表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
263/275

デザイア攻略戦線

 あちこちで聞こえる爆音や金属同士がぶつかり合う音。そして、思わず耳を覆ってしまいたくなるような悲鳴や肉を断つ音が響き渡る。

 王国内有数の穀倉地帯、その中心部にある町デザイア。いま、その地は大規模な戦場になっていた。

 ほぼ日の出とともに町を包囲していた軍の隠蔽を解き、デリウスへの勧告と宣戦布告を行った。内容は双方にとっても履行されることはないだろうと考えられるもの。

 すなわち、町の人々を解放し投降するようにというものだった。

 それに対するデリウスからの返答は、町の四方の門を突き破らんばかりの勢いで飛び出してきた魔物達の群れとその後に続く軍勢。


 どうやら召喚が出来なくなったために、あちこちから魔物を集めて洗脳し備えていたようだ。向こうは向こうでこちら側の不穏な動きを察知していたのだろう。

 しかし、このタイミングで、この数で、この場で戦いが始まるとは予想できていなかったようだ。

 戦闘が始まって一時間が経った今現在も指揮が安定せず、混乱の様相を呈している。攻めるなら今の内だ。向こうが体勢を立て直す前に一気に押し切る。

 懸念されていた町の人達を人質に取られるかもしれない可能性は、カイルが仕込み、今もなお発動している魔法によって払拭されている。

 さらには、穀倉地帯を戦場とすることによって発生するだろう被害もそれで抑えているのだ。


 カイルがいるのは部隊中央あたりで、そこは平原が広がる一帯の中でも丘になっており、町を包囲する部隊全体を見渡すことが出来る。

 そして、カイルの眼が届くのであればその恩恵もまた届けることが出来る。ロイドのように剣聖であるなら戦場においては先頭に立って戦うべきなのだろう。

 しかし、相手の幹部級の力が今だ測れていないうちは、対抗できる可能性が高いカイルの力は温存しておくべきだとどの国の軍師も進言してきた。

 それはまあ、カイルも言われなくても分かっている。だが、激しい戦いを繰り広げている場所で上がる悲鳴や血しぶきを見ているとどうしても握りしめた手に力が入ってくる。

 そして、自分自身に言い聞かせながら今自分に与えられている役割を全うするために集中した。


 カイルが行うのは戦場となっている場所を囲い隔離する魔法の維持。町の城壁の上から時折飛んでくる高威力の魔法の無力化と治癒による戦線の維持だ。

 魔眼が普通の魔法と違うのはその射程距離にある。魔法であれば訓練を重ねることによってその射程をある程度伸ばすことは出来る。しかし、限界もまた存在する。

 それ以上離れてしまえば魔法は届かないし発動もしない。それを補うのが魔法具であり魔法陣であり儀式魔法だ。

 だが、そのどれもが一長一短あり、莫大なコストもまた必要となる。

 一方で魔眼は個人の資質によって有する能力は大きく異なるものの、有効範囲においては極めて優秀と言わざるを得ない。

 それこそ、視界が届く範囲であればほとんどタイムラグを出すことなくその効果を発揮できるのだ。


 だからこそ、この場所にいながら魔法具や魔法陣によって生み出されたのであろう高位の広範囲殲滅を目的に発動した魔法の全てを無力化して己の糧に変え、傷つき倒れそうになる者達を癒し活力を与えて再び立ち上がらせることが可能なのだ。

 この戦法を作戦に取り込む際、詳しい能力の説明を受けた誰しもが言葉を失っていた。それが本当ならばまさに理想ともいえる戦いが行えると。

 覚悟しなければならない犠牲を極力抑えることも可能であると、厳しい戦いを前にしてみんなそれぞれに顔をほころばせていた。

 全面衝突する以上、一人の犠牲も出さずに終わらせることなどできないと分かっている。それでも流される血は、落とす命は少ない方がいい。


「北門二班、魔物の襲撃を受けて負傷者多数」

「南門、大規模魔法の兆しあり」

「東門、前線維持を二班から三班へと切り替え」

 カイルの周囲に控えながらも的確な情報を伝えてくるのは各国から選出された護衛兼補佐を務める者達だ。

 戦闘技能は攻撃よりも防衛に傾き、それぞれが割り当てられた範囲の情報を的確かつ迅速に伝える役割を担っている。

 カイルは彼らの報告をもとに東西南北に視線を移動させ必要な措置をとっていく。また、ここには各部隊に点在している通信班への連絡を担う者達もおり、全体の情報を共有しつつも俯瞰的に見た現在の戦況を伝えている。


