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レスティア物語  作者: マリア
第一章 剣聖の息子
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流れ者の孤児は職を探す 前編

「ちょっと待てよ! 丸一日働いてこの金額はないだろ! いくらなんでもぼったくりすぎだ!」

 手渡された日給袋の中身を確認した少年が憤慨した声を上げる。対して、それを受けた元締めは素知らぬ顔をしている。

「あーん? 何言ってやがる、てめぇみてえなガキ、雇ってやっただけありがたいってもんだろ」

「……仕事ができないってならともかく、俺はちゃんと一人前以上の仕事はしたはずだ。多少目減りするのは仕方ないにしても、半分どころか十分の一もない! これでどうやって食ってけって言うんだ!」


 現状、少年のような存在はまともな仕事をもらえないばかりか、仕事をしても給料をピンハネされて目減りするのはごくごく日常的なことだった。しかし、ここまであからさまに賃金を減額されたことはない。

 失敗らしい失敗もせず、真面目に決められた分の仕事内容はこなしたはずだ。いくらなんでもこの金額では一日分の食費にもならない。


「はぁ? そんなの、お得意のゴミ漁りでもしてりゃいいだろ? これ以上ごたごたいうようなら明日から来なくてもいいんだぜ? もっとも、お前みたいなやつ雇ってくれるところが他にあるとは思えないがな?」

 少年は歯噛みする。元締めの言うことは一々もっともだ。こちらの弱みもばっちりと把握されている。けれど、このままで済ませてやるには少年の矜持が許さない。たとえドブネズミのような生活をしていても、誇り位ちゃんと持っている。


「……分かったよ。明日からは来ない」

「なっ、何言ってやがる! てめぇ、それで済むと思ってんのか?」

「はっ、いいように使われるだけなのは勘弁ならない。そのくせ給料もまともにもらえないんじゃな、時間と体力と魔力の無駄ってもんだ。せいぜい俺に代わる体の良い流れ者でも見つけるんだな」

 少年の言葉に焦ったのは元締めの方だった。少年のような立場の人間は他に行き場がない。だからこそ手酷く扱っても、そうそう簡単に仕事を辞められない。そう考えての強気だったのだが、少年の潔さに焦りを見せた。


 実際、少年の利用価値というものは元締めが雇った当初考えていたものよりはるかに大きかった。少年のような境遇の者と同じく、ひょろっとしていてこんな力仕事には向かないように思えたのだが、実際には筋骨たくましい労働者と同じくらいの仕事をこなす。おまけに簡単なものだが魔法も使えるということで、雑用もそのほとんどをやらせていた。

 とんでもない掘り出し物だと考えていただけに、ここで手放すのはあまりにも惜しい。しかし、出した言葉に引っこみはつかない。どうせやめられないとたかをくくって、規定賃金を大幅に下回る給金しか与えなかったのは事実なのだから。


「お前みたいな孤児の流れ者、雇ってくれるやつがいるもんか! どうせまた戻ってくることになる!」

「はっ、んなのやってみなけりゃわかんねぇだろ! ともかく、ここでこれ以上働くのは御免だね。俺は孤児だろうが流れ者だろうが、人間だ。道具じゃねぇよ!」

 吐き捨てるように言い残すと、少年は軽やかに走り去っていった。残された元締めは、逃がした魚の大きさに歯噛みしながら、怒りに体を震わせていた。




「あーあ、つってもなぁ。この額じゃ、ちびどもにもまともに食わしてやれねぇな」

 少年は先ほど辞めてきたばかりの仕事場からもらった給金を手の中で転がしてため息をつく。勢いと感情に任せて出てきたが、やはり早計だっただろうか。しかし、あれだけの労働をしておいてあの賃金ではどう考えても生活が成り立たない。

 あのまま雇われ続けているくらいなら、自分で森に行って狩りをした方が実入りが大きい。


「そもそも、ギルド登録さえできりゃ問題は解決するんだけどなぁ」

 少年は肩にかかる程度の無造作に切られた髪をかき上げて一人ごちる。茶色い髪に瞳。センスティ王国では珍しくもない色。顔の造作も整っている方だが、全体的に薄汚れた印象から人目を引くことはない。

