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レスティア物語  作者: マリア
第一章 剣聖の息子
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組織の計画と幼馴染との再会

「カイル君もこういっているし、君達の任務も果たせそうだね」

 トマスはレイチェル達の方を向いてにこやかな笑みを向ける。

「そうだな。我々は王命を受け、カイル、君を保護し王都に連れていくために派遣された」

「保護……ねぇ。なんか、やばいことか?」

「そうだな。君も知っておくべきだ。人界大戦において、世界中を混乱に陥れた組織、剣聖ロイド様により壊滅したとされていた組織だが生き残りがいるらしい。そして、その組織が君を……剣聖の息子を狙っているという情報が入ったらしい。敵の狙いが何なのか、君を使って何をしようとしているのか分かるまで目が届く場所にいてほしいと王都への召喚が決定した」

 レイチェルの言葉に、カイルの眉間にしわが寄る。ロイドが、父親が死んだ元凶であり、村人達を苦しめた原因を作った組織。それがまだ残っていたというのか。そしてまた、暗躍し世界を混沌に陥れようとしているというのか。しかも、カイルを使って。


「……あの組織が……。なぁ、俺の情報は、どこからその組織に漏れたんだ? 剣聖に息子がいるなんて情報、そいつらが知ってたんならもっと早くに動きがあったんじゃないか? そいつらとの衝突が一番激しかった大戦時期にも、たぶん、知られてなかった。知られてたら、村が残っているわけがないし、俺が無事でいられるわけがない。人質にしろ、別の目的があるにしろ、絶対見逃されなかったろ?」

 ロイドの身辺を探るために、三度村の襲撃を行ったのに、カイルは発見されることはなかった。隠れていたとしても、存在を知られていれば草木をかき分けてでも探し出されただろう。それなのに、カイルは無事だし、村も壊滅するほどの被害を受けなかった。

 それは、カイルの存在が知られていなかったからではないか。今のカイルの境遇の要因でもあるが、ロイドや周囲の徹底した情報統制が働いていたからではないのか。


「そうだね。疑いはあったかもしれないけど、可能性はほぼゼロだと思われていた。だから、今までそうした動きがなかった。急にそんな動きが出てきたというなら、原因は……」

「カミーユか」

 レイチェルは、剣聖の息子はずっと国王の庇護の元暮らしていると考えていた。だから、大戦期もその後も平穏無事に暮らせていたのだと。そこへ組織が息を吹き返し力を盛り返してきて、改めて何か企んでいる、その先駆けとして剣聖の息子を利用しようとしていると思っていた。

 国王が剣聖の息子の存在を知っていて、それを隠していたように件の組織も存在を知っており、態勢が整ったために動き出したのだと思っていたのだ。だが、カイルの話を聞くとそう思えなくなってくる。国王は知っていても、組織はカイルのことを知らなかったとしか考えられない。

 思えば国王でさえカイルと直接的な面識はないのだ。カミーユを剣聖の息子だと誤解したのも、国王が剣聖の息子の名前さえ知らなかったためでもあるのだから。知っていれば最初から偽者であると分かっただろう。


「あの村で、父さん以外に俺のこと名前で呼んでくる奴いなかったよ。坊ちゃんとかご子息様とか若様とか。あえて名前を呼ばないようにしているみたいだった」

 そうすることで、カイルの名前さえ秘してしまうことで、その存在を隠そうとした。その試みは確かに成功したのだろう。カイルや世話係もまた、大っぴらに吹聴することがなかったため剣聖の息子であるということは村から外に漏れることはなかった。

 しかし、そこへきて身代わりだったカミーユの出奔がある。村の中だけであればどれだけ吹聴しようと、威張り散らそうと封殺できる。組織もまたあんな村にまでアンテナを伸ばすことなどしないだろう。一度徹底的ともいえるくらい襲撃を行って、確認作業を行った場所であるならなおさら。


「一年前にカミーユが村を出て、そしてあちこちで剣聖の息子であることを誇示し始めた。そうして組織の耳にも入ったということか。ないと思われていた可能性が浮上し、そして利用する計画も持ち上がったと」

 順番が逆だった。組織の計画が進んだから剣聖の息子を狙ったわけではない。剣聖の息子の存在を知ったから、それを利用しようという計画が持ち上がったのだ。

「それならこちらも少しは対策のしようがあるね。いずれカイル君のことは奴らの耳に入るかもしれない。でも、それを極力遅らせるくらいのことはできると思うよ。せめて、カイル君が今よりも力を付けて、奴らに対抗できる態勢を整えられるくらいには」

