公式発表とカークの主張
カイルはレイチェル達や親方達と並んで移動しながら、三日間ほどの出立準備の間にトマスが行った情報操作の内容を聞いていた。聞くところによるとトマスはカイルのギルド登録以前から、あの村についての調査を行っていた。カイルに話を聞いた後、すでに取り寄せていた住民登録を見たがカイルの名はやはり消されていた。カイルにそのことを話さなかったのは一応ギルドマスター間の極秘情報であったかららしい。
それぞれの町のギルドマスター達は独自の情報通信手段を持っており、実のところトマスはカイルが登録しに来る前に剣聖の息子の、つまりカミーユの情報をつかんでいた。それはそうだ。カミーユは行く先々で問題を起こしていたし、存在を隠そうともしていなかった。その経路を見ればどの町にいつ頃たどり着くのかおおよその推測も立つ。
カミーユの犯罪行為は濃厚だったのだが、町の人々やギルドマスター達にも動揺が広がっていた。まさか、あの剣聖の……英雄の息子がこんな最低な人間だったのか、と。剣聖の名が邪魔をして表立って罪に問うことも難しく、さりとて放置しておけば被害は広がるばかり。
幸いだったのは王都を目指しているらしい以上、いつかはギルド登録するのではないかという予想だけだ。仮に剣聖の息子であろうと、ギルドカードという明確な証拠があれば裁きにかけられる。だが、とても繊細で下手をすると国政に影響しかねないだけに、慎重に慎重を期した対応が取られていたのだ。
トマスも頭の痛い思いをしながら、進路から王都に行くなら必ずこの町に立ち寄るだろうことを考え思い悩んでいた。カミーユも罪状が付くことを恐れてか、なかなかギルド登録しようとせず対応に行き詰っていた時、カイルがペロードの町に現れた。
ただでさえ町に入ってくる者達に目を光らせているところに、カイルの行動。トマスが目を付けるのは必然だった。ともすればカミーユの手先かとまで疑心暗鬼になっていたという。しかし、それは全くの杞憂で、カイルは思い悩み行き詰っていたトマスの心を吹き飛ばすような衝撃を与えた。
有名でも、立派な親を持っていてもカミーユのようなクズもいれば、無名で親なしでもカイルのような奇跡もある。それは確かにトマスの心に光を灯し、カミーユとの対決の覚悟も決めさせた。これ以上好きにはさせないことを、王都直前のこの町で止めてみせると。
そのきっかけを与えてくれたカイルには、当然ながら感謝していたし、望むならギルド登録の許可も与えようと思っていた。流れ者で孤児である以上、ギルド登録すれば過去の罪状も出てくるだろう。だが、それを黙認し自身の胸の中に留めておくくらいのリスクは負う覚悟もしていた。
しかし、蓋を開けてみればカイルは……カイルこそが剣聖の息子なのだという。疑うことも難しいいくつもの証拠を突き付けられ、トマスは愕然とするとともに、がぜん希望が見えてきた。もし、それが本当なら、心置きなくカミーユを断罪することができる、と。
そして、トマスをさらに驚かせたのは、ギルド登録と共に浮かんできたカイルの過去に罪が一つも刻まれていなかったこと。あれほど過酷な環境にあって、精霊に申し開きができない罪を一つも犯していないことだ。
トマスは経験上、罪が刻まれる仕組みも知っていた。たとえ人を殺しても、それを精霊が罪だと断じなければ罪だとは刻まれないことを。カイルは紫眼の巫女の力を持ち、精霊と意思の疎通ができる。ならば、裏組織などよりよほど罪の隠蔽を行うことは容易なのかもしれない。
しかし、トマスはそうは思わなかった。こうして罪が刻まれていないにも関わらず、カイルは自らの罪を世話になったドワーフ夫妻にもギルドマスターであるトマスにも告白している。ならば、これが精霊達の答えなのだ。公正で嘘をつかない精霊達が、カイルを清廉潔白だと認めているということだ。
登録後、めきめきとランクを上げていくのを見るのは、いないはずの自らの子供の成長を見ているようで頼もしく誇らしくあった。そうして、忘れかけた頃にやってきたのがカミーユだ。そして、彼はしてはならないことをした。トマスの逆鱗に触れ、切ってはならない堪忍袋の緒を切った。
結果、逃げ場など一切ない、徹底的な断罪が行われたというわけだ。そして、ここからが本題だが、トマスはカイルの存在を他のギルドマスター達には告げていなかった。カイルが抱える秘密があまりにも大きく、また様々な思惑の元利用されることを嫌ったためだ。
