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レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
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戦後処理と動き出す黒幕

 宗主が倒れた後、戦況はすぐに決した。一人一人の力は強力とはいえ、数の差というものはそうそう埋められるものではない。

 デリウスの構成員達は一部降伏した者もいるが、そのほとんどは死亡することになった。どちらにせよ魔人化を解くために支給された武器を受けることになる。

 その過程で汚染がひどく人に戻っても生きられない者が続出したためだ。人に戻れ、かつ生き残れたのは本当の下っ端ばかり。内情を知る上層部は軒並みその命を落とすことになった。


 現在は多少荒れてしまった農地とデザイアの街の修復および負傷者の治療と戦死者の弔いが行われている。

 あちこちからすすり泣きやら勝利を祝う声が入り混じり、元々いた住人達がほとんどいなくなった町中をにぎわせている。

 そんな中、カイルは領主の所有する館の一室にいた。


 戦後処理は国のトップや重鎮達に任せていた。年若く経験も少ない自分に出来ることは少ないだろうし、彼らの配慮もあった。

 むろん、彼らとてすべきことを終わらせ、カイルと同じようにこの部屋に集まりたいのだろうことはよく分かった。だが、少しだけ、一人に……いや、二人きりにさせてほしいと我儘を言ったのだ。


 最も、これも我儘などではないと言われてしまったのだが。

 カイルはベッドに横たわる者の顔を見つめる。あの時にはまだ確かにあった体温が失われ、冷たくなった体。カイルの魔法による修復と防腐処置が施されているためこれ以上劣化することはないが、決して動くことのない体だ。


 そんな父を前にしても、涙は出なかった。あの時に散々泣いて別れを実感したからだろうか。それとも、ようやく遺体を取り戻せたことによる安堵からだろうか。

 物言わぬ父の遺体を前にして、自分でも驚くほど心の中は穏やかだった。二人きりになったのも、別れを告げるためというよりは己の心の内を確認するためだった。


 ようやく確信した。自分の中で父の死というものはもうずっと昔にケリがついていたのだろうと。ただ、遺体をその目にすることがなかったこと、そしてその遺体を利用されていることを知ったことで宙ぶらりんになった感情があの時涙を流させたのだと。


 冥界で父と会ったのだ。その死は確定している。そして、父を失ったのは今回の戦いの中ではなかった。こうして会えば、もしかしたら自身が殺してしまったのではないかと感じるかと思っていたが、不思議とそうはならなかった。

 これもひとえに、自身の心の支えになってくれている者達の存在があったからだろう。カイルは穏やかな顔を浮かべると、父の遺体に語り掛ける。


「なぁ、父さん。俺、大切な人達が出来たんだ。父さんが死んだって、いなくなったって聞いた時、自分も死んだように感じた。死にたくなくて、必死に生きてきたつもりだったけど、本当は心のどこかで死を覚悟しながら生きてた」

 暗く、辛い過去の記憶。その中で自分はいつも、いつだって死と隣り合わせで、死の覚悟と共に生きていた。


「生きたい、死にたくないって思ってたはずなのに、いつ死んでもいいような生き方をしていたんだ」

 いつ死んでも悔いが残らないように生きてきた。死にたくなかったのも、生きたかったのも本当。けれど、本当に望んでいたのは精一杯生きたという成果を胸に、父や母のいる冥界へ旅立つことだったのかもしれない。


「けど、俺を息子と呼んでくれる人達に家族として迎えられて、あいつらに出会って初めて本気で死が怖くなった。覚悟なんてできてなかった、本当には死を理解してなかったんだ」

 こうしてすぐそばにいても、話すことも触れ合うこともできなくなる。それが死なのだと、ようやく理解した。あんなにたくさんの死を間近で見てきたのに、何度も死ぬような目に合ってきたのに、それでも己の死を理解できていなかったのだ。


「父さんも、きっとそうだったんだろうな。死にたくなくて、帰りたくて、それでも残された命がわずかだと知って、守るために死を選んだ。きっと、俺には無理だ」

 例えそれで助かったとして、その後すぐに死んでしまうのだと分かっていても、きっと自ら死を選ぶことなどできないだろう。

 みっともなくても、惨めでもきっと最後まで生きるために足掻くのだろう。それがカイルという人間の在り方だから。そうやって生きてきたのだから。


「結局、俺には母さんのような生き方も、父さんのような生き方もできない。俺は、俺だから。でも、約束する。俺は、最後まで大切な人達の側で生き続ける。その人達の幸せと笑顔を守ってみせる、きっとそれが俺にとって何よりの幸せだから」

