集う仲間と暗躍する影
カイル→???サイド
「変えていくさ。これから、少しずつでも。やってやれないことはないって分かったから。今までみたいにその町その町で、その場しのぎをするんじゃなくて、根本から変えられるように」
「それが……カイルの、夢なのか?」
「そうだな。親や家をなくしたってだけで、不当に虐げられて理不尽に殺されなくなる世の中になればいいって思うよ。そうなるように、できるだけのことはしようって。きっと、それは父さんの夢ともつながってるんじゃないかって思うから」
子供が剣を持たなくてもいい世の中、それはきっと理不尽に剣を持って立ち向かわなくてもいい世の中のことだと思うから。剣がなくてもちゃんと意思を貫くことのできる、それが許される世の中だと思うから。
「一人じゃ無理。たくさん味方がいる」
「そうなんだよ。できりゃ国王様にも味方になってもらえりゃ、な。でも、剣聖の息子ってだけでそれを望むのは違うだろ? だから国王様でも俺の言葉を無視できなくなるくらいになれりゃなって」
「それはまた、大変な道のりですわね。容易なことではありませんわよ、それこそ剣聖ほどにならなければ」
「すぐには無理だし、父さんや母さんほど有名にはなれないかもしれない。でも、このままにはしておけないから……」
「そうだな……俺も一歩間違えば、そうなってた。それが分かった。だから、俺も協力するぜ!」
「ずるい、わたしが先」
「俺も、その、手を貸す」
「あら、わたくしも仲間外れは嫌ですわ」
トーマの宣言にハンナ、ダリル、アミルも乗ってくる。そして、レイチェルに視線が集まる。王都組のリーダーは彼女であり、おそらく彼女が一番そのための必要な助けになれる。アミルは王族であろうと他領域の者。こちらの国政にみだりに口出しはできない立場だからだ。その点レイチェルは国の中枢に近い、近衛騎士団に所属している。もっとも、上に……王に声を届けやすい者として。
「分かった……微力ながら、協力させてもらう。事実なら、捨て置けない」
「そっか、ならキリルも含めてみんな仲間だな」
キリルとはすでにあの森の中で誓いを交わしている。共に歩んでいこうという契りを。
「おうっ、俺達はどうなってるんだ?」
「親方達は、身内だろ? 確認する必要あるのかよ?」
カイルの言葉に、親方はにやりとアリーシャは快活に笑う。ドワーフは一度懐に入れた者をそう簡単に放り出したりしない。ならば、答えは聞くまでもなかったということだ。
「及ばずながら、わたしも協力させてもらうよ。まずはカミーユの後始末と情報操作だね。あとは継続した孤児達への支援と各地での裏通りの実態調査と救済措置。なかなかに大仕事になりそうだ」
トマスは表情の割には弾んだ口調で指折り数える。確かにこうした作業はギルドマスターである彼に任せておいた方がよさそうだ。悪いようにはしないだろう。カイルは王都に入る前に心強い仲間が、同年代の友人ができたことに喜ぶ。
「ああ、そうだ。これも君に返しておかないと」
トマスは思い出したように、懐から一つの指輪を取り出した。
「それはっ! そうか、確かに彼が持つべきものだな」
レイチェルはカミーユの真実を暴くためにも使われたアンデルセン家の印章が刻まれた指輪を見つめる。確かめるまでもないだろうが、王に紹介する際に確証になる。それに、カイルの手元に残される数少ない遺品なのだから。
「それって父さんの?」
「そうだよ。そして、君の素性を明らかにする何よりの証拠となる。それだけに扱いには気を付けるんだよ?」
トマスは立ち上がって近づいてきたカイルの掌に指輪を乗せる。カミーユにしたように。カイルはそれにうなずこうとして、突如指輪から飛び出すようにして出てきた存在に身をのけぞらせる。
「うわっ! ビ、ビビった……そういや、こんな仕掛けがあったっけ」
小さな指輪から発したとは思えないほど長大な銀の龍が悠々と部屋の中を泳いでいる。銀の光で体の線だけをなぞっているそれは家具も調度品もすり抜けカイルを中心としてとぐろを巻くように身をくねらせている。
カイルは昔、一度だけこの仕掛けを見せてもらったことがある。ロイドが面白いものを見せてやると言って、ジェーンが箱から出した指輪をロイドの手に乗せると同じようにして龍が飛び出してきた。何かこの指輪についての説明もしてくれていたように思うが、カイルは美しくも雄大な龍の姿に目を奪われ何を話していたのか頭に入ってこなかった。
部屋のあちこちで感嘆の声が上がり、輝く龍が消えるまで目が離せなかった。