そして、事が終結しカイルやレイチェル達から話を聞き決断した。カイルの存在を隠しながら、真実を明らかにし、村を救える方法を。あくまであの村を調べていく過程でカミーユの真実に気付いたのだということにしたのだ。そして、調査を続けて判明した”事実”を公表した。
曰く、カミーユは剣聖の真の息子ではなく偽者であったこと。曰く、本当の剣聖の息子は存在していたが、人界大戦による村の襲撃により幼くして命を落としていたこと。曰く、それを隠そうとした村人達によりカミーユという身代わりがたてられたこと。曰く、その背景には度重なる襲撃と周辺の人々の裏切りがあったこと。
カミーユが名を騙っていたことに憤っていた人々も、カミーユもまた被害者であったと知りあまりひどい影口は叩かれなくなった。犠牲になった人々の遺族は深い悲しみと怒りに包まれていたが、裁判の場に出たカミーユを見て口をつぐんだ。ひどく憔悴し、やつれ深く罪を反省しているということが、話を聞くまでもなく分かったからだ。裁判の結果がどうあれ、双方それを受け入れるだろう。
国中が、あるいは世界中が剣聖の息子の実在に驚き、非業の死に涙しながら、身代わりを立て財産を(実際には補助金だが)搾取した村人達を糾弾した。だが、同時に明らかになった真実に振り上げた手を村人達に叩き付けることは憚られた。
なぜなら、村人達が、かの村が大戦の折に受けた被害と傷のあまりにもの大きさに言葉を失ったからだ。たった一度でも耐えられないようなドラゴンと魔物による襲撃を三回。一月の間に立て続けに受けたという事実。
それが死亡していた剣聖の妻である巫女や実在していた息子を狙ったものであっただろうこと。二度目の襲撃の際、援助に来ていた近隣の警備隊達が死を恐れ逃げ出したことで結果的に剣聖の息子を死なせるほどの被害を生み出したこと。
多くの村人達の死と、息子の死に衝撃を受け、三度目を恐れた周辺の人々からは誰からも助けを受けられず、失望と絶望に自ら死を選んだ人々の最期。肝心な時に間に合わず、さりとて村人達の最後の希望になったはずの騎士団の派遣。
しかし、村人達の話は信じてもらえず、あまりにもの重さに剣聖の息子の存在や死を伝えることもできず。周辺の村や町の裏切りも伝わらない。被害に見合わない復興資金と訴えても信じてもらえない実情、見捨てたのに罪に問われずわが身可愛さに結託して真実を隠す周辺の人々。
様々なものが重なり、思い余って身代わりなどと立ててしまった。減った人員と少ない復興資金で貧困にあえいでいた村人は、耐え切れず剣聖達が残した財産に手を付けてしまった。その痛ましい事実から目を背けたくて、剣聖様の息子は生きている、だからそのために財産を村の復興につかうのだ、と自らを錯覚させながら。
だが、その罰が当たったように身代わりに立てたカミーユは年を追うごとに村人達を苦しめるようになっていった。悪戯だったものが、質の悪い嫌がらせになり、そして凶悪な犯罪となって村人達に返ってきた。
そこへ国王陛下の命で視察に来ていたレイチェル達を見て、もはやこれまでと罪の告白を行い、カミーユが捕まり次第、ともに罰を受けるつもりでいたのだ、と。剣聖様達のお金には手を付けてしまったが、家の中にあったものはどうしても売り払ったり自分達のものにすることができず、大切にしまい込んであるのだと。剣聖の妻と子供の墓を守り続けてきたのだと。
レイチェル達はその告白を受け、真実を明らかにするためにも視察を兼ねてカミーユの足跡を追い、そして王都の手前でギルドの協力を得て見事捕縛し、断罪した……というストーリーが作られていた。
明らかにすべきところは事実だが、それ以外はほとんどでっち上げだ。だが真実を知る村人達やカイル達が口をつぐんでしまえば、それは誰にも分らない。
レイチェル達が来て以来、戦々恐々としていた村人達だが、捕縛の兵が向けられる前にトマスが魔法で送った早文でことの顛末や、公表される内容、これからの身の振り方の指示を見て全てを悟った。自分達の嘘が、罪がようやく終わりを迎えることに。最も気がかりであったカイルの所在が明らかになったことに、そして何よりそのカイルこそが村人達を一番理解し、許し、救おうとしてくれているということに。