 愛する人達に笑顔で幸せになってほしい。そして、そんな人達の側で生きていきたい。それこそがカイルが望み願い続けた幸せなのだから。


 返事は返ってこない。けれど、カイルの頭の中にかつてのロイドの明るい声が聞こえたような気がした。

『おうっ、しっかりやれよカイル!』と。

 クスリと笑みを浮かべ、わずかに乱れた自身と似た銀色の髪を整えていると、ノックの音が聞こえる。扉を開けずとも、声を聞かなくても誰だか分かっていた。


「カイル、その、……もう、入ってもいいだろうか?」

 遠慮がちなレイチェルの声。普段からすると大分自身の感情を抑えているようだ。その声に、カイルはふと部屋にある時計を見上げる。

 カイルが部屋にこもってから二時間近くが経っていた。思っていたよりもずっと物思いにふけっていた時間が長かったようだ。


 心配させてしまったのだろう。また、一人で抱えて泣いていると思われたのかもしれない。レイチェルだけではない、共に戦った仲間達全員がそろっているようだ。

「ああ、入ってくれ。みんなにも、別れを言ってもらいたい」

 自分達が思っていたのとは違う、ひどく穏やかなカイルの声に扉の向こうにいる者達が息を飲む気配が感じられた。


 龍の血に目覚めてから感覚が鋭敏になり、クロとの感覚共有も慣れてきたことで人並外れた五感を有するようになっている。便利なことも多いが、不便を感じることもある。

 扉を開けて入ってきた仲間達に、ベッドの傍らにある椅子に座ったまま顔を向ける。笑みを浮かべ、穏やかな光を宿す目をみて、驚きつつも安堵している様子がうかがえた。


「カイル、その、話したいこともあるのだが近くに座ってもいいだろうか?」

「ん? 何遠慮してるんだ? いつものように座ればいいと思うが?」

「そ、そうか。なら」

 レイチェルはすぐさま椅子を引いてくるとカイルの右隣に座る。左隣にはちゃっかりハンナが腰かけていた。


 ベッドをはさんで向かいにはアミルが腰かけ、その横にダリルとキリルが腰かけ、ハンナの横にトーマが座るいつものような配置になった。

「ふーん、これがカイルの親父さんか……あんま、似てないな」

 しばし沈黙していたが、トーマが口を開く。その瞬間、魔法と物理両方で袋叩きにあっていたが、カイルが笑ったことでみんな手を止めた。


「まぁな、よく言われるよ。髪の色と頑丈さ以外は母親に似たからなぁ」

「でも、雰囲気? 空気は何となく似てる」

 ハンナの言葉に、カイルはうなずく。性格もどちらかと言えば母親似だが空気感は父親に似ているとも言われていた。


「ようやく、取り戻せたのだな」

 キリルはかつての恩人を見て、深く息を吐いた。あの時と変わらず、けれど動かない体。もし自分がカイルの立場だったら、これほど穏やかに受け入れられたか分からない。

「ああ、魂の入れ物にされてただけだからな。普通の人ならそれでも姿形は残らないみたいだけど、その辺は龍王の血族の肉体ってことなんだろうな」


 制圧されたデリウスの本拠地には同じようにして死者の肉体に魔石を埋め込んだ操り人形が多数存在していたようだ。

 その者達は、魔石を壊すと他の魔人もどきと同じように肉体も消滅してしまったのだという。恐らく元々入れられた力に肉体が耐え切れず、それでも無理矢理体を支えていた核が失われたことが原因だろう。


 ロイドの体にも、多数の実験によってついたと思われる傷跡があった。すべて修復したが、気分のいいものではなかった。

「そうですわ。戦後処理ですが、ある程度目途が立ったそうですわ。各国首脳部の話し合いが終わり、後は復興に向けて動き出すばかりだと。思っていたよりも被害が少なかったので、この街の方が元の生活を取り戻すことが出来る日もそう遠くなさそうですわね」