 くたびれてぼろぼろになっている古着をつぎはぎしてどうにか服に仕立てているが、どこから見てもぼろをまとっているようにしか見えない。そこから覗く手足は細く見えるが、見る者が見ればそれなりに鍛えられていることが見て取れる。


 少年の名はカイル=ランバート。年明けの先々月、十六歳になったばかりの少年だった。内面がしっかりしていることもあってか、年齢より年上にみられることが多いが、顔だち自体にはまだ幼さも残している。

 カイルは未練たらしくギルドの入り口をにらむ。

 ギルドは五大国同盟が結ばれた際、国営組織の一つとして設立されたものだ。どの国で登録をしたとしても、同盟を結んでいる国家間であれば通用する一つの身分証ともなっている。国営組織でも、ある程度独立した体制を敷いており、民のための組織として運営されている。


 活動内容によっていくつかの部門に分かれており、生産者・商人・ハンター・傭兵・魔法の五つだ。複数の部門に所属することもできるが、各々の部門で依頼を受けて達成しない限りはランクが上がることはない。

 本来、独占や取引による不利益の抑止、人材の世界共通規定での判定と育成、貧困層の救済等を目的としている。有事の際、実力者を集めやすいという利点もある。十歳以上なら誰でも無料で登録することが可能で、依頼を受けて達成すると手数料を差し引いた報酬をもらえる。失敗すれば当然賠償問題にもなるが、その辺もランク分けをすることである程度解消されている。


 ギルドで受けた仕事なら、いわば国を通した正式なものといえるので、先のように報酬をピンハネされることはない。だからこそカイルのような孤児や家を持たない流れ者が所属すべき場所ではあるのだが。

「んなの、建前だしなぁ」

 カイルはギルドの設立目的を思い返して自嘲する。実際のところ、カイルのような孤児や流れ者がギルド登録を行うのはほぼ不可能と言っていい。なぜなら、暗黙の了解として登録のための条件が設けられているためだ。


 一つは登録手数料。本来無料であったはずなのだが、カイルのような境遇にある者達の犯罪行為が頻発しているためか、そういった者達に対してのみ登録手数料が発生するのだ。しかも金額は、中流家庭の一か月の平均収入であるところの銀貨三枚ほど。とてもじゃないが食い詰めて盗みを働くような者達に払える額ではない。

 仮にスリや盗品を売りさばいた金でその金額をそろえても、もう一つの条件が邪魔をする。それは身元引受人の存在だ。登録しようとする町に在住していて、ギルドに入っている者二人以上の保証人が必要になる。


 誰が町の鼻つまみ者であるカイル達のような境遇の者の身元引受人をしてくれるというのか。身元引受をして登録した者が、もし何か問題を起こせば保証人がその責任の一端を担わなければならなくなるのだから。

 そうした事情から、本来ギルドに登録して救済措置を受ける必要のある者達が弾かれ、結果的にさらに犯罪行為が横行してしまうという悪循環に陥っている。たいていそういう境遇の者は、常識もろくに知らない者が多いため、当初から問題が多かったというのも背景にあるのだろうが。


 それでも、本当に助けを必要としている者にその手が届いていないのは事実だ。カイルとて何か自分から問題を起こしたことはない。カイルが今面倒を見ている子供達だって、根はいい子達ばかりなのだ。ただ親や保護者を失ったというだけで、なぜ犯罪者を見るような目を向けられないといけないのだろうか。

「ちっ!」

 世の中の理不尽さに悪態をつきながら、カイルはいつものように閉店間際になった店を回る。この町に来て三か月ほどになる。最初の内はカイルを見て顔をしかめていた店の者達だったが、この頃はカイルが来ると笑顔も見せてくれるようになってきた。