村人達は自らの罪を悔い、カイルに感謝と敬意を示し、そして命ある限り秘密を守り続けることを誓った。やがてカイルが、翼を広げて世界に飛び立つその日まで、今までできなかった分守り通そうと。
村人達はあまりにも裁く者が多かったことや、罪を負う者達がすべて刑を受けることになれば村が立ち行かなくなるということもあり、少々変わった刑罰が下された。それは、村そのものを刑罰の場として、横領した分を返済し、国へ納める税を一定期間引き上げるというもの。そしてまた、許可なく村を出入りすることを禁ずるというものだ。見張りを立て、村に軟禁し労働を強いる。立派に刑罰になるが、同時に村人達を守ることにもなる。
どんな理由があろうと、剣聖の息子を守り切れず名を汚したことに違いはない。それに、周囲の村や町の罪を告発したことで恨みを買っている可能性もある。当事者達はみな連行されたが、その家族や知り合いから危害を加えられる可能性もある。早急に村に騎士団が派遣され、それまではギルドから依頼を受けた者達が見張りと守護を務めることになっている。
「俺は死んだことにしておくわけか……」
実際には生きているのに、表向きは死んでいるという妙な状況に、カイルはどう反応すればいいものか分からない。
「そうだ。いずれは判明してしまうだろうが、今はまだ、カイルの存在は伏せておきたい」
公式発表を例の組織も仕入れ、信じてくれたならしばらく時間が稼げる。今はともかく時間が必要だろう。カイル自身のためにも、王国の、ひいては世界のためにも。せめてカイルが自衛できるくらいになるまでは。
「でも、王様はどうするんだ? 王様の命令で来たんだろ? それに、俺が死んだことになるなら、どういう理由で俺を同行させるんだ?」
敵を欺くのためには味方からと、今のところ真実は国王陛下にも伝えられていない。だが、そうするとレイチェル達は勅命に背くことになりはしないか。さらに、カイルを同行させて王都に戻る理由をどう説明するのか。
「陛下は……どうにかして陛下にだけは真実を伝えよう。必然的に側近達にはカイルの存在が知られるだろうが、何か企んでいたらしい大臣達の耳には入るまい」
レイチェルは偽りとはいえ、親友の息子の死を知ったであろう国王陛下の心痛を思い、顔を歪める。様々な見解や処断が飛び交ったあの村に、ああいった寛大な処分が下されたのは間違いなく国王陛下の命によるものだ。
せめて、剣聖の妻と息子が眠る村を、その墓をいたずらに騒がせたくないと。ロイドも愛したであろう村人達の手で守らせようと。
「心配ない。視察に出て、優秀な芽を見つけて王都に連れ帰るのは珍しくない」
「そうですわね。わたくしたちは表向き、普段は行かないような辺境の村を回り、若くて優秀な人材を探すため……という名目で王都を旅立っておりますもの」
そうすることで辺境の村に行くことや、帰りに人が増えることへのカムフラージュになる。実際にカミーユのことがなくても、本当の視察のように多くの村や町を回っている。それがあったからこそあんなストーリーが出来上がる下地にもなったのだが。レイチェルの性情はよく知られている、事実を知って、何もしないではいられないだろうことは。罪を知って犯罪者を野放しにはしておかないだろうことは。
実際には剣聖の息子を騙る犯罪者ではなく、犯罪者になった剣聖の息子を追っていたわけだが。最初から目的が剣聖の息子にあったことはうまく隠されている。そして、カイルを連れていく理由もまた十分にあるのだ。
レイチェルがカミーユに追い付き、追い詰めた町でカミーユに罪を着せられ犠牲になっていたカイル。救い出したレイチェル達が気に掛ける理由には十分なる。さらに、ギルド登録三か月にして複数のギルドで優秀な実績を持ち、急速にランクを上げていた。孤児で流れ者ということを考慮に入れても、みすみす見逃すには惜しい人材。そう納得させられるだけの材料はある。
「俺達の同行者ってことにしてもいい」
親方夫妻は息子の一人立ちに際し、しばらく店を任せるため入れ替わりで王都に住む。ついでに面倒を見ていたカイルにレイチェル達の誘いもあり王都で修行させるため、という理由も使える。
「心配しなくっても、慣れるまではちゃんと面倒見てやるよ」