 今現在は優勢と言えるだろう。敵勢力がどれだけの数投入されているのか、そして控えている戦力がどれほどのものなのか。

 確定していない現在においては予断は許されない。しかし、現状優勢に戦いを進めることが出来ている。

 当然、カイル一人で戦線すべてを維持することは難しく、死者や重傷者も出ている。だが、その数はこの規模の戦闘行為を行う戦いにおいてはあり得ないほどに微少だ。

 それは戦線に身を置く誰もが肌で感じていることであり、高い士気を維持することに一役買っている。

 また、自分達が突破されたとしても、最大戦力でもある剣聖が控えているというのが心強くもあるのだろう。

 今も果敢に攻め込む様子が見て取れる。


「潜入班は?」

 カイルは斜め後方に控える護衛の一人に尋ねる。集中力を擁するため言葉は少なくなるが、それでも意図は伝わったようだ。

「潜入は無事果たしたと連絡がありました。随時残された住民の救助と避難を行いつつ、内部からの攪乱と潜伏する構成員の排除に当たるとのことです」

 そう、戦いは表舞台だけで行われているわけではない。実のところ宣戦布告する以前に内部に潜入している部隊がある。


 その中にはレイチェル、ダリル、トーマ、アミルの四人も含まれている。

 潜入及び攪乱、敵勢力での戦闘行為という性質上、少数精鋭で構成する必要があり、カイルのパーティの中でも近接戦闘を主とするメンバーは内部潜入班に名乗りを上げた。補助要員としてアミルが付いた万全の態勢だ。

 人界にいた頃のままの実力であればカイルだけではなく各国の軍師達も経験不足と若さを理由に止めただろう。


 しかし、年末年始のパーティ襲撃において見せたレイチェル達の実力を鑑みて許可された。カイル自身心配半分、信頼半分で任せている。

 内部潜入と言っても敵主力に突撃するわけではない。むしろそれ以前に、敵の手足をそぐ役割だ。

 本来組織を潰そうと思えば頭とそれに次ぐ役割を果たすものを討てばいい。だが、組織が巨大であり、さらには頭にたどり着くことが困難な場合、簡単に頭にたどり着くことは出来ない。

 ならば、頭が出てこざるを得ない状況。あるいは身動きが取れないくらいに手足をそいでしまえばいい。

 デリウスが少ない戦力を補うためにとった数々の増強方法はカイルによって潰されている。彼らが使い捨ての駒として使える戦力は限られており、どうしても構成員が出張らなければならない状況に追い込んだ。


 その上で、本拠地を強襲しさらなる戦力のそぎ落としを行う。今町を守る様に展開している戦力を壊滅させ、目くらましのために支配していた町を奪還すればデリウスは行き場を失う。黒幕であった神と決別した以上、彼らに逃げ込める安住の地などないのだ。

 だからこそ、今彼らは必死になって町を死守しようとしている。そして反撃の手段と機会、もしくは逃走の手段を模索しているはずだ。


 逃がすつもりはない。だが、追い込みすぎて自爆されるのもいただけない。その辺のさじ加減を見ながら攻撃の手を休めずに攻め続ける必要がある。

 その辺の駆け引きは熟練の軍師達が行ってくれている。さすがにその分野においてはカイルも未熟だと言わざるを得ない。

 いくら戦闘技能が突出しようと、カイルは十八になったばかり。本格的な戦場も今回が初めてなのだ。

 模擬的なものや理論上の戦いであれば領域の王達だけではなく歴戦の軍師達に嫌というほど叩き込まれてはいるのだが。




 動きがあったのはそれから数時間後。太陽が真上に登り、昼に差し掛かろうとしている頃だった。

 四方にあるボロボロになって閉まらなくなった門の内部で戦場すべてに響き渡るかのような爆音がする。

 直後に、底が見え始めていた魔物達の軍勢が爆発的な勢いで増加した。劣勢が続いたことでやけになったのか、あるいは魔界から敵勢力の増援が来ることを承知の上で戦力増強を図ったのか。