「おや、浮かない顔をしてるね。その分じゃ、また仕事が駄目になったのかい?」

 顔なじみになった八百屋の女将が声をかけてくる。カイルは自嘲を浮かべて頭をかく。

「ああ、まあな。ちゃんと仕事したってのに、給料が十分の一以下でな、割に合わなさ過ぎて辞めてきた」

「そうかい……。無理もないねぇ。あたしらも、あんたに会うまで孤児だの流れ者だのはみんな悪党に見えてたからねぇ」

「そういうやつも多いけどな。少なくとも俺やちびどもは違うさ」

「分かっているよ。あの子らの元気な顔や声を聞いてたらね。あんたが世話してやったんだって?」

「ああ、まあな。どうしようもない奴も多いけど、でもあいつらみたいにちゃんと教えてやればまともに生きていける奴だっているんだ。俺は行く先々の町や村でああやって教えてきたんだ。それでも、死んだ奴は多いけどな……」

 カイルの顔が曇る。八百屋の女将はそれを痛ましそうに見る。


 実際、カイルとこうやって話をするようになり、カイルが世話をして教えて導いた子供達を見るまでは彼らのことなど気にも留めていなかった。路地裏で冷たくなっているのを見ても、自業自得だと唾を吐きかけたこともある。

 だが、カイルと出会って、子供達と触れ合って、それはあまりにも一元的な物の見方でしかなかったのだと思い知らされた。


「あたしらも、あんたが残り物を分けてくれって頭下げて回ってた時には、どんな思惑があるかと思ったもんさね」

 女将も最初は、カイルを罵倒し箒を持って叩きだした。下手に関わろうものなら、どんな悪さをされるか分かったものではないからだ。しかし、カイルは女将の思惑と違い大人しく引き下がると別の店でも同じように頭を下げていた。


 最初の三日間はどの店からも断られ、悪態をつかれ、叩きだされていた。だが、それでもカイルは諦めなかった。昼中は町でまじめに仕事をして、時に森へ狩りに行き、閉店の時間になると残り物を懇願に来る。

 十日も経つ頃には、少しずつカイルに残飯よりはましな程度の残り物を渡す者が増えてきた。カイルはそれをもらう度に、まるで宝物でももらったように喜んで感謝の言葉を口にした。


 少しずつ馴染んでいく中で、なぜ働いて狩りもして食い扶持を稼げるカイルがそれほど食べ物を必要とするのか疑問に思う者が出てくるようになった。そこで女将が代表して聞いてみたのだ。なぜそんなに食べ物が必要なのか、と。

 返ってきたのは、路地裏に住む子供達の分だという信じられない言葉だった。カイルのような孤児や流れ者は自分がすべてで、誰か他者を思いやるような者も、その他者のために行動する者もいないと考えていた。それなのに、カイルが必死になって頭を下げていたのは、カイルと同じような境遇の子供達を食べさせるためだという。


 さらに二十日ほどたった頃、カイルはやせ細った、けれど身なりはそれなりに整えられた子供達を連れてきた。聞けば、それはカイルが世話をしていた孤児達だという。孤児といえば、みんな据えたにおいのする薄汚いぼろをまとい、がりがりの体と膨れた腹が特徴の見苦しい者達だった。

 それが、多少ぼろいとはいえ綺麗に洗われた服を纏い、体も清潔に洗って髪も切りそろえ、身なりを整えていたのだ。唯一、裸足だったことで孤児と知れる。どうやらカイルの稼ぎでは靴にまで回らなかったというのが実情らしい。


 それでも、その子供達は見る限り町で見る子供達と何ら変わらなかった。むしろその子たちの方がしっかりしているというか、世の中のことをきちんと分かっている目をしていた。

 カイルに促され、孤児達は一人一人自己紹介をしてきた。まるで孤児達の方が女将達を見定めるかのようにじっと見つめてきていたのが印象的だった。その上でカイルが驚くべき提案をしてきたのだ。