「見事なものですわ。知っていても実物を見ると感動的ですわね」
どのようなものが現れるか分かっていたアミルでも興奮して若干頬が上気している。
「だよな。俺も初めて見た時にはすげードキドキしたし。でもこれが何よりの証拠ってどういう意味だ? 扱いに気を付けろって言われてもな、なくすなってことか?」
父の形見であるなら大事にするし、なくしたりしないようにきちんと管理するつもりでいる。だが、なぜこれがカイルの素性を明らかにする証拠となるのか。もともと持っていた遺品と代わりない代物に思える。なら、これを持っていたカミーユをなぜ偽者だと断じることができたのか。
「君は……そうか、知らなかったのか」
トマスは納得して、指輪の意味や細工について説明する。カイルは驚きつつも聞いていたが、なるほど言われてみればその通りだ。簡単に他人が使えるようでは証にならない。同時に、思い当たる。
「俺って、もしかして試されてた? 本物かどうか」
いくらそれらしい証拠や記憶があろうと、疑いようのない特異な容姿をしていても、カイル自身にもトマスやレイチェル達にも断言できる物証があるわけではない。ゆえにこれは保険でもあり、確信を得るための最後のピースだったというわけだ。
「すまない。疑っていたわけじゃないが、確証が欲しかった。何せ国王陛下の命だから」
「ふーん、まぁ、いいけど」
カイルは言いながらも右手の人差指に指輪をはめる。指輪は不思議なくらいぴったりとはまった。こうやってはめているだけではあの指輪の細工は作動しないらしい。それはそうだ。身に付けているだけで四六時中あんなものが周囲をうろついていたのでは目立ってしょうがない。
身分を証明する際に細工を作動させるためには、指輪を一度外し家紋を他者の手で確かめてもらった上で、手のひらの上に戻す必要があるのだとか。
カイルは満足そうに指輪を見ると、無詠唱で魔法を発動させる。一瞬で指の中に溶け込むようにして消えた指輪にレイチェルは驚きで目を見張るが、ハンナとアミルは納得したようにうなずく。
「偽装、隠すには最適」
「そうですわね。いつもそうやって隠しておりますの?」
「まぁな。高価なものを身に付けてるの見られると面倒だから。とりあえずこれで。あとからこの分も含めて記憶しなおせばいいし」
「継続の効果を持つ魔法具、ですわね。わたくしのように光魔法上級下位『異常回復』か、無魔法上級下位『打ち消し』以外では、所有者にしか魔法を解くことはできませんわね」
無魔法とは属性を乗せず、体内にある魔力をそのまま用いる魔法で、攻撃的なものはないが、補助や防御には優れたものも多い。ただ、誰にでも同じように使えるかというと違う。属性適性によらない分、魔力の質が扱える魔法の階級に影響する。
具体的にいえば、魔力の質の高さが階級に比例している。カイルなら、無魔法を最高で第八階級、最上級下位まで使えるということだ。もちろんそのための反復練習は必要だが。
人の魔力の質は平均で三、魔法ギルドの実力者と呼ばれる者達で五。それ以上は限られた一握りの才ある者達の領域になる。さらに二十歳、成人以降はそれ以上伸びないという特徴がある。
これは魔力の器が成人する頃に完成するためだと言われており、それまでにどれだけ研鑽を積めるかが、その後の魔法使い人生をきめる。十歳でギルド登録が推奨されているのは、魔力の有無を確かめ将来のためにより多くの修練を積むことができるようにするためでもある。何もせずに成人すれば、生まれた時の魔力量と質で一生固定されたままとなる。上位属性への進化や技術の向上自体はできるが、使用可能回数や威力はほとんど変わらないということだ。
人の中で光属性を持つ者は少ないし、質が六以上の者も少ない。つまり、カイルが解くことなく偽装を解除される可能性は低いということだ。
「王都にはそれができる人もいるだろうから気を付けておくに越したことはないんだろうけどな」
銀の髪はともかく、紫の目は極力見られない方がいい。まして、巫女の力があるなどと知られれば母と同じように神殿都市に閉じ込められてしまう。相手が剣聖であっても、そこからカレナを連れ出すのは簡単なことではなかったというのだから。
懸念も多いが、また希望も多い。そんな王都への思いをはせ、カイル達はペロードの町を出立する準備に取り掛かるのだった。
夜の闇よりもなお暗い闇。人の持つ悪意や憎悪などあらゆる負の感情を溶かし込んだかのような闇の中、椅子に腰かけて目を閉じている人影があった。夢を見ているのか、時折瞼が震える。楽しい夢を見ているというには邪悪な笑みを浮かべていたが、眼前に現れた気配に不快そうに目を開けた。
