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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
33/275

カーク選定

「ぬ、ぐぐ」

「諦める。カイルの方が大人」

 悔しがるトーマにハンナは呆れたような目を向ける。自分がそうだからと、みんなそうだと思わない方がいい。本当に大切なものを見つけ出し、本質を見抜くことができる者もいるのだから。少なくとも女性陣の間ではカイルの票は上がったといえよう。


「あそこか?」

 カイルは町の入り口から少し奥に入った場所にある獣舎を見てレイチェルに声をかける。レイチェルは何か考え込んでいたようだったが、カイルの声にはっとなって答える。

「そうだ。わたし達のカークもあそこに預けてある。宿屋によっては預かってくれるところもあるのだが、餌や場所の問題もある」

「カークなんて買うのは久しぶりだな」

「そうだねぇ、いいのがいるといいけど」

 親方とアリーシャは慣れた様子で中に入っていく。カイルも入り口あたりで少し躊躇していたが後に続く。今ならいきなり追い返されることはない、そう言い聞かせて。

 中は木の棒で区切られた柵の中に馬や鳥、犬のように見えるものまでいる。本当にいろいろと種類があるようだ。各々くつろいでいたが、誰か入ってきたことに気付くと、こちらに視線を向けてくる。

 カイルがキョロキョロと見回していると、奥から一人の男性が出てきた。


「いらっしゃい。今日は何にする? おやっ、そこにいるのはあの時の……カークを引き取りに?」

「いや、出発は明後日の朝を予定している。それまでは預かっていてほしい。今日はこの三人の乗るカークを見せてもらいに来た」

 レイチェルが男性に対応する。男性はドワーフである夫妻を見て、それからカイルを見る。一瞬その目の中に剣呑な光も浮かんだが、すぐに愛想笑いに戻る。

「はいはい、カークだね。一匹銀貨三枚~五枚だ。見てもらって相性の良さそうなのを選ぶといい。中にいるのは気性が荒かったり、種族的に一緒に出来ないやつが多い。あとは、一級品だ、その分高くなる。外にいるのは自由に見てもらっていい。気に入られりゃ向こうから寄ってくる」

 基本は放し飼いだ。勝手に餌を取り、好きに走って好きに寝ている。毛づくろいやフンの処理は定期的に行うが、半野生化していると言えるだろう。男性に連れられて夫妻とカイル、続いてレイチェル達も運動場兼放牧場へ出る。

 中には色とりどりの馬やカーク、牛や羊のようなものまでいる。


「なんか、広くないか?」

 外から見ていたよりも、中が広く感じる。カイルは何か違和感を感じて空を見上げた。

空間拡張エリアイクスパンド。空間魔法の一つ、魔法具に記憶させられれば魔力を流して使える」

「へぇ、空間魔法……」

 カイルも空間魔法を使えるが、今のところ荷物運びがせいぜいだ。だが、これを使うと狭い場所をこうして広げることが可能になる。そうなれば、見つかりにくい隠れ家だって作れそうだ。なんだかワクワクしてくる。

「いいよなぁ、空間魔法。手荷物は少なくて済むし、狭い家でも広くできるし」

「代わりに消費する魔力が多いので、そうむやみには使えませんわ」

 特殊属性や固有属性というものは総じて消費魔力量が多い。連発すればすぐに魔力切れやひどくすれば枯渇を招いてしまう。魔力がない者はそうでもないが、魔力がある者が魔力を極端に失うとめまいや意識障害の他、生命の危機にも繋がってくる。


 目に見える形で存在するわけではないが、魔力の器や体内をめぐる魔力が内臓や血と同じような役割を果たしているからだという。つまり、魔力を持つ者は血と魔力の通り道、二つの管がある。魔力を大量に失うことは大量出血するのと同じことであり、器が傷つくのは内臓が傷つくのと同じことだというわけだ。全身を流れる魔力の総量が、総魔力量であり、魔力の濃さが質となる。