 暗くなりかけた雰囲気を、アミルの言葉が打ち消す。そう、かつてあった第一次人界大戦にちなんで、今回の戦いは第二次人界大戦と呼ばれている。

 しかしその被害は前回に比べて極めて軽微だった。一気呵成に敵の本拠地に攻め込み、一網打尽による殲滅を行ったこと。カイルによる結界魔法で現実に及んだ被害がわずかにとどめられたこと。あらかじめ、町の住人達を避難させておいたこと。戦場にあって常に大規模魔法の妨害と負傷者の回復が行われていたこと。


 何よりも、最も強敵となり得るだろう幹部と切り札、宗主を少数精鋭による一騎打ちで被害なく討ち果たせたことが大きい。

 潜入班だったレイチェル達四人はもちろん、遊撃によって幾度も戦況を押し返したキリル、大規模にして精緻な魔法によって敵を殲滅し続けたハンナも大きな功績を残すこととなった。


 ここに集まっている若者達は皆、誰もが勲章ものの働きをした者達なのだ。それゆえ、まだ潜んでいるかもしれないデリウスの残党や、未だ姿を見せない黒幕に備え一同に集められていると言っていい。

「動くと、思うか?」

 言葉少なに語り掛けてくるのはダリルだ。彼もまたかつての家族との別れを済ませている。カイルとは違って断ち切ってきたと言っていいが、それでも思うところはあるのだろう。いつもより口数が少ない。


「……ああ、来るだろうな。デリウスと決別したのは、もうそいつにとってあの組織が必要なくなったからだろう。つまり、そいつの目的は間もなく達せられようとしてるってことだ。だが、それにあたっての一番の不安要素は、俺だ」

 一般に、人に神は殺せないと言われている。それは人の持つ力では、人の作った武器では神を傷つけられないからだという。


 デリウスが執拗に聖剣を狙ってきたのは、自身の大敵となる存在を防ごうとした以外に黒幕の思惑が大きく関わっている。

 神のいない地上で、堕ちたとはいえ神である自身を傷つけ、あるいは殺せる唯一の存在。それが聖剣であり、剣聖なのだから。

 自分の目的が達成できたとしても、剣聖がいればすべてを覆されかねない。だからこそ、目的達成のめどが立った黒幕はデリウスの構成員を使って聖剣を排除しようとしたのだ。


 かつての王都センスティア襲撃はそうして起きたのだから。宗主が把握できていなかったのも無理はない。黒幕が宗主の頭を通り越して下部構成員に指令を出したのだから。

 それが判明したことで両者は決別することになる。デリウスの宗主としては当然の判断だろう。トップである自分の頭越しに、自分の組織の人間を使われ、そのせいで自身の計画が大きく崩れることになったのだから。


 黒幕としては、もう用済みになった組織を最後まで便利に使おうとしていただけだろう。例えそれで関係を切られても痛くもかゆくもなかったはずだ。

「カイルが狙われる。でも、もし神を倒せたとしても滅ぼせない?」

 ハンナの言葉に全員が神妙な顔になる。


 もちろん、みすみすカイルを殺させる気もなければ、一人で戦わせる気もない。しかし、現状、自分達では神の気を引くのがせいぜいで、傷つけることさえ叶わないだろう。

 さらに、現在黒幕である神の肉体は仮初の器のようなもの。地上に追放される神の魂を封じ込める人形でしかないのだ。


 その分、本来の能力は大きく制限されることになるが、例えその器を殺せたとしても神の魂その物を滅ぼすには至らない。

 聖剣の力を持ってしても、器を破壊し魂の力を大きく削ぐことは出来るだろうが、本当の意味で殺すには至らないだろうと言われていた。


「まぁな。人界では、神を殺すことは出来ない。だから、その器をぶっ壊して魂をぼっこぼこにして神界に送りかえしゃあいい話だ」

 そう、それが出来れば実質カイル達の、人界の勝利と言えるだろう。

「そうか、神は通常人界に下りることは出来ない。そして、神界に送り返せば神王様がいらっしゃる」


 今回の神のような追放措置も、言ってみれば一種の罰則でありままならぬ体で不自由な生活を送る中で反省を促すというものだ。悔い改めるか、期限が満了すると器が崩壊し、その魂が神界に戻るようになっている。