「お前か。首尾はどうだ?」
「はっ、宗主様に言われました例の件、調査しておりましたが……」
「どうした? 問題でもあったか?」
「は、件の剣聖の息子と目されていた者ですが……どうやら偽者であったようです」
「偽者?」
「はい……」
ひざまずき、首を垂れたままあちこちで収集してきた情報をまとめ上げたものを報告していく。そのたびに聞いていた宗主と呼ばれた男の表情にわずかな反応が現れていた。そして、全てを報告し終えると、宗主は大口を開けて笑い出した。
その声は闇に沈む部屋中に反響し、聞く者すべての心をザラリと撫で上げていくかのような寒気をもたらす。
「そうか、そうだったか……そうだったのか、ロイドよ! わたしを苦しめ、わたしの道を阻み、わたしの野望に不可欠だった英雄よ! なるほど、見事な覚悟だったというわけか。見事に世界を救い、妻と……息子の後を追ったというわけか!!」
宗主の脳裏には最後に相対した、最大の敵剣聖ロイドとの対話が思い出されていた。ロイドが王国出身であり、またかっさらうようにして当時もっとも高名だった紫眼の巫女を妻に迎えたことは知っていた。
同時に、その巫女の体が弱く戦場に共に立つこともできなかったということも。ならばこそ、大事に大事にどこかに隠していると考えていた。巫女の体を考えれば可能性は低いが、子供ができている可能性さえ考慮していた。
野望のため、そしてまた敵の最大の戦力をそぐためにロイドの弱みを、決定的な弱点を見つけ出し突き付ける必要があった。だから配下達に王国を中心として徹底的に探させた。ロイドと手を取り合い、表舞台から姿を消した巫女が隠居しているであろう場所を。
そして、ロイドが年に何度か定期的に立ち寄る村を見つけた。王国の辺境にある、何もない村だった。だが、そこが目的の場所であることは直感を信じるまでもなく明らかだった。なぜなら、常に弟子や仲間達と行動を共にしていたロイドが、その村に行く時だけは必ず一人で行っていたのだから。
宗主の知るロイドという男は、豪放磊落で腹芸や策略などといったものにはまるで向かない性格をしていた。だから、隠すにしても徹底したものではなくどこかでほころびが出るだろうと考えていた。
だからこそ、ロイドをその地から遠く離れた場所へとおびき寄せ、そして厳命を与え細工をした手駒達を送り込んだ。あの紫眼の巫女ならば、同じ村に暮らす者達が傷つけられて出てこないわけがない。その力を持って癒しを与えずにいられるわけがない。
たとえそれが夫を死地に赴かせる可能性があったとしても、それでも手を差し伸べずにはいられない、そういう女であることを。
だからあえて壊滅的な被害は出さず、なぶるようにして殺し破壊した。一度目には何の反応もなかった。村人達も国も大きな反応を見せることなく、粛々と埋葬と片付けに邁進した。あらかた近隣の者達が集い獲物が増えたところで二度目の襲撃を行わせた。今度は前回よりも苛烈に。
増援に来たはずの者達が逃げ出したのは意外でもあり痛快でもあったが、その分村や村人達の被害は大きくなった。たとえ一度は耐えられても、二度目はない。いるのならば必ず姿を現すはず。そう思っていたのに、やはり巫女は現れず大きな動きもない。
ここで初めて宗主の脳裏に疑念が生まれた。なぜこれほどまでになって巫女は姿を現さない。巫女がいる可能性がある場所はここを置いて他にないというのに。それに、巫女がいるにしろ、巫女との子供がいるにしろこれだけのことをされれば何かしら大きな動きがあるはずなのだ。
例え助けが間に合わずとも、国の中枢が慌てないはずがない。ロイドが冷静に戦い続けられるはずがない。ロイドは身内が、大切な者が傷つけられることに最も敏感に、苛烈に反応する。ならばまだ報告が届いていないのか? それとも、あの村には目的のものがないのか。ではなぜロイドはあの村に出入りしている。
そうした思いが渦巻き、最後の確認をするための三回目。駄目押しの襲撃を行った。村中を駆けずり回り、周辺の森を探り、そして手駒としていたドラゴンの目を通して宗主は一つの墓を見つけた。
生前のたたずまいのようにひっそりと、けれど美しい自然に囲まれ立つ墓。墓に刻まれた名前を見て、宗主は笑いを抑えきれなかった。なるほど、そういうことか、と。