トーマが明るく言う。これでも生粋の王都育ち。城下は庭のようなものだ。
「トーマでは心配だ」
「同意する。だが本当にいいのか? 俺まで世話になって」
ダリルの言葉にキリルがうなずく。そして親方達を見る。王都に知り合いがいないのはキリルも同じ。そして一人面倒見るのも二人面倒見るのも同じだと、キリルもカイルとまとめて親方達が世話をしてくれることになった。カイルの剣であり、剣を教えると言った以上共に住めるのは願ったりかなったりだ。
「ディランのおやっさんには世話になってるからな。その孫の面倒を見ることくらい朝飯前だ」
「そういえばそろそろお昼の時間だねぇ」
グレンの言葉に、アリーシャは空を見上げる。朝早くにペロードの町を出発したのだが、もう昼に差し掛かろうとしていた。いったん止まって休憩がてら昼食にするのもいいかもしれない。
「そうだな、では、一旦停止だ」
レイチェルは全体の指揮を取ると同時に、自分がまたがっていたカークに命令を与える。カークは素直に速度を落として止まる。続けて他の者達が乗っていたカークも足を止めた。鐙から一mほど下の地面に着地すると、各々体を伸ばす。ずっと乗りっぱなしというのはさすがに疲れる。
「い、て、て」
さらにカークでの移動になれていないカイルは、降りた瞬間は若干がに股になってしまう。固まった筋肉をよくもみほぐし、何度か屈伸をして調子を取り戻す。
「にしても、こいつら速いよな。歩いたら十日の距離を、三日で行き来できるんだろ?」
カイルはペロードの町で買い、ここまで乗ってきたカークの嘴を撫でながら言う。カークは褒められて誇らしげに鳴きながら、気持ちよさそうに目を細めていた。
「そうだな。速さは馬ほどは出ないが、カークは長時間等速で走ることができる。気性も大人しいし優秀な騎獣だ」
レイチェルも、自らの騎獣であるカークの首筋を軽くたたいて労をねぎらう。だが、ちらりとレイチェルを見て、つんとそっぽを向いた。カイルはその様子に思わず吹き出す。
「なっ、何だ? 何がいけなかったんだ! この間までは懐いていただろう!」
レイチェルは訳が分からず、カークに詰め寄ってしまう。そうなのだ、なぜかこのところレイチェル達が乗っていたカーク達が微妙な自己主張を始めていた。
「カイルのせい。笑ってないで教えて」
そう、そうなった原因はカイルにあった。ハンナは背負っている箒をつつこうとするカークをけん制しながらカイルにジト目を向ける。
「そうですわね。わたくし達にはよく分かりませんもの」
アミルには頭をこすりつけ、嘴でそっと服の裾を噛んでくるカークの主張が理解できない。
「さすがに俺も同族じゃないやつらは、主級じゃないとなぁ」
トーマも盛大に頭をかじられている。同族の獣や魔獣ならコミュニケーションが取れる。別種でも主ほどの知性があれば、なんとなく心情を理解できるが、はっきりと分かるわけではない。別種の獣や魔獣になればさっぱりだ。
「落ち込んでいるのは分かるが、原因がさっぱりだ」
ダリルも、なんだか影を背負っているように見えるカークに視線を移す。一方親方の乗っていたカークは座ってくつろぐ親方と同じでのんびりと草を食べ、アリーシャの乗っていたカークはせっせとアリーシャの手伝いをしていた。この二匹は元からこんな感じだった。キリルのカークは物静かに草を食べ始めている。
「ああ、それは……って、ちょっと待て、止めろって。なめるなって言ったろ? ……いや、それは分かるんだが。……そうだろうけど、でも話がな? ……分かった、今日はくっついて寝ていいから。だからみんなとも話をな。……そっか、なら、あんまり遠くに行くなよ?」
カイルはため息をついて袖で舐められた顔をぬぐいながらレイチェル達に向き合う。
「何度見ても不思議な光景だ」
「独り言にしか聞こえない」
「でもきちんと意思の疎通ができておりますのね」
「あいつ、ステップ踏んで走ってったぞ?」
「上機嫌だな」
カイルが乗っているカークは、カイルのことが大好きで四六時中構ってほしがる。それにカイルが別のカークと話すことに焼きもちを焼くし、条件を付けてきたりする。たいていは添い寝だったり毛づくろいだったりするが。割と食欲も旺盛で、今も来る途中に見かけたおいしそうな草を食べてくると走っていった。