「ここは定期的に魔法ギルドに依頼して魔法使いに魔力を補充してもらってる。あのへんがカークだ」

 男性が指差した方向には、確かに大量のカークが群れを作って草を食べていた。


「触ってもいいのか?」

「好きにしな。ただし、怪我しても責任は取らねぇ。せいぜいつつかれたりけられたりしないように気を付けな」

 男性はつっけんどんに答える。レイチェルが眉を顰めるが、カイルは肩をすくめてカーク達に近づく。さて、そうと知って初めて魔獣と対話することになるのだが、果たしてきちんと伝わるだろうか。

 カイルは刺激しないようにそっと近づくと、顔を上げた一頭のカークと顔を合わせる。クァーという高い声で鳴き、目をキョロリとさせて首を傾げる。

「いや、お前の餌は取らないよ。つうか、よっぽどでないと草なんて食わないっての」

 カイルは伝わってきた内容に苦笑すると、手を振る。カークはキョトンとした顔をしていたが、やがて嬉し気な声を上げると、カイルの袖を嘴で挟んで連れていく。群れの真ん中あたりに来ると、輪の中に頭でぐいぐい押してくる。


「うわっ、ちょっ……待てって、何だ? は、いや、いっぺんに言われてもな……」

 カイルは周囲をカークに囲まれ、じっと目線を向けられる。まさか食べようって算段じゃないよな、と思いつつ様子をうかがっていると、一匹が意を決したように動く。続けて他の個体も次々とカイルに訴えかけてくる。

 伝えたい内容は分かるのだが、それを把握しきる前に次の個体が語り掛けてきて、それが終わる前にまた次の個体と、ひっきりなしにカイルに意思を伝えてくる。右を見たり左を見たり、服を引っ張られて振り返ったりしながらなんとか彼らの意見を処理し統合していく。

「……分かった。伝えとく。はぁ、いきなり囲むから食われるかと思っただろ?」

 彼らの陳情に了承の意を伝えたカイルがホッと胸をなでおろすと、一匹がからかうように顔を舐めてくる。大きな嘴の中から青緑をした大きな舌が、カイルの頬をザラリと撫でた。

「はっ!? う、うわっ、ちょ、お前ら。や、止め……来るなって、わか、分かったから、……ちょっと、やめ…………」


 いきなりカークに連れていかれたかと思うと囲まれて、クァークァー、クルクル鳴かれ、落ち着いたかと思えば、あちこちから顔中を舐められてもみくちゃにされている。そんなカイルをレイチェル達は唖然として見ていた。カークがあれほど人懐っこく、信頼というより親愛を見せてくるのを見るのは初めてだったのだ。飼育係の驚きはさらに大きかった。

 町で話題になっていたが、飼育係は孤児や流れ者を嫌っていた。家畜よりも汚らしいし、ギラギラした目で獲物を狙うように動物達を見てくる。触っていいかとカイルが聞いてきた時も、いっそつつかれて怪我をするか、蹴られて拒絶されてしまえばいいと思っていた。

 だが、蓋を開けてみればなんだこれは、という光景があった。まるで長年の友のように、共に育った兄弟のように、カイルはカーク達に受け入れられていた。まるで会話しているかのような独り言を言っていたが、カークと会話ができるなど聞いたことがない。


 しばらくして、カイルはヨロヨロとレイチェル達のところに戻ってくる。服もヨレヨレで髪の毛もあちこち引っ張られたのかぼさぼさになっている。

「あぁ、ひでぇ目にあった。なんだよ、あいつら、人懐っこすぎるだろ。あれで魔獣か? 本気で食われるかと思ったわ」

 カイルはざらざらした舌で何度も舐められたせいで、少し赤くなった顔をさする。アミルが苦笑を浮かべながら手を光らせ、治してくれる。人では光属性は珍しいが、エルフやハイエルフは生まれついて誰もが持っている属性だ。そのためカイルが自身で使うより良かろうと思ってのことだ。


「ありがとな。で、あいつらなんだけど……なんでも餌がまずいらしいぜ? 水分はたりねぇし、甘みも咬みごたえもないし、栄養価も低いって、ブチブチ不満を漏らしてた。たまにゃ、外の草が食いたいってよ。だからって、俺舐めることないだろ? うまいって言われても喜べねぇよ」

