暴走する宗主と決着
「第三に龍の力。龍の血族を喰ったんだろ? 強靭な生命力と魔獣に対する優位性を得られるから。だが、操るまでは出来なかった。俺を探してたのも、龍王の血を取り込めば龍をも操る力を得られると考えたからだ」
ここで、かつての騒動と繋がってくる。魔、精霊、龍と取り込んでいったが、実際使い物になったのは魔の者の力くらい。薄まった龍の血や精霊の力は自分の強化以外には役に立たなかった。
だが、肝心なのはすべての力を手にすることだと考えて良しとしていた。そこにきて、半ばあきらめていた龍王の血を取り込めるかもしれない存在を知ったのだ。
あえなく空振りに終わってしまったが、それなりに期待値は大きかったようだ。新たな希望足りえる存在を葬ると同時に、自らの陣営の強化につながるかもしれなかったのだから。
「第四に神の力。神によって生み出された天使を喰った。この目論見は半ば成功であり失敗といったところか? 本来は不老と神力を得るつもりだったが、得られたのは不老のみ。神力は身に付かなかったようだな?」
「おのれっ、貴様、どこまでこちらの事情をっ!!」
最初はそれなりに楽しみながら聞いていたようだったが、後半になるにつれて宗主の顔色が変わってくる。特に自身の思惑から外れ、思ったような力が手に入っていないというくだりから。
さらには、いくら精霊の情報網があるとはいっても知りすぎている。ここまで深く内情を知っているのは身内のみだというのに。
宗主はいるかもしれない裏切り者に思いをはせる。ただではおかないという決意と共に。
「神力ってのはある意味すべての力を統合し生み出されるもんだ。手当たり次第に力を寄せ集めただけのあんたじゃ生み出せないさ。むしろ、純粋な人間だったほうがよほど可能性があっただろうな」
あらゆる力を混ぜ合わせるためには、その者の体の中で魂の内でそれらの力の調和がとれていることが大前提だ。無理矢理後付けして、バランスも調整もとれていない者に神力など宿らない。
よしんば宿ったとしても、それを維持するためには相応の代償が、力が必要になってくる。それが出来なければ、かつての剣聖達のようにその命を削ることにもなりかねない。
神が有する力ゆえに、人には過ぎた力、諸刃の剣となる力なのだ。カイルだって聖剣のことやヒルダとの出会いがなければ生まれつき宿っていた自らの神力のことなど知らずに生きていただろう。
「第五に、冥界の死神の力。これはあんたの後ろ盾になっていた者の力を借りたようだな? でも、その目論見もほぼ失敗に終わった。死神を取り込むことには成功したが、死神が持つ力を手にすることは出来なかった」
一般に死神の力とされているもの。肉体を傷つけることなく魂を刈るという能力。それは死神を喰らっても手に入ることはなかったのだ。
「なぜだと思う? 死神の力っていうのはな、死神がもつ鎌に宿っているからだ。死神ってのは、その鎌を振るために冥王様によって生み出された天使のような存在。死神そのものに魂に干渉する力が宿っているわけじゃない」
カイルがかつて冥王から託された死神の鎌。あれこそがいわば死神の本体、力そのものといっていいのだ。
黒幕によっておびき出され、デリウスに囚われた死神は、それでも最後の力を振り絞って死神の鎌を冥界へと送り返した。敬愛する創造主にその力を返上したのだ。
授かることは冥王によってしかなしえないことだが、その力の返上は死神達の意志によって行われる。その力を悪用されないために、死の間際には必ず行われる行為だった。
死神を倒せるものは少ないが存在する。それが故の緊急措置。宗主は死神を喰らって冥界の一欠けらに触れることは出来たが、その力を取り込むことは出来なかったのだ。
「あんたは自分が完璧な存在になったと言ったな。でも、俺からすりゃ不細工な粘土細工のほうがまだましと言える有様だぜ? 眼をそらしたくなるくらい痛ましくて、憐れで、滑稽だ。狂ったじじいと狂った神に踊らされて、つぎはぎだらけの寄せ集めの力を得てはしゃいでる、愚かなガキにしか見えねぇよ」
カイルが宗主を見る目に、確かに憐憫を感じ取ったのだろう。宗主は顔を黒く染めるくらいに憤怒の感情を高ぶらせていた。
「我は、完璧なのだ。すべての領域の力を取り込み、全ての存在の上に立つ。そうでなければならない」