 現在、それを悪用されているがその原則がなくなったわけではない。器を失えば元の領域に戻るのだ。

「ああ。かといって始末を任せるわけじゃないけどな?」

「どーいうことだよ?」

 まずはデリウス殲滅ということで、その後の神との決着については詳しく聞いていなかった。だが、今のカイルの顔を見れば、人界から追い出すだけだとは思えない。


「そりゃ、もちろん最期まで俺自身の手でケリつけるに決まってるだろ」

「ですが、神界には……」

「普通なら行くのも留まるのも無理なんだけどな。でも俺には母さんから受け継いだ神との繋がりと力がある」

 全員がはっとしたような顔になる。可能なのか、と。


「今の俺だと、そう長い時間は無理だが、それでも件の神を叩っ斬るくらいならやれるからな。逃がす気はねぇよ」

 こうまで自分達の領域を、国々を、大切な人達を振り回させておいて、最後の始末を他者に押し付ける気など微塵もなかった。

 神王から提案されなくても、どうにかして乗り込むつもりでいたのだ。


「そうか……」

「悪いな。できれば最期までみんなと一緒に戦えたらいいんだが……」

 レイチェルが若干気落ちしたような声を出し、カイルがすぐにフォローに回る。カイルとしてもここにいる全員で黒幕の最期を見届けたいところだが、そう簡単に理は覆らない。むしろ、カイルが神界に入ることさえグレーゾーンすれすれなのだ。


「いや。信じるさ。カイルが堕ちた神を討ち果たし、必ず帰ってくると」

 カイルが魔界に落とされた時の方がもっと状況は最悪だった。それでもカイルは約束通り帰ってきたのだ。それも、心強い味方と実力を身に付けて。

 今回は領域の王のサポートもある。何より、レイチェル達は知っていた。このために、どれほどカイルが日々研鑽を積んできたのかということを。


 これでことが為せなければ、それこそ運命が道を誤ったとしか言えない。むしろ、カイルならその運命さえ飛び越えて成し遂げてくれる。そう信じられた。

「そうですわね。あともうひと踏ん張りですもの。気合を入れなおさなければなりませんわね」

 アミルが口元に手を当ててふふと笑う。

 そんな和やかな空気が流れた時だった。部屋に見知らぬ声が響いたのは。


『フフフ、麗しい友情というところかな。全く、君達のせいで大幅に計画を前倒しする羽目になったよ』

 それは男のような女のような、子供のようでいて老人のような、なんとも言い表しがたい声だった。だが、それが何者なのかは背筋を這う悪寒と、全身の毛が逆立つような感覚が教えてくれる。

 全員が一瞬で顔を引き締め、戦闘態勢をとりつつ周囲を警戒する。


『そんなに探しても、わたしはそこにはいないよ』

「相変わらず、のぞき見が趣味のようだな」

 警戒は解かないままで、カイルが答える。その言葉に、部屋の空気がわずかに緊張したように感じられた。どうやら少々気分を害したらしい。


『随分と勇ましいことだ。わたしを殺しうる力を手に入れて、わたしと対等になったとでも思っているのかな?』

「対等? はっ、誰があんたと同等の存在になんてなるもんか。自分の目的と欲望のためには何でも利用して、誰を殺してもなんとも思わないような下種になんかな」


 途端に嘲るような言い回しになった声に、カイルはやれやれと首を振る。対等なんて思ってなどいない。むしろ、あまりにも下種すぎて同じ土俵になど登りたくもない。

『……よほどわたしを怒らせたいようだ。ああ、そうか。そうやって自身に目を向けさせて、他の者には手を出させないようにしようと考えているのかな?』

「呆れてものも言えんな。ただ純粋に貴様が気にくわんだけだ。邪推など底が知れる」


 レイチェルがカイルに続く。確かに声が言ったような意図がないわけではないだろう。だが、それ以前の問題だ。

 すべての物事にその裏を読もうなどと、それこそ自身がその程度の存在でしかないのだと露呈するようなものだ。だが、これで確信した。やはり、神と言えど恐れているのだ。

 自身の計画を全て台無しにしかねないカイルという存在を。決別したとはいえ、長年協力関係にあった組織をたった一日で壊滅させた自分達を。

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