「こりゃぁ、悠長にはやってられないなぁ。問題が山積みだ」

 元は孤児や流れ者達の待遇改善のためだったのに、どうやらことは世界の平和にもつながっているらしい。あんな奴らがのさばっていたのでは、いくら待遇が改善されようと安心して暮らすことなどできない。


「……そこまで焦る必要はないだろう。王都の守りはそれなりに強固だ。強くなるための時間くらいは、ある。その……良ければ俺も協力くらいはしよう」

 カイルを嫌い避けているような節の合ったダリルの言葉に、カイルは驚きの表情の後笑みを浮かべる。ダリルが剣を持っているのは見ればわかるし、二つ名に刃とある以上かなりの実力者なのだろうと予測が立つ。


「そっか、助かる。俺、魔法はそこそこ使えるようになったけど、剣はまだダメダメだからなぁ」

「教わらなかったのか? その、剣聖に」

「父さんに? あー、無理だな、そりゃ」

「なぜだ? 時々は戻ってきていたんだろう?」

「そりゃな。でも、俺が剣を持とうとするとすげービビッて慌てふためくんだぜ。ものすごい勢いで取り上げて、俺が剣を持たなくてもいい世の中にする! って叫ぶんだ。それで、剣を教えてくれって頼めると思うか?」

 一同は、りりしい銅像からは想像できない剣聖の実態に苦笑いを浮かべていた。


「でも、四歳の誕生日の贈り物として剣をくれたのは、他にいいプレゼントが思い浮かばなかったってのもあるけど、それが難しいってこと分かってたんだろうな。俺が生きるためにいつか剣を取らなきゃならなくなるってこと、知ってたんだと思う。もしかしたらって、予感があったのかもしれない。自分がいなくなっても、代わりにこの剣が俺のことを守ってくれたらって」

 カイルはかつて父がいろんな感情や思いが詰まった、複雑な表情で差し出してきた剣を手に取る。この剣がなかったら、命がなかった場面はいくつもあった。ずっとカイルを守ってくれた。死んだ、父の思いが詰まっているような気がしていた。


「そうか、ロイド様は君が四歳の時に……」

「ああ。これもらったのは大戦が始まる前で、そん時にはまだ三歳だったけどな。それが、父さんとの最後の思い出になった」

 カイルを守る剣でいられなくなることを悟り、代わりの守り刀を置いて行った。万感の念を込めて。

「祖父さんが、その剣をロイド様に渡す時、たいそうな剣持っているのにこの剣を何に使うんだって、聞いていたな。その時、ロイド様は『これは俺の宝を守るお守りだ!』って答えた。妙な使い方したら承知しないっていう祖父さんに対して、使わなきゃそれに越したことないって笑っていたけど、そういう意味だったんだな」

 キリルは改めて、ロイドが剣を受け取っていた時のやり取りを思い出す。ロイドにからかわれたと思った祖父の怒りが静まるのには時間がかかった。だが、祖父の打った剣は確かにロイドの宝を守るお守りとなったのだろう。今なお、その宝と共に在るならなおさら。


「父さんらしいな。宝なんてそんな上等なもんでもないと思うけど」

 カイルの言葉に、周囲の人々は呆れたような、それでいて生暖かい目を向けてくる。

「なるほど、確かに自分のことは見えないものだな。カイル、君のことを大切に思う者も身近にいると思うぞ。あの村でも……」

 イサクという少年は、ずっとカイルのことを信じて待っていた。そういえば、追ってきているということだがどうなっているのか。


「ああ……イー君のことか? 確か名前は……」

「カー様!」

 カイルがレイチェル達にカイルを探してほしいと懇願に来た少年の愛称を口にするや否や、部屋に飛び込んでくる影があった。

「カー様? カー様、カー様だ!」

「こらっ! 勝手に入るな。知り合いだというから連れてきたのに。マスター、すみません、この者が勝手に」

「構わないよ。彼も関係者だ、君も下がっていい。案内ご苦労だったね」

「はいっ!」

 少年を連れてきたらしいギルド職員にトマスは笑顔を向ける。込み入った話になりそうなので一度ギルド職員を下がらせる。辺境の村からここまで、ちゃんと追いついてきたらしい。念願のご対面というやつだ。実に十一年ぶりの再会となる。


 彼がいたのでは迂闊な話もできないし、ひとまず打ち切りになった。大体の話はすんでいるし、この様子ではすぐに離れそうもない。今もカイルの膝にかじりつくようにひざまずきカー様と繰り返している。カイルはしばし目を白黒させていたが、恐る恐る声をかける。カイルの記憶にある限り、自分をこんなふうに呼ぶのは一人だけだ。