「いつまでも、眼をそらすなよ。分かってるんだろ? あんたの理想は、あんたの言う完璧な存在は自分じゃないって知ってるはずだ。すべての領域の力を自然に、完全な形で備えている。そんな存在をあんたは知ってるはずだ。ま、俺のことだけどな。自分で言うとこっぱずかしいが」
今度こそ、はっきりと宗主の眼が大きく見開かれた。それは驚きからではない。自覚したくなくて、認めたくなくて決して口にはしなかったこと。
本当の意味でそんな存在が現れることなどないと考えていて、だからこそ自分がそれになろうと必死にあがいていた。
そんな理想が、今目の前にいる。そのことを誰よりも認めたくなかったのは宗主だ。自らの人生の全てを否定されるかのような奇跡に。それが、忌々しい男の息子であることに。
幾重もの理由が重なって、その事実を直視することなどできなかった。宗主の胸の内に、これまでの苦労と思いが甦ってくる。
魔の者の力を得るために人としての姿と来世を捨てた。それなのに目の前のこの男は人でありながら魔の者の力と姿をも持ち、来世だってある。
紫眼の巫女にしか見えず契約もできないが、超越的存在である精霊の力を得ようとした。そのために、自らが今まで刻んできた時の流れを捨て去った。それでも、精霊の姿を見ることは叶わず、その力を行使することもできなかった。
一方で、生まれてより精霊に愛され人としての時を刻みながらその絆を深めていった男。存在しないと言われていた男の身で紫眼を得ていたもの。数多の精霊の加護を得て、幾人もの大精霊と契約を結んでいる。
強靭な肉体と生命力を有する龍の力を得ようとした。龍の血をその身に取り込み、確かに体は丈夫になったしなんとなく魔獣の意思も感じられるようになった。だが、命じても思うように動かすことは出来ず、龍を操るなど夢のまた夢だった。
それを、この男は龍の姿を取れるほどの強靭な肉体と生命力を持ち、号令一つで全ての魔獣達を従える。おまけに龍ですらその名のもとに動かしてみせた。
生きている間には見ることも叶わないとされる神の力を求めた。身近にかつて神であった存在がいたからこそ、その力の強大さは身に染みて理解できた。
だが、神が地上に降りてくることはないため、その使いである天使の力を取り込もうとした。神が神たる所以、その神力と呼ばれるものを手にするために。
穢れなき純白の翼を持つ天使を取り込んで得たのは、永劫変わらぬ姿のみ。神の力に届くことはなかった。
この男は、生まれてより神力を有していた。聖剣と契約することでその使い方さえもマスターして見せたのだ。
最後に残されたのは冥界の、死神の持つ魂に干渉する力。これさえあれば、全てが報われるはずだった。ちぐはぐな己の魂を自らが調整し、完璧にして崇高なる存在になれるはずだった。
死神を呼び出すのは簡単だった。死神が出動するような禁忌を侵せばいい。散々禁忌に触れてきたのだ。今更それが一つ増えようと何とも思わなかった。
歪とはいえ、今まで得た力を持ってすれば死神を超越することが出来た。死神を喰らえばその力が手に入ると思っていた。
だが、違った。死神の力の本質、それは死神にではなくその死神が持つ鎌にこそあったのだ。あの神は、それを知っていたはずだった。だが、教えられることはなくすべてが叶うと思った瞬間に絶望の底に突き落とされた。
あの神は、それを笑って見ていた。今目の前にいる男が浮かべているものと似て非なる矮小なる存在を見る冷たい目で。
利用されていることは知っていた。だから、こちらも利用した。利用しているつもりだった。だが、結局のところすべていいように扱われていただけだったのだろう。
それでもよかった。それでも、幼い頃から心に魂に埋め込まれたこの野望を達成できるのならば。
幾度も阻まれ、何度もやり直した。今度こそ叶うと考えた。そのために人という存在も、自分の持てる全ても捨てたというのに。
それなのに、この男は魔界に突き落とされ、死んでいたはずなのに冥界の力を手に魔界の軍勢を味方に付けて戻ってきたのだ。
許せようはずがない。自分が手にするはずだったものを、自分がすべてを捨ててまで得ようとしたものを。この男は何一つ手放すことなく全てを手に入れたのだから。
