声が聞こえたからと近づいたりしなければ……。

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