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レスティア物語  作者: マリア
第一章 剣聖の息子
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認識の齟齬

 カイルはイサクが遠ざかる気配を感じ取ると、深くため息をついた。

「……うまく丸め込んだっていうか、騙したことになるのかな、これって」

 いくら幼馴染のためとはいえ、イサクを邪魔者扱い、足手まとい扱いしたのは事実だ。強くなる、偉くなるというのは、こんなふうに傲慢になることでもあるのだろうか。

「なんだい? さっき言ったことは嘘だったのかい?」

「いや、イサクなら信じられると思ったし、任せられると思ったのは本当のことだ。真っ直ぐで、一度した約束は守る奴だから」

 アリーシャの問いにカイルは首を振る。イサクがずっとカイルを探し続けていたのも、一つには約束があったからだ。カイルが村を追い出される前の日、次の日もまた遊ぶ約束をした。その約束に従って、イサクは今までカイルを探し続けていたのだろう。成長しても変わらぬ愚直さで。


「なら信じてやんな。言ったろ、あんたにはあんたの、あの子にはあの子のできることってのがあるのさ。あんたはそれを教えてやっただけさ」

「なら、いいんだけどな」

 だが、案外イサクは分かっているのかもしれない。カイルが危険から遠ざけるために、イサクを村へと帰したということを。昔から、本当に大事なことはちゃんと分かっていた彼のことだから。

「そうか、あの村にはお母上の、カレナ様のお墓もあるのだな」

「村の中にはないけどな。イサクが言ったように森の中にある」

 主に頼み込み、土地を分けてもらった。精霊達もひっそりと墓守をしてくれているのだろう。カレナは精霊に愛されていたようだから。カイルは精霊を見ることができたから、それがよく分かった。


「でも、カイルには驚き。無詠唱で魔法、使えるの?」

「今覚えているものだったらな。詠唱した時より威力は落ちるけど」

「それは無詠唱の特徴。魔力量は? 属性は何?」

 ハンナは質問の答え以上に驚き、矢継ぎ早に質問してくる。

「人ですから四属性は持っておりますわよね。回復魔法が使えるということは光と、先ほどの偽装は闇属性。もしかして固有属性も持っておりますの?」

 アミルもまた指折り数えながら考察する。属性だけでも人の中ではかなり優秀な方だ。これなら魔法専門の二人でもカイルの力になれるかもしれない。この臨時パーティが王都に着くまでということも忘れ、二人はこれから先のことについて思いを巡らせる。


 カイルはちらりとトマスを見る。トマスもこのメンバーならとうなずいてくれた。トーマは興味なさげだが、ダリルは真剣な表情だ。魔法もうまく使えるのであれば魔法剣士としてダリルが教えられることも多い。ただ、レイチェルだけが若干引いていた。

 魔力のないレイチェルにとって魔法や魔法使いは憧れであるとともに、なんとなく苦手意識も感じてしまうのだ。魔法具により、疑似的な魔法は使えるが、自在に使いこなすことは永遠にかなわない夢でもあるのだから。

