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レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
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潜入作戦開始

レイチェルサイド

 日の出と共に開始された全面戦争、その裏側で動く者達がいた。宣戦布告がなされるまでは他と変わらない朝の様相だった町の様子が一変する。

 半数は戸惑いとともに恐怖と混乱を。だが、残る半数は雰囲気が剣呑なものに変わる。こうして見てみれば、すぐに見分けがつく。

 それも、奇襲作戦の利点だと言える。そして、瞬きのうちに人が消えた。いずれも剣呑な雰囲気を出していた者達だ。後に残されたのは戸惑いと恐怖を見せる者達。そんな姿に若干の罪悪感を抱きつつもこれが最善だと己を納得させて町中を駆け抜ける。


 今頃、町の外では大規模戦が始まっている頃だろう。彼らが眼を引き付けているうちに、自分達はなすべきことなさねばならない。

 守ると誓いながらも、離れざるを得ない現状を思い、レイチェルの体に力が入る。


「レイチェル、今は只やるべきことだけを考えるべきですわ」

 レイチェルの焦燥を感じてか、アミルが声をかける。レイチェルは一つ息を吐いて心を鎮める。そうだ、今更こんなことを考えても仕方がない。心配ならなおの事、自分達がやるべきことをやって、一刻も早く戻ればいいだけの話だ。


「ああ、そうだな。すまない、アミル」

「いいえ、それがわたくしの役目でもありますもの」

 レイチェルの謝罪に、アミルは薄く笑って答える。そう、アミルがこの潜入チームに入っているのは、緊急時の守護と回復役というだけではなく、メンバーの精神安定にも一役買っているのだ。


 直情的なレイチェル、割と好戦的なことに自覚のあるトーマ、そして因縁のあるダリル。この三人だけでは状況によっては感情に流された行動をとってしまう可能性がある。そのためアミルがそのストッパー兼まとめ役となっているのだ。


 人々の喧騒の中、迷いのない足取りで進んでいく。周囲にいる、ある意味被害者であり人質である彼らの身に関しては心配していない。今頃レイチェル達とは別の部隊が避難誘導をしているだろう。

 万一、カイルが張っている結界が破られ町中が戦闘領域になっても被害は建物だけですむようにする予定だ。


 レイチェル達の役割は、狩りで言うところの猟犬だ。前回の戦争でも、結局最後までデリウスの宗主を捕えることは出来なかった。

 彼らは常に引き際を見極め、次の潜伏先を用意している。そんな彼らを巣穴から追い立て、戦場に引きずり出すこと。それが潜入班に課せられた第一目標だ。

 レイチェル達以外にも潜入する少数精鋭のパーティはあるが、いずれも隠密に長けた能力を優先させている。デリウスの幹部級との戦闘も視野に入れているのはこのパーティだけだ。


 レイチェル達が陽動と共に幹部達を追い立て、煽り、戦場に引きずり出す間に、他の潜入班が資料や物資の回収をする手はずになっている。

 失敗が許されないだけに重圧も感じているが、それ以上に頼られ任されたことへの喜びと高揚が胸を熱くさせている。


「にしても、町中に入らなくても正確な地図って作れんだな」

 トーマは脳内に叩き込んだ地図を思い浮かべながら、小声で感嘆する。

 そう、潜入作戦を容易にするため、あらかじめ地図が用意されていた。それは町中だけではない。地下の上下水道からデリウスの本拠地内にいたるまで、精密なものだった。


「精霊が、それも大精霊が本気になればそれだけのことが出来るということですわね」

 生まれた時から精霊達との付き合いがあり、またその力を借りてきたアミルでさえも驚嘆するものだった。

 精霊はその特性上、制約されている事柄も多くその能力を十全に発揮することがほぼない。また、それを人に見える形で示されることもまたしかり。


「今回ばかりは見過ごせないということだろう」

 ダリルが、幼い頃ゆえにおぼろげになっていたかつての住処に突入しながら答える。

 精霊王によって、今回の戦争に限り精霊達は自重しないことを許されている。それは、長年苦しい生活を余儀なくされてきたカイルへの埋め合わせであろうし、デリウスのこれ以上の活動を精霊王としても許さないという意思の表れだろう。


 地下に入ったからか、あるいは敵の本拠地だからか空気が重くなったような感覚を誰もが覚える。しかし、それで足を止めることはない。

 今も町の外、カイルが張った結界の中では全面衝突による戦闘が始まっているはずだ。カイル自身が前線に出るのはまだ先とはいえ、死力を尽くして戦っている仲間達がいるのに自分達が進むのをためらうわけにはいかない。


