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レスティア物語  作者: マリア
第一章 剣聖の息子
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カイル=ランバートの生き方

「それでも、国の目が届いていれば、彼らは罪を犯さなかったと?」

 これだけの理由があって、これだけの背景があって、国の目があれば同じ末路をたどらなかったというのか。

「完全には無理かもしれない、でも抑制にはなったはずだ」

「しかし、身代わりまで立てる周到さだ。とても抑えきれたとは……」

「なぁ、あんたらはあの村見て、何も思わなかったのか?」

 カイルはレイチェルの言葉をさえぎって問いかける。レイチェルは質問の意図が分からず眉を顰める。


「おかしい、とか、変だ、とか。なんか隠してんじゃないのか、とか。なんも思わなかったのか?」

「確かに妙だとは思ったけどよ。でも、隠し事に気付いたのはハンナだけ、だったなぁ。そういや」

 いくら信じがたい話を聞いて憤りを感じていたとはいえ、あり得ないような違和感に気づき真実を追い求めていたのはハンナだけだった。他の者達は表面上だけをなぞり、深く追求することはなかった。カイルはハンナに目を向け、変なだけじゃなかったんだなと妙な納得をする。


「ちゃんと見たか? 村も村人も、俺の……家も。ちゃんと見てたら分かったはずだ、気づいたはずだ。村の人達の無言の訴えに、罪を抱えたまま年月を重ねる苦痛に気付けたはずだ」

「どういうことだ?」

 まるでそれでは、村人達が罪を暴いてほしいと言っているようではないか。気付いてくれと、気づいて裁いてくれと、訴えかけているようではないか。

「わたしもカイルに言われて気付いた。本当に罪を隠したいなら、あれは変」

「いやはや、私憤で目が曇っていたのはわたしも同じことだね。被害の当事者であるカイル君に言われるまで思い当たらないなんて」

 ハンナとトマスは得心が言ったというようにうなずく。カミーユを断罪し、村人達の罪も確定したのにどこかすっきりしなかった。その理由が分かった。


「どーいうことだよ! 分かるように説明してくれっ!」

 トーマが焦れたように声を上げる。

「ちゃんと見てほしかったんだ、信じてほしかった。気付いてほしかった、過ちを正してほしかった。疲弊して憔悴した有様を見て、時間経過の違う遺体を見て、証言が真実であったことを。言うに言えない事情を抱えていることに、自分達を見捨てて逃げた者達の罪を」

 だが見てもらえず、信じてもらえず、気づかれず、過ちは正されない。そんなジレンマにも似たストレスは爆発して、行き場を求めて暴走した。結果としての、カイルの追放。だが、村人達の最後の思いやりであったのかもしれない。あのままカイルが村にいれば、村人達の怒りの矛先になってしまう。傷つけてしまう、心も体も。なら、自分達の目の届かない場所に行ってしまえば、そうすればこれ以上カイルを傷つけることはないと。


 手酷く追い出せば、戻ってこようなどとは考えないだろうと。そんなカイルの考察を聞いても、レイチェルとトーマは不満げな顔をしたままだ。ならあの身代わりは、カミーユは何なのか。カイルを追い出して補助金がもらえなくなったら困るからではなかったのか。

「身代わりは、最後の賭け。これで気づいてもらえれば、国が、辺境の村でもちゃんと見てくれてることの証明になる。国の目は真実を見極めてくれる希望になる。そうすれば、死んだ人達の弔いになる」

「しかし、国は気付かなかった。あれだけあからさまにおかしい様子を見せつけても、明らかに別人を本人だと偽っても、家の中の様子が見るまでもなく異質でも。何一つ気付くことなく十年以上の月日を重ねてしまった」

 ハンナとトマスが続く。隠し事があることを隠そうともしていない村人達、見せつけるように並べ立てられる不似合いな調度品、疑問に思わないのが不思議なすげ替え、そして極めつけの何一つ残っていない家の中にあるとってつけたような一室。疑問の声が上がり、不信感がつのり、追及の手が伸びない方がおかしいのだ。


 補助金の給付があったのは、カイル追放から一か月後。もしその時判明していたなら、全員が相応の裁きを受けることになっていたかもしれないが、きちんと真実も明らかになっていた。辺境の村に起きた悲劇を世界中の人々に知ってもらえた。真実を知る国王には、秘密を守り通した結果だと気付いてもらえた。見捨てた人々の過ちも正すことができた。