確かに巫女はここにいた。静かな暮らしを望みながらも、それがかなえられなかった憐れな女。虜囚のような人生から解き放たれたかと思えば、理想とした地で暮らしているかと思えば、それを楽しむ間もなく死んでいたのか、と。
女の体は、自らの魔法と高価な薬と清涼な魔力によってのみ保たれていた。それも紫眼の巫女の力と立場あってのものだ。そして巫女達は還俗すればその力も立場も失う。ならば巫女が長く生きることができるわけがなかったのだ。
ロイドは巫女を救ったつもりで、巫女の命を縮めた。その罪悪感か、あるいは死してなお募る恋慕からか年に何度も墓に参らずにはいられなかったのだろう。その姿を弟子や仲間達に見られたくもなかった。
全てを理解した宗主は手駒達を引き上げさせた。目的のものがすでに失われていると知った以上、この村には用などない。強力な戦力を遊ばせておけるほど、当時の宗主には余裕がなかった。それほどまでに聖剣を振るロイドの力は驚異的だった。
宗主は、まさかその先に……その墓場の先に目的のものが、巫女の忘れ形見でありロイドの宝が隠れているなど考えもしなかった。まさに、死んでなお巫女は大切な息子の命を恐るべき敵の脅威から守ったのだ。そして、それは同時にロイドと世界を守ることにもつながった。
ロイドが組織の要であった魔法具と心中する少し前、宗主は敗北を悟りせめて一矢報いようと巫女のことを取り上げ、ロイドをなじった。ロイドのせいで巫女が命を縮め、巫女の墓があるがためにあの村が狙われ、かつてない悲劇に見舞われたことを。
ロイドは歯を食いしばり、痛みに耐えながらも言い放った。『たとえ死んでも、大切な思い出はここにあり、生きている限り宝は守られる。俺は必ずあの村に戻る!』と自らの胸を押さえながら。
その邂逅から十日もしないうちに、ロイドは自らの命を持って大戦を集結させた。あれほど生きて帰ることを望み、そのために戦い続けていた男が。それ以外に被害を押さえる手段はなかったにせよ、なぜすんなりと死を選んだのか。
今になってもなお分からなかったことが、先ほどの報告で明らかになった。やはりいたのだ、ロイドには巫女には子供が……息子がいた。巫女がほぼ命と引き換えにして生んだ、一粒種が。そして、宗主が行った襲撃により、意図せぬままに命を落としていた。
女を、巫女を中心に探していた宗主の軍勢は、その子供を知らぬままに手にかけていた。生まれついて村で育ったがゆえに見分けがつかなかったのだろう。まして巫女が死に、ロイドもほとんど足を向けていないとなればなおさら。
知っていたなら、見つけられたなら、散々なぶった後でその無残な姿をロイドの眼前に叩き付けてやったものを。ロイドはそれを知らないままに戦い続けていた。おそらく国でさえ息子の存在を知らなかったのではないだろうか。巫女の死さえ知られていなかったのだから。ならば襲撃の際動きがなかったこともうなずける。
そして、宗主の言葉に促され被害の報告に目を通して、あの村で起きた悲劇を知ったとすれば。被害者の……死者の中に息子の名前を見つけたのだとすれば。突然の変心や、潔すぎる覚悟も納得できる。
守ろうとしたものがすでに失われてしまったことに、どうしても村に戻りたかった理由がなくなってしまったことに。ロイドはどのような思いを抱いたのか。どのような苦痛を味わったのか。考えるだけでこらえようのない笑いが沸き起こってくる。
最愛の妻を亡くし、最後の希望だった息子を失い、そしてロイドもまたその後を追うように死んだ。なるほど、と宗主は長年の疑問が氷解しこれ以上ないくらいの晴れやかな気持ちになる。
「くくく、英雄といえど所詮は人。愚かなことだな……。そしてまた、あの村の連中も、滑稽なことだ」
宗主はロイドや村人達をこき下ろす。巫女に託されロイドから預かっていた大切な子供を死なせてしまった村人達は、さりとて正直に国に報告することもできない。剣聖への忠義か恩か、あるいは金か。国にも秘してきた事実。無事であるならともかく、みすみす死なせたなどあってはならない。また、世話することを条件に財産を任されていたなら生きていないと困る。
そこで身代わりを立てた。身寄りのない子供を、剣聖の息子として仕立て上げ、剣聖や巫女の財産をむさぼった。だが、道具であったはずの子供に手を噛まれ、逃げられ噂が立った。剣聖に息子がいた、と。何ともばかげた話だ。
「ロイドよ、これがお前の守りたかったものか? くくくく、お前は家族と共に死ねて幸せだったのかもしれないな」
宗主は、今一度大きな笑い声をあげた。その声はいつまでもいつまでも響いていた。