 カイルが結んだ盟約魔法の一つが発動し、増殖した魔物達の行く手を阻むような形で魔界の化け物たちが召喚される。

 こうした可能性も考慮していたため召喚された側の魔人や妖魔達に動揺はない。最も彼らの多くは戦いを好む傾向にあるため、待ちわびていた戦場に興奮しているだけかもしれないが。


 しかし、その様子を見たカイルは眉根を寄せる。

 たしかにこういった状況も想定していた。してはいたが、こうも同じタイミングで離れた四つの門で召喚が行われるのは奇妙だ。

 召喚に使われた魔法陣などはあらかじめ仕込まれていたものだろう。カイルの結界も戦闘の余波を防ぐためと、敵に違和感を抱かせないためそうした仕掛けは結界内に取り込むようにしてある。

 だから、魔方陣が起動すること自体は不思議なことでも何でもない。しかし、想定していたのは現場の暴走で多くても一つか二つといったところだった。

 示し合わせたかのように四つ同時というのは明らかに意図的であり、上からの命令であることを匂わせる。


 向こうに役立たずに等しくなった魔物召喚の魔法陣を使うメリットはないはずだ。例え一時的に戦力を増強できたとしても、自陣以上に敵に対して増援を呼ぶことになりかねない。

 デメリットがあまりにも大きすぎるので実行する利はないと考えていたのだ。それをあえて行った。

 ならば向こうが狙っているのは何かと考える。

 これまでのデリウスのやり口と思想、それを踏まえた上で現状を考慮して向こうが至る思考と行動を組み立てる。

 戦場に意識を向け、集中して魔法や魔眼を使いながらも思考はフルにデリウスの戦略にあてる。こうした並列思考も訓練のたまものだ。

 右手と左手で別の動きができるくらいで満足するような者達など、カイルの師には一人もいない。これくらいできて当然と仕込まれるのだ。


 そうやって地獄のような特訓によって仕込まれた頭はある一つの可能性を見出す。

 見出したからこそ、カイルは血の気が引くような思いがして、背筋が震える。そして、その対策を言葉にするよりも先に実行していた。

 自身の結界内で危険域にいると思われる者達すべてを今現在いる空間から排除する。次いで危険域と判断した範囲の空間を覆うように二重、三重の結界を構築。内部から外部への影響を隔離させる。

 瞬きほどの間に行使された魔法が完成するのと時を同じくして隔離された空間内で閃光がほとばしる。

 内部からの影響を外部に出さないために隔離しているはずの結界がギシギシときしみ、閃光に満たされた内部の様子をうかがうこともできない。


 眩い閃光は発生した時と同じように唐突に消えた。重複発動されていた結界には無数のひびが入り、ギリギリで耐えたことをうかがわせた。

 だが、その現状を見ることが出来た誰もが言葉を発することは出来なかった。

 なぜなら、ひび割れた結界内部には何もなかったからだ。疑似空間ゆえに存在していたデザイアの町も、豊かな穀倉地帯も何もかもが消えて、巨大なクレーターとなりむき出しの土の色がやけに鮮やかに映る。

 唖然として言葉を失う人々の目の前で、限界を迎えていた結界が砕け散り、ぱらぱらと大地に降り注いでいく。

 すると、先ほどまでの光景が夢幻だったかのように失われたと思われたデザイアの町が元の様相を取り戻していく。

 そのことに正気を取り戻した人々は、これまで現実空間を守っていた結界もまた崩壊していっていることに気付いた。


「……っく、壊されたか……」

 カイルは急激な魔力消費に目眩にも似た酩酊を感じながら顔を歪める。

 カイルがこの町を戦場にするにあたって施していた下準備、そのいくつかを破られたことで大規模な魔法を維持し続けることが難しくなり崩壊したのだ。

 そうならないように常に注意を払っていたし魔法具を守る者達も配置していた。しかし、一都市を丸ごと破壊するほどの戦術兵器を抑え込むために意識を集中させた隙を狙われたのだろう。