 誰もが沈黙を守りながら、それでも目線での意思疎通の元、一糸乱れぬ足並みで迷路のような道を迷いなく駆け抜けていく。

 レイチェル達は幹部達が緊急時に使う抜け道を逆走しているため、今のところ敵とは遭遇していない。しかし、内部が騒然としているのは感じ取れた。

 やはり、デリウスにとっても今回の電撃作戦は予想外だったのだろう。遠くの方でバタバタと走り回ったり、叫んだりする声が響いてくる。


 まもなく、抜け道を出るというところで先頭を走っていたダリルが立ち止まった。続けてトーマ、レイチェル、アミルも足を止める。

「なるほど、なるほど。外がいやに騒がしいと思えば、こんなネズミどもも紛れ込んでいましたか」

 狭い通路から出た部屋は五メートル四方ほどの小部屋で、がらんとしている。その部屋の中央に一人の男が立っていた。そして、ひどく胡乱気な目でレイチェル達を見ていた。


 レイチェルは先頭で男を見つめるダリルに目線を向ける。視線を感じたのか、ダリルが口を開く。

「確か、次兄だったはずだ。名前は……忘れたな」

 むしろ名前を呼ぶ場面に遭遇するほど過ごした時間が長くはなかった。家族というにはあまりにも希薄な関係でしかない。


 デリウスは宗主をはじめとして、その家族が幹部を務めている組織だ。だが、それは愛故というよりは、己の欲望を満たすために利用し合う関係というのが正しい。

 誰もが己の抑えきれない欲望を抱え、むしろそれを増幅させることで強さと地位を求めて殺し合った間柄だ。強くなければすべて奪われ、踏みにじられる。ダリルが彼らの元にいて学んだことはそれだけだった。


「ふん、誰かと思えば出来損ないではないですか。どうしました? また、我々に飼ってもらいにきましたか?」

 男はダリルを一目見ると、鼻を鳴らす。どうやら覚えてはいるようだ。しかし、かつてのダリルを知っているだけに全く意に介した様子はない。


「あいにくと、居場所はもう見つけた。今日は過去の清算に来ただけだ」

 ダリルもまた、そっけなく答える。不思議だった。かつて愛憎に身を焦がした相手を前にすれば、もっと取り乱すかと思っていた。もっと、心がざわめくかと思っていた。

 しかし、今ダリルの心をよぎるのは、ただこの男を排して先へ進もうという気概だけ。微塵も揺らがなかった心に、むしろ動揺しそうになる。


「過去の清算……ふぅん? どうするつもりですか?」

「決まっている。お前達の組織も、仲間も痕跡も、一つ残らず消し去る。もう二度と歴史にも人の記憶にも残らないように」

 ダリルの言葉が気に障ったのか、目の前の男の雰囲気が剣呑なものに変わる。同時に体から黒い魔力が吹き上がってきた。


「ほう? お前のような出来損ないにそれができるとでもいうのですか?」

「そうだな。こいつらに会う前の俺だったら、どれだけ修練を積もうと無理だっただろう。だが、今の俺なら、俺達ならそれが出来る」

 ダリルの言葉は強い確信をもって響く。男はますます表情を険しくさせて眉間にしわが寄る。

「そこまでいうのなら、見せてもらいましょうか。その、力とやらを!」


 始まりは突然だった。膨れ上がった男の魔力が形をとり始めると同時に、足元からも黒い影が湧き上がる。それは人の手の形をしており、四人を闇の中に引きずり込まんと伸びてくる。