何よりこんな目を向けられる謂れなどない。その眼を向けるのは自分だったはずだ。
祖母を、父を殺され、遺体を弄ばれ、自分達によって翻弄され続けた人生。憐れで、何一つ手に出来ないままで孤独に死んでいくはずだった。
今こうして目の前にいることの方が奇跡。もしこれが運命というのなら自分は何のためにここにいるのか。
それまで、確固たる意志を持ち、傲慢なまでに自身の言動を享受していた宗主の心が揺れた。カイルはそれを感じ取って眼を細める。
ほんの些細なきっかけでよかった。一か所でも、わずかにでもその強固な自我を突き崩すことが出来れば、それが宗主の中にあるコンラートの自我の崩壊につながると分かっていたから。
あれほどまでにちぐはぐでバラバラな力が一人の魂の中にあってなお暴走しなかったのは、人としての姿形や思い出、来世、時間を失っても変わらない強固な自我が存在したからだ。
言ってしまえば、その自我さえほんのわずかにでも揺らいでしまえば、バラバラで強大な力が自らの中で反発しあいながら暴走し、自己崩壊を起こす。
コンラートの自我を支えていたもの、それは自身が完璧な存在だという自負だ。あらゆる力を内包し、世界を統べる者だというその思いこそがすべてだった。
なら、その根底が覆ればコンラートを支えるものは何も残らない。人も、未来も、過去も家族も、時間さえ自分から捨て去ったのだ。
それに、自分では気づいていないようだが、死神を取り込んだ時呪いをその身に受けている。カイルがこれほどまでコンラートを詳しく知っている理由、それがこの呪いにつながっている。
いくらクリアが潜入していたとしても、ここまで詳細に過去を知ることなどできなかっただろう。それを知れたのは死神による呪い。魂属性を持つ者に、この呪いを受けた者がなした事柄すべてを伝えるものだったのだから。
クリアを通じてこの男を見た時、カイルはコンラートという男が生まれてから今までの人生すべてを知ったのだ。
その中には同情すべきような過去もあった。ここにいたるまでの幼い頃、若い頃の葛藤も苦悩もあった。それでも道を選んだのはこの男自身の意思だった。
だから、容赦はしない。この男の所業すべてを否定し、全てを乗り越えなくてはカイルも世界も前に進めないのだから。
「我は、わたしは、僕……は、何を、なになになになに、なぜ……」
コンラートはぶつぶつとつぶやきながら頭を抱えてぶんぶんと振っている。バラバラでぐちゃぐちゃな思考が頭の中を駆け巡っているのだろう。
何をしているのか、何をしたかったのかさえもう覚えてはいないかもしれない。それほどまでに、異なる領域の力を内包するということは危険と隣り合わせなのだ。
この男の姿は、もしかしたらあり得たかもしれない自分の姿だったかもしれない。たまたますべてがうまく回っただけで、カイルもまた自分の意志ではない大きな力に、流れに押し流され必死になってここにたどり着いたのだから。
それでも、同情はしない。カイルとこの男では決定的に違う部分がある。カイルは望む望まずに限らず、数多の力を手にしてきた。
本当の望みは愛する者達との穏やかで緩やかな日々だというのに。こうして命がけの戦場に駆り出されている。
コンラートは望んですべての力を得ようとあらゆる手を尽くした。その果てに世界を支配しすべての生命の頂点に立とうと、数多の血を流し混乱と恐怖をばらまいた。
「コンラート・フェンデル。あんたにはこの世界から退場してもらう。最も、あんたに行き先も来世もないが、心配するな。あんたを操り、破滅に導いた神もすぐに送ってやる」
「コンラート? 誰、ああ、違う。わたしは、我が、我こそがコンラート・フェンデル。世界を支配するデリウスの宗主なり」
カイルが聖剣を腰だめに構えると、その声に反応したコンラートが視線を定めてくる。虚ろだった表情に少しずつ色が戻り、名を呼ばれたことでわずかに自我を取り戻したようだった。
「そうだ、我は完璧なのだ。そう、お前を喰えばいい。そうすれば、そうすれば、そうすれば、その時こそ我は完璧な存在に、全ての頂点に立つ存在になれる!!」
赤くらんらんと光る眼は、敵を見る目でも人を見る目でもなかった。自身の餌を、糧を見る目。かつて魔界で見た飢えた者達の目と同じだった。
「はっ、喰えるもんなら喰ってみろ。その前に、俺があんたを殺してやる」