 バランスが崩れ結界が崩壊する影響を受けてかなりの魔力を消費させられた。まだそれなりに余力はあるものの消耗を強いられたのは間違いない。

 そして、自身が支配する疑似空間であるがゆえに向こうの眼をごまかすことが出来ていたが、こうなってはそれも不可能だろう。


 幸いと言っていいのは、先ほどの閃光による味方の損害がなかったこと。今まで相手にしていた敵勢力が先ほどの閃光で全滅したことくらいだろうか。

 そして、こちらの思惑通り向こうの頭を、デリウスのトップをあぶり出すことに成功したという。

「……ようやく見つけたぞ。忌々しい! 親子二代にわたって邪魔立てするなどっ!!」

 それまで影も形も見えなかった一団がカイルがいる部隊中央の上空に姿を見せる。

 声を発した壮年の男性の顔は憤怒と憎悪に歪み、歯ぎしりが聞こえてきそうなくらい歯をかみしめながら吐き捨てる。


 カイルはその男性の姿を見た時、生理的な嫌悪感と湧き上がる負の感情を感じたが、すぐに口元を笑みの形に変える。

 ようやく、ようやくだ。

 クリアを通じて、その姿形を、声を見聞きはしていた。

 だが、こうして実際に顔を合わせるのも、直に声を聞くのも初めてだ。それなのに、分かる。彼が自身にとって紛れもない敵であるということが。

 敵とか、敵の親玉とか、そんな表向きの理由ではない。彼は滅ぼさなければならない自身にとって不倶戴天の相手であると魂が訴えかけている。

 それこそが聖剣に選ばれた自身の使命なのか。あるいは魂に定められた宿命なのか。

 どちらにせよ、どちらかが滅ばなければ戦いは終わらない。そう確かに予感させるものがあった。


「それはこっちのセリフだ。ようやく会えたなコンラート=フェンデル。父と祖母、そして襲撃によって殺された村人達の仇でもある。あんたの野望はここで潰える。俺が叩き潰す、覚悟しろ!」

 前線を飛び越え、突如部隊中央で火花を散らせることになった主力同士の邂逅に、連合軍の間にも混乱とざわめきが広がる。

「父……ああ、忌まわしい。あの者さえいなければ、世界はとっくにこの手の中にあったというのに!!」

 コンラートは右手を白くなるほどに握りしめて鋭い視線を飛ばしてくる。だが、カイルはそれをさらりと受け流す。

 この程度の眼光にひるむほど甘い修行はしてきていない。領域の王の威圧に比べれば児戯に等しい。見つめられるだけで死を予感するあの睨みには遠く及ばない。

「今も昔も世界に住む大半の者はそれを望んじゃいない。そろそろ舞台から降りてもらおう。あんたの理想がどうあろうと、俺はそれを受け入れられない。なら、戦うしかないだろう?」


 主義主張が異なり、思い描き目指す未来が違う。時としてそれは軋轢を生み、争いを引き起こす。世の常ではあるがもはや個人の問題では済まされないほどに大きくなってしまった。

 このまま放置しておけば世界の崩壊をももたらしかねないほどに。

 そして、この先どうあろうとカイルがコンラートの思想に同意することはあり得ない。故に戦うしかないのだ。

 互いに理想とする世界を築き上げるために。互いの存在はその目指す世界にとって最大の障害になり得るのだから。

 カイルの言葉に、一瞬呆けたような顔をしたコンラートだったが、次第にその顔には笑みが浮かぶ。だが、その笑みはひどく酷薄で冷たいものだった。


「ああ、そうだ。戦うしかない、戦って蹂躙してやろう。かつてロイドが守ろうとしたものも、今貴様が守ろうとしているものもすべて!! すべてだ!!」

 コンラートの叫びと同時に彼を取り巻いていた闇が膨張する。それは彼らが浮いている空間を埋め尽くし、まるで空を覆うかのように広がっていく。

 ここからが本番だ。ここからが本当の戦いともいえる。

 デザイア攻略戦線は序盤を勝利で終えた。しかし、真の戦いは幕を上げたばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] おかえりなさい(^▽^)/
[一言] 久しぶりの更新嬉しいです!頑張ってください!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