「まあ、そうだな。基本属性とその上位属性、あとは特殊の光と闇、固有属性は時・空間・重力と、後二つ、だっけ?」

「そうだね。不明の二つに関しては資料がないから何とも……王都になれば何か分かることもあるかもしれないけれど……」

「驚異。固有属性を五つなんて歴史上でも類を見ない。上位属性は四つ全部?」

「一応全部。魔力量はS、質は八だったかな。ギルド登録の時には」

 カイルの答えにハンナが滅多に見せない笑みを見せる。

「鍛えがいがありそう。素質は十分」

「そうですわね。わたくしも時属性を持っておりますわ」

「わたしは重力。ビシバシ鍛える」

 カミーユ達をとらえた時、体の動きを封じたのはアミルの持つ時属性の魔法だ。そしてまた、ハンナは重力属性で相手をまとめて押しつぶせる。そこへ魔法の雨を降らせるのだ。


「そ、そっか。ま、まぁ、よろしく頼む」

 カイルは二人のやる気に若干頬を引きつらせる。本気でしごかれそうだ。

「……不明のうちの一つ、もしかしたら心当たりがあるかもしれない」

 ダリルは顎に手を当てながら考える。カイルがロイドの息子であるというならその可能性は皆無ではないだろう。むしろ、より強く受け継いでいる可能性は十分にある。

「まじで? 魔法ギルドで色々当たってみたけど、今一つ分からなくてな。ダリルもその属性を?」

「適性は限りなく低いから満足には使えないが、なんとなく感覚は分かる。カイル、お前は主の知り合いがいると言ったな。では、彼らと意思の疎通ができたりしないか?」

「出来るけど?」

 カイルの言葉に驚きを示したのはトーマだった。獣界出身で、獣としての姿を持つ獣人ならともかく、人が魔獣と意思の疎通ができるなどと聞いたことがなかった。


「ほんとかっ! それ、もし本当ならすごいことだぞ!」

「そうなのか? ほら、なんとなくわかるだろ? しぐさとか声とか表情とかで」

「……いや、分からない。カイルがあの森の主とどんなやり取りをしてたのか、俺にはまるでわからなかった」

 キリルは首を振りながらカイルの言葉を否定する。カイルは、今まで直感のようなものだと思っていたことが、不明だった固有属性によるものかもしれないと判明してうなる。

「そっか、あれがねぇ。俺がダリルに感じたのもその固有属性だったのかな」

「そうだな……。まあ、俺は大まかな感情くらいしか読み取れないが」

「そういえば、剣聖ロイド様は魔獣や主と良好な関係にあったらしいという話を聞いたことがあるね。カイル君がそれを引き継いだなら、納得だ」

「へぇ、父さんも。そういえば俺がみんなできることだと思ってたの、父さんも同じように主と通じ合ってるの見たからだったかも……」

 はたから見ればロイドの独り言のような会話を聞いていたカイルだが、両者がどんなやり取りをしているのかは理解できていた。だから、主との会話はそういうものだと思っていたのだ。


「森の主って言うと狼の? 何話したんだ? 話したって言うのも変かもしれないけど」

「ああ、森の主の狼は雌でな、この間番ができて今身ごもってるんだ。だから、子供が生まれたら見せてくれるって約束をな」

「主の子供が? それが本当なら、重要な情報だよ。子育ての時期は主の気が荒くなる傾向にある。それに番が神経を張り巡らせている。森に出入りする者に注意喚起をする必要があるんだ。いつもは被害が出てから分かるんだが……助かったよ、カイル君」

「そうなのか? 別に不用意に寝床に近づいたりしなきゃ大丈夫だと思うけど。雌だからか割と温和だし、町出る前には挨拶に行っておきたいな。約束も守れるか分からなくなってきたし」

 このまま町にとどまっていたなら生まれた子供を見に行く機会もあっただろう。だが、近いとはいってもペロードの町から王都まで十日の距離がある。気軽に遊びに来れる距離ではない。そもそも遊んでいる時間があるとは思えない。


「律儀だな。町を離れるたびに挨拶をしているのか?」

 ダリルも主との繋がりが多少なりともある以上、その気持ちは分からないでもない。

「つーか、町を移動した時には町に入る前に周辺の主には顔見せと挨拶に回ってんだよ。色々と世話になるからな。だからむしろ人より主との知り合いが多かったりするんだ。そうしたらいきなり町を叩きだされたりしても、どうにかなることも多いし」

 主は気に入った相手ならマーキングをして安全を確保してくれたり、寝床を一部貸し与えてくれたりもする。カイルもそれに甘えすぎることはないが、何度か世話になったこともある。


「しかし、町の中で生活するのに主に世話になることがあるのか?」

 レイチェルが疑問に思ったことを口に出す。町に出入りするのは移転した時と出て行く時。町の中で極貧生活を送っていたカイルがそう頻繁に町の外に出る機会があったのだろうか。

「どうしても町中で仕事が見つからなかったり、食う物が見つからなかったりすると町の外に採取だとか狩りだとかに行ってたんだ。俺は元々旅慣れてて、身を守ったり、自給自足くらいはできるからな。で、売れるものや食べられるもの持って帰れば通行料を払っても、プラスにはなる」