「イー君?」

 呼ばれたイサクは飛び跳ねるように顔を上げ、しかしすぐにうつむく。カイルはその仕草に、昔よく遊んだ少年のことを思い出す。純粋に、カイルを慕ってくれていた少年のことを。


「あー、久しぶり、だな。元気そうでよかったよ、あん時にはいなかったし」

 カイルが村を出された時、石を投げてきた子供達の中にイサクの姿はなかった。夜だったこともあるが、普段からのイサクの様子や性格ではあんなことは無理だと思われたのだろう。いきなりの別れになってしまった。

「カー様、俺、ずっと探してたんだ。村のみんなはあいつがカー様だなんて言ったけど、でも俺は違うって思って。よかった、カー様」

「えっと、イサク……だっけ? その、カー様っての辞めてくんね? やっぱ母さんみたいでさ」

「カー様はカー様だよ? あれ、でも、カー様、眼の色が……」

 イサクの知るカイルは青い眼をしていた。だが、今のカイルは鮮やかな紫色の眼をしている。


「そうだったな。いいか、イサク、これは魔法だ」

「魔法? カー様は魔法が使えるの?」

 カイルに会えた嬉しさのためか、イサクは少々幼児返りをしているらしい。カイルと共に過ごしていた時の幼い口調に戻ってしまっている。カイルもそんなイサクを見て、路地裏の子供達を世話するように扱う。

「そうだ、見てろよ」

 カイルは無詠唱で偽装フェイクの魔法を使い、目の色を青く変えた。元々継続の指輪にはカイルの母であるカレナの瞳を隠すための魔法が記憶されていた。まだうまく魔法が使えなかったカイルは、村にいる間はその指輪を使って目の色だけを変えていたのだ。それなら指輪に魔力を流すだけでいい。


「元に戻った?」

 イサクは記憶の中にあるカイルと合致し、先ほどの姿がカイルの本当の姿であったのだと気付かない。カイルが魔法を解いて元に戻ったと思っているのだ。なぜなら魔法は発動させる時には詠唱が必要だが、解く時にはいらないというのが常識だったからだ。無詠唱で魔法を使えるものなど辺境にはいない。

 一方でレイチェル達はカイルが無詠唱で魔法を発動させられることに驚きを感じていた。しかも使った魔法から、特殊属性である闇属性を持っているのだと知れる。しかし、カイルがイサクの安全のためにもそう偽ったのだと分かり口をつぐむ。


「ああ、俺の髪とか目って結構目立つだろ? そうすると、悪い奴らにも目を付けられやすいからって魔法で色を変えてるんだ。闇よ、隠せ『偽装(フェイク』、こんなふうにな。いつもはこんなだよ。さっきのはちょっと試してただけだ」

 カイルはいつものように茶色の髪と瞳に戻す。最初にレイチェル達が見たカイルの容姿と同じように。カイルの偽装の魔法が解けたのは、アミルによる異常回復リカバリーの魔法によるものだ。異常回復リカバリーは体の異常をことごとく取り除いてくれるため、偽装の魔法効果も打ち消されてしまうのだ。


「そうなんだ……、俺と同じ色」

 イサクの髪や瞳も茶色。この国で最も多くみられる色だ。イサクは嬉しさのあまり、床に座ったままカイルを見上げていた。

「さて、彼のことだが、どうしたものかな」

 村人達の多くは罪を問われるだろうが、情状酌量の余地も十分にある。それに、当時子供だったものや、今も村にいるだろう子供達に罪を問うのは間違っている。だが、大人がいなければ子供達は生きていけない。きちんとした裁きが行われれば、イサクも住み慣れた村を離れる必要はなくなるだろう。だが、この様子でカイルから離れて村に帰る気があるかどうか。


「俺、カー様についてったら駄目なのか?」

 イサクは不安そうな顔でトマスを見る。トマスとしても、ここまで来てしまった以上、無下に追い返すということはしたくない。だが敵も多く強大で、困難なカイルの道に付き合わせるのにイサクはあまりにも無力だ。何かいい理由でもないか。そう思ってカイルを見る。カイルはその視線から意図を察して、頭をかいた。