今更そんな目におびえるほど細い神経はしていない。口元にうっすらと笑みを浮かべ、魔法と気功による強化を施していく。
宗主の放つ禍々しい瘴気交じりの魔力はあたり構わず破壊し、荒れ狂う心境そのままに猛威を振るっている。だが、それでもその魔力はカイルを傷つけるに値しない。魔界帰りは伊達ではないのだ。
「我にすべてを差し出せ、我の糧となるのだ!」
「誰がっ! 差し出す、かよっ! あんたにっ、くれてやるのはっ! この剣の刃のみだっ!」
接近するカイルに向かって隙間なく叩き込まれる暴力的な瘴気に侵された魔法による攻撃。闇が生き物のようにうごめき、その咢を向けてくる。
一つでもかすれば肉をえぐり取られるだろうそれを、時に躱し、時に聖剣で切り払いながら少しずつ距離を詰めていく。
前後左右上下からも無数の闇がその手を伸ばしてくる。だが、カイルの顔に焦りも苦戦の色も見えない。この程度の弾幕、魔王の攻撃に比べればぬるすぎる。感知できない弾幕が突如目の前に、数えきれないほど出現するような魔法を鼻歌交じりにやってくるのだ。
地面も闇に覆われているが、ならば地面に足を付ける必要などない。踏み込みの瞬間、そこに『物理障壁』を展開し足場にすればいい。
宙を駆けるようにして迫りくるカイルに、コンラートの方が困惑と焦りの表情を見せる。今までこの包囲網を突破できた者などいなかった。天使も死神もみな体中を食いちぎられ己の糧になっていったのだ。
それなのに、無傷で全てを突破してくる。一瞬、カイルと眼があったコンラートは無意識に一歩後ずさりしていた。
その目に宿る確固たる意志に、強い光に気圧されたのだと気付いた時、身を焦がすような羞恥と憤怒、そしてわずかばかりの羨望に胸をかきむしる。
思えばあの男もそうだった。何を言っても、何をしても決して己に屈することなく、強い光を宿した眼を向けてきた。あれは、誰だっただろうか。
脳裏によぎるその男の姿と、目の前に迫る男の姿が重なる。ああ、そうだ。思えばあれが、自身にとって初めての敗北と呼べるのかもしれない。
そうコンラートが考えた時にはすでにカイルはコンラートの目の前まで迫っていた。とっさに魔法を発動させようとするその両腕を斬り飛ばし、返す刃で左肩から右脇にかけて両断する。
神の力を宿した聖剣は、渦巻く瘴気ごとコンラートの体を断ち切り浄化する。元々聖剣には魔を断ち切り浄化する機能が組み込まれているが、そこにカイルが魔法を付与することでその効果を高めていた。
その上で、魔石の位置を見極めさらに魂をも断ち切る効果を乗せていた。回復能力に優れた相手でも一撃で葬れる攻撃だ。いかに数多の力を取り込んだ宗主と言えど耐えきれるものではなかった。
二つに分かたれた体は力なく地面に落ち、渦巻いていた魔力は急速に消滅していく。いや、カイルが操る者がいなくなり行き場をなくした魔力を吸収しているのだ。
コンラートの体は色を失って白くなっていき、全身にひび割れが広がる。だが、その顔に苦痛はなく瘴気交じりの魔力による視界が晴れ、青く染まる空を見ていた。
「我は……我は何のために、ここまで……わたしは、僕は本当は何をしたかったんだろう……」
涙を流したくとも、その機能はすでに失われているのか乾いた眼が逆にもの悲しい。
「……さぁな。それはあんたにしか分からない。でも、それでもあんたには選択する機会が、違う未来を選ぶ道があった。あんたはもう、覚えてないかもしれないがな」
コンラートの過去を見たカイルは知っている。コンラートにはまた別の未来もあったことを。祖父が死んだ時、心から愛する者が出来た時、友が命を懸けて自分を止めようとしてくれた時。
今とは違う未来を、人としての幸せをつかむ未来を得る機会はあった。そのすべてに背を向けて、自分を支配して洗脳した祖父に殉じる道を選んだ。
「そう、か。すべて、僕が選んだ……なら、これは全部僕の」
「ああ、そうだ。俺はあんたを、あんたがしたことを許さない。でも、死にゆく者にムチ打つこともしようとは思わない。だから、安心しろ。あいつは、あの神は俺が討つ。あんたも、あんたの妻の仇も俺が討ってやるよ」
それまで変わらなかったコンラートの表情がわずかに動いた。仇、と音にならないつぶやきが漏れる。そうして少し考え、大きく眼を見開いてカイルを見返してきた。