「なんでそんな試すようなこと……。ちゃんと訴え続ければいいじゃねぇか! 罪なんて犯さずに、まっとうな方法で!」

 村の違和感に気付けた者だけが真実にたどり着く。そんな遠回りで歪な訴えがあるものか。


「……まっとうな方法で、無実を晴らそうとした俺は、どうなった?」

 トーマの言葉にカイルは苦笑いを浮かべて問いかける。トーマは瞬間的にあの光景を思い出して言葉に詰まった。

「……っ、でもっ、あれはっ」

「頭っから信じてくれてない奴には、何を言っても無駄なんだ。何も、伝わらない。何も、変えられない」

「でも、だからってなんで……なんで。真実が明らかになっても、救われねぇじゃねぇか」

「そうだな。もう少し、あの村に味方してくれる人が……あの村の人達を信じてくれる人がいれば、違ってたんだろうな。最後の襲撃から、俺を追放するまで一年と四か月の猶予があった。騎士団が帰ってからも一年と三か月。何も、してなかったと思うか? ちゃんと、まっとうな方法で訴え続けなかったと。見捨てたとはいえ真実の一端を知る周辺の村や町の人々に協力を仰がなかったと。そう、思うか?」


「誰も……味方してくれなかったのか? 信じてくれなかったのか?」

「訴えが取り下げられるたび、協力を断られるたび、村長は悔し泣きしてた。避難誘導をして娘や村人を逃がした先に魔物が出た。まだ小さかった娘を亡くして、その子が好きだった甘いものよく食うようになってた。あれ続けてたんなら、きっと今頃横幅広がってんだろうな……。顔役だった人は血が出るまで地面を殴ってた。奥さんと両親が犠牲になったんだ。隣町の警備隊が逃げる時に突き飛ばされて。奥さん、身ごもってたって。それで、助けようとした両親と一緒に踏みつぶされた」

 レイチェル達は村長と顔役を思い出していた。成金を絵にかいたような、贅沢をしすぎた結果のような村長の家と風貌。顔役は痩せこけ落ちくぼんだ眼をして、節くれだった手は歪に曲がり傷だらけだった。

 あの村長の体には、顔役の手にはそんな理由があったのか、と。愛想笑いの中に時折見せる沈んだ表情や何かを求めているかのような真摯な光はそのためだったのか、と。


「俺は……俺のこと信じてくれる人がいるって思えた。味方がいるって感じ取れた。きっと、助けてくれるって信じられた。だから、耐えられた。そうじゃなきゃ、牢破りしてでも、逃げてたかもしれない」

「そんなことはない。カイルはそんなことはしない」

 キリルがカイルの擁護をしてくれるが、カイルは肩をすくめる。

「分からないぜ、そん時のことなんて。俺、村を出て初めて村の人達の気持ちが少し理解できた。すぐそこにあるのに、すぐそばに見えるのに、決して手の届かない生活ってやつがどんなにまぶしくて羨ましいか。自分はこんなに苦労して必死で生きてるのに、何も知らない顔をして笑って光の中で生きてる連中を見るのがどれだけ憎らしくて悔しいか」

 レイチェル達はあまりにも眩く映っていたカイルの、醜くて浅ましい心情の告白を聞いて衝撃を受ける。だが、すぐにそれは人として当然の感情であり、誰しもが感じることなのだと理解する。たとえ英雄だろうと、その息子だろうと、自分達と同じ人なのだと。


「でも、俺が腐らずにいられたのは、まっとうに生きようと思えたのはジェーンさんがいてくれたから。死ぬまでずっと一緒にいてくれて、大切なことをたくさん教えてくれた。いつでも俺のことをちゃんと見てくれて、信じてくれて、言葉にできない痛みや苦しさに気付いてくれて、間違ったことをしたらちゃんと正してくれた。だから俺は、最低の暮らしをしてても最低の人間にならずに済んだ。でもあの村にはそんな人が……そんな人達がいなかったんだ」

 例え元がどのような性情であろうと、人は時として過ちを犯し、堕落してしまう可能性を秘めている。そうならないようにするためには、寄り添い、信じ、理解して、時に厳しく道を正してくれる存在が必要なのだ。