 しかし、触れる直前にバチンという音と共に弾かれ後退した。

「無粋ですわね。そのような手で触れようなどと、そんなに気安くはありませんのよ」

 うっすらと光る結界に阻まれ、その輝きにおびえるかのように無数の手がざわめく。


「なぁ、あんたは組織でどのあたりのやつなんだ?」

 頭の後ろで手を組んだトーマが気安く話しかける。男は自らの攻撃があまりにもあっさりと防がれたことに動揺を示しながらも、不快そうな顔をトーマに向けた。

「わたしは、四天王の一人、『万魔』のレナンド=フェンデル。かつてあなた方が倒したであろう男の兄にります。もっとも、あのような愚物、弟と認めたくはありませんが」


 幹部達が使う抜け道に現れたということで、それなりに地位が高いのだろうと想像していた。だが、まさか四天王の一人が部下もつけずに現れるとは思ってもみなかった。

 あの脳筋のバルドンでさえ部下を伴っていたというのに。

「四天王、ね。なんで一人なんだ?」


 聞きづらいことでもズバッと切り込むのがトーマだ。レナンドはますます眉間のしわを深くしながらも一度深呼吸する。

「それはですね、わたし一人で事足りるからですよ」

 どうやら、人望がないわけでも人手不足というわけでもないらしい。トーマは聞いたくせに興味なさそうな顔でフーンと鼻で返事をしている。

 とうとう、こめかみに血管も浮いてきたレナンド。ナチュラルで煽れるトーマはさすがという他ない。


「でもさ、あんたじゃ役者不足だぜ」

「何っ!」

「だってさ、あんたの攻撃俺達に通じてないじゃん?」

 トーマの言葉にレナンドの魔力がますます膨れ上がる。しかし、部屋中に広がった闇の手はアミルの結界に近付くことさえできず、むしろ遠ざかろうとしている。


「光か……忌々しいことですね」

 魔物一般にもいえることだが、魔人にも魔人化した元人間達にも共通する弱点がある。それが、光属性だ。まさにアミルは彼らの天敵ともいえるのだ。

「そう思うのは、あなたがあまりにも闇に染まりすぎているからですわ。人は光なくしては生きていけませんもの」


 デリウスの本拠地が街の地下にあるのもそのためだろう。少しでも光から遠ざかるために。こんな穴倉にいるから性根が捻じ曲がるんだ、とトーマは心の中で一人ごちる。

 光ある世界に受け入れてもらえず、むしろ自ら遠ざかった者達がこの街の地下にうごめいている。そして、自らのその闇で世界をも染めようとしているのだ。

 そんなことは認められない。目の前で家族を失った痛みを、喪失感を知っているからこそそんなものを生み出そうとする彼らを一人だって逃がすわけにはいかないのだ。


「くくっ。ですが、どうしますか? 確かにわたしの攻撃は無力化されていますが、あなた達の攻撃もわたしには届かないでしょう?」

 レイチェルとトーマは装備からして見ても近接攻撃を得意としているのが見て取れる。だが、レナンドに近付くためにはあの闇の手の中を突破しなくてはならない。

 あれは触れるだけで気力、体力、魔力を奪い去り動きを封じる。その強度は力自慢の魔物達が死力を振り絞ってもほどけないほど。


 レナンドにとって闇の手は最大の攻撃でもあり防御でもあるのだ。何度これを使って村々を、あるいは数多の人々を闇の中に引きずり込んできたかしれない。

 そうたやすくこれを突破することは出来ない。それに、結界を張ったままでは向こうの攻撃もレナンドには届かないのだ。

 攻撃のために結界を剥がそうものなら、それこそ瞬きの間にからめとれる自信があった。


 トーマは深くため息をつく。それを諦めによるものだと感じたのかレナンドの笑みが深まった。しかし、トーマは横目でダリルの顔を確認する。

「ダリル、こいつ俺がもらってもいいよな? 俺さ、こういう無駄に礼儀正しく見えて、中身が腐ってるやつ見ると我慢できそうになくってさ」

「……ああ、構わない。自分でも驚くほど抵抗がないことが分かった」


「……? 何を、言っているのですか?」

 二人のやり取りが理解できず、レナンドが首を傾げる。しかし、再び自分に顔を向けてたトーマを見て続けようとした言葉を飲み込んだ。

 そこにあったのは、深くて重い怒りの感情。自らの全てを否定しようというかのような、強い意志のこもった眼だった。


「よぉく、眼見開いとけよ。それがお前が見る、最後の光景になるんだからな」

「だから、何をっ!」

 トーマが腰を落とし、低く低く構える。まるで獣が獲物に飛びつこうとするかのように。両手が地面に届きそうなほどに身をかがめ、体に力が込められていく。


 次の瞬間、レナンドの眼からトーマの姿が掻き消えた。戸惑いに眼を見開くも、直感が働いたのか自分の後ろの壁を振り仰ぐ。

 だが、それでも見えたのは赤い光が尾を引き、線となって目の前を通り過ぎる光景だった。同時に胸にぽかりと穴が開いたような感覚に苛まれる。


 レナンドは魔人化してから、痛覚というものが機能しなくなっていた。腕が取れようとも、腹に穴が開こうとも何も感じなかった。

 それは、自らが人という枠から飛び越え、新たな存在として生まれ変わった証だと思っていた。だからこそ、他者の痛みにもまた鈍感になっていけた。何も感じなかった。誰を殺そうとも、どんな非道を働こうとも。