「あー、イサク。その、……母さんの墓は、どうなってる?」

「カー様のお母さんの墓? 森の中にあるよ? 村の人で掃除したり花あげたりしてる。俺もよくいくんだ」

 イサクの言葉に、カイルは微笑みを浮かべる。たとえカイルを恨んでも、追放しても、歪んでしまっても、変わらないでいてくれるものもある。それは、変わり果てた村人達を知るレイチェル達にとっても意外な事実だった。きちんと弔いを続けてくれていたことに。まだちゃんと大切な心が残っていることに。やり直せる可能性に。


 ならば、カイルがイサクにすることは一つだ。

「そうか……。なぁ、イサク、あの村おかしかったろ?」

「うん、みんな変だった」

「それってな、隠し事をしてたからだ」

「そう、カー様を隠して、あいつをカー様だって言った」

「ああ、それってな、罪になることだって分かるか?」

「うん、だってカー様じゃない。あいつは悪いことばっかりしてた」

「そうだな。あいつも罪を犯した。だから、罰を受けることになる。それがどういうことか分かるか?」

「あいつが? …………村の人達も、罰を受ける?」

「そうなるだろうな。それがどんな罪になって、どんな罰を受けるのか決めるのは国だ」

 カイルの言葉をレイチェルは重く受け止める。ただ罰すればいいのではない。彼らが、正しい道を歩ける導きにならなければならないと。


「でも、そうすると、村にはほとんど大人がいなくなる。廃村にするわけにもいかないだろうから、どうにかするんだろうけど。一人でも多く人手が必要になる。一度畑を荒らすと、大変なんだろ?」

 カイルは村にいた時に聞いた大人達の話を思い出す。多くの人命が失われた人界大戦後、あちこちの畑が荒れた。そして、荒れた畑を元のように戻すのにどれだけ苦労するのか見てきた。

「でもっ、俺は……カー様の、役に立ちたい」

 憧れでもあったカイルが消えて、どれだけイサクが嘆いただろうか。なんでもっとよく見ておかなかったのか。なんでもっと役に立てなかったのか。だからもし、また会えることがあったなら、その時にはきっと役に立って見せる。丈夫な体しか誇れるものはないけれど、それでもきっと役に立って見せると決めたのだ。


「その気持ちは嬉しいけどな、俺のせいでお前の人生を歪めたくない」

「カー様、俺じゃ、カー様の役に立てない? 俺が鈍いから、頭が悪いから……」

 やはり鈍くて頭が悪い自分では役に立てないのか。カイルのためにできることなどないのか。そう思ったイサクは、呆れたようにため息をつくカイルを見て、さらに落ち込む。

「そういうことじゃない、イサクにはイサクにしかできないことがあるって言ってるんだ。近くにいなきゃ役に立てないってわけじゃないだろ? イサクには、あの村で母さんの墓を守ってもらいたいんだ。俺はたぶん、そう簡単には墓参りにも行けないだろうから」

 カイルを取り巻く環境や周囲の思惑がカイルの行動を縛るだろう。カイル自身、優先させなければならないこともたくさんある。それでも、あの村でひっそりと眠る母親のことはずっと気にかかっていた。ちゃんと世話をしてもらっていることを知って、心底安心した。


「俺がカー様のお母さんの墓を? 俺に?」

「ああ、頼めないかな。で、ついでに村を守る手伝いもな。なんだかんだ言っても、あの村は俺の故郷でもあるわけだし。イサクも村の連中のこと、心底嫌いなわけでもないだろ? ただ、ちょっと辛いことがあって、道を間違えちまっただけだ。でも、お前だけは道を見失わなかったろ?」

「で、でも、それはカー様がいたから……カー様を目指してたから」

 ある日突然消えてしまった光を、どこか遠くにいってしまった光を目指して歩き続けていたから。

「なら、今度はお前が目印になって、村の人達引っ張ってやれ。できるか?」

「そうすれば、そうすればカー様の役に立てる? カー様も村に帰ってこれるようになる?」

「そうだな。安心して帰ることができる場所っていうのは思ってた以上に大事なものらしい。イサクが俺の大事な場所を守ってくれるっていうなら、俺は安心して任せられる。俺も頑張って強く偉くなって一度ちゃんと村にも戻りたい。だから、イサクにも頑張ってほしい」

 イサクが引き受けてくれるなら、カイルの帰る場所がもう一つ増えることになる。懸念なく、修行に打ち込めるようになる。

「分かった! 俺、頑張る。頑張ってカー様のお母さんの墓を守って、村も守る。カー様がいつでも戻ってこられるように、村のみんなと」

 イサクは顔を引き締めて立ち上がると、早速戻る準備をするために部屋を出ていった。トマスも無事に村までたどり着けるよう、手配をしてくれたようだ。

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