「国はさ、……国王様はさ、国民にとって、俺にとってのジェーンさんみたいな存在であるべきなんじゃないか? そりゃ、国王様だって一人の人間だし、王国に住む人みんなに目を向けることなんてできない。だけど、その分国王様は力を持ってる、立場がある。国王様に代わって、国王様のために働くたくさんの目と耳と手を持ってる。それを正しく機能させることが、国の隅々にまで届かせることが……人の上に立つっていうことなんじゃないか?」

 カイルの言葉は、国王の剣の一つであるレイチェルにもまた響いた。そう、騎士とは、公僕とはそうあるべきなのだ。国王様に代わって、国王様の意思を反映させ、国を正しく導くための目であり耳であり手足であるべきなのだ。


「ただ罪を暴き、罰を与えることなら誰にだってできる。それこそ、裏通りに住むガキどもにもな。だから、その辺、ちゃんと話を聞いてやってくれ。あの人達がずっと抱えてきた痛みや苦しみをちゃんと全部、受け止めてやってくれ。その上で納得できる罰を与えられなけりゃ、やり直せない。んでもって、言ってやってくれ」

「何を、だい?」

 トマスは目を細めてカイルを見ながら聞き返す。カイルはにやりと笑いを浮かべてから高らかに言い放つ。

「あんたらも苦しい思いしてきただろうけど、俺だって似たようなもんだ。お互い様ってことで、村追い出したことは許してやる。おかげで、村にいた時よりはマシな人間になれたって思うからな。ただし、父さんや母さんの物に手付けてたりしてたらぶっ飛ばしてやるから覚悟しとけって。それと、母さんの墓参りにもいきたいから、それまでにはもうちっとましな顔になってろって」


「君は、ぶつけられた悪意を誰かにぶつけたりしないのかい?」

「そりゃ、俺ってぶつける相手もいない最底辺だし? それに、そういうのって苦しいだけだろ、お互いに。誰かが止めなきゃなんないだろ。まあ、その終着点が俺達みたいな連中だからああいう目に合うわけだけど。でもって、んなどうしようもないもん、いつまでも抱えてるなんて御免だね」

「放り出すのかい?」

「いーや、それならぶつけるのと変わんないだろ。だから、消化してやるんだよ。なにくそって思いながらな。どんな悪意だろうと罵倒だろうと、生きてくための力に変えるんだ。怒りでも哀しみでも悔しさでも、感じられるうちは生きていける。何も感じなくなったら、そんなの死んでるのと同じだろ? どんな生まれでも、どんな過去があっても、それは今の自分を形作り支えてくれる大事な一部だ。だから、俺は自分を否定しない、全部ひっくるめて受け止める。これが俺なんだって胸張って言えるように。これが、カイル=ランバートの生き方だって誇れるように」


 英雄の息子は人知れずひっそりと、けれどそう呼ばれるにふさわしい人物に育っていた。レイチェルは胸がいっぱいになるのを感じながら、心の中で敬礼をしていた。王都に迎えるにふさわしい、まだ小さな英雄を称えながら。

 そしてまた、その光はダリルの心をも揺さぶっていた。いつになく動揺し、声を荒げ、狼狽した。村人達の話を聞いている間も、ずっと考え続けていた。自らをとらえ戒める、消えない鎖を感じて。どれだけ努力しようと、どれだけ否定しようと、生きている間ついて回る呪縛を。

 カイルの持つ英雄の息子という肩書もまた、一つの呪縛だろう。孤児や流れ者という境遇も。それなのに、カイルはその呪縛全てを受け止める。そのすべてを否定しない。それらすべてが自分を構成する一部なのだと、大切な要素なのだと断ずる。


 ならばダリルを苦しめ続けてきた呪縛もまた、ダリルを形作った一つなのだろうか。それから逃れるために身に付けた力も、新しく得た地位も立場も、みな等しくダリルの一部。ああ、そうか、と。どれだけ努力しようと、見ないでいようと逃げられないはずだ。それは常にダリルの一部としてそばにあったのだから。一生逃げることなどできないのだ、否定し続けても消えることなどないのだ。