 カイルはアミルに治療のお礼を言うと、先ほどカーク達から聞き取った陳情を伝える。レイチェル達もそうだが、飼育係の驚きはことさら大きい。


「なっ、な、何言ってやがる。ここほど環境がいい場所なんてないだろうが! 餌になる草だって気を使ってる。きちんとした代物だ。適当なこと言っていると叩きだすぞ! この流れ者がっ!」

「別に信じてもらわなくてもいいさ。ただ、カークってやつは走ることと食うことが何より好きって種なんだろ? あんまりそのままにしとくと、いつか逃げ出すぞ?」

「うるせぇ! 何にも知らねぇガキが口出すな! このゴミがっ!!」

 飼育係がカイルの言葉に激高し、拳を振り上げる。レイチェル達がとっさに動こうとし、カイルも身をかわそうとしたがそれよりも早く走り込み、飼育係を蹴飛ばした存在がいた。温和で従順、人を傷つけることはないとされてきたカークの蹴りが飼育係を吹き飛ばしたのだ。


 草の上をゴロゴロと二転三転した飼育係は、何が起きたか分からず目をしばたかせる。ただ、腰のあたりに残る鈍い痛みと、興奮した様子で翼を広げカイルを守るように立つ一匹のカークの姿が見えていた。グァーと、いつになく激しい声を上げている。また、それにつられるように、先ほどカイルを構いまくっていたカーク達も集まってきて、飼育係を包囲しようとする。

 一度だって逆らったことのないカーク達の突然の凶行に、飼育係は恐怖に顔を引きつらせ、あえぐように息をする。じりじりと包囲を詰めていたカーク達だったが、カイルの一喝に慌てて従う。

「待て! お前ら、ちょっとこっち来い!」

 カーク達はバタバタとカイルの前に整列する。カイルは見上げたままでは締まらないと地面を指差す。

「お座り!」

 数十匹はいたカークが一斉に地面に座り込む。まるで訓練されたかのような動きに、誰もが息を飲む。


「いいか? 例えどんだけ飯がまずかろうと、自由に走れ回れなかろうと、お前らはあの人にちゃんと面倒を見てもらってるんだろ? だったら、ああいうことはするな。お前らを商品として扱っているのが許せないなら、いつか背中に乗せて外を走れる主人、んー仲間か、に出会えるまで世話してもらってるんだと思え。ああいうことしてると、お前ら……殺されちまうぞ? お前ら大人しくていい奴だからこうやってたくさんの人に必要とされてるんだろ?」

 カークが一斉に小さな声でクァーと声を上げる。切なそうな、悲しそうな声だ。

「いいんだよ、俺は。ああいうこと言われるのもされるのも慣れてる。でも、お前らはああいうことするのは慣れてないんだろ。俺のためにやってくれたのは嬉しいけど、そのせいでお前らが殺されたりしたら、俺どんな顔すりゃいいんだよ」

 カイルが呆れたような、悲しそうな顔をすると。カークも一斉に騒ぎ始める。座って微動だにしないまま鳴き続けるさまは異様に映ったが、同時にカイルの持つ確かな力を証明するものでもあった。


「分かったなら、ほれ……行ってこい」

 カイルの言葉にカーク達は一斉に立ち上がる。そして、まだ草の上にへたり込んでいた飼育係に近づいた。飼育係は悲鳴を上げて身をすくませたが、カークは飼育係に嘴を寄せてスリスリとすり寄る。他のカーク達も申し訳なさそうな様子で頭を下げていた。

 飼育係は半ば呆然とそれを見ていたが、何か許容範囲を超えたのか、声にならない叫びをあげながら走り去っていく。

「あー、しばらくは無理そうだな、こりゃ」

 カイルはあちこちから体を寄せてくるカークを撫でながら飼育係を見送る。トラウマになってしまったようだ。しばらくはカークと接する時、びくびくし続けるだろう。最も、そのおかげで餌のグレードが上がる可能性はあるが。