 体が大きくなり、狩りなどの成果が大きくなるとそれによる稼ぎも増えてきた。腹を空かせて待つ子供達のためにも、食べ物をただで調達できる森や草原は格好の狩場だった。


「そうか。確かにそれならば稼げるし、食べる物も調達できるか」

 レイチェルが納得してうなずく。思ったよりまともな生活もできていたようで安心したのだ。ゴミ漁りや虫を食べたりするばかりではなく。

「……ハンターギルドを通さないと、足元を見られて二束三文で買い叩かれるけどね。よくて通行料とどっこいって所じゃないのかい?」

 そこへトマスが水を差す。レイチェルが考えているだろう稼ぎとは、ギルドに登録してハンターギルドで売買をした場合のものだ。それならば確かに稼げるだろうが、事実カイルは稼げるようになっているが、それ以前は通行料を稼ぐので精いっぱいだったはずなのだ。


「? どういうことだ? ギルドメンバーならギルドを通すだろう?」

「そうですわ? 十歳になっていれば誰でも無料で登録できますでしょう? わたくしも十歳になったおり、王都で登録いたしましたもの」

「そうだぜ? 禁止されてないけど、素材の売買は基本ハンターギルドで行うだろ?」

 レイチェルとアミル、トーマの言葉にトマスは苦笑する。ハンナとダリルは難しい顔をしていた。

「そうか、アミル君は精霊界の出身だし、君達二人は生粋の王都生まれ王都育ちだったね。確かに基本は……建前はそうなっているんだけどね」

「基本? 建前だと?」

「慣例。王都の外では、誰でもギルド登録できるわけじゃない」

「そうだな。俺の時も少しもめた」

 元々王都の外で育ったハンナやダリルは知っている。特にダリルは身元の保証があるわけではなく、言ってみれば孤児や流れ者と同じような立場にあった。養い親が高名で身元がしっかりしていたため、養子だというごり押しができたのだ。そうでなければすんなりとギルドに入ることはできなかったかもしれない。

 それにダリルは暗い過去を持ってはいたが、罪を犯していたわけではなかった。だからこそこうしていられるのだ。


「慣例、ですの?」

「悪しき偏見、と言い換えてもいいかもしれないね」

 カイルに出会わなければ、トマスもそれに気づくこともなく今もそれを続けていただろう。

「孤児や流れ者がギルド登録しようとすればな、登録料として銀貨三枚、その町に在住するギルドメンバー二人の身元引受人が必要になる。できると思うか? 食うや食わずで、鼻つまみ者だった俺達が」

 カイルの言葉に知らなかった三人は衝撃を受けたような顔をする。親を亡くしても日々の糧を得ることができる。家を失っても、宿をとれるくらいの稼ぎにはなる。ギルドに入ってさえいれば。そんな前提条件が足元から崩れていく。


「そんなっ、銀貨三枚など一家族を一月は優に養える。身元引受人? なぜそんなものが……」

「俺達が犯罪者予備軍、だからだとさ。そんだけの条件があれば簡単にはギルドに入れないだろ。そうすりゃメンバーから犯罪者を出す数を少なくすることができる。不用意に王都や国に犯罪者を入れずに済む。王都に入るにも、別の国に行くにも、身分証は……ギルドカードは必要だからな」

「では、その……カイルは、ギルド登録をしておりませんでしたの?」

「俺がギルド登録をしたのは三か月前だよ。親方とアリーシャさんが身元引受人になってくれて、トマスさんが登録料を免除してくれた。代わりに面接みたいなことがあって、俺の素性も話したわけだけど」

「じゃあ、それまではずっと入れなかったのか? そうだ、孤児院は? 孤児院に入れば、自動的にギルド登録できるだろ?」

 五歳の時から放浪していて、九歳で一人になったというなら孤児院に入るという選択肢だってあったはずだ。王都では親を失った者達は独り立ちするまで孤児院に入るのが普通だ。トーマも引き取り手がいなければ兄弟ともども孤児院に入っていただろう。