 しかし、こんな喪失感は魔人となる前にも味わったことがなかった。取り返しのつかない、決して失われてはならないものが消えてしまったような感覚は。

 レナンドは、そろりと自らの体を見下ろす。手もある、足もある。しかし、いつものように体の奥底から無限のように湧き出す力を感じなかった。


 そうして、胸に手を当て気付いた。

「あ、あああ、アアアアアっ!!」

 なかった。そこになければならないはずのものが。あってしかるべきはずの、ものが。あまりにもあっけなく、抜け落ちている。

 感じない、魔石から生み出される無尽蔵な力も、体中に血を送り出す鼓動も。


 当たり前だ。本来それがあるべき場所には、ぽかりとした穴が開いていたのだから。自身の拳よりも大きな穴が、胸を貫通し、背中まで突き抜けていたのだから。

 ベチャリ、という粘着質なものが落ちる音に顔を向けると、そこにはひどくつまらなさそうな顔をしたトーマが何かを手に立っていた。


「……あんたさ、自分よりはるかに強い奴と戦ったことあるか? 勝てないと分かってる絶望的な実力差がある相手に、それでも戦いを挑んだことがあるのかよ?」

 トーマの足もとに落ちていたのは赤黒い肉塊と、いまだにビクビクと動き続ける心臓。そして、血塗られた手には球形に近い魔石が握られていた。


 レナンドはそれを見た瞬間、自身の失われたものがどこへ行ったのか、どうなったのかを悟った。あの一瞬で、ほんのわずかな間にこの男の手によって奪われたのだと。

「あ、それ……それを、返しなさ……」

「ないよな。戦う力を持たないような奴らをいたぶって、弄んできたんだ。そんなあんたに、俺が、俺達が負けるわけないだろ! 俺達は本物の、生まれついての魔人と戦闘訓練を重ねてきたんだ。てめぇらを一人残らずぶっ潰すために」

 トーマの手に力が入り、魔石を握りこむ。


「こんなもんのために、一体どれだけの人を犠牲にした? どれだけの人の命を、魂をつぎ込んできた? 返すわけねぇし、許すわけないだろ!」

 失われた命は戻らず、捧げられた魂は二度と生まれ変わることはない。本来であれば、それが分かっていても破壊するしかなかった。

 だが、今は僅かであろうと救いがある。その力を与えてくれた、かけがえのない仲間がいる。


 トーマはカイルが鍛え、魂に救いをもたらす力を込めたナックルを握りしめると、魔石を軽く放り投げ万感の思いを込めて粉砕する。

 もう二度とこいつらの悪事に利用されないように。新たな命の礎として、今度こそ冥界に旅立てるように願いを込めて。


「あっ、がっ、ギャァァァァァ!」

 魔石が粉々に砕けた途端、レナンドは胸を押さえてのたうち回る。それまで感じることのなかった痛みが、苦しみが一気に襲い掛かってくる。

 魔人化した者が死ぬ前に魔石を砕かれると人に戻る。それは今までの戦いから証明されていたことだった。だからこそあえてトーマはその方法をとった。


 許されないことをしたからこそ、人から外れた存在になろうとしたからこそ、最後は人として死なせること。それこそが何よりも相手に対する報復になると考えたから。

 黒い液体となって消えることなど許さない。痛みもなく死ぬなんて楽はさせない。

 そんなトーマの思いを感じたのか、レナンドは涙を流し、部屋中を血に染めてこと切れた。


「……お疲れ様ですわ」

 最期まで看取り、小さくため息をついたトーマにアミルが声をかける。

「あぁ、んじゃま、次だな。まだ四天王も二人残ってるみたいだし、気を引き締めねぇとな」

 トーマを気遣うアミルに、トーマはいつもの調子に戻って歩を進めようとする。その意をくみ取り、ダリルが軽く肩を叩き、レイチェルがその背中を張る。

「ああ、そうだ。まだ気を抜くなよ」


 そこには、先ほどのような沈鬱な空気はなく、トーマは軽く鼻の下をこすると、へへっと笑いを浮かべて三人に続いた。

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