「あ、ああ。そうだ、わたしは、そうだ、彼女の。彼女の仇を討つために力を……」
世界の裏に生きてきたコンラート。しかし、彼も一度はその闇から抜け出し、人並の幸せを求めた一時があった。四人の子に恵まれ、穏やかで暖かな時間を過ごしたことが。祖父の洗脳もその部下達のしがらみとも離れて暮らしていた時が。
だが、それは圧倒的な力を持つ存在によって打ち砕かれた。その上で、何より愛する者を奪った者からささやかれたのだ。『愛する者を甦らせたくはないか?』と。
憎くも恐ろしいその相手を殺すため、そして何より愛する者を蘇らせるため、コンラートは再び闇の中にその身を投じた。愛する者との間に生まれた子供達を道連れに、決して引き返すことのできない場所へと踏み込んだのだ。
その神と対等に戦えるだけの力を求め、そのために人であることも捨てた。いつしか本来の目的も忘れただただ力を求めこの日を迎えたのだ。
「そう、か。ああ、そうだったのか。わたしは、どこから……」
どこから間違っていたのか。どこから、いや最初から。あの神の言葉を聞いた時から間違っていたのだろう。死んだ人間は蘇らない。そんなこの世界の真理さえ忘れていたのだから。
「子供、達は?」
ここに来て初めて、コンラートが人間らしさを見せたことに、カイルは軽く眼を見張るが、すぐに目を伏せて告げる。
「……俺の仲間が、あんたらの本拠地に潜入してる。先に逝っただろう、行き先も来世もないあんたらが死んだあとどうなるかは分からない。だが、少なくとも同じ場所に逝けるよう祈っておくよ」
「くく、……どこまで、も、甘い……男だ。こんな、我に、情けを……かける、とは」
「自分でも思うし、よく言われるよ。でも、まぁ、それが人ってやつだろ?」
カイルの言葉に、コンラートはひどく驚いた様な顔をして、だがすぐに笑みを浮かべた。それは今まで見せたどんな笑みよりも自然で、人間らしいものだった。
「そう、だな。ならば、必ずあいつを、奴を殺せ! あれは、人でも神ですら、ない。化け物だ」
コンラートは自身が負けた理由を心底理解した。どのような力を持とうとも、姿を得ようとも、カイルは変わらずに人であった。
古来より人ならぬ化け物を屠るのは人と相場が決まっている。人を捨ててしまった自分では土台、あの化け物に勝てる道理などなかったのだと。
頼めた義理でもないのは承知している。それでも、消えゆく自身に残された最後の望みだった。
「分かっている。きっとそのために俺は生まれたんだろうからな。でも、あいつを倒すのは運命だとかそんなのは関係ない。俺自身の意思だ。守ってみせる、俺はもう何一つ失いたくなんてないからな」
カイルの宣言にコンラートの中によみがえってくるのは、久しく忘れていた彼女の笑顔。いつから思い出すこともなくなっていたのだろうか。あれほど大切な存在だったのに。自分達が彼女と同じ場所に行くことはない。
それでいいと思う。彼女と同じ場所に行くには、自分はあまりにも汚れ過ぎた。
改めて、自身を破滅させた男を見る。大人になり切れていない危うさの残る顔立ち。だが、その内側に秘められた思いは、あるいは復讐を誓った己よりもはるかに強いもののように思えた。
そうか、と思い至る。かつて自分達に立ち向かい死んでいった者達が、最後に浮かべたであろう笑み。それは、己の望みを託すことが出来る者がいるからこそのものだったのだと、初めて気付いた。
何とも皮肉なものだ。己の思いを託すのが、望みをつなぐのが仇敵の息子であり、自身の天敵であるなどと。
「ああ、空が、青い……な。そういえば、あれ、も……空が好き……だった……」
その言葉を最後に、宗主の体は砂になって消えていく。さらさらと風に流れていく中、カイルには宗主の中に押し込められていた各領域の力や魂もまた空へと還っていくのが見えた。
宗主の自我という殻の中にいたのではこうして浄化することもできなかっただろう。個人としてのコンラートではなく宗主としてのコンラートの自我、それを突き崩すことで取り込まれた力と魂の浄化に加え、本来のコンラートの自我も表に出てきたのだ。
あちこちでデリウスの構成員達を制圧し、勝利の歓声が上がる中、カイルは一人空を見上げていた。