 一店に一人ずつでも構わないから、雑用係として子供達を雇ってほしいと言ったのだ。いくらカイルに少しずつ信用を置き始めていても、相手は路地裏に住む孤児。簡単にはうなずけなかった。だが、もし悪さをすれば遠慮なく叩きだしてもかまわないという言葉に、しぶしぶ子供達を雇ってみたのだ。

 その結果は驚くべきものだった。自分達の子供達なんて、手伝いなどそっちのけで遊んでばかりなのに対し、孤児達は、慣れない仕事にも一生懸命に取り組んでいた。その姿にほだされ、食べ物を与えると、カイルと同じように飛んで喜ぶくらいに笑顔になって必死になってくらいついていた。


 それだけでその子供達がどのような生活をしてきたのかがうかがえた。ただ、子供達は飢えていただけだ。親もなく、引き取り手もなく、飢えてどうしようもなくて盗みに手を染める。こうやって雑用で雇ってもらうという考えさえもなく。

 無理もない、大人でさえお金を稼いで食べていくのは大変なのだ。その大人に教えられることなく一人で生きていく術など、短絡的な犯罪に走る以外にあるだろうか。まして、以前の孤児達のように薄汚れ、汚い身なりをした者を雇うものなどいない。


「あいつらは、まともに生きていく方法を知らなかっただけだ。俺だって教えてくれる人がいなかったら、あいつらと変わらない生活をしてただろうしな。だから……放っておけないんだよ。国は俺達みたいなやつらには、何もしちゃくれないからな。そのくせ、問題を起こせば普通以上に罰を受ける。何もしてなくても気まぐれやうっぷん晴らしに殴られたり殺されたりする。だから、せめて生きてる間くらいは、まともな生活させてやりたいんだ」

 女将達、町の表通りに生きる者達がカイルや子供達と交流することで初めて知った闇の部分。今まで女将達が見過ごしてきた、そして見捨ててきた彼らの内、どれだけが自業自得の死だったのか。どれだけが理不尽な現実に殺されたのか。それを思うだけで、胸が詰まる思いがした。


「せめて、ギルドに登録することができればいいんだけどな……」

「ああ、あたしらもあんたらみたいな子達なら身元引受をしてもいいんだけどねぇ」

 女将は言葉を濁す。カイルと出会って三か月。その人となりは分かってきているし、そこいらのチンピラもどきよりよほど信頼できると考えていた。だが、登録の壁は思った以上に高い。


「金が、なぁ。ちびどもは年齢が足らないやつらもいるから俺だけでも入って稼いでって思ったから、重労働だけど賃金がいいあの仕事を選んだのにな。前情報は最悪だったけど、実情も最悪だったな」

 カイルの稼ぎはほとんどが子供達の食費や衣類などに消えている。せめてギルドに入ることができれば稼ぎも増えて子供達の登録手数料を稼げるかと思ったため、賃金の高い仕事を選んだのだが外れだった。


「あたしらも、何とかしてあげたいとは思うんだけど」

「そこまで面倒かけるわけにはいかねぇよ。ちび達だって分かってるさ。今でも十分よくしてもらってる。残り物多く分けてくれるおかげで、ちびどもも大きくなってきてるんだ。今まで栄養足らなくて成長止まってたからな」

 そう、実際に話を聞いてみると見た目より実年齢が高い子供が多かった。それだけ成長に回す栄養が足らなかったということだ。最近になって食べる物が増えたためか、めきめき成長を始めていた。そのせいで衣類の出費が増え、カイルのギルド登録が遅れているという現状でもあるのだが。

貨幣単位

石貨=一円、10枚で鉄貨

鉄貨=十円、10枚で鉄板

鉄板=百円、10枚で銅貨

銅貨=千円、10枚で銅板

銅板=一万円、10枚で銀貨

銀貨=十万円、10枚で銀板

銀板=百万円、10枚で金貨

金貨=一千万円、10枚で金板

金板=一億円、10枚で白金貨

白金貨=十億円、最大の貨幣


つまり登録料は三十万相当

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