 そして、孤児院に入れば将来のために十歳になり次第ギルドに登録する。これは王都の外であろうと変わらないはずだ。そう、法が定めているのだから。


「確かに孤児院に入ればギルド登録はできる。でも、成人はできない。あそこは、孤児達の……墓場だ」

「墓場?」

「王都ではどうか知らないけどな、俺が知る限り孤児院っていうのは孤児を食い物にしてる。奴隷か家畜みたいに働かせて、稼ぎは全部持ってかれる。食事は残飯もどき、時として醜い欲望を満たすための道具として使われる。とてもじゃないけど、成人して、生きては出られない」

 あまりといえばあまりにもの実態にレイチェルは開いた口が塞がらない。そんな馬鹿なことがあってたまるものか。そんな非道なことが行われていいものか。

「俺が、俺達が何のために路上生活なんてしてたと思ってるんだ。孤児院が救いの手になるなら入らないはずないだろ。毛布一枚であったとしても、屋根や壁がある建物の中で寝られるなら、どれだけ粗末でも、ちゃんと毎日食べられるなら、遊ぶ時間なんてなかったとしても、働いて稼いだ金が将来成人した時に自分を支えてくれる蓄えになるなら、喜んで入るさ」

 吹きさらしの路地で羽織るものさえなく震えて眠ることも、穴が開きそうなくらいの空腹に耐えることも、仕事も蓄えも満足に行えなえず不安を抱えることもなかっただろう。そんな生活を誰が望むものか。


「孤児院に入れば自由も希望もない。どんだけ頑張って生きのびても、成人したら殺される。墓場以外の何だって言うんだ?」

「なんだよ、そりゃ。なんでそんなことになってるんだ……」

 トーマの声にも力がない。同時に考えてしまう。もし、トーマが王都生まれ王都育ちでなかったなら、父の友人に引き取られることがなかったなら、そんな地獄を見ることになっていたのだろうかと。弟妹達もそんな現実にさらされることになっていたのだろうかと。

「さあな。今の王様になる前から……なった後もずっとそうだって話だ」

「事実、なのか?」

 レイチェルはこの町のギルドマスターであるトマスに、そして年長者であり長くこの世界見てきたバーナード夫妻に確認する。

「そうだね、ギルド登録の慣例も、孤児院の実態もカイル君の言った通りだ」

「そうだよ、あたしらが知っている限りずっとそうさ。王様のお膝元は違うんだろうけどねぇ」

「少なくとも、孤児や流れ者上がりのギルドメンバーや、孤児院出身だっていう大人にゃ会ったことねぇな」

 レイチェルは眉間をつまみながら目を閉じる。何ということなのだろう。知らなかったでは済まされない。長年、このようなことが行われていたというのか。王都の外では、これほどまでに王の目も手も行き届いていないのか。なぜ、耳に届いていないのだろう。


「なぜだ……なぜ……」

「俺達が、人扱いされてないからだよ。国の法もギルドも役人も、その国に住む”人”のためのものだろ? レイチェルだって路地裏をはい回る虫や捨てられたゴミがどうなろうと、気にもしないし一々確認して王に報告したりしないだろ?」

「それはっ! し、しかし……カイルは、子供達は虫やゴミなどとは」

「そう思って、そう見てくれる人がどれだけいるんだろうな。この町でも、俺の扱いは最初、そんなもんだったよ」

 弾かれたようにレイチェル達がこの町の住人である三人を見る。三人は自嘲的な笑みを浮かべていた。下手に言い訳しないところが、真実であると語っているようだ。今ではこれほどカイルを気にかけ、家族のように接している夫妻が、カイルを救うために最善の手を尽くしたトマスが、そんなふうにカイルを見て、扱っていたというのか。


「カイル君がなぜ孤児達の英雄って言われるか、理解できただろう? たった三か月で、カイル君はその状況をひっくり返して、孤児達を人に戻した。彼らに先んじてギルド登録を成し遂げ、道を作った。これは、すごいことだとわたしは思う」

 レイチェル達は、なぜバーナード夫妻がカイルにこれほどまでに期待を寄せるのか、なぜトマスがここまでカイルに協力するのか理解できた。長年、下手をすれば何百年も続けられてきたことを、その認識を変えさせた。それだけの力があると、それだけの輝きがあると実感できたから。柄じゃないとカイルは笑うだろうが、確かに希望足りえる存在だからだ。

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