 ならば、それを力に変える努力をすべきだったのでは。いや、今まで努力ができたのもまた、その呪縛のおかげだった。そんな呪縛があったから、ダリルはここまで強くなった。ここまで上り詰めた。ならば、そう、それは、ダリルの力だ。ダリルが生きていくための、今のダリルになるために必要な力。


 ダリルは開いた掌を見つめ、それから握りしめる。そうだ、囚われて生きる必要などなかった。今のダリルは自由なのだ。たとえ縁が切れていなかったとしても、今のダリルはダリル自身の意思で生きている。

 ならばダリルは胸を張って生きるべきなのだ。ダリル=アドヴァンの生き方を誇るべきなのだ、と。養い親が、もう少し自分のことを認めてやれと言っていた意味が、今ならよく分かる。自分自身さえ受け止めることができない者が、誰かと対等に向き合って、相手を受け入れられるはずもない。

 きっと今まで、大切な出会いや絆を逃してきてしまった。自分が嫌いで、自分に不条理を押し付けてきた者達が嫌いで、その原因となった者が嫌いで。でも、もうそれはやめよう。少しずつ、ちゃんと周りを見てみよう。今度こそ自分の手で、かけがえのないものをつかむことができるように。


「だから、さ。親方、アリーシャさん、俺……王都に行くよ。今回のことでもよく分かった、俺の夢かなえるためにはもっと強く、もっと偉くなんなきゃいけないって。じゃないと、俺の言葉なんて誰にも聞いてもらえない。なんで俺が今更王都に呼ばれるのかは分かんないけど、でも、チャンスだとも思えるから」

 今までカイルは王都に出入りすることはできなかった。中央にいる人々に声を届ける機会も、力もなかった。けれどギルドに入れた。王都に行って、名を挙げて、人の上に立つ者達に声を届ける機会があれば。そうすれば、根本から変えられるのではないか。

「国中の町を回って、路地裏から子供達を救い上げることを辞めるわけじゃない」

「でも、それはあんたじゃなくてもできることだね。あんたが救って、教え、導いた子達でもできる。すでにその気になっている子もいるって話だよ。商店の方で引き取った子達の中には、あんたの意思を引き継いで、同じように他の子達も助けてやろうって子がね」


 アリーシャの言葉に、カイルは悔しいやら嬉しいやら頼もしいやらで複雑な笑みを浮かべる。そう、カイルがやってきたことは、その気になれば誰にでもできることだ。やり方さえ知っていれば、そのための努力さえできれば。カイルほどうまくできなかったとしても、子供達を救う方法はある。

「けど、上の連中に声を届けることは、たぶん、お前じゃねぇとできねぇ。俺はそう思うぜ。だから、心配すんな。部屋はいつもあけてあるって言ったろ?」

 グレンの力強い言葉に、カイルの迷いも晴れる。たくさん世話になった、たくさん心配をかけた。でも、こうして帰ることのできる場所を与えてくれる人がいる。それは、悪意なんかよりはるかにカイルの力になる。


「それにね、あたしらも一緒に行くから」

「は? え? や、何で? 店はどうするんだよ!」

「あんたみたいな危なっかしい子、一人で行かせられるかい。心配しなくても王都で住む場所のあてもある」

「店の方は、弟子どもと息子に任せる。王都にゃ修行に出てた俺の息子がいる。そろそろ独り立ちってんでしばらく店任せようと思ってたとこだ」

「あ、いや、でも……」

「なんだい、あたしらが一緒に行くのはいやなのかい?」

「そんなことねぇよ。王都にゃ知り合いもいねぇから、その、心強いとは、思うけど……」

 カイルは気恥ずかしさに頬を染める。

「じゃあ、問題ねぇな」

「はぁ、俺がどんだけ悩んだと思ってんだ」

 どんな覚悟で別れを切り出そうと思っていたか。どこか拍子抜けしながらも、温かい気持ちがあふれてくる。ジェーン亡きあと、カイルを家族として迎え入れてくれた夫婦。種族が違っても、年齢が離れていても、変わらずに接してくれた相手だ。彼らとこれからも一緒にいられるというのであれば是非もない。きっとどんな苦難でも乗り越えられるだろう。カイルはまだ見ぬ王都での暮らしを思い、期待と不安に胸を膨らませていた。

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