 レイチェル達が慎重に近づいてくる。今までしたことのない、カークに警戒を向けるということをしながら。


「か、カイル……その、大丈夫か、色々と」

「問題ないさ、カーク達も落ち着いてるだろ?」

 確かに先ほどの集団で包囲した時のような鋭い雰囲気はない。だが、カークもまた魔獣であり、ああいった面を持っていたことに初めて気づいた。

「お、驚いたな。カイルのこともそうだが……カークにあんな一面があったとは」

「なんだかんだ言っても、こいつらも魔獣ってことだろ。割と容赦ないぜ、敵には」

 敵対者や侵入者であれば、苛烈ともいえる攻撃を行う。魔獣はそうした獰猛さも持っている。いくら飼い慣らされているとはいえ、そうした本能まで失っているわけではないのだろう。


「それよりもカイル……先ほどの男、……」

「そっちも問題ない。言ったろ? 慣れてるさ」

 キリルの心配そうな声に、カイルは笑って答える。だが、レイチェル達の胸の中には納得できない思いが浮かぶ。助言と忠告を行っただけで、頭ごなしに否定され暴力を振るわれそうになる。そんなものがカイルの日常だというのか。カークがやっていなければ、レイチェル達の誰かが手を出してしまっていたかもしれない。

「にしても、こいつら結構個性的だよな。……っつうか、なめるなって言ってるだろ! ん? 俺らは王都まで行くからカークを探しに……どわっ、ちょ、待て! 俺が買えるのも連れてけるのも一匹だけだって。こらっ! 喧嘩すんな! 怪我したらどうすんだ! 親方とアリーシャさんも一匹ずつ買うから、……すげぇ、張り切ってんな」

 意思が伝わることに気付いたカイルにたまりまくった愚痴を言い、説教をされて落ち着いて、改めてカイル達の目的を尋ねてきたカーク達にカイルが答える。すると、我先にとカイルの元に集い、一匹と聞くと嘴や足で喧嘩を始め、止められて、さらに二人人員がいると聞けば、珍しい飛行まで見せて飛んでいく。


 カークとは思えないほどの興奮とドタバタぶりを見せてくれた。カイルはなんだかその様子がおかしくて笑ってしまう。先ほど言われた言葉なんて、もう気にならなくなっていた。当事者であるカイルが明るく笑っているのに、自分達がいつまでも暗い顔をしていたのではいけないとレイチェル達も笑みを浮かべる。

 なんだかカイルといるだけで、今まで知らなかった色んな世界が見えてくるようだ。知らずに見過ごしてきた、知らずに思い込んでいた、そんな常識や固定観念が覆されていく。

 結局、紆余曲折を経て、カイルのお供をするカークが選出された。誇らしげに胸を張る様子が何とも愛らしい。青緑の色をしたカークだ。早速カイルにじゃれついている。


 親方は見上げながら一匹のカークと無言でにらみ合いをし、アリーシャはまるで屈服させられたかのような様子のカークを連れている。どちらも相方が決まったようだ。

 その頃になって、ようやく逃げだしてしまっていた飼育係が戻ってくる。三人がそれぞれのカークを連れているのを見て、手早く手続きに入る。カークの首に、主人となる者が首輪をつけて魔力を流すと所有者登録ができるという。魔力がなければ指紋での登録だ。カイル達は三人とも魔力があるため魔力での登録を終えた。あとは出発まで預かってもらう手続きと、それを含めた料金の支払いだ。

 ありがたいことに、鞍や手綱といったものは料金に含まれており、出発日を告げておくと準備しておいてくれるらしい。レイチェル達のカークも含めて明後日の早朝出発で予約を入れておいた。飼育係はへこへこしながらも、カイルを見る時その目に恐怖や憎悪のような光がよぎる。カイルもそれには気づいているが、知らないふりをしている。

 余計なことをすれば、行動を誘発してしまいかねない。ならば警戒して、何もないことを願うばかりだ。レイチェル達も、部屋が余っているからと今は親方の家に寝泊まりしている。戦力的には過剰すぎると言ったところだ。

 涙を流しそうなカーク達に別れを告げて、カイル達は再び獣舎の中に入る。ここにもまた、思いもよらぬ出会いが待っているとも知